旅の語り部

 追加の敵は出てこず、事態が落ち着いたということでぼくたちは錬金術師ギルドの職員寮に舞い戻った。


 シスターや子供たちも一緒だ。破損した建物が修理されるまでの間、避難先として職員寮の空き部屋を使うという交渉もしていたらしい。


 本来はもっと時間をかけて物事をすすめるつもりだったみたいで、随分急ピッチな引っ越しになってしまったようだけど。シスターってああ見えて本当にしっかりしてる。


 ……今回の騒動を一言でまとめるなら、バイエル王国によるラウド王国への侵略行為。


 フォーリンゲンの近くにゴブリンの集落が出来ていることが発覚したのが全てのはじまり。


 バイエル王国の諜報部隊が裏から手を回し、ゴブリンたちを武装させて襲撃させる計画だった。しかし冒険者がそれを発見したことで事前に潰すことが出来たものの、怪我人多数。


 失敗を悟った諜報部隊の連中の使役者(テイマー)がゴブリンや魔獣を操って馬車に詰め込み、内通していた門番やらと協力して街中で一斉に暴れさせた。


 主な狙いは中央にいる領主、騎士団が鎮圧に動いている隙に主力部隊が領主邸を襲撃していたらしい。


 ぼくたちは完全に行きがけの駄賃として狙われたみたいだ。理由はやっぱりというか、光神教会が白銀の毛並みの獣人を探しているから。


 領主の襲撃に失敗した奴らは、副目的である獣人だけでも連れて行こうと画策して孤児院に攻め込んできたわけだ。その日のうちだったのは、混乱と夜の闇に乗じて街を撤退する予定だったから。


 結果として、犠牲を払いつつもバイエルの思惑は完全に失敗。騒動は完全に沈静化、内通していた門番も捕えて情報を抜き出した後でお察しくださいなことになった。


 因みに無銘修道会(ネームレス)の襲撃は騒動とは別件だったみたいで、そちらの目的はシスターからアーティファクト『救済の盾』を回収すること。そっちに関してぼくたちは完全に巻き込まれた形だ。


 道理でそれぞれの動きがひっちゃかめっちゃかだとは思ったよ。


 以上が熱で4日ほど寝込んでいたぼくが起きたときに聞かされた、今回の騒動の顛末だ。



「たいへんだったんだよ……」

「人がたくさんきてうんざりだったにゃ、あの光はなんだ、あの剣はなんだって」


 事のあらましを話し終え、本当に無事で良かったとしみじみ口にしたフィリップ練師。


 彼が部屋を後にするなり、スフィとノーチェがつかれた様子でぼくの寝ていたベッドに突っ伏した。


 派手にぶちかました仮称ビームライフルと、決定打になった謎の黒い剣。それら2つを持っていたのが獣人の子供ということで、かなり注目されