撤退
一見すると代わり映えのない氷の洞窟。
滑らないように気をつけながら、足場を探り探り下へと降りていく。
地形はぽっかり空いた大穴をぐるりと囲うように続く緩やかな坂道。うっかり滑ると洒落にならないので、お互いの腰に紐を結んで慎重に進んでいた。
近くにワームの巣穴らしきものもなく、アイスゴーレムの縄張りは通り過ぎたのか魔獣の襲撃はいまのところない。
不安なのは穴を降りるたび、防寒具でも防ぎきれないほど寒くなってきていること。錬金術で緩和した上で静かにゆっくり呼吸していても、冷気で気道まで痛くなってくる。
動きにくくなること覚悟の上で更に外套を1枚増量し、口元まで塞ぐことでなんとかダメージを抑えている。
冷気で胸が痛くなるのを防ぐため、自然と探索中の口数も減っていった。
「…………」
「……」
撤退すべきか悩んでいるうちに穴の底まで辿り着いた。上部に横穴みたいなのがあったから、光の主とは別ルートを歩いているようだった。はち合わせにならずに安堵する。
穴の底はかなり開けた大きな空間が出来上がっていた。耳を澄ますと何かが動く音はないけど……水の流れる音?
怪訝に思いながらも、フィリアから離れ水音を追い掛ける。足元に波立つような氷の道が長く続いている。カンテラで照らしてみると、氷のすぐ下を青白い液体が流れているのがわかった。
温度計はマイナス100セルシウス度を下回ってる。分厚い氷で蓋されてるから下のほうが凍らずに残っているのかと思えばうっすら光ってるし、プランクトンでもいるのかな。
でもこの辺に吸収する光なんて……。
考え込んでいると、安全を確認したのかノーチェが防寒具を引っ張ってきた。振り返ると、少し震える手で壁を指差している。
すぐに頷いて『
……不思議なことにまた氷の感触が変わった。上層の氷は錬金術で弄る感触を言葉にするなら"硬い"けど、ここの氷は"重い"。
見かけも触った感じも同じなんだけど、何が違うんだろう。
ドアを設置してスフィと一緒に少しずつ開く。気圧差対策を考えながらゆっくりと扉を開けて、風をやりすごして設営完了。
ひとまず退避することになった。
■
「さっぶ! さっぶぅ!」
「…………」
部屋に飛び込むなりリビングを抜けてベランダに飛び出すノーチェ、スフィとフィリアはリビングのソファの上で毛布に包まって抱き合っている。ぼやく元気もないみたいだ。
「正直、ここは進むだけで命が危険。撤退を勧めたい、普通なら呼吸するだけで死ぬ」
マイナス100度とか、普通の生物は息するだけで肺が凍って死ぬ世界だ。
「じゃあなんであたしら生きてるにゃ?」
「周辺の空気に『錬成』使って温度あげてたから」
今までは行ってもマイナス20か30セルシウス度と冷凍庫に毛が生えた程度だったけど、穴に近づいてからというもの温度計が洒落にならない気温を示し始めた。
咄嗟に主に自分たちの周囲だけ、マイナス30セルシウス度まで緩和させて対処してたのだ。
危険だと感じていたので、気温が今より下がるようなら撤退を進言するつもりだった。
ここから先は専用の装備なりの対策が必須だ。途中で試してみたけど、火打ち石を使っても火花すら散らない。
「ててていうか、ありすはなんで平気なななの?」
「平気じゃない」
暖まって少し回復したのかスフィが不思議そうに聞いてきたので、寒さで震える手を見せる。
弱みや動揺を見せないようにっていうのが癖になってるから平然としてるだけで、ぼくのほうも芯から冷えてて結構やばい。というかリビング入ってから足が動かせない。
「はややく言ってよ!」
寒さでどもっていたスフィが慌てて毛布から飛び出してぼくを抱えて毛布の中に戻る。
急に引っ張られて転びそうになりながら、大人しくソファの中でだきまくらになる。
ノーチェもやってきて4人で固まり暖を取って数分、ようやく寒さが落ち着いてきた。
「しっかしどこまで続くんだろうにゃ、あの洞窟」
「深度的にはかなり深くまで来てると思うけど」
動けるようになったところで白湯に口をつけながら雑談する。ここまでくると流石に魔獣も動きを見せないので、見張りには大分余裕がある。
推定できる深さからすると、かなり最深部に近しいと思われる。
というか既に対策なしだと環境そのものが致死性トラップだし、ここより更に環境悪化していくとか攻略できる気がしない。
……あぁ、これがでてくる敵の強さの割に何千年も攻略されずにいる理由かと感心してしまった。
「結構頑張ったほうかにゃ……」
「Fランク冒険者としては快挙だとおもうよ」
流石に使っている装備品が特殊すぎるし、ふかしだと思われるから吹聴できないけど。
「だったらいいかにゃ、命にはかえられないにゃ」
「さんせー」
「うん……命はだいじにしようよ」
再び全会一致にて、撤退が決定した。
ノーチェたちも会話すらできない寒さは相当堪えたみたいで、撤退を考えていたみたいだ。
そもそもからして寄り道だし、無理をする理由なんて最初からないのだ。
「じゃあ休憩したら、逆戻りで」
「またアイスゴーレムいっぱいでるかにゃ」
「もどりは直上掘り、回避する」
懸念しているけど、帰るのにリスクは取らない。穴の上まであがったらそこから適当な壁に穴を開けて階段掘りしながら真上へゴーだ。
探索の過程でゴーレムやワームの探知方法や範囲、巣や縄張りの気配もおおよそ掴んだし侵入当初よりずっと安全にやれる。
はじめての未踏破領域の探索は中途半端におわったけれど、新米ちびっこ冒険者チームとしては頑張ったほうだと思いたい。
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