氷穴に挑むもの

 シマエナガのおかげか、ぼくを疑いながらもリモナは事情を話してくれた。


 彼等は『鋼鉄の刃』という冒険者パーティ。斧使いの普人(ヒューマン)ガイストをリーダーに、魔術師の普人ブラージェ、斥候の普人メイア、精霊使いの狸人(りじん)リモナ。全員がBランクというかなり強いパーティだ。


 リモナは南方の島国から出てきたそうで、故郷では精霊の巫女としてそれなりに名前が通っているのだとか。探るように確認してみたが、やっぱり精霊術使いは精霊が見分けられるそうだ。


 力の質が通常の生き物とは違うように見えるとかで、シマエナガは一目瞭然レベルで格が違うのだという。


 因みにぼくには違いがまったくわからなかった。首をかしげる姿も、でっかく丸い普通の鳥にしか見えない。


 他のメンバーも大陸東方出身、充分に実力がついたところで数年前からパナディアを拠点にこの永久氷穴に挑んでいるらしい。


 何度目かのアタックの末に最深部につながるエンドポータルに到達。眠りの罠から目覚めてから、主と思わしき強大な力の持ち主を追いかけて挑んだ結果雪崩に飲み込まれることになった。


 エンドポータルっていうのは未踏破領域の奥に存在する、領域の心臓部に繋がる道のようなもの。形状は穴に限らないみたいで、雰囲気が違うので見ればわかるらしい。


 言われてみれば、たしかにあの穴は異質な空気をまとっていた。


「それで、他の探検隊と遭遇しちゃって……」


 そもそも今回奥部に向かって突貫するはめになったのは、事故というか不運というか。意図的なものじゃなかったようだ。


 どこぞの貴族に雇われた探検メンバーが、雪原の主と言われている巨大アイスワームの巣から雪華草を回収するための囮にされた。アイスワームに追われることになった冒険者達が逃げ回っているうちに彼等『鋼鉄の刃』と正面から遭遇してしまう。


 人の手の及ばない未踏破領域での出来事はおおよそにして自己責任。伝えるものがいれば罪に問われることでも、いなくなってしまえばなかったことになる。


 このままだとやばい奴をなすりつけられる。それを忌避した結果、相手側の冒険者と戦闘になってしまう。


 戦闘の最中に上から巨大アイスワームが乱入、下からは巨大な両生類が参戦。


 他にも騒ぎを聞きつけて続々と魔獣が集まり、怪獣大戦争がはじまった。


 いくら未踏破領域に挑む実力者パーティと言えど流石に無理。最初のターゲットの冒険者達が狙われている隙に脱出したという訳だ。


 どちらにせよ死ぬという状況に追いやられ、彼等は決死の覚悟で死の氷河に飛び込むことに。


 命からがらの逃走劇の途中、偶然にも発見できたエンドポータルに飛び込んだ……というのが流れみたいだ。


「死の氷河?」

「エンドポータルがあった氷河です、生きた人が凍る温度まで気温がさがるので、強力な火の守りなしに立ち入れば死ぬことになります。私たちの守りは強力なものなんですが、一瞬で魔力が抜き取られていきました……」


 火の守りというのは冒険者がまとっていた赤い靄かな。どうやら装着者の魔力を使用することで発動し続ける魔道具のようだ。実物を見てみたいけど……面倒だから余計な詮索はやめる。


