南へ

 一通りの挨拶回りを終えて、3日後に出発すると伝えた翌日。ぼくたちは南門にて集まってくれた人たちに見送りをされていた。


「俺たちもいつか強くなって旅に出るから、その時また会えるといいな」

「その頃にはあたしたち伝説の冒険者になってるにゃ」

「スフィはもっとすごくなってるもん」

「ぬかせ!」

「にゃはは」


 ニックたちを連れてやってきたシスターとランゴバルト。錬金術師ギルドからはフィリップ練師とケイシーさん。


 早朝なので門番以外は誰も居ない、みんな声を抑えながら名残惜しんでいる。


「これ職員のみんなから。アリスちゃん、身体を大事にね、体調には気をつけてね……本当にね?」

「うん……」


 ケイシーさんからは下着と靴下をもらった。質がバラバラなので手縫いみたいだ、正直すごく助かる。こういうのって自分で作るしか無いから、正直全然足りてなかった。


「私が作るわけにもいかなかったからね」

「当たり前ですよ」


 フィリップ練師の冗談めいた発言にケイシーさんの突っ込みが入り、和やかな空気が流れる。


「でも、意図がちゃんと伝わったのにびっくり、わかりやすかった?」

「いいや、君なら伝えた日にちと出発をずらすと思ったし、正直に予定日を守るようなら私が注意していたよ」

「たすかる」


 最悪誰の見送りもなく出発することになるかと思っていた。


「あぁそうだ、ハリード練師がね、昨日の夜に馬車に子供サイズの荷物を4つほど積み込んで"少々"慌ただしく東に旅立ったんだけど、『いずれ東で会いましょう』って伝言を預かっているよ」

