氷の世界
静かな旅路は続いた。アイスワームはどういう手段で縄張りに入った獲物を感知しているのか知らないけど、追撃がないことからなんとか回避できたみたいだった。
あのまま留まっていたらやばかったかもしれない。
そういうわけで、静かな氷穴の中を慎重に進んでいるわけだけど。
「……雪だるま?」
「にゃ?」
小さな丸い雪玉がふたつ重なったような物体が進行方向に鎮座している。
ただの構造物? それとも魔獣?
よくわからなくて全員で足を止めて観察をする。どう見てもただの雪だるまなんだけど、こんな場所で真ん中にぽつんと存在してるのはおかしい。
「魔獣……? ただの雪?」
「……怪しいよね」
相談している間にこちらを察知したのか、雪だるまの上の部分が膨らんで……。
「あぶない!」
「ひゃあ!?」
高速で氷柱(つらら)が飛んできた。警戒体勢マックスだったスフィとノーチェが即座に切り払う。
因みに僕はフィリアの背中だ。戦闘力に長けるふたりをフリーにしておきたかった。
雪だるまモドキはまるで砲台みたいに氷柱を連射してくる。一体だけならまだしも、複数いたら洒落にならないなこれ。
「アリス、壁、作れにゃいか!?」
「『
ノーチェからのリクエストに応えて盾代わりに地面の氷を引き上げる。強度にちょっと不安があったけど、氷柱くらいならなんとか防げる。
「防げはするけど、どうしよう」
「問題はそれだよにゃ……」
防御はいいんだけど、問題は攻撃だ。……うちのパーティ遠距離攻撃手段が乏しいな。
ぼくは補充できない弾数制限あり、スフィはまだ暴発前提。
このあたりも強化しないと、この先つらそうだ。
「んー……『
試しにこの位置から氷を針のように突き出して攻撃してみるけど……雪の胴体をつらぬいているのに気にせず氷柱を打ち出してきている。
意味がないとまではいわないけど、有効じゃない。
「試してみた感じ、普通の斬ったり殴ったりはきかないかも」
「にゃー……それじゃどうするにゃ?」
「んゅ、スフィは……」
視線がスフィに集まるけど、この状況で火の魔術なんて使おうとしたら流石に止める。
熱による酸素燃焼は起こるから、こんな狭い密閉空間で発動させると自爆してしまう。
どうしたものか……。
「そうだ」
ふと思いついた事を実行する、厚めの氷を迫り出させて相手の四方を囲んで、最後に天井に蓋をする。
……ガンガン音はしてるけど、封印成功した?
「……えぐいにゃ」
「これで全部やっつけられたりしない?」
「むり」
相手が動かない砲台タイプだから通用したけど、数が多かったり動く相手だと無理だ。
「トドメはどうするにゃ?」
「離れよう」
わからないことが多すぎる、動けないなら進んでしまおう。閉じ込めた雪だるまを放置してどんどん先へと進む。
その後も魔獣らしきものはいくつか出てきた。
浮遊する雪の結晶。冷気をまとった衝撃波を打って来て、髪の毛がパキパキに凍らされた。錬成で切り出した氷を投げることで物理的に破壊に成功。
壁に紛れていた4mくらいあるでっかい氷のゴーレム。錬金術師が作る自動人形はこの珪素生物を元に作られたらしい。
氷とか石とか種類はたくさんあるけど、本体はあくまでコアと呼ばれる宝石状の実体。周囲の素材に根を張って動かしているようで、外骨格というより貝殻なのかな。
周囲はただの素材なので、錬成でコアの部分だけを切り出してから直に破壊してもらって終了。抵抗はされたけど、こういう素材への"ハッキング"は割と得意で楽しい。
危険なのは時々横穴から飛び出してくるアイスワーム。こいつ相手にはぼくはほぼ役に立たない。
近くで見ると頭部はムカデに似ていて、節足ががしゃがしゃするのが気持ち悪い。前世は箱入りだったし、アンノウンにはやばい虫も居たりして……正直苦手。
何が起因となって追いかけられるかわからないと屁理屈をこねて素材の回収は拒否した。
