一触即発

 眠り続けるスフィたちの看病を続けるうち、時間の感覚が曖昧になっていった。


 何せこっちもいろいろな意味で限界を超えてる。時折廊下で意識を失ってはソファで目が覚める。外を見れば昼だったのが夜に、夜だったのが朝に……なんてのが何度あったかわからない。


 次にちゃんと目覚められる自信がないから意識があるうちにやれるだけ……そう思いながら結構無理してるから、余計に体力が厳しい。


 何とか3人を和室の布団に寝かせて、看病できる態勢を整えたけどしっかり出来ているかは怪しい。


 幸いなのが、シマエナガが手助けしてくれていること。暑いのが嫌なのか積極的に部屋に近づいてはこないけど、たまに玄関から中を覗き込んでくるのと目が合う。


 ああやって確認して、倒れていたらソファに運んでくれてるんだろう。たぶん暑いのを我慢して。


 何よりも外でかまくらの保持をやってくれているから、室内での看病に集中できるのが大きかった。


 この雪原に迷い込んでから今日で恐らく3日か4日。


 3人はまだ目覚めない。



 看病態勢を整え、経口補水液のストックを作ってから随分と作業が楽になった。


 ぼくの熱も少し下がって、まともに動けない状態から必死になれば動けるくらいには回復している。


 ぐっすり寝ている3人は音を鳴らしても揺すっても起きる気配はない。あの冒険者があの扱いを受けても目覚める気配もないことから、何らかの干渉を受けているのは間違いない。


 それにしても、吹雪の中で眠ったら故人と出会う……ね。


 記憶の中に少し引っかかるものがある。どこかの国の雪山でそういう伝承があったような。


 似たような話は結構いっぱいあって、中には本物が混じっていて、それらは"エリア型アンノウン"と分類されて閉鎖されたりしていた。


 表向きには不可解な失踪だとか、未解決事件だとかで処理されてたけど。


 雪山なんてそういう話には事欠かないし、本物も単なる噂も腐るほどあって詳しくは覚えてない。


 


「キュピ」

「おはよう」


 リビングで考え事をしながら白湯を飲んでいると、玄関口から首だけ突っ込んできたシマエナガと目があった。


 普段は大福みたいに丸っこいのに、首を伸ばすと意外とスリムな鳥っぽいシルエットになる。


 手を突っ込んだ時、二の腕の半ばまで埋まってようやく指先が身体に届いたから大半が羽毛なんだろうけど。


 そのままじっと見てくるシマエナガ、用事があるらしい。ふらつきを抑えて立ち上がって玄関に向かう。


 ……途中で和室を伺うと、スフィとノーチェが寝返りをうっているのが見えた。眠りが浅くなっているのか、寝言も寝返りもかなり激しくなってきている。


 普段守られてる分、今はぼくが守らないと。


「どうしたの?」

「ジュルルル」


 防寒具を身に着けて玄関を出る。かまくらの中に鞄が積み上げられていた。


 雪まみれになっている鞄はよく見るとかなり古いものみたいだ。ベルトがちぎれていたり、大きく裂けていたりするのもあった。


「どうしたの、これ」

「キュピ」


 長い尾羽根を揺らしてシマエナガがかまくらの外を向く。


「昔の冒険者の遺留品?」

「キュピピ」


 ……生きてる相手の強盗が嫌だって言ったから、死んでる相手から拾い集めてきたのか。


 自慢気に胸を膨らませてドヤってるこの子に「いらない」なんて言えない……。


 確か冒険者ギルドの規範だと未踏破領域での遺留品は最初に見付けた人が所有権を持つんだっけ。ギルドに遺品として提出するのも、懐に入れるのも自由。


 提出するとギルドからの内部評価は上がるけど……所有者と死因の特定のため発見時の情報とセットなんだよね。


『平均年齢8歳、全員Fランクのパーティです。西方有数の未踏破領域の最深部と思わしき場所で拾い集めた先輩方の遺品です!』


 一番良くて嘘つきの屍漁り扱いかな。また表に出せない物が増えていく。


「中に運ばないと……」


 シマエナガは少し嬉しそうにしながら、でも手伝おうとはしてくれない。


 ……そういえば、推測してるだけでちゃんと聞いてなかった。


「中入るの、暑いから嫌?」

「キュリリ」


 嫌そうな囀りとともに頷いた。やっぱりそうだったらしい。


 なのに倒れてるぼくや、嫌いなはずの人間に分類されてるスフィたちを家の中まで運んでくれたんだ。


「そっか……ぼくやみんなを運んでくれてありがとう」

「キュピッ」


 お礼を言えば、嬉しそうに胸を張る。


 思い返せば、前世で楽しかった記憶の中にこの子は居た。


 パンドラ機関に保護された時、一緒にいたのは唯一心を許せる相手だった犬のクロ。


 暫くしてクロがいなくなって、どこを探しても見つからなくて。落ち込んでる時にやってきて傍で励ましてくれてた。


 名前をつけて仲良くなったら、みんな居なくなってしまいそうで線を引いた。他の研究者がぼくたちにそうするみたいに、アンノウンと人間として。


「あれからずっと、ここにいたの?」

「キュピ?」


 玄関先で座り込んで、ずっと聞きたかったことを尋ねる。


「確か、第0セクターへの襲撃があったよね? その時のこと覚えてなくて。ぼくも気付いたらこの世界にいた。君はどうしてここにきたの? ずっと、げほっ……ここに、ひとりだったの?」

「…………」


 この子も突然こっちに放り出されたんだろうか。


 命の根付かない、白くて寂しいところにひとりぼっちだったのかって。ぼくもひとりで、弱っているせいか感傷的な気持ちが湧き上がってくる。


 意味のない独り言には何も返って来ない。言葉を操らないこの子の思考を、ぼくは言語として受け取る事はできない。


 向けられる優しい目から伝わってくるのは、慈しむような気持ちだった。


 負の属性なんて何もない、ぼくの荒れる感情まるごと包み込むような。


 というか本当に包み込まれていた、ひんやりとした羽毛に顔が埋もれる。


 やってることは肩に止まって頬ずりしてるような感じだけど、サイズのせいで上半身がまるごと埋もれる。


「キュピ」

「…………うん」


 でも、長い付き合いだからこの子が何が言いたいのかは大体わかった。


 あえて言葉にするならこんな感じ。


『会えて嬉しい、それでいいじゃん』


 体調不良と看病で疲れてるみたいだ、あれこれ難しく考えすぎてたかな。


「――――!!」

「ッ!」


 暫くそのまま顔をうずめていた。


 気付いたのは、同時だった。


 シマエナガが振り返ると同時に羽根を振るう。凄まじい勢いで氷の壁が出来上がっていく。間髪入れずに何かがかまくらを砕いて、衝撃で出来たばかりの氷壁を震わせた。


「っ」


 吹雪は未だに吹き荒れている状態で、入り込む風の冷たさに顔をしかめる。


「先手必勝だ! オラァァァ!」

「ガイスト! 突っ走りすぎだ!」


 分厚い氷壁の向こうから、叫び声が聞こえる。かまくらで遮蔽されてるのと外の吹雪で気配を掴みそこねた。気配は4人、ぼくたちの前に飛び込んだ冒険者?


「まっ、うわっ!?」


 声をかけるより早く、扉ごと足場が沈んだ。四角く切り出されたようになっている穴の中、扉を隠すように氷の天井が出来上がっていく。


 慌てて玄関から転がり出ると、氷壁の上に向かってシマエナガが飛び上がるのが見えた。


「出てきやがったな! ちょこちょこ隠れやがって!」

「身体が震えるような力、これが永久氷穴の主ですか」


 外の状況を確かめようと耳を立てて音を拾う。永久氷穴の主ってあのアイスワームじゃなかったっけ?


 いや山椒魚みたいなのも居たから、あれも普通の魔獣なのか。


 ……え、あれで?


「とにかく、火の守りも残りが少ないんだ、速攻で倒すぞ。俺たちが踏破者になるんだ!」

「誰かさんがぐーすか寝ていたからね」

「やはり火の属性はほとんど使えませんね……ハールマール、火の精霊術はいけますか?」


 そんなこと考えてる場合じゃない、このままだとあの子と冒険者が戦闘になってしまう。


 記憶にあるのは小鳥の姿、あの氷壁を見る限り弱いとは思えないけど……相手の冒険者もどのくらい力を持ってるのかわかってない。


 ぼくが飛び出していっても余計場を引っ掻き回しそうだ。


「――すぐに武器を捨てて!!」


 悲鳴に近い女性の絶叫が聞こえた、キーンとなった耳を思わず寝かせてしまう。


「マール!? 何言ってんだよ、ここまできて」

「ど、どうしたのよ」

「勝てない、あの方には勝てない! すぐに武器を捨てて!」


 切羽詰まった女性の声に、他の冒険者が動揺している気配が伝わってきた。姿が見えないのがもどかしい。


「一体どうしたんだよ、この領域の主が強いことなんて最初からわかってただろ」

「違う! 違うの!」


 叫んでいる女性が本気で怯えているのが、声からでも伝わってくる。


「あの方は雪の精霊神様よ! 人間が抗える相手じゃない!」


 冒険者たちの気配が固まるのが、ここからでもわかった。


 ……久々に出会った旧友は、なんだかすごく出世していたらしい。

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