気性の荒いシマエナガ

 だるい、苦しい、熱い、気持ち悪い、おしっこ行きたい。


 ……目を覚ますと、404アパートのリビングにあるソファに寝かされていた。どこから引っ張り出したのか、毛布もかけられている。


「……ス、フィ?」


 一瞬スフィたちが起きて運んでくれたのかと思って周囲を見ると、3人は床で無造作に寝かされていた。


 防寒具を着たまま、あちこち濡れていて起きた様子はない。かくいうぼくもついた雪が溶けたのか、身体中の毛が湿っている。


「ぐおぉ……げほっ、ごほっ」


 体中に鉄アレイをくくりつけられているみたいだ、体中の関節が痛い。具合が良いところが身体のどこにもない。


「おじ……ちゃ……」

「…………かあ、ちゃ」

「すー……すー……」


 寝顔は冷えのせいか少し白いけど穏やかだ。ひとまず危機は脱してるみたい。


「んぐぐ……」


 窓から見える日本の景色は夕暮れだ。起きようとしてソファから転げ落ち、立ち上がるのを諦めて床を這って台所に。


 必死にケトルをコンロにかけ、ぬるま湯を作って喉を潤す。それから床を這いながらトイレを済ませた。


 一息ついたところで多少動けるようになったので、3人を着替えさせる。時間経過がどの程度かわからないけど、毛布がかけられていたのはぼくだけだったのでかなり身体が冷えてしまっていた。


 完全に熟睡してる人間を着替えさせるのは重労働だった。


 それでもなんとか3人を着替えさせ、そこで力尽きた。



 日本側の季節は秋の入口、まだまだ蒸し暑い。


 おかげで身体の冷えそのものは大した問題じゃなかった。


 唐突な3人の眠りとぼくが見た夢から推測するに、どうやらこの場所か入り口には入り込んだ人間を眠らせるトラップが仕掛けられているらしい。


 そして眠ってしまうとあの夢……名残雪の海という場所に囚われて、過去を振り切るまで雪の中で眠り続けることになるんだろう。


 ぼくの場合は精神干渉は効かない体質なのか眠りは無効化したけど、魔力切れでダウンして結局夢に囚われたってわけだ。そもそも過去なんてとっくに振り切っていたから、即起きることになったけど。


 一般的なケースでいうなら直前で見かけた冒険者かな。彼等があの環境で動けていたのは、まとっていた赤い靄が温度を緩和してるに違いない。


 魔道具かアーティファクトか、はたまた魔術か。その効力がどの程度持つか次第だけど、かなりえげつない罠。


 ゲームや漫画なんかの展開ではよく見るやつだけどね。


 寝言からしてスフィはおじいちゃん、ノーチェは母親の夢でも見てるのだろうか。フィリアは寝言を殆ど言わないのでわからない。


 ……記憶から作られた存在か本物かわからないけど、おじいちゃんがスフィを導いてくれることを祈る。


「ふ、ぐ……」


 過去を振り切れるかは本人次第、起きるまでみんなを守るのがぼくのやるべきことだ。


 なのに動けるぼくが一番体調悪いっていう、自分の体力のなさが恨めしい。


「……よし」


 3人の様子を確認して、補給物資の中で見付けた塩と砂糖を溶かしたぬるま湯を飲ませてから、廊下を這って玄関へ向かう。


 玄関は開きっぱなしで、近づくと身震いするような冷気を感じる。


 ドアの向こうは真っ白な壁で覆われていて、地面にあたる雪には人の形の跡が残っていた。


 かまくらはそのままで崩された入り口も完全に塞がれているようだった。姿が見えないけど、あの子がやってくれたのかな。


 ……折角会えたのに、すぐ倒れてしまって殆ど話せなかった。


 多少は心の整理がついたのに。今度こそ、ちゃんと「ともだちになろう」と伝えようって思ってたのに。


 ままならないなぁ。音を探る限り、ここらへんには魔獣とかは居ないみたいだ。場合によっては最大限のカモフラージュをして扉を閉じる選択も取らなきゃいけないかもしれない。


