錬金術師ギルドにて
孤児院へ挨拶に向かった翌日、ぼくたちは錬金術師ギルドで旅立ちの予定日が決まったことを伝えた。
「貴重な癒やしが……!」
「一度くらいは撫でたかった」
「アリスちゃんたち、元気でね、お姉さんたちみんなで無事を祈ってるからね」
旅立ちの予定を知ったお姉さんたちは、別れをものすごく惜しんでくれた。
孤児院の子どもたちの方があっさりしていたくらいだ。一部の小さい子以外は「元気でね! ぜったいまた会おうね!」「絶対見送りいくから」程度だったし。
これが最後とばかりに構われるので、お姉さん組はスフィたちにまかせ、ぼくは苦笑して眺めている責任者組と話をすることになった。
「フィリップ練師、ジョルジュ練師……みんなも、ありがとう」
「いいや、大した力になれずに申し訳ないくらいだ。シグルーン卿も会えなくて残念がっていたよ」
支部長であるシグルーン練師とは結局挨拶すらできないままだった。元々凄く忙しい人で、ここのところの騒動もあってあちこち奔走しているらしい。
ギルドに居る時は偶然にもぼくが寝込んでいる時で、一度も顔を合わせることなく街を出ることになってしまった。会わずに済んで良かったような会ってみたかったような、複雑な気分。
「学会でアルヴェリアにある本部へ行くこともあるだろうからね」
「うん」
「まぁ、礼を言うのはこっちだ。あの精度でポーション作れるやつなんて殆どいない、おかげで命を取り留めた患者も多かった」
そんな大げさなと思ったけれど、臨床にも携わっていた専門家の意見を蹴るのは違うかと思って黙る。
「ぼくは、ぼくにできることをしただけ」
「大事なことはしっかりわかってるな。アリス練師が出来ることは他の錬金術師のできないことだった……そういうことだ」
「…………」
こんな風にまっすぐ褒められるのは久しぶりで、なんだかちょっとこそばゆい。
おじいちゃんは褒めてはくれたけど、ほんの少しの呆れや隠しきれない畏れみたいなのがあった。
大人の男の人に褒められるのは、たいちょーさんに頭をくしゃくしゃにされた時を思い出す。どうも警戒心が緩んでしまう。
「あぁそうだ、これは餞別なんだが」
「?」
会話の隙間にフィリップ練師が足元に置いていた木箱をテーブルの上に乗せる。音からして結構重量があるみたいだ。
「これって?」
「以前使っていた調合器具です。少し古いですが一通りの作業は出来ます」
箱の中身はガラスと陶器の調合器具。フラスコや試験管、シリンダーや試験管を立てる為の台。乳鉢や薬研はもちろん、抽出用のスタンドや手入れ用の掃除道具まで一式揃ってる。
使い込まれた感じはあるけど、見るからに物は良いのがわかる。
「いいの?」
「持て余していたものだからね」
「なんで、そこまで?」
こういった道具は錬金術師の特注になるため、決して安いものじゃない。これだけ揃ってるなら金貨数枚は余裕で超える。
そこまでしてくれる理由に心当たりがなくて、少し困惑してしまった。
「……ハウマス老師が昔はラウド王国の宮廷錬金術師だったことは知っているかい?」
「うん」
おじいちゃんは好んで語った事はなかったけど、ちらっと聞いたことはある。
国王に請われて宮廷錬金術師として魔道具の研究に勤しんでいたけど、宮中の政争に疲れ果てて引退することになったんだっけ。
「当時、私はとある錬金術師の弟子として薬学の研究をしていてね……」
フィリップ練師は言葉をところどころ濁しながら、過去を話してくれた。
当時のフィリップ練師は錬金術師になったばかりの若者で、そこそこ名の通った第3階梯の錬金術師の弟子として宮中で薬草の研究をしていた。
主に広範囲の毒に対抗するための薬草の研究。幸いなことに研究は順調で、着実に成果をあげていた。
そこにやってきたのがハウマス老師……おじいちゃん。
50代にして第9階梯になった天才錬金術師にして魔道具技師。ラウド王国出身の偉大な錬金術師を、帰国を確認するなり国王は自ら出向いてスカウトした。
貧しい祖国に錬金術を広め豊かにしたいという野望を持っていたおじいちゃんはその要請に応え、ラウド王国に多大な研究成果をもたらしていった。
