草原をすすむ

「ノーチェ、そっちおねがい!」

「任せるにゃ!」


 草原にだって魔獣は出る。このあたりに生息しているのは主に『ディグアント』っていう虫型と『グラスウルフ』っていう狼みたいな魔獣。どちらも土の中に穴を掘って巣を作る。


 いま現在、ぼくたちはグラスウルフの群れに襲撃されていた。習性的には自分の集団より強かったり多かったりする相手は襲わないはずなんだけど、どうやら子供だけで歩いているから獲物認定されたらしい。


「『スラッシュ』」にゃ!」

「ギャンッ!」


 左右に分かれて襲ってきていたグラスウルフ2頭を、スフィとノーチェが一撃のもとに切り倒す。ゴブリン相手みたいに一撃で首を刎ねるまではいかないけど、首元から赤い液体を零しながら茶色い毛並みの狼が地面に転がる。


 スフィはそのまま走り抜け、他のグラスウルフたちと並走しながら襲いかかってくる個体を返す刃で倒していく。というか小さめとは言え成体の狼と普通においかけっこしてる。


「にゃっ! フシャッ! 『スラッシュ』!」


 一方でノーチェは短い間合いで巧く立ち回りながら、蹴りや殴りも交えて狼を倒している。どっちも強いけど、戦い方が全然違って面白い。


 というかふたりとも普通に武技(アーツ)使えるようになってるし。あと狼が容赦なく倒されてるのを見るのはちょっと複雑。


 いや、スフィとかまったく気にしてないし、フィリアに至っては普通に兎肉食べてるし。ぼくの感覚が特殊なのかもしれないけど……。


「アリスちゃん! 危ない!」

「うん」


 気配を殺していた狼が背後から飛びかかってくる。身体をずらして回避しつつ、短刀を持った右手の手首を左手で押さえて補強し、すれ違いざまに首の動脈を斬る。


 ……うへぇ、嫌な感触。


「え」

「アリス! だいじょぶ!?」

「ふぅ、ふぅ……ん……」


 やばい、急に素早く動いたから動悸と立ちくらみが。


「ガルルッ」

「チッ」

「はなれろッ!」

「ギャインッ!?」


 傷は浅かったみたいで、すぐに立ち上がって来た狼の横っ面に蹴りを打ち込む。それと同時にかっ飛んできたスフィが剣で斬りつけながら、ぼくの蹴りで一瞬だけ動きの止まった狼をぶっ飛ばした。


