永久氷穴
どうしたもんかなぁ。
「あの女っ! 許せないにゃ!」
結局の所、ノーチェやフィリアもこの穴……フロストホールに落とされた。
戦闘という意味ではあのカテジナって女の方が一枚上手だったみたいで、流石にノーチェひとりでは分が悪かった。
気を失っている間に最初に捕まったフィリアが、次にノーチェが落とされてそのまま立ち去ったようだ。
殺さなかったのはそこまでは良心が咎めたのか、生き餌の方がいいと判断したのか。それはわからない。
「アリス、ごめんね、スフィたちが助けようなんて言ったから……」
「スフィもノーチェもまちがったことはしてないよ」
問題はこっち、スフィの精神面だ。
フォーリンゲンでは酷い人もいたけど、よくしてくれる大人も多かった。同年代の友達だってできた。
だからシスターの影響を受けて、困ってる人がいるなら助けてあげよう……なんて慈愛の心を発揮した矢先にこれだ。
「でも、そのせいで……」
「世の中、いい人もたくさんいる、悪い人はもっとたくさんいる……スフィたちは立派だったとおもうよ」
少なくともぼくなら面倒だからって切り捨てていたと。
でも、助けようとしたスフィの行動を立派だと思う、心から。
「アリス」
「こんなことで懲りないで、あんなやつのためにおちこまないで。自分がしたいとおもったからそうしたんでしょ、だったらそれでいいんだよ……ぜぇ」
恩を仇で返すやつなんていくらでもいる。恩を恩とすら感じない奴だって少なくない、事情があって応えられない人だっている。
人助けを繰り返してきた結果、パンドラ機関に収容されたヒーローからの受け売りだけど。
「うぅ……」
「いまは、無事に脱出する方法をかんがえよう」
泣きべそをかくスフィをぎゅっと抱きしめて身体を起こす。穴の高さは数メートル、地面は土や岩じゃなくて白い……氷かな。
一応知識として知っている、雪原地帯には時々大きな穴があって、うっかりそこに落ちるとワームの群れに追いかけ回されることになる。
自然のトラップって扱いだ。たぶん巣穴に繋がっていて、この穴自体が縄張り扱いになっているんだろう。
気絶していたのはほぼ一瞬だけど、このままここにいるのはまずい。
「さすがにあの高さは……冷たいし滑るし」
「無理にゃ……剣も通らにゃい」
目算ざっと10メートル近く、下は柔らかい雪が積もっている状態。壁はかなり硬い氷のようで、ノーチェが剣を突き立てようとして失敗してる。
確かに、ジャンプや壁登りで超えるのは無理っぽい。
「んー……」
奪われた荷物はテントとポーション、それから数日分の保存食。正直あんまり痛くない。
カンテラに小さな火を灯し、穴の壁面に錬金陣を当てる。
「『
試しに階段のように凹凸を作っていく。なんか妙な感触だけど硬い以外は普通の氷だ、階段作るなり斜め上に穴を掘るなりなんとでもなる。
「……可否はともかく時間がかかる」
「にゃ……」
既に感知されてるなら、アイスワームがいつ襲撃してきてもおかしくない。
「『
魔力がないから広範囲は無理だけど……下の方に薄い部分がある。その先は……空洞でも広がってるのか、反応が掴めない。
「時間をかけてアイスワームと戦いながら上へ向かって穴を掘るか、下にある薄い部分から地下の空洞に逃げ込むか」
ぼくの取りうる手札を開示すると、ノーチェが真剣な表情で悩みはじめた。
「……この寒さと足場で、アリスを守りながらあのにょろにょろと戦うのは無理にゃ」
「んゅ……」
「……下はどうなってるにゃ?」
「結構広い、たぶん永久氷穴の一部」
未踏破領域で言えば結構端の方なんだけど、ここまで洞窟が広がっているのか。
「降りて大丈夫にゃ?」
「……わからない」
下の危険度がどんなものか、氷穴でいえばどのあたりになるのかの情報はまったくない。
地図なんかは買うには高い。
不測の事態といっても精々が遭難で、こんな状況までは想定してなかった。氷穴の内部や深部の情報までは集めていない。
