氷穴探検隊

「ふぎゃーーーー!?」

「走って走って! はやく!」


 氷穴探索10日目。下部へと向かう道を見付けたぼくたちは、最深部を目指して探索を進めていた。


 完全に目的を見失っている気がするけど。順調だったのが大きい。


「んー…………」

「アリスちゃん! かんがえごとしてるばあいじゃないよ!」


 ぼくを背負ったまま走るフィリアが悲鳴をあげる。


 現在ぼくたちは大量のアイスゴーレムの群れに追いかけ回されていた。


 一体どうやって情報を共有しているのか、ゴーレムたちは主にぼくに対する対策を立ててきていた。


 擬態していた壁の中から、小型で素早い蜘蛛みたいな形状のゴーレムがわらわらと出てきたときは流石に青ざめた。


「いった! かったぁ!」

「剣がきかないにゃ!」


 飛びかかる蜘蛛を剣で弾き飛ばしながら、ふたりが叫ぶ。小型だからこそ力負けはしないけど、やっぱり剣が効かないのは厄介だ。


「アリス! なんとかできにゃいのか!?」

「……掌握はしてる、した」


 とりあえず近づいてきた蜘蛛型数体の氷塊をハッキングして、相手の魔力を横に流すように遮断する。


 動きの止まった蜘蛛から核だけをぽいっと引きずり出した。


「よっしゃ!」

「でも全然減らない!」

「そうなんだよね」


 転がりでた青い核をノーチェとスフィが切り捨てる。中身は核型魔力生物なのでそんなに硬くない。でも固有の魔力を持つ生物だからか、錬金術じゃ直接干渉できない。


 倒すには抜き出した核を直接叩く必要があるわけで……。


「あ、復活した!」

「ジリ貧なので逃げるしかない」


 全部倒す前に追加のゴーレムがわらわらと押し寄せ、その間に新しいボディを作り出して復活。数百体近いゴーレムの数は一向に減る気配がない。


「動き止めるのは簡単だけど」

「それでいいにゃ! 逃げるにゃ!」


 仕方ないので見える範囲全部のゴーレムが操る蜘蛛にハッキングをしかけ、一時的に行動を停止させる。


 あいつらは原理的に言えば『錬成(フォージング)』に近い術を使ってボディを動かしている。同じ物質に同時に『錬成』で干渉した場合、より精密に干渉出来る方が支配権を持つ。


 魔力量じゃ手も足も出ないけど、それは同時に干渉出来る範囲と質量の問題だけ。錬金術で物を言うのは魔力という第二の手指を使って物質を操る精度。それならちょっと自信がある、得意分野だった。


 カンテラの影の届く範囲内なら核周囲の極小範囲にだけ干渉して、一時的に操作を遮断するくらいは簡単。この辺は人体と一緒だ、相手の神経伝達や血流を遮断するのに全身を掌握する必要はない。


 心臓か首の中枢を取れば事足りる。


「お前ほんっとああいうのには反則の強さだよにゃ」

「あのていど、造作もない」

「走ってるの私なんだよ!? 背負われながらかっこつけないで!」


 フィリアに怒られた。



「こいつら、蜂か」

「んゅ?」


 主にぼくへの対応策を重ねてくるアイスゴーレムの不可思議な動きを整理すると、大体やつらの正体が読めてきた。


 一見するとそれぞれの核が独立しているように見えるけど、実は全ての個体が統一された意思のもとで動いている。


 核の戦闘経験がいわゆる統率個体へとフィードバックされ、そこから他の個体に伝達される。その動き方は、独自のネットワークを形成する自律型ドローンを想起させる。


 ドローン、つまり『働き蜂』。


 アイスゴーレムと呼ばれているこの核状魔力生物の生態は、どことなく蜂に近い。


「対応速度から推測できる情報伝達速度からして、現在地の近隣に統率個体がいる可能性」

「にゃに言ってるかわからん」

「あいつらの親玉どこか近くにいる」

「なるほど!」


 完全に撒いたあたりで追跡が止んだことから、強い攻撃性は持っていないようだ。縄張りに入った相手を無条件に追跡するのかな。


 アイスワームといい、縄張り型が多いのかなこの辺。冷静に考えれば虫系統ばっかだ。


 いやまぁ、雪原ならまだしもこの環境に普通の哺乳類や爬虫類が適応出来るとは思えないけど。採取できる食べ物ないし。


「探してやっつけるにゃ?」

「むしろ縄張りを避けたい」


 相手が縄張り型なら、むしろ踏み込まないようにすれば戦闘を避けられる。


 食料なんかは余裕があるし、安全に行くなら時間をかけてマッピングしていきたいところだけど。そろそろてったいも視野にいれた方がいいかもしれない。


 あの貴族連中もとっくに街にたどり着いているだろうし、もうはち合わせになる心配もないだろう。


「ねぇ、あっち何か光ってるよ」

「にゃ?」

「?」


 スフィが指差した方向は、崖になっている洞窟内部のずっと下方部。目を凝らすと確かに白い光が見える。


 ……集中して耳を向けると、微かだけど人の話声みたいなのを拾った。いくら静まりかえった洞窟内とはいえ、距離があるせいか内容までは聞き取れない。


「誰かいる」

「にゃ?」

「……んゅ?」

「……わからない、かも」


 流石に3人は聞き取れなかったみたいだ。


「誰かいるとして、どうする?」

「……貴族だったら嫌にゃ」

「流石にここに貴族は居ないと思う」


 こんな場所に居る人間なんて冒険者くらいだろう。貴族は冒険者なんてやらないっていうのが通説だ。


 さっき逃げる時に走り回ったからかなり奥まで来ているはずだし、普通にガチで探索してる人たちだろうか。


「…………スフィははんたい」

「あたしも、今は人間に会いたくにゃい」

「あの、わたしも……」

「だよね」


 普人(ヒューマン)とは限らないけど、3人の気持ちはわかる。助けた人間に裏切られたばかりだし、こればっかりは仕方ない。


 未踏破領域の深部に一桁年齢の子供がいて、しかも余裕で冒険してるなんて信じて貰えないだろうし。


 しかもこっちは最悪直上掘りで突き抜けろ戦法が取れる。少なくとも現状では助けを求める立場じゃない。


 人の手の及ばない場所で物資を強請られても困るし、接触はトラブルしか生まない。


「ぼくからも回避を提案」

「リーダーとして認めるにゃ!」

「賛成!」

「ほっ……」


 こうして避けることにはなったけど、これ最深部を目指すならそのうちかち合うよなぁ。


 せめて戦闘にならないことを祈ろう。


 そう思いながら、今日の野営用のかまくら堀を始めるのだった。

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