 そう考えると、外に面してる場所に長居するのはまずいか。


 家の中に戻ろうと身体の向きを変えると、外から何かが近づいてくる音がした。


「っ……」


 咄嗟に気配を消しながら、玄関の脇に隠れようとする。それより早くかまくらの壁が崩れて、シマエナガの丸い顔が覗き込んできた。


「キュピ?」

「…………おかえり?」


 諸々やって立ち去ったわけじゃなくて、何か用事があって外にいたみたいだ。


 何も言えずに居なくなったわけじゃなくて安心したけど、微妙に肩透かしを食らってしまった気分にもなって複雑。


 ……流石にわがままがすぎるか。


「ジュルル」

「なにしてたの?」


 色々言いたいことはあったけど、タイミングを逃してしまった。


「キュピ」

「鞄?」


 なんて声をかけようか悩んでいるうちに、嘴に何かを咥えているのに気付く。


 シマエナガがかまくらのなかに放り込んだのは、結構しっかりした革製の鞄だった。


 それなりに大きいし、渋い光沢から使い込まれているのがわかる。中身も入ってるけど……。


「それどうしたの?」

「ジュルル」


 一体どこで見付けたんだろう。


 聞いてみるとシマエナガが顔を退ける。ぐらつきながら身体を起こして穴から外を眺めると、掘り返された雪の中に倒れている人がいるのに気づいた。


 赤い靄をまとっている大柄な男の人、その姿には見覚えがある。


 先に飛び込んだ冒険者の人たちのひとりかな……?


 1個気になることがあるとすれば。


「……あの人、なんでくの字に曲がってるの?」

「キュ」


 うつ伏せに倒れているその男が、脇腹を中心に微妙にくの字に身体を曲げている。


 パタパタと羽根を動かし、巨体に見合わぬ速度で空を飛んだシマエナガが倒れている冒険者の傍に降り立つ。


 そして細い鳥の足でもって、冒険者の脇腹を蹴り飛ばす。軽く浮き上がった冒険者は、今度は仰向けで雪の上に倒れるはめになった。


「わぁ……」


 この人間に対する容赦と躊躇のなさ、やっぱりあの子だわ。


 可愛い見た目の割にりにいくタイプのアンノウンだったんだよね。


「あの、程々に」

「キュッ」


 もう一発蹴り飛ばしてうつ伏せにしてから、飛び上がってかまくらへと戻ってくる。加減はしてるみたいだし、昔と比べれば随分と丸くなった。


 流れからして、ぼくたちをリビングまで運んでくれたのはこの子だろうし。ぼくとしては友達として、人間とも出来る範囲でうまく付き合ってほしいと願ってる。


「それ、と、生きてる人から、強盗はちょっと」

「キュピ」


 とっくに死体になっているのならまだ悩みどころはある。でも生きているなら目を覚ました時に揉めるだろう。


 強奪した鞄をくれようとするシマエナガに伝えると、頷いたと思ったら即座に冒険者の方を向いた。


 嫌な予感がして咄嗟に羽毛を掴んで引っ張る。


 ズドンっという音がして、冒険者のすぐ近くに歪な氷塊が突き刺さっていた。


 知ってる限りでは自分の身体を雪に変化させたり、多少の冷気を操れる程度だったのにまた随分とパワーアップしてる……。


「ごめんね、目の前で見過ごしちゃったら取り返しがつかなくなるから……ぼくとしても」

「ジュルルル……」


 彼は結果的になすりつけられて、この状況を作った原因のひとりだ。


 とはいえあの状況でぼくたちに配慮しろなんてたとえどんな善人でも難しいと思う。


 あっちからしたら、人間の立ち入らない猛吹雪の雪山の奥で子供を見付けたって状況だし。幻覚か魔獣のたぐいだと思うほうが自然なのだ。


 更に怪獣に追われて穴に逃げ込む一瞬で、全て見抜いて適切に対応しろなんて無茶がすぎる。


 ほかの3人はわからないけど、少なくともぼくに思うところはない。あとのトラブルを考えたら積極的に助けたいとは思わないけど、一応平和な日本育ちの前世を持つ者の矜持として殺したいとも考えてない。


「ジュルリ」


 シマエナガは少し機嫌の悪そうな囀りを出しながら羽ばたいて近づくと、咥えた鞄を男の傍に放り投げた。


 申し訳ないとはおもうけど、わかってくれて嬉しかった。


「ギュッ!」

「ぁ」


 最後にもう一撃蹴りを入れて、男をうつ伏せにしたのが見えた。


 ……まぁ、ちょっと蹴り転がすくらいはおちゃめの範囲……だよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る