フィリップ練師がおじいちゃんと出会ったのは、ちょうどその頃だったらしい。ざっと20年くらい前かな。
「東と港からつながる交易路に街を持っていることくらいしか強みのなかったラウド王国が、今では光神教会の影響に対抗できる力を手に入れつつある理由だ」
「錬金術師ギルドがあるから、拮抗できてるとおもってた」
「残念ながら西の支部はそこまで強力ではないよ、フォーリンゲン支部はギルドにとっても重要な拠点だから無茶も出来ないしね」
「そうなの?」
「西側には未踏破領域や未発見の遺跡がわんさかあると言われているから。素材を手に入れるため、出土品を入手するため、西への通用口であるこの支部は結構重要なんだよ。なにより光神教会はかなり強力な組織だからね……」
「そこまでつよいと思ってなかった」
「彼等は人が生きるために必要なものの一部を握っているからだよ」
基本的にギルドっていうのは大きなものでもその国独自、普通は街や村単位で構成される職業組合だ。都市を跨いで影響を持つギルドなんて殆どないし、国を超えて影響を持てるギルドなんて冒険者、錬金術師、魔術師の三大国際ギルドくらい。
ただ、それ以外でもひとつの組織の影響下で勢力を広げるギルドがいくつかある。
「主食(パン)と塩と医療を握られてしまうと、どうしてもね」
光神教会がガッチリ握って離さない利権、それがパン焼きと塩と医療。大陸最大の岩塩鉱山と穀倉地帯を押さえているバティカルは、それによって得たアドバンテージを光神教会の威光を乗せて全力で活用した。
教会の管理下にない塩とパンの売買を禁ずる法を影響下にある各国に承服させたのだ。西側では主食として普及されつつも、パンを焼く技術は教会によって秘匿されている。
東側ではそんな規制ないので、普通に製法が普及してるそうだけど法律のせいで西側の大半の国じゃ売れない。
「禁じられているのは売買だから、錬金術師ならいくらでも回避する手段はあるんだけどね」
「パンたべたことほとんどないから、しらなかった」
おじいちゃんのとこに居た頃の主食はだいたい芋だった。たまにクッキー一歩手前みたいなかったいパンを貰ってきた時があったけど、美味しいと思った記憶がない。噛みごたえがあったからスフィは少し気に入ってたっけ。
でもそうか、教会は信仰云々よりもっとガッシリと現実的な実利で権益を固めていたんだ。
外傷を治せる信仰魔術に、傷以外の病に対処するための医術ギルド。塩の流通とパンの製法。前者ふたつを武器に、後者を承服させている。
魔獣の被害が多くて、まだ戦争だってあちこちで起こってる。治療技術を喉から手が出るほど欲している国は多い。そこをついて教会は、人々の生命線を握ることに成功した。
いちど瓦解しかけてなお、西側でこれだけの影響を保っている訳だ。
「錬金術師ギルドがきらわれるわけ……」
「彼等の既得権益と真正面からぶつかっているからだろう」
医薬品、生活を豊かにする技術や道具。それらは存在するだけで教会の影響力をガリガリと削り落としていく。
現にこの街は光神教徒が大多数でありながら、教会の支配力が弱い。いざとなれば錬金術師ギルドが代替品を用意できるからだ。領主が錬金術師ギルドとの関係を密にしているのは、そうやって少しでも教会の影響を減らそうとしているからだって話だ。
「だから、ハウマス老師も我々も目障りだったんだろうね」
おじいちゃんが宮廷錬金術師をはじめた頃、名高い錬金術師が加わったラウド王国宮廷錬金術師たちは、"怪しげな術を使う奇妙な集団"と見られながらも着実に成果をあげていった。
そんな矢先、王族の暗殺事件が発生する。
犯人としてあげられたのはフィリップ練師の師にあたる第3階梯の錬金術師。弁明する暇も与えられず、法務大臣率いる兵士に引っ立てられてろくな裁判もなく処刑されてしまった。
共謀者として危うく処刑されるところだったフィリップ練師を助けたのが、おじいちゃん。
「老師は残された私たちを守るため、全ての魔道具と地位を返上して宮廷を辞去したんだ」
