孤児院での一幕
翌日から、ぼくたちは出発に向けて挨拶回りをはじめた。
正直相手側がぼくたちをあぶり出そうとしている気がしなくもないんだけど、ぶっちゃけスフィたちが限界に近い。
悪意をぶつけられるっていうのはとてもイライラするし、苛立ちを我慢するのは凄く疲れるのはわかる。
すぐ近くで接していてスフィたちの疲労はひしひしと感じていた。表情から笑顔が消えて目に見えて不機嫌そうなオーラを醸し出しているのだ。
考えてみれば当然で、絶賛悪意がふりまかれている街の中で主に過ごすのはスフィたちなのだ。常に安全な場所にいるぼくとは違う。
じゃあ大人しく部屋の中に閉じこもっていろって、守られる立場のぼくが言えるはずもない。
スフィは身体を動かすのが好きで、ノーチェは好奇心旺盛で散歩好き。引きこもりに耐えられるのはフィリアくらいだ。
隣町のスラムでの暮らしだってたくさん我慢していたのに、これ以上の我慢を強いればストレスでふたりが壊れてしまう。
リスクは承知の上で、さっさと東へ抜けてしまうのが一番。
フィリップ練師やハリード練師に相談しても、同じ意見だった。
■
「きれいになってる」
「でしょー」
何故か自慢げなスフィに連れられて、ぼくたちは再建された孤児院へとやってきていた。
錬金術師ギルドから建築学の専門家が派遣されて、着工から完成まで1週間足らずで再建が終わった。
建物はもちろん古かった部分の塗装も完璧に仕上げられていて、ぱっと見は真新しいピカピカの新築だ。建築技師の本領発揮ってところかな。
「いらっしゃい、よく来てくださいました」
門をくぐると、いつぞやの時と同じようにシスターが出迎えてくれた。
「おじゃまします!」
「おじゃまするにゃ」
「おじゃまします……」
堂々と踏み込むふたりをフィリアが追いかける。ぼくはもちろんフィリアの背中で大人しく荷物になっている。
食堂で行くと孤児院の子供たちが全員揃っていた。こっちをものすごく睨んでいるジグも。
孤児院周りは完全にスフィたちの担当で、気付いたらシスターや孤児院の子供たちと和解……というのもおかしいかな、とにかくまた仲良くなっていた。
寮にいる間はぼくが寝込んでいたし、見事なまでのすれ違いだ。
「なんできたんだよ! おま……いっだああああ!?」
「静かにしとけ」
ニックが悪態をつこうとしたジグの後頭部を平手で引っ叩く。軽い音だったけど、ジグは予想外の叫び声をあげて仰け反った。
「そ、そこの、ブスがぎゃーーー!?」
「お前ほんといい加減にしろって!」
こりないジグの後頭部にもう一撃、今度は平手じゃなくてグーだ。
何事かと思ったけど、そういえば仮称ビームライフルで後頭部ぶん殴ったんだっけ。まだ治ってないのか……。
「お、おれはぜったい、おまえらのことなんて、認めねぇ……!」
「……お前な、ちゃんと謝るっていうからここに来ていいって言われたんだぞ?」
ジグは涙を流して後頭部を押さえて、ぐすぐす鼻を鳴らしながら悪態をついている。
どうやら謝るから一緒につれていってと嘘をついて糾弾にきたらしい。その根性だけは認めたい。
対してニックはジグに対しとても怒っているようだった。あの状況を見てどれだけ危険なことをしていたかわかってるんだろう。
出ていったことについてはぼくたちも人のことは言えないけど、一応弁明が出来る程度の働きはしている。
ぼくだって街中で切り札を使っちゃったし。
「ジグ、酷いことを言ってはいけませんよ」
「酷いのはそいつらだろ! みんなそいつらが原因だって言ってる! シスターが怪我したのだってそうだろ! シスターはだまされてるんだ!」
「いいえ、違いますよ。私は彼女たちのことも守りたいと思って……」
「なんでだよ! シスターはおれたちよりそんなはんじゅうのことがだいじなのかよ!?」
「違います、どちらも私にとっては大切な子供たちです」
「じゃあそいつらをおいだしてよ! 悪いやつらなんだよ! おれしってるんだ! みんなはんじゅうが悪いって言ってる! そいつらのことだろ!?」
「ジグ、半獣というのは人を傷つけるための言葉です。人に向けて使ってはいけないといつも言っているでしょう? それに約束したはずです。酷い言葉をぶつけたことを謝るって」
「でも! でも!」
シスターの懸命な説得もまったく響いていないようで、顔を真赤にしてジグは言い募る。
「シスターアナンシャ、それじゃあダメですよ」
食堂の片隅で様子を見ていた、恰幅の良いおばさんが一歩進み出る。
「シスタークレモナ……」
困り果てたシスターが一歩下がると、代わりにクレモナが座り込んでジグと視線を合わせた。
「先代の孤児院長さんらしいにゃ」
「たまにおてつだいにきてるよ」
「ん」
耳打ちでこっそり教えてくれたスフィたちにお礼を言って、どうするのかと耳を傾ける。
ジグは完全に頭に血が昇って頑なになっちゃってる。ああなると自分に都合のいい情報以外は受付られなくなってしまうのだ。
でも見るからにベテランっぽいし、なにか作戦があるのかもしれない。
「ジグくん、シスターアナンシャのことが大切なんですよね?」
「あたりまえだろ! だから!」
「えぇ、だから悪い子たちを追い出そうとしたんですよね?」
「そうだ!」
「どうして悪い子たちだと思ったんですか?」
「あいつらがはんじゅうだから! みんなもあいつらが悪いって言ってる!」
「シスターアナンシャはあの子たちを悪い子だなんて思っていませんよ?」
「シスターは騙されてるんだ! だからおれがやっつけないと!」