 体重的にはグラスウルフの方が重いはずなんだけどなぁ……。


「アリス、だいじょうぶ? ごめんね」

「ぜぇ、だいじょぶ、ぜぇ、あのくらいなら、はぁ、ひとり、でも」

「アリスちゃん全然大丈夫そうに見えないよ!? ごめんね、傍に居たのに」


 フィリアは荷物のせいですぐに動けなかったので仕方ないし、一応動くこと自体は出来る。実際に怪我とかしてないし、きちんとダメージは与えたし。


 へたり込んで動けないのは反撃で体力が尽きただけ、自分のスタミナの無さにはちょっと驚いてる。


「後衛の守りが問題だにゃ……」


 ベルトに佩いた鞘に剣を収めながらノーチェがため息をついた。


 他のは……あ、もう片付いてる。ぼくに襲いかかってきたのが最後の一頭だったらしい。


 基本的な戦闘技術を学んで、ふたりとも本気で強くなっている。この程度の魔獣なら既にものともしない。魔獣の危険度としては『E』のはずなんだけど。


 倒れている個体に体格差がないけど、最後の一体まで襲いかかってくるとはあっぱれな。


「剥ぎ取りどうするかにゃ」

「……んー」


 狼肉ってあんまり美味しくないって聞くし、取れる素材は毛皮と牙と爪くらい。時間を割くメリットが感じられない。


「放置でいいんじゃない?」

「んじゃアリスのポケットにしまって持って行くにゃ」

「…………」


 ささやかな抵抗はあっさりと却下された。


 仕方なくポケットを外して託し、スフィたちがその中に血の滴る狼の死体を放り込んでいくのを見守る。


 まぁ生活スペースの404アパートの中に収納するよりは遥かにマシだけども。


「よし、出発にゃー」

「おー」

「……ぉー」


 ポケットをお腹につけなおし、再び歩きだす。ふたつめの休憩所まで後少しだった。



「たにーをこえてー」

「おかーをこえー」


 …………休憩所を目前にして、スフィ達の機嫌の良い歌声で目を覚ました。


 背負われて揺られているうちにまた意識が飛んでしまってた。身体が超だるい。


「おきた? アリスお熱あるから、ついたらすぐねんねだよ?」

「……ん」


 今朝門を出てからずっと道を歩き続けて、更には戦闘による急な動きで体力を使い果たして見事に熱を出したらしい。


 ……あれおかしいな、ぼくずっとスフィに背負われてたんだけど。最後の最後で華麗にカウンターで一撃入れただけなんだけど。


 人に背負われるのって結構体力使うんだね。


「誰もいないね」

「ラッキーにゃ」


 街道脇に草が円形に刈られ、茶色の地面が踏み均された広場がある。


 休憩所といっても別になにかの施設があるわけじゃない。旅人が途中で身体を休めることが出来るように環境が整えられていった結果出来た広場。


 条件としては平らで水場が近い場所。人の出入りが激しいから、魔獣も近寄りにくい。


 宿場街もあるにはあるけど、徒歩ならあと数日はかかる場所。暫くはこういった休憩所を渡り歩いて進む。


 ぶっちゃけ404アパートがあるから、野営自体はここにこだわる必要ない。でもこんな開けた草原で適当な場所で野営するとめちゃくちゃ目立つし、魔獣に攻撃される危険もある。


「アリスついたよ、テント張るからもうちょっとがんばってね?」

「ん……」

「ノーチェちゃん、どこで野営するの?」

「どまんなかにゃ!」


 目立つわ。


「端がいい、堂々すぎると、揉めかねない、めんどう」

「チッ……しゃあにゃい、我慢してやるにゃ」


 普通の旅人や商人ならいいけど、冒険者って面子商売なところがあるからこういうの結構気にするらしいんだよね。このあたりで揉めたところで百害あって一理もない。


 フィリアが背負っていた大きなバックパックからテントを取り出し、端の方で設営を始める。


 因みに中身は全部テント、フィリップ練師にちょっと大きめのを頼んで手配して貰った。結構値は張ったけど、スライムコーティングっていう新技術で作られた防水仕様の布製だ。


 4人で入ってもゆとりがあるテントが出来上がる。作りもしっかりしている。


「あたし燃やせるもの集めてくるにゃ」

「生木でもいいよ」


 今日は魔力に余力がある、集めてきてくれれば乾燥させる。ちらほら見える木から何本かもらえば充分かな。


「アリスはそれまでちゃんと休むの!」

「うん」


 駆け出したノーチェを見送り、スフィに連れられてテントの中へ入る。


 ポケットからにゅいーんとドアを取り出してテントの真ん中あたりの地面に固定する。


 ふふふ、しっかりしたテントがあるから外からは見えない。鍵をぶっ刺して扉を開ければ、いつもの404アパートへの入り口が出来上がった。


 現代っ子的にはやっぱりこれが落ち着く。


 ストッパーで扉を固定し、軽く足元の土を払う。寝室代わりにしている和室に向かうと、スフィがすぐに敷いてくれた布団に横になった。


「アリス、いいこでねんねするんだよ?」

「……スフィ、ぼくたち同い年……なんでもない」


 たまにスフィがぼくを何歳だと思ってるのか不安になるんだけど。一眠りしたら食事の用意をしよう。


「スフィ、熱出てても、移動はするから」

「……どうして?」


 急ぎではないけど、熱を理由に長くその場に留まることは避けたい。


「狙われてる状況に、変わりはないから、居ないことに気付くと追ってくるのがいるかも。ハリード練師の時間稼ぎも、そのうち気付かれる」

「むぅぅ……」


 普通に考えれば、ハリード練師に護衛されて移動するのが一番安全。子供を歩いて旅させるなんて発想はない。


 でもスフィとノーチェは単純な戦闘力なら既にDランク冒険者に手が届きそうなレベルだし、ぼくだってそれなりの錬金術師だ。切り札だってある。


 これだけ揃えば、意外と無茶を通せる。


「距離を稼げるうちに、稼ぎたい」

「……わかった」


 なんとかスフィに納得してもらえてよかった、後は港を目指すだけだ。


 今回は穏やかな旅になりそうだった。

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