つかの間の休息


 永久氷穴の探索は拍子抜けするほどのんびりと進んだ。


 部屋で記憶を頼りにマッピングをしていて気付いたけど、ぼくたちの現在地は最深部より奥っぽかった。


 正確には最深部に近しい場所の地上に近い位置。


 根拠は氷の洞窟が伸びている方向が最深部があると推定される場所であり、なおかつ下っていること。


 そこでぼくたちは上へ向かって穴を掘るか、最深部を目指すかの選択を迫られた。


 穴掘りは現実的だけど時間がかかる。最深部は危険があるけど未踏破領域の最深部に乗り込めるっていう浪漫と栄誉がある。


 悩んだ末にリーダーであるノーチェが下した決断は……。


「あたしらも冒険者なら、やれるだけやってみたいにゃ」


 その一言にスフィも乗っかり、無理しない範囲で探索の続行が決定した。


 正直に白状するなら、ぼくの"やらかし"だった。


 しばらく滞在して見えてきた永久氷穴の難易度の正体。ここの最大の敵はおそらく環境そのものだ。


 絶えず体温を奪い続ける冷気、氷と雪に紛れて襲ってくるアイスワームやゴーレム。


 今まで会敵した中でスフィたちだけで対処できるのはワームまで、アイスゴーレムに至ってはぼくが居なければ詰んでいた可能性が高い。


 一応うぬぼれじゃない。戦闘中、スラリとした人間サイズに変形したゴーレムがスフィとノーチェの武技(アーツ)を受けながらも、平然とぼくへ突進してきたことで確信した。


 相手に応じてフォルムを変える知能に、優先されるべき攻撃対象を選び出す判断力。更には鉄並に硬いここの氷を砕く拳に、並の攻撃をものともしない防御力。


 サイズが縮んだおかげで楽に抜き出せたコアをフィリアに叩き潰してもらいつつ、地面に倒れるゴーレムを見下ろして背筋が寒くなるような脅威を感じていた。


 ぼくにとっては得意分野、重装甲になろうが跳躍しようが地面から不意打ちしてこようが簡単に倒せている。でもぼく抜きだと例え1体でもスフィたちは確実に全滅している。


 逃げるにしたって寒さを感じない相手と、冷凍庫の中で追いかけっこだ。


 しかもこの領域の中だと魔術以外の火が維持しにくい。雪原抜けに反対されなかったことと、特にそういった注意を受けなかったことから、洞窟内部……もしくは最深部に近づくほど発揮される領域の特性なんじゃないかと思う。


 奥へ進めば進むほど、冷気は強くなってそれを防ぐ手段が少なくなっていく。


 食べ物は凍ってしまって解凍手段も限られる、吹雪の雪山で魔獣と戦いながら強行軍するようなもの。そりゃ攻略だって進まないはずだ、まともな生物なら生き残るだけで精一杯だろう。


