精霊の友

 冒険者たちは流石というべきか、あの津波のような雪崩の中でも自分たちの身は守っていた。


 仲間をかばうように抱え込んでいた斧を手にした大男が一番の重症、全身打撲と軽度の凍傷。他の3人は衝撃による気絶と典型的な低体温症ってかんじ。


 でも骨折みたいなのはないし、掘り出すのが早かったためか凍傷も軽い。これなら温めるだけで回復しそうだ。


 ぼくだったら確実に死んでる。


 幸い致命傷になるような怪我はなかったから、手当はすぐに済んだ。


 羽音がして振り返ると、応急手当している間どこかに行っていたシマエナガが戻ってきたところだった。


 クチバシにはごてごてした装飾のついた杖。……重そうだし、ぼくたぶん持てないよそれ。


 ぽすっと軽い音を立てて、杖を目の前に落とされた。


「重そう」

「ピピ」


 大丈夫だって軽く小突いてこちらへ転がす。渋々手に持ってみると、見た目よりは軽かった。


 文字通り杖として支えに立ち上がる。


 ……あ、普通に自力で立つより大分楽。


 杖をついて歩けば負担が減る、当たり前のことが抜け落ちてたことに気付く。前世でも杖に頼って歩いたことなんてなかったもんなぁ。


「う、ぅ……」


 うわ、もう起きた。


 これからどうするか考えてる間に、冒険者たちが意識を取り戻していく。まだ何も思いついてないのに。


「……俺、たちは……!?」


 まず目を開いた大男がぼくを見るなりギョッと目を見開いて、恐ろしい速さで飛び起きる。巨体の割に軽快な動きで近くにある斧を手にとって、いつでも飛びかかれるような体勢でぼくを睨んだ。


 あの状態でよく動くなぁと感心していると、背後で怒気が膨れ上がる。


「ヂュリリリ!!」

「ッ!?」


 聞いたこともないような警告音が響いた。ようやく意識がハッキリしてきたのか、大男が警告音を発したシマエナガへと一瞬視線を向けて硬直する。


「が、ガイスト、武器を捨てて」


 精霊使いらしき女性がよろめきながら身体を起こした、防寒具のフードがはずれて、素顔が見える。


 顔立ちはちょっと童顔気味で丸顔、茶褐色の髪の毛の上には丸っこい獣の耳、狸……?


 特徴的に狸人(りじん)かもしれない。獣人の中でも数少ない、魔術適性を持つ珍しい種族。大陸南方に位置する島国に住むとか聞いたことがあるけど。


「リモナ、でもよぉ!」

「いいから、早く」


 必死な様子の仲間に、ガイストと呼ばれた男が警戒を露わにしつつ手にした斧を雪の上に置いた。


 身体を起こした狸人の女性が、青白い顔のままシマエナガに向かって頭を下げる。


「仲間が大変な、失礼を致しました……」

「…………」


 怒気を収めたシマエナガはぼくの1歩半後ろで無反応を貫いている。なんだろうこの感じ。


「…………」

「…………」

「………………」


 沈黙が場を支配する。ガイストは苦痛に呻きながら視線だけを動かして様子を伺っていて、リモナと呼ばれていた狸人の女性は平伏したまま心臓をバクバクさせてる。


 他の男女ひとりずつも意識を取り戻したみたいだけど、寝たふりをしながら様子を伺っているようだ。微かに手足の筋肉が軋む音がしてるし、何かあったら即座に飛び起きるんだろうな。


 沈黙に耐えきれなくなったのか、ガイストとリモナの視線が次第にぼくに集まるようになった。


 翻訳するなら『なんだこいつ』……誰でもわかるか。


 未踏破領域の最深部で精霊神と遭遇するなり雪崩に飲み込まれ、生きていたと思ったら精霊神と一緒にいるペストマスクの魔術師。


 ごてごてした装飾のついた杖を手に黒いローブをまとう姿は、鏡なんか見なくてもやばい外観だってわかる。


「…………」

「…………」


 あのあの、引きこもりに投げっぱなしはやめてほしいんですけど。背後でビシリと姿勢を正すシマエナガに視線を向けると、何故かキラキラとした瞳と目があった。


 何を期待してるんだ、というかぼくの立ち位置は一体何なんだ。


 平伏する人間、背後に控えるシマエナガ、それを従えているような立ち位置のぼく。その構図に、無駄に鋭い直感が心底どうでもいい閃きをもたらした。


「……面を上げよ」


 ちょっと声を作って言うと、リモナがびくりと肩を震わせる。体調の悪さで声が枯れ気味なのとマスクで音が籠もったおかげか、子供っぽいけど性別と年齢がわからない絶妙な声になった。