「……よし、一度下に逃げるにゃ! 戦闘準備にゃ!」
「わかった」
号令に応じるなり『分解(デコンポジション)』を使って雪を水素にまで解いて、一気に底まで掘り進める。
「にょああ!?」
「きゃああ!」
「っと、穴開けるよ」
薄くなっている氷の部分に錬成を使い、向こう側に切り抜いた氷で橋を作る。空いた穴にカンテラを飛ばして中を照らせば、そこは巨大な鍾乳洞のような空間が広がっていた。
天井からは鍾乳石の代わりに氷柱が垂れ下がり、空気が凄まじく冷えている。まるで冷凍庫の中だ。
くり抜かれた穴の一部が、氷穴内の空間に隣接していたみたいだ。
「ここが……」
「ロープで降りよう」
ポケットからロープを取り出して、『錬成』で氷を弄って固定する。それから……っと。
「アリス、なにそれ?」
「灯り」
雪の中だと火がなかなかつかないかもってことで、ちょっとした魔道具を仕入れていた。
細長い透明な棒でキャップの部分をひねると内部の粉が充填されてる液体に混ざり発光する、地球でいうケミカルライトに近い。
外側の透明な容器が安定して作れないみたいで、一般には殆ど出回ってない。
何個かキャップをひねって点灯すると、手の中の棒が明るい青光を放つ。それを下に投げ落とした。
……底はそんなに深くない、出した分のロープで充分足りる。
「あたしが先行するにゃ」
「反響的に横穴に近い、そこまで深くないから」
「おう!」
しっかりロープを掴んだノーチェが、壁を蹴りながらするすると降りていくのをカンテラの火で照らし、耳を澄ませて音を探る。
ぼくたち以外に音を立てるものはない。
「降りるにゃ!」
「アリス、捕まって!」
「うん」
剣を構えて警戒するノーチェに従って、まずフィリアが、続いてぼくを背負ったスフィが降りる。
「ロープは?」
「大丈夫」
飛ばした影の錬金陣で固定してある氷を動かしてからロープをひっぱって回収。
最大射程はまだ試したこと無いけど、このくらいの距離なら普通に操作できるのだ。
もちろん精度は落ちるけど、固定状態を解除するくらいならなんてこともない。
「それで、このあとはどうするにゃ?」
「可能なら正規の入り口を、無理そうなら天井ぶちぬく」
「なんつーか、錬金術師ってすごいにゃ」
「アリスがすごいの!」
問題点はぼくの魔力が少なくて突貫工事ができないことくらいだ。
ぶっちゃけ、氷の地下穴に落とされたことそのものはピンチでもなんでも無い。
大人しくしていた甲斐もあって、重要なものはまだ何も失ってない。
「ある程度の長期戦は覚悟しなきゃ」
「落ち着いてる理由がわかったにゃ……戻ったらあいつらやっつけるやるわけにはいかないにゃ?」
「むり……だと思うよ」
ぼくより先にフィリアが否定の言葉を口にした。
「アリスちゃんの判断、ただしいと思う……貴族と孤児なら、孤児のほうが悪者にされちゃうから」
苦々しいその表情には、想定で喋ってるぼくとは違って実感が籠もっていた。
「……くそっ、錬金術師の力でなんとかならないにゃ? 偉いんにゃろ?」
「ぼくはあくまで一個人、貴族っていうのは権力者の集団」
言ったところで、気にかけてもらってる孤児の錬金術師ってだけ。いまのところろくな実績もない。
権力者の縁者じゃない平民相手なら多少の融通は効くけど、貴族相手にはまず通らない。
貴族は個人じゃなくて一族単位で、バックに国がついている。街中とかで軽く絡まれたのをとりなしてもらうのが精一杯だ。
真正面から相手の罪を暴こうとするのは分が悪い。
「あたし悔しいにゃ……」
「力をつけるしかない、冒険者としても」
理不尽なやつらに好きにされないだけの力を。せめて一言我を通せるだけの地位を。
そのためにも、必ず無事にここを脱出する。
「とりあえず進もう、慎重に」
「そうだにゃ……」
こうして、ぼくたちの望まぬ未踏破領域の冒険がはじまった。
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