 そんな中で、ぼくはそれら全部に対応できる。


 氷は変な感触だけど普通に錬金術で切り出せるし、野営に使う404アパートは夏の終りの程よい暑さ。


 カンテラの火は普通の炎じゃないから普通に灯るし、地下の閉鎖空間だから音の反響も拾い易い。目を瞑っていても地形がわかる。


 戦闘以外で致命的な障害になるはずの要素を、ぼくが根こそぎ取っ払ってしまった。


 好奇心旺盛なふたりが攻略の可能性に欲を出すのも当然だ。


 反対したいところだったけど2対1では分が悪い。実際普通に対応できる範囲内である以上は強く言えない。


 手を抜いてパーティをわざと危険に曝して警告するって選択肢も今となっては存在しない。ここに至っては、ぼくの手抜きが取り返しのつかない事態に直結しかねないからだ。


 結局、譲歩の末に休憩ペースの配分と脱出の判断を完全に一任して貰う約束で折れることになった。


 折れた理由はもう一つ。


 パンドラ機関では『エリア型アンノウン』と呼ばれていた、場所限定で発生する空間異常にそっくりなこの未踏破領域。


 その最深部に一体何があるのか、気になっているのも事実だった。



 氷穴探検6日目。


「結局いまってどの辺にゃ?」

「結構進んでるはず」


 いまはリビングで行われているミーティング中。


 廊下に繋がるドアはきっちり閉められている。外の様子を確認するため、ドアを完全に締め切るわけにもいかず廊下側は冷蔵庫状態だ。


 ドアを閉めるとのぞき窓から確認できる先が普通にアパートの廊下になっちゃうんだよね。


 いまは変な音が聞こえないか、玄関前で大量の毛布にくるまったフィリアが見張っている。


「それにしても凄いゆっくりにゃ」

「物資の無駄遣いは出来ないからね」


 長らく後回しになっていた倉庫の開封をやって、そこで見付けたダンボール一杯の使い捨てカイロ。他にも保存の効く調味料や追加の食材と日用品や雑貨品も見つかり、物資の大幅な補充ができた。


 とはいえ先は長いので、無駄に浪費は出来ない。この環境だとカイロを補充するのも難しい。


 錬金術で中の酸化鉄を普通の鉄に戻せばいいだけなんだけど、限りなく少ない魔力をそればかりには使えない。誤魔化しながら、なんとかやりくりしている状態だし。


「実際、どこまでいけそうにゃ? なんかワームもでかくなってる気がするにゃ」

「うん、おっきいよね……斬りにくい」

「巣が近いのかな」


 雪原や降りたばかりの場所で戦ったワームが小サイズだとするなら、このあたりで出てくるのは中サイズ。明らかに強くなってきている。


 小サイズでも全長1メートル近くあるのは気にしないでおく。


「雪原の主の巣が近いとかなのかな」


 フロストホールだっけ、雪原に空いているバカでかい穴を作ったアイスワーム。穴から推定できる本体のサイズは魔獣どころじゃない、"大怪獣"だ。


 遭遇したらもはや戦闘云々じゃない。


「あのでけー穴の主かにゃ……」

「やっぱりおっきいのかな」

「たぶん錬金術師ギルドの建物よりおっきい」

「いやー、流石にあそこよりはにゃいだろ、あれも大分でけーにゃ」

「アリス、ちょっとおおげさ?」


 "直径"が数十メートルもある"細長い"節足動物だよ?


 全長何百メートル……あるいはキロ単位までいくかもしれない。


「最深部が巣だったら撤退ね」

「わかってるにゃ」

「うん」


 先輩方に相談して用意してきた攻撃手段は換気の効かない閉所では逆に効きすぎて使えない。


「それにしても、他の冒険者殆どいねーにゃ」

「深すぎるからね」


 冷凍庫の中で野営を続けたら普通の人間は死ぬ。


 風呂上がりにシャツとパンツの姿でのんびりベランダの風に当たってリフレッシュしてるノーチェとは違うのだ。


 ここらへんまで探索してるとしたら、ガッチガチに対策を組んだ専門の攻略隊くらいだろう。


「そういえばノーチェ、そのかっこで廊下だいじょぶだった?」

「凍え死ぬかとおもったにゃ」

「どうしてそんなかっこでお風呂いったの」


 簡単なミーティングを終えて、いつの間にか話はただの雑談に流れていった。


「着替え忘れたにゃ……寝るときごわごわしてるの寝づらいにゃ」

「トイレいくのも大変だもんね」

「夜中にリビングのドアあけようとして手ついたらびしょびしょになってびびったにゃ、冷たいし」

「しゃーない」


 404アパート側の気候は湿度たっぷりな日本の残暑、永久氷穴側は自然の強力冷凍庫。廊下側のガラスは結露でびっしょびしょだ。


 ぼくも最初は気付かず、夜中に触って「ぴぅ」って変な悲鳴が出たし。


「結露っていうのは暖かい空気が急激に冷や……」

「ていうかフィリアすっごい静かだけど大丈夫にゃ?」

「湯たんぽ作って"かんそくきち"に持っていってあげようよ」


 発見された雑貨品の湯たんぽに常設されているケトルからお湯を注いで、スフィが廊下に行く。


「ふぎゃーーー!?」


 扉を開くと同時に流れてくる猛烈な冷たい空気に、薄着のノーチェが悲鳴をあげた。


「あ、だいじょぶ?」

「やっぱ服着るにゃ!」

「結露対策にはガラスの表面温度を……」


 とりあえず、扉のガラスには適当な布か紙でも張っておこうと思う……。

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