「……みんなが言っているから正しいのでしょうか。かつて光神はおっしゃいました、正しさを決めるのは数ではない。数の力は白を黒にすら染めてしまうのです、だからこそ正しさを決める為に数の力を振るってはいけないと。関わりのない"みんな"ではなく、あなた達とともに暮らして来たシスターアナンシャのことを少しだけでも信じてあげられませんか?」
「みんなが言ってるんだから正しいにきまってるだろ! シスタークレモナはおかしいよ! まちがってる!」
「……」
なんで真っ直ぐに言いやがる。まったく揺らがないジグの態度に、シスタークレモナが立ち上がって悲しそうに首を横に振った。
「これは長期戦ですね……」
いやダメなんかい。
ベテランの敗北によってジグくんは強制退場が決定した。できたばかりの反省室送り第一号だ。
「ぜったいにおいだしてやる! シスターはおれがまもるんいてええええええ!?」という叫びを残してニックとミドに連れていかれるジグを見送って、その場の全員が深いため息をつく。
「普段はもう少し聞き分けの良い子なんですが……」
「なにか意地になってしまうことでもあったんですかねぇ」
シスターが困惑しきっている。どうやらぼくたちが関わらないところではもうちょっとまともらしい。
「ノーチェ、スフィ、あの子となにかあった?」
「んー? 特ににゃにも……」
「んーと……んー、ないの」
ふたりは心当たりが無いらしい。だとしたらほんとになんであんなに頑ななのか。
「あの……」
何となく据わりが悪くて悩んでいると、フィリアがそっと手を挙げる。
「ここにきたとき、ニックくんとミドくんがスフィちゃんたちと訓練したでしょ、その時ジグくんがね……」
「あぁ、混ざってきたにゃ。んで女なんかが冒険者やんにゃよって馬鹿にしてきたにゃ」
「それでね、スフィちゃんが」
「うん! スフィがぼっこぼこにしたの!」
あー……それかー。それで妹であるぼくに突っかかってきたのね。
にぱっと無邪気な笑顔の時のスフィは割と容赦がない。
「スフィ……」
「だってあいつ、アリスの悪口いうんだもん」
ぷくーっと頬を膨らませるスフィは、どうやらぼくの悪口を言われて相当ムカっときたらしい。
「これは暫く無理そうですね。会わせないようにしましょう」
シスターがはぁとため息をついた。無理に仲良くさせようとしてもこじれることはちゃんとわかっているらしい。
すぐ街を出るから別にいいんだけど。
「改めてごめんなさい、ジグくんの分まで謝ります」
謝る必要のないシスターが頭を下げて、ようやくぼくたちは椅子に座れた。
■
「そうですか、もうすぐ街を出るんですね……確かにこの街はまだ獣人の子には居づらいですから」
「ん」
お茶を頂きながらシスターと話をして、今回の騒動のあらましというか、シスター側の動きも正確にわかった。
元はと言えばフィリップ練師もシスターも、今回の囮作戦には反対の立場だった。
しかし敵の動きの中に明らかにぼくたちを狙っているものが含まれていたため、何とかして保護しようと相談を重ねていたのだという。
結局シスターの盾の効力が及ぶ孤児院で預かるのが一番という話になって、水面下で話を進めていた矢先に今回の騒動が勃発。
思った以上に敵の動きが性急で準備も整わないうちに次から次へと敵が襲来。結局謝罪する時間も説明する時間も殆どないまま、事態が終息してしまったのだ。
その中でぼくらを預かることと戦場にする条件として、孤児院の補修及び立て直しをねじ込んだのはただでは起きない感じだったけど。
「無事でいてくれて本当によかったです。あの時は本当に肝が冷えましたから」
「ん」
シスターが一番焦ったのは無銘修道会の襲撃、一番やばい神兵を何とか止めている間に次にやばい女に抜けられてしまった。
神兵はシスターに言わせれば戦闘力自体は大したことがなかったそうだけど、とにかくパワーと耐久力が異常だったという。明らかにスピードの乗っていないパンチが防御姿勢のシスターを盾ごと吹き飛ばし、無防備な肉体が武技を平然と受け止める。
練気に長けているといっても限度はある。それに戦力という意味ならシスターだって一流クラスで、いくら全身鎧とはいえ鈍器を用いた武技まで食らって平然としているのはさすがにおかしい。
なので明らかにやばい相手として何とか押し止める方向に切り替えたらしい。
「最初は加護持ちかと思ったくらいです、あんな恐ろしいものを作り出せるなんて」
「加護?」
シスターの言葉に首を傾げる。聞いたことあるようなないような単語だった。
「生まれつき神から授かった力のことです、魔術とも神聖術とも違う力で……内容は一定してませんね。覚醒すると自分が何の加護を授かったか自然とわかるそうです」
……さしずめ人間型のアンノウンってところかな。シスターの物言いだとこっちの世界では普通に存在しているらしい。
異常な存在として扱われることもなく、特別な能力を持っただけの同じ人間として。
「もし発現すればどんな加護でも引っ張りだこで……アリスちゃん?」
「……」
言葉が出なくて、首を振る。
魔術や魔獣なんて存在が当たり前なんだから、人間が異能をもっていたって不思議なことなんてないかもしれない。
だけど、そっか。こっちだと"普通"なんだ。
「スフィも加護、あるかなぁ、そしたらアリスのこともっとちゃんとまもれるのに」
「もしかしたら持っているかもしれませんよ? 優れた才覚の持ち主は持っていることが多いですから」
「ほんと?」
「それならあたしもたぶんもってるにゃー、絶対」
スフィのノーチェの反応で気が紛れて、ようやく喋れるようになる。
それからは子供たちも交えて他愛ない談笑が続いた。
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