「……悪いことをした?」

「元々すぐに戻るようにとせっつかれていたからね、昨日の出立自体は彼の都合だよ。彼ひとりなら岳竜山脈を短期間で突っ切るのも苦ではないしね」

「さすが」


 横断ルートは確立されてるから危険度って意味ではそこまで高くはないんだけど、道自体は険しい。それをものともしないのはさすがBランク冒険者。


「むしろ君たちの護衛を出来ないことを申し訳なさそうにしてたね」

「代金も払えないし、移動速度についていけないから……」


 岳竜山脈のルートだと途中で馬車が使えなくなる。そこからは徒歩で進む以上、高ランク冒険者の強行軍になんてついていけない。主にぼくが死ぬ。


 いくらハリード練師とはいえ404や不思議ポケットのことは教えられないし、移動中に使える住居があるから自分たちの足で少しずつ歩く方がいい。


「本当はもっとゆっくりさせてあげたかったんだが」

「こっちだと、難しい」

「色々と落ち着けないものね」


 確実性をあげるならこの街で数年ほど滞在すべきだったんだろうけど、ここ数日のバタバタを見ていると腰を据えて……というわけにいかない情勢なのがわかる。


 追いかけられる危険はあるけど、所在がバレてるところに長時間居座るより多少無茶でも先に進んだほうがいい。


「何はともあれ、旅の無事を祈っているよ」

「私も神星竜様に祈るから、本当に気をつけてね」

「うん、ありがとう」


 こっちの話の段落がつくなり、シスターたちに送られてスフィたちがやってきた。


「お別れおわった?」

「うん、アリスは?」

「おわった」


 すっかり傷も癒えた様子のシスターが穏やかに微笑みを浮かべる。


「スフィちゃん、ノーチェちゃん、フィリアちゃん、アリスちゃん、どうか無事で。あなた達の旅路を優しき光が照らし続けますよう」

「また会おうな!」

「みんな、またね!」


 シスターが祈りの言葉を告げると、少し離れたところでニックたちが手を振っていた。


「次会うときまでにはもっと鍛えとけにゃ!」

「ばいばい! またねー! 手紙おくるねー!」

「シスター、私がんばってみます!」


 ノーチェ、スフィ、フィリアも順々に手を振り返している。そういえばフィリアの雰囲気が少しスッキリしているような。


 まぁ、落ち着いたならいいか。


 準備は上々、フィリアにはカモフラージュ用の大きなリュックを背負って貰い、ぼくはスフィに背負われる。


「みんな、ありがとう」

「ありがとねー!」


 最後まで手を振りながら、門を抜ける。


 こうしてぼくたちは、朝もやの中フォーリンゲンを旅立った。


 ……それにしても、錬金術師ギルドの人達はいい人たちだった。


 おじいちゃんは最後まで『迂闊に人を信用してはいけない』って、ぼくたちの情報を必要以上に伝えてはいけないと口を酸っぱくして言っていた。貴族に繋がりがある錬金術師に対しては特に気をつけるようにって。


 フィリップ練師の話を聞いてちょっと納得できたけど……違和感が残ってる。


 一体何をそこまで警戒してたんだろう……?


 アルヴェリアについたら、何かわかるのかな。



 フォーリンゲンを出て街道を南へ向かうと、巨大な草原が広がっている。


 パナディア港へ真っ直ぐ進めば馬車で半月、徒歩なら1ヶ月。ぼくたちの足なら2ヶ月といったところ。ただし途中で未踏破領域のど真ん中を突っ切ることになる。


 なので街道は弧を描くように大きく迂回し、途中で隣国の宿場町を経由しながらパナディアへ続いている。こっちの道を使えば馬車で1ヶ月半、徒歩で2ヶ月。


 ぼくたちなら4ヶ月。


 街道ルートを使う問題点は、経由することになる隣国っていうのが重度の人間至上主義だってこと。おかげで巡回ルートをたどる乗り合い馬車が使えない。


 なので端とはいえ未踏破領域……永久氷穴の領域内を通る。


 パナディア北部草原地帯のど真ん中にある、溶けない氷で覆われた地下洞窟。常時氷属性に染まったマナを噴き出していて、領域内は吹雪の吹き荒れる雪原となってしまっている。


 穏やかな気候の草原を歩いていると、唐突に吹雪の雪原が広がっている……って、摩訶不思議としか表現しようがない。


 端っこの方なら魔獣もそんなに強力なのが居ないし距離も短い。順調に行けば数時間で抜けられる……難所ではあるけど危険度そのものは高くない。


「風がきもちいいねー」

「にゃーんか久しぶりにゃ、このかんじ」


 穏やかな風に草木が揺れるのを眺めながら、しっぽをゆらゆら3人は歩く。街に居た時間なんて一月と少しくらいなのに、こうやって外を歩くのが随分と久しぶりに感じる。


 なんだかんだで別れて行動する機会も多かったし、ちょっと不思議な感覚。


「ふたつ先の休憩所で野営の準備しよ、みっつめは遠いから」

「わかったー」


 ちょっと先の予定になってしまうけど、そこから次の休憩所まで結構距離がある。時間的には大分早いものの3つ先を目指すと野営の準備は夕方前になってしまう。


 他に旅人が居る可能性を考慮すると、だだっ広い草原地帯で404アパート用のドアは使えない。


 急ぐ旅じゃないし尾行されてる気配もない、無理せず行こう。


「前から思ってたけどなんでお前が指示してるにゃ、リーダーはあたしにゃ」

「いまのところ、こういうのはぼくが一番適任」

「うんうん」


 リーダーとして尊重してないわけじゃないけど、ノーチェは器以外がまだ足りてない。スフィは頭が凄くいいけど、直感的な理解力に頼って途中の思考をすっ飛ばしてしまう悪癖がある。


 ぼくだってゲームと旅慣れた傭兵の話の混合知識だけど、たぶん一番マシな行動の組み立てが出来る。純粋な戦闘に関してはふたりに任せたほうがいいので適材適所だ。


「ぐぬぬ……まぁ仕方にゃい、ふたつ先の休憩所で野営にゃ!」

「おー!」

「ぉ、おー」


 ちょっと悔しそうにしながらも、ノーチェが承諾してくれたことで無事に予定が決まった。


 提案した理由もちゃんと理解した上で判断してるみたいだし、ぼくの出番がなくなる日もそう遠くない気はするんだけどね。

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