再会

 首を右にかしげる。シマエナガも鏡合わせみたいに同じ方向に頭を傾けた。


 首を左にかしげる。シマエナガも鏡合わせみたいに同じ方向に頭を傾けた。


 首を正面に戻す。シマエナガも鏡合わせみたいに正面を向いた。


 首を右に……フェイントをかけて、左に傾けた。シマエナガも同じような動きをした後、鏡合わせになるように首を傾げた。


 暫くそうやって見つめ合っていると、ぶるぶると身体についた雪を払い、シマエナガがのしのしと入り口を崩して近づいてきた……近くで見ると凄くでかい。


「ピピッ、ジュルル」


 特徴的な震えるような鳴き声、首を傾げながらじっと見つめてくる眼差し。


 サイズ感が全然違くて一瞬戸惑ったけど、ぜんぶ覚えがある。


「……あ」


 ……呼びかけようとして、ぼくはあの子の名前も知らなかったことに気付いた。あるいは無かったのかもしれない。


 前世で"ともだち"だのなんだの言っておいてこの体たらく。どれだけ周囲に興味を持たなかったのか、持たないようにしてきたのか。


 あんな夢を見た直後だからか、我ながら本当に色んな物を置き去りにしてきたんだと思い知る。


 今にして思えば、まっすぐ好意を向けてきてくれた数少ない子たちなのに。


 人間の友達が欲しかったなんていうのは、理由になるだろうか。


 ……じっと見つめてくるつぶらな瞳に、罪悪感で視線をそらした。


「……その、ごめ」

「キュビッ!」

「いたっ」


 視線に堪え切れず口をついてでた謝罪の言葉。シマエナガは鋭い鳴き声をあげてぼくの額を突いた。


 いたい。


「……」


 涙目になったまま、どこか真剣に見えるシマエナガと見つめ合う。


「やっぱり、君だよね、あのときの小鳥」

「キュピ」


 自分の中に相手の"呼び名"が存在しないの、こんなに不便だったんだ。スフィという家族を得て、ノーチェたちと一緒に過ごすようになって初めて気付いた。


 人間相手なら隊長(たいちょー)、傭兵、護衛、博士、研究者、職員……階級や種族を言うだけで事足りていた。アンノウンはそもそも番号や通し名で呼ばれてるものばっかりで、名前を知らないことに不便を感じたことがなかった。


 うだうだ考えながらした曖昧な尋ね方にも関わらず、シマエナガは間髪入れずに頷いた。なんだかちょっと嬉しそうに見える。


 あの時からそうだったけど、ちゃんと意思疎通が出来る。


 姿形の違うぼくをどうやって見分けているのかもわからないけど、同一人物……同一のシマエナガで間違いなさそうだった。


 羽の模様も違うし、前は手のひらサイズだったのがめちゃくちゃ大きくなってるけど。


「……ひさしぶり」

「キュピ」


 昔は「チチッ」みたいな高い鳴き声だったけど、微妙に音が低くなってる。身体がでっかくなるとそうだよねなんて考えているうちに、笑いが漏れていた。


 記憶を思い出したのなんて数ヶ月前なのに、まるで何十年ぶりに会ったような不思議な気分。


 でも、そうか。あっちの道具型アンノウンが保管庫ごとあったんだから、生物型があってもおかしくないよね。


「話したいことは色々あるけど……」


 驚きが薄れると同時に気だるい感覚が蘇る。上半身を起こすので精一杯だ。


 あの夢はここで眠ると見ることになるのだろうか、それでどれくらい寝てた?


 少しでもスフィ達の体温が下がらないように守らないと。


「その子たち、ぼくの友達……守りたい、手伝ってほしい」

「キュピピ」


 ちょっとぎこちなく伝えると、シマエナガは間髪入れずに頷いた。


 人間嫌いの子にこんなこと頼むのは申し訳ない気持ちもあったけど、その子はまったく気にしてない様子で翼を広げた。


 そういえば、こんな雪の中で倒れているのにそこまで寒くない。かまくらの中とは言え火もないのに。


 横になりながら気温を確認すると、温度計は0度を示していた。


「……なにかした?」

「キュピ」


 かまくらの入り口に陣取って丸くなるシマエナガが頷く。そういえば雪に変化できる特性を持ってたけど、サイズも大きくなってるしパワーアップしてるのかな。


 この子もアンノウン、こんな環境で暮らしているならそのくらい出来ても不思議じゃないか。


 大分助かったけど、人間にとってきつい気温なのには変わりない。


「……錬……ぐ、ぅえ」


 せめてもう少し気温をあげようと錬成を発動させようとして、強烈なめまいと吐き気に倒れ伏した。


 完全な魔力切れ、気合で絞り出せる範囲も超えたみたいだ。


「ジュルル……」

「ぐ……」


 心配そうに近づいてきたシマエナガの羽毛を掴んで身体を起こす。


 ぼくが普段おんぶに抱っこなのは、3人じゃ対処できないような……今みたいに事態が起きた時のためだ。


 なのにいざという時に『自分も死にそうだから何もできませんでした』なんて、のんびり寝ていられるわけが無い。


 あと一歩、あと一手。


 踏ん張りどころはここだろうが……!


「――――!」


 身体を起こしてドアノブを掴む、体重をかけて引っ張ればドアはあっさりと開いた。


 勢いをつけすぎて倒れ込んだ先にはもふっとした羽毛布団みたいな感触。


 流れ込んでくる暖かい空気にほっとしながら、シマエナガが入ってくる時にかまくらの入り口を崩していたことを思い出した。


「い、入り口、ふさいで……」


 それだけ伝えるのがやっとだった。


 鳥の囀りのような返事を聞きながら、ぼくの身体は今度こそ動かなくなってしまった。


 あの状況で倒れたのにすぐ起きたことも、起きた直後にここまで動けたことも奇跡だった。


 ともあれ、何とか生き残れる目は残ってくれそうだった。

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