チュートリアル
めちゃくちゃ渋るスフィたちを何とか説得して、ぼくとヒトガタは職員寮の裏手にきていた。適当な石に腰掛ける。
「愛されてるねぇ」
「ん」
見えないギリギリの位置で3人が様子をうかがってる気配がある。集中して耳を立てるとひそひそ声までちゃんと拾える。
ここから先は、聞かれても大丈夫なように日本語で話す。
「ぼくに変なことしたら噛み付いてやるって」
「それは怖いな、気をつけないと」
おどけた仕草で肩をすくめるヒトガタが、手にする弦楽器をぽろろんとかき鳴らした。
「時間をかけるとスフィたちが焦れるから、単刀直入に聞く」
「どうぞ」
「あなたはなにをどこまで知ってるの?」
「そうだね、君の内心以外は全部かな?」
「教えるつもりは?」
「まっっったくないね! 私はネタバレ否定派なんだ」
ハハハと朗らかに笑うヒトガタに、ちょっとイラっとする。
「……じゃああなたは何のために出てきたの」
「呼びづらそうだから好きに呼んでいいよ」
「ハリガネマン」
「あっはっはははは!」
苛立ちを込めて割と酷い呼び名を叩きつけたら、ヒトガタはお腹を抱えて笑い出した。……おなかの部分も針金の集合体にしか見えないけど、呼吸とか腹筋とかあるの?
「はははは……はぁー、い、一応この化身はね、海蛇の領域ギリギリにある南方諸島風の男で、肌は浅黒く、髪と瞳は淡い金色。女性ウケがいいんだよ」
「詳しくいいすぎじゃない?」
「お友達と認識の齟齬があると困るだろう?」
このお見通しな感じが、なんだか腹が立つ。
「それで、ハリガネマンはなんで急にでてきたの?」
「つい最近自分のミスに気付いてね、アフターフォローのためさ」
「……ミス?」
「あぁ、私の体感時間だと随分と久しぶりでね、君が精神干渉の類いを受け付けないことをすっかり忘れていたんだよ……いやぁ失敗失敗」
笑いながら後頭をかく仕草に、ちょっと毒気が抜かれる。
「流石に投げっぱなしもどうかと思って、慌ててチュートリアルにきたのさ」
「チュートリアル、このカンテラはハリガネマンがくれたの?」
「あぁ、それを君に"届くよう手配した"のは私だよ」
「手配した、ね」
含みのある言い方に、まともに情報をくれるつもりはないようだと判断する。
流石にハリガネマンみたいなのを相手にすると、ぼくじゃ嘘すら見抜けない。
「どうしても断れない相手から君へのプレゼントを預かってね、色々伝手を使って届けてもらったんだ。でも使い方が伝わらないのは想定外だったという訳さ」
「その相手って?」
「言う気はないよ、長話はよくないんじゃなかったかな?」
「……」
切り返しに口を閉じる。確かに長引けば長引くほどスフィたちが焦れてきて、乱入されたら聞きたいことも聞けなくなってしまう。
「そのカンテラはね、ある名もなき神獣の作った神器……以前の地球で言うところのアンノウンだ。『
「…………」
ロウソクみたいな小さな火が灯る。思い描く通りの黒い影の輪が生み出され、ふわふわと宙を浮かぶ。
「今は君の魔力で代用してるけど、本来の燃料は別にある」
「燃料?」
「これさ」
突然、ハリガネマンが指で小さな石を弾く、薄暗い緑色の小さな石が炎の中に飛び込むと同時に、炎がぽぽぽっと僅かに勢いを増した。
「魔石だよ」
生物が持つエーテルをマナに変換する臓器が、その生物の死後硬化したもの。一部魔道具の材料として期待され研究されているけど、現状は魔石から魔力そのものを取り出す技術はない。
生物は生まれながらに固有の属性があって、魔石の色や大きさからその生き物が持っていた属性や魔力貯蔵量の最大値を測れる。
そして魔石は魔力を通すことで、対応する属性を増幅させることが出来る。
「ゴブリンのだと微々たるものだけど、塵も積もればってところかな。ただし所詮は影、火が消えれば影も消えてしまう」
「……燃料がわかったのは、よかった」
謎だった火の大きさについての問題が解決した。確かにそれなら現在の火の小ささにも納得がいく。
使いたいなら魔石を集めろってことね、買うと結構高いから気軽には使えなさそうだ。
……?