今いる場所が深いのか浅いのかわからないけど、一体一体の魔物はそこまで凶悪ってわけでもない。ただし動く度、呼吸する度に凍てつく冷気が体温を奪っていく。
風景に紛れ込む敵が多くて気が休まらない。長期間の探索はかなりきつい。
ぼくたちも時間にして2時間ほどで、探索に限界がきた。
「……休憩しよう」
「ん? まだいけるにゃ」
「だから今のうちに」
ノーチェもスフィも少し顔色が悪いし、呼吸ペースも短く早い。ただでさえ動きにくい防寒具も手放せないし、動く度に体温を奪われていく。
今は平気でも、この状況で連戦になったりしたら確実にほころびが出る。
「でもどこで休憩するにゃ?」
「ん」
説得していると、ノーチェはなんとか納得を示してくれた。
問いかけに頷いてから適当な氷壁に錬成で穴を開けて、アイスワームの通り道がないのを確認してから中にドアを設置する。
休み休みやっているけど、魔力もそろそろ厳しい。
入り口は子供が通れる程度の狭さにしておく……悩んだけど、逃げ道はあったほうがいい。
「割と何でもありだにゃ……」
「そこまで万能じゃないけど」
今回は流石に扉の外での野営は無理だ。外の様子を確認できないのは怖いけど、いっそ全員で中に入って痕跡を消したほうがいいかもしれない。
こんな極寒の環境で生きてる奴らが匂いで対象を追いかけてるとは思えない。実際にスフィやノーチェもいまいち鼻が利いてないようだし。
可能性が一番高いのは熱じゃないかって疑っている。
「んゅ!? グルルルる!」
ドアを開けようと引っ張るスフィがものすごい踏ん張ってる。
……? あ、やばい。
「スフィ待って」
「ん? きゃああ!?」
「ふぐっ!?」
体重をかけて引っ張られた扉に隙間が出来ると、弾かれたように開く。すっ転んだスフィを支えようとしてクッションになると同時に、熱風に感じるような温かい風が吹き荒れる。
「あっつ!?」
「ふやあ!?」
足元に生まれた気流に引っ張られて、全員がしゃがみ込む。同時に顔面に温かい風をふきつけられる。
固まって耐えて数秒ほどで、風は落ち着きを見せた。
「びっくりしたぁ」
「な、何事にゃ……」
「あれ、あんまりあつくない……?」
「うっかりしてた……」
日本(あちら)側はまだ秋の手前、今年の夏はずれこんでいるのか気温が高い。一方でこっちは極寒の冷凍庫。気圧差のことを考慮してなかった……。
「あ、アリス! 大丈夫!?」
「うん」
ぼくをクッションにしていた事に気づいたスフィに慌てて抱き起こされて、そのまま部屋の中に運ばれる。空気が入れ替わってだいぶ冷えてはいるけど、温かい。
完全に閉じるのは止めたほうがいいかな、開ける時にまたやばいことになりそうだ。
……ドアちょっと歪んでるし。
立ち上がって靴を脱ぎ、部屋の中に入る。奥の方はまだ暖かい。
「外の方があったかいんじゃにゃいか」
「あ、まっ」
たたたっと奥まで走っていったノーチェが止める間もなく窓を開けた。
「ふにゃー!? あっつ! あつ!」
「身体冷え切ってるから常温でもあつい」
ドアストッパーで完全に閉じないようにしながら、外の温かい風をもろにあびて顔を押さえるノーチェに声をかける。
窓を開けたらそれだけでだいぶ室温が上がった、エアコンもあるけど付けるまではいかないかな。
「暖かいにゃ……」
「あつっ、あつっ!」
いつの間にかみんなベランダに集まって日光を浴びてる。ほっと一息ついている間にケトルでお湯を沸かす。
「おちついたらお風呂いれてごはんにしよう、時間がかかっても慎重にいったほうがいい」
「そうだにゃ……」
ほんと、あそこで見付けたアンノウンアイテムがなかったら詰んでたなこれ。
後で倉庫の未開封箱のなかから使えるものがないか探そうと考えながら、白湯をコップに注いでベランダまで運んだ。
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