 シマエナガが満足そうに頷く気配を感じる。


 ……この子、時代劇好きだったんだよね。


 パンドラ機関では勉強のたぐいは禁止されてたけど、エンタメ系はほぼスルーされていた。


 判断するのが研究職じゃないインテリエリート揃い、ニュースだけ見て育ったような連中だった。彼等はエンタメに関しては解像度がものすごく低かった。漫画やアニメと言えば乳幼児向けの超有名作の名前しかわからないレベル。


 そのおかげで偏ってはいても一般社会の文化を知ることができたのだ。知識を得ないように画策してた横でぼくが次々と外を知っていくのを見ながら、傭兵の人たちは"エリート様"を馬鹿にして笑ってたっけ。


 それでアンノウンの中でも特に一緒にいる時間の長かったこの子と一緒にそういうのを見ることが多かったんだけど、特に興味を示していたのが時代劇。


 特にお殿様が悪党相手に大暴れする系とか、隠居中の偉いおじいさんが身分を武器に悪党を懲らしめる話。


 どこかの秘密機関のお偉いさんのような連中が、それ以上のお偉いさんの前で土下座して震える姿がとてもよかったらしい。


 多分それっぽいことをやりたいんだろうなって言うのはわかった。わかったけど。


「は、はい?」

「ヂュリリ!」

「ひぃっ!」


 精霊術の使い手である彼女は、明らかにシマエナガに対して萎縮してる。たぶん精霊の気配みたいなのを察知する力が高いんだろう。


 特定の魔術に適性がある人間は、その術に関係する能力が著しく発達しやすいとも言われているし。精霊術の専門家になるレベルで得意なら精霊の知覚能力が高くても不思議じゃない。


「……面を上げよ」

「ヂュリ!」

「はひ!」


 シマエナガがぼくを立ててくれるのは嬉しいんだけど、ガワは正体不明の謎の魔術師で中身は孤児の獣人なんだよね。ハッキリ目に見えてわかるような権力がないとあの構図は成立しないんだよ。


 ほぼほぼ雪の精霊神様の威厳だけでゴリ押ししてんだけど、なんだこれ。


「あー、良い」

「キュピ」


 ぐっだぐだの状況を何とかするためになだめると、思い通りにいかないフラストレーションで身を乗り出していたシマエナガが渋々背後に戻った。


 明らかにほっとしながら、リモナは伺うような視線をぼくに向ける。


「も、もしや名のある精霊使い様でいらっしゃいますでしょうか? だとすれば、知らぬこととはいえ大変な無礼を……」


 すっごい探り探りなところから見て、もしかしたら精霊術の使い手同士には通じ合うものがあるのかもしれない。


 ぼくは精霊術なんてまったく使えない。知っている知識だって特定の精霊と契約して使用可能になる、召喚魔術と代行魔術の複合術式だってことくらいだ。


 期待しているような視線を背後から受けながら、悩みに悩んで口を開いた。


 そういえば、前世では何となく心のなかで"ともだち"だと思っていただけで、ちゃんと口に出して伝えたことはなかった気がする。


 クロに対しては口にしていたけど、甘えていたのか怖がっていたのか……どちらにせよ二の足を踏んでいた。


 よし、これで行こう。


「ぼ……我は精霊使いではない、この精霊の友であるぐぇ」

「ぐぇ?」


 言い終わる前に頭突きされ、グリグリと背中に頭を擦りつけられている。こっちの予想以上に嬉しいのはわかったからちょっとまって。


 良い機会だとおもってちょっと茶目っ気だしたらこの様だよ!


 羽根をばたつかせながら頭突きで突進してくるシマエナガの頭を押し返していると、リモナが愕然とした様子でこっちを見ているのがわかった。


「本当に、友なんですね……」

「い、いかに……ぐお」


 手が滑って抑えが外れ、みぞおちに入った。地面に倒れたぼくをシマエナガが慌てて引っ張り起こしてくれる。


 ……身体弱いのに、ぼくに強い好意を示してくれる相手に限ってスキンシップが激しいのは何でだろうね。

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