おじいちゃんは作った魔道具と研究資料、財産の全てと引き換えに処刑される弟子たちの助命を嘆願した。代替わりしたばかりの国王は完全に大臣たちの傀儡だったけど、病床にあった先代国王が這う勢いで会議に現れ、無理矢理おじいちゃんたちの強制追放を決めたのだとか。
「あの当時は精神的に追い詰められていて気付かなかったけれど、陛下は最後に私たちを逃してくれたんだろうと思う」
おそらく、おじいちゃんもそれがわかっていたから自分の地位や財産を引き換えにして時間稼ぎをしたんだろう。
「私がこうして無事に生きていられるのはハウマス老師のおかげなんだ。だからね、せめて君たちがこの街にいる間は守りたかったんだよ……あまりに力不足すぎて、自分が情けなくなるけどね」
「……ううん」
妙にぼくたちに対して好意的だったフィリップ練師。その理由に合点がいった。
正直フィリップ練師が受け入れてくれなければ、こんな風にのんびり過ごせていない。
今頃は路地裏で身を潜めているか、あるいは騒動に乗じて攫われているか……少なくともろくなことになっていないのは確かだ。シスターたちの孤児院に拾われる可能性が残っている程度、どちらにせよここまでスムーズに旅の準備は出来ていなかった。
「フィリップ練師がいなければ、旅の準備だってもっとかかっていた、凄く助かった、ありがとう」
「そう言って貰えると、少しは肩の荷が降りた気がするね」
穏やかな笑みを浮かべたフィリップ練師が、静かに息を吐いた。
「君たちが無事にアルヴェリアについたという報せを心待ちにすることにしよう」
「……かならず、手紙を出す」
予定通りでトラブルがなければ2~3年はかかる長い旅になる。
バイエルの空港を使えれば半年もかからないのに、まったく酷い遠回りだ。
「ああそうだ、忘れる前に……パナディアの錬金術師ギルドへの紹介状もしたためておいた。見送りには必ず行こう」
「うん」
封蝋で閉じられた手紙を受け取る。結構な厚みがあるそれを両手でしっかりと掴み、小さく頷いた。
■
「……すまなかったな」
「ううん」
話が終わった帰り際、お姉さんたちに構われすぎて少しぐったりしているスフィたちと錬金術師ギルドを出る直前。
唐突に西側出身の錬金術師に謝られた。何のことなんて聞くほど間抜けじゃない。
「突然現れた半……獣人の子供が、俺たちよりずっと才能があるなんて認められなかった。今でも悔しくて仕方がない」
「うん」
「だが、賢哲たるべき錬金術師にあるまじき態度だった。未熟と謗られても言い返せない」
「……ぼくも、態度が悪かったと思う」
今にして思えば、さして興味がありませんって態度はよくなかった気がする。いっぱいいっぱいだったとはいえ、衝突して当然だった。
なんというか、"前世で学んだ嫌な奴への対応術"と"アリスの悪癖"が悪魔合体を起こしてる感じだ。今後は意識して気をつけないといけないかもしれない。
「見た目よりずっと大人だな、君は……旅の武運を祈っている」
「……そっちも、研究がんばって」
仲直りした訳じゃない、わかりあえた訳でもない。でも、一歩進んだ。
すたすたと歩き去る錬金術師の背中を見送ってから前を向くと、スフィたちが複雑そうな表情を浮かべていた。
「……やなひとじゃなくなっちゃった」
「なんか、悪いやつじゃにゃくなったにゃ」
「出会い方と接し方なのかもね」
前世では怯えられ避けられてばかりで、いつしか他人に興味を向けることを諦めた。
今生では元から他者に興味なんてなかったところに、ろくでなしが多すぎて余計に悪癖が深刻になっていた。
西側の錬金術師たちとだって、もっとちゃんと興味を持って接することが出来ていたら……。
もしかしたらもうちょっと仲良くなれていたかもしれない。
せっかく言葉を交わせる形で出会ったのに、すれ違うだけなんて勿体ないよね。
これからは、もうちょっと他人に興味を持って生きていこう。……もちろん、出来る範囲で。
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