「おおよそ事情はわかった」

「は、はい……その、それで……無礼の数々、誠に申し訳ないの、ですが」


 さっきから、ぼくの着ている古いローブについた糸くずをクチバシで取っているシマエナガに視線が向かう。


 どうやら『精霊神に毛繕いさせるやべーやつ』認定されたらしい。地球なら台風や津波の化身に身の回りの世話をさせてる謎の人物って感覚だろうか。


 パンドラ機関で出会ったときもやってくれたけど、ものすごく下手っぴでよく練習台になってたことを思い出す。


 信用はしてたけど、よく研究員の毛根を毟ってるのを見てたから正直ちょっと怖かったんだよね……。


「……悪意があったのではなし、見逃してやってもよいのではないか」

「キュピ」


 前に読んだ『ゼルギア帝国皇帝語録』とかを参考にやってるけど、尊大な態度は疲れる。


 子供の使う程よい丁寧語がわからない、フィリアに習おうとしたけど自信がないと固辞されてる。この人の言葉遣いも何となく違うしなぁ。


 日本語が通じるならもうちょいやりようがあるんだけど。


「せ、精霊神様と、その御友人様の慈悲深きご配慮に感謝致します」


 リモナはただでさえ丸いしっぽを更に丸めながら土下座する。なんか居た堪れない。


「……なぁ、あんた何者なんぐお!?」


 会話の途中で挟まれるうめき声に親近感を覚える。


 流石に気になったのかぼくのことを誰何しようとしたらガイストが、両隣の震える仲間たちから同時に肘鉄を食らったようだった。


 ぼくたちの様子を見て緊張は緩和してるみたいで、震えている原因は恐怖じゃない。


「我は精霊の友……アルとでも名乗ろう」


 偽名に悩んで自分の名前をもじったものにした。適当な名付けでもよかったけど、咄嗟に呼ばれて反応できない自信がある。


 プレイグドクタースタイルはこの先また使いそうだし、齟齬は少なくしておきたい。


「それで、そのアルさんは何でこんなところにいるんだ? ……あんた人間だよな?」


 この場合の人間というのは普人(ヒューマン)かという意味じゃなくて、人間種なのかって意味だろう。成人しても子供並に背の小さい種族は結構いる。


 小人(ノーマン)とか山人(ドヴェルク)とかが代表的だし、精霊術の適性も高いからそのあたりと間違えられてるのだろう。


 それにしてもここにいる理由かぁ、好奇心と流れとしか言いようがない。


 でも正直に言ったらそれはそれで不審がられそう。


 なので適当でそれっぽい理由をでっちあげることにした。


「……大事な旧友に会いに来いたたた」


 フードからはみ出しているしっぽの毛が思い切り引っ張られた。


 何このかまくら、ぼくとガイストおじさんだけ会話を味方に遮られる呪いでもかかってんの?


「キュピ……」

「ごほん、我は友に会いに来ただけだ。お前たちが大人しく帰還するのであれば何も言わぬ。この子も貴様らの無礼を許すと言ってくれている」

「そうは言ってもな、手ぶらで……」

「重ね重ね! お慈悲に! 感謝します!」


 余計なこと言うなと無言で袋叩きにされるガイストを哀れみをこめて眺めてから、平伏しつつリーダー格の言葉を遮るリモナに視線を戻す。


 まぁあの大雪崩見たあとだと戦いたくない気持ちもわかる。人がどうこうできるレベルを超えてるもの。


 中には対抗出来る人も居るだろうけど、それこそ『規格外Sランク』と呼ばれてる人間くらいだろう。


 リーダーが余計なことを言う前に帰る方針を決めた4人は、こちらを伺いながら相談をはじめる。


 もちろん情報取得のために聞き耳を立てる、フードが邪魔だけどこの距離なら問題ない。


「結局収穫なしかよ」

「エンドポータルを見付けられただけ大金星じゃない」

「でもよぉ」

「いつまでもぐだぐだ言わない、それに精霊神様に挑むなんて命がいくつあっても足りないわ」

「そんな事より、忘れてませんか? エンドポータルの外にはあの古代魔獣がいるんですよ? 我々だけだと脱出も厳しいのでは」

「あ……」


 魔術師のブラージュの言葉は、ぼくにとっても盲点だった。


 そうだ、帰り道にあれがいるなら出た瞬間に怪獣との殴り合いが勃発しかねない。


 見失ってどこかに行ってるなんてのは幻想を抱きすぎだろう、何せアイスワームは雪原の端ギリギリまで追いかけてくるような執念深さがあるのだから。


 これはぼくたちの帰路にも影響がある問題だ。


 シマエナガは頼めば協力してくれるだろうけど……ぼくたちだけであれらと遭遇するのは不安が大きい。かといって、強いからって全部任せておんぶにだっこは違う気がするし。


「ねえ」

「キュピ?」


 ローブの毛繕いをしているシマエナガに小声で話しかける。


「……一緒に戦ってほしいっていったら、力を貸してくれる?」

「???」


 力を貸してくれるか確認しておこうとおもったら心底不思議そうな表情をされた。「え、そんなあたりまえのこときく?」って感じだ。


 ……なんだろう、ぼくは全然わかってないのかな。ともだち関係ってのは難しい。


 でも意思確認は大事だと思うのはきっと間違ってないはず。


「提案があるのだが」

「え?」


 突然声をかけられて、リモナがぎょっとしながら振り返る。


「我も帰り道をあれらに狙われると少々面倒なのでな……どうだ、ひとつ共闘といかぬか?」

「共闘、ですか」


 困惑する視線に、にやっと笑みを浮かべながら頷いてみせる。目の前にフリーの戦力があるのに利用しない手はない。


「我らも力を貸そう、手を組んであの魔獣共を倒さぬか?」


――マスクのせいで、表情まったく見えてないことを完全に忘れていたのは言うまでもない。

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