「あれ、じゃあなんであの時すごい量の火が?」
「送り主からの手助けってところだろうね」
「送り主って?」
「謎というのは自分で解明してこそだよ、愛し子」
突っ込んで聞いてみても、やっぱりはぐらかされる。こっちは割と命がけなんだからゲーム気分じゃいられないんだけどな。
「じゃあ、あの謎の剣は?」
「天叢雲(アメノムラクモ)だよ、自分の出身国の神器だろう?」
それはわかってる、知りたいのは剣の効力の方だ。
「効力が謎だった」
由来そのものは知ってる。スサノオが八岐大蛇っていう巨大な蛇の怪物を倒した時にその尾から出てきた剣で、確か天照大神(あまてらすおおかみ)に献上されたとかなんとか。
それからなんやかんやあって地上に戻って、日本の皇家の象徴になったんだっけ。
諸説は色々あるけど、一応は実在してる武器だ。
「それはそうさ、あれは偽典。本物そのものじゃなく、本物が集めた信仰そのものが形になったものだからね」
「ん」
「沢山の人が抱く幻想が集まって作り上げた伝説の神剣という虚像、それを影という形式で剣の形に鋳造したものが『原初の光』で作り出す偽典。要するに"神話の武器"という幻想そのもの」
「……それだけ聞くと凄い力に聞こえるけど」
天叢雲は日本神話を象徴する3つのアイテムのひとつだけど、いわゆる武器としての逸話みたいなのが殆どない。少なくともぼくは知らない。
一般に伝わってる範囲じゃ普通の範疇の使われ方しかしてないんだ。
武器としての幻想度合いで言うなら、八岐大蛇を倒した『
「言いたいことはわかるよ、単純な武器として見るなら"神話に出てくる凄く有名な剣"でしかないからね。とはいえ大抵の神よりは遥かに格が高いし、振るだけで神に類する力だけを切り裂けるけど」
「……」
やっぱり狙ってきたあれは神と呼ばれる類の存在なのか。前世では神も悪魔も妖精も精霊も謎の生物も全部ひっくるめて『アンノウン』だったから、詳細が分けられてるのが逆に新鮮。
「神族以外に使う分には何も切れない剣の形をした影だね」
「ダメじゃん……あんなのが次々出てくるのは勘弁してほしい」
ぶっちゃけ役に立たない。今後あんなのがワラワラ出てくるとか言われるとそれはそれで嫌だけど。
「あはは、それはないさ。神獣と契約した初代魔王によって神々は神域と呼ばれる異なる次元に追い出されてるからね。当時君臨していた神は大半が魔王に殺されてるし、現在は神獣とその眷属を除いてこの世界に神と呼ばれるべき存在はいない」
「じゃあ、あの神兵って呼ばれてたのは?」
「神として地上に君臨したがってた連中が、神無き時代に産まれた信仰に取り憑いてちょっかいを掛けてるのさ。ただし神域からこっちに干渉するのには相応のリスクと対価が必要だ。神域も今はちょっとバタバタしている、それに……うん、神々は君にそう簡単に手を出せない。今回のエンカウントだって、実態としては完全なる偶然だからね」
「……光神教会はどういう状況なの?」
「それは光神教会の人間に聞きなよ、じゃあ話を戻そうか」
なんだかんだ言いながら、ある程度の情報は教えてくれるらしい。真実かどうかは確かめる術がないので一旦横に置いておく。
「最初に言ったとおり、偽典(ぎてん)天叢雲(アメノムラクモ)は地球の歴史ある国、そこに伝わる神話に名を残す伝説の剣の影。神秘の剣に向けられた人々の幻想の結実だ、しかし武器として大した逸話を持たない謎だらけの剣は、その名が持つ圧倒的な格に対して実が伴っていないともいえる。他の二種共々ね」
「ん」
他の二種ってことは、八咫鏡(ヤタノカガミ)と八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)も作れるのかな。確かにその2つも神話で名前の上がるアイテムの中でトップクラスに有名なのに、道具としてこれといった逸話がない。
「つまり、単品で神として成り立つだけの格を持ちながら、事実上中身は空っぽなのさ。オリジナルもレプリカも王権(レガリア)としての意味しか持っていない」
「……それ、結局武器としては微妙ってことじゃないの?」
「寝起きのせいで頭が鈍ってないかい? 最初に説明したはずだよ、『原初の光』は君の思い描く幻想(ファンタジー)の影をこの世界に映し出すものだって」
思い描く幻想(ファンタジー)、その影をこの世界に映し出す。
ただ影の形を自由に操るだけなら、わざわざ幻想なんて言い方はしないだろう。
だとすると、重要なのはそこで……。
「……もしかして、特殊な効果を詰め込める?」
「使うためには条件も制限もあるし、燃料は大量に必要になるけどね。武器として、道具として、装飾品として、君が神器の中身を埋めていけばいい」
「回りくどい……」
「でも嫌いじゃないだろう? ゲーマーライクって奴だ」
その言葉で、この世界を取り巻く違和感の一部が少しストンと腑に落ちた気がした。
神々の実在に、見え隠れする世界の法則を司るシステム。誰かがそういう風に世界をデザインしたと言われる方がしっくりくる。おそらく古の神々とか、神獣とかだろう。
アドベンチャーゲームの世界に飛び込んだような感覚に、こんな状況じゃなければワクワクしていたかもしれない。
「ここは現実でしょ」
「そう、紛れもない現実世界だ。だからこそ冒険は楽しいんだよ、君ならここで新しい人生を楽しめるさ、保証する」
無邪気で楽しそうな声、まるで自慢をするみたいに聞こえる台詞。
「あの日、何があったの? どうしてぼくには前世の記憶があるの? ピトスって何?」
立ち上がった気配に胸がざわついて、思わず矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「記憶については事故みたいなものだよ、お詫びってことで憑依とか乗っ取りじゃないことだけは断言しといてあげよう。他の質問の答えは君の記憶の中にある。忘れたいなら忘れたままでもいいと思うよ、どうせ大したことじゃない」
「……そう」
思い出せないっていうのは、これで結構気持ちが悪い。なにか大事なことを忘れていないかってもやもやするからだ。
「さて、これ以上長居すると君の怖いお姉さんに怒られてしまいそうだ」
おどけるような言葉にハッと顔を上げると、我慢しきれなくなったのか隠れている場所からスフィの耳がちらちらと覗いていた。
「私も化身を使っている限り普通の人間程度の力しかないし、地上のことに関与する気もない。今回は特例だよ」
「…………まだ聞きたいことがある」
「時間切れだ、趣味の人間観察に戻らなきゃいけない。もしかしたら二度と会うこともないかもね、それもまた良いことだ」
立ち上がった彼は、楽器をぽろんと鳴らしながら歩き始めた。
「あぁ、折角謎の吟遊詩人として現れたんだ、特別サービスで最後にそれっぽいこともしておこうか」
「……?」
引き留めようとした手をさげた途端に立ち止まった彼が、おどけた仕草で振り返る。
「アルヴェリアを目指すならまずは南へ向かうといい、運が良ければ君にとって心強い味方と出会えるだろう。それじゃあ達者でね、我等の楔」
「……うん」
彼はそれだけ言い残すと、振り返ることもなくスタスタと街の中へ消えていった。
体力的にも心情的にも、追いかける事はできなかった。
「アリス! だいじょうぶ? なにもされなかった!?」
「何話してたにゃ?」
立ち去ってすぐ、スフィが速攻で駆けつけてきた。抱きしめられながら大丈夫と答える。
それに続いてやってきたノーチェとフィリアを加えた3人に詰め寄られながら、小さく首を横に振る。
「思わせぶりなことばっかり言うから、振ってやった」
「にゃんだそりゃ」
「アリスちゃん、なんか凄く大人なこと言ってる……」
残念だけど、これについて細かく説明するつもりはなかった。彼についての説明からはじめなきゃいけなくて、ややこしくなるだけだ。
南か……ハリガネマンに言われると、警戒してしまうのは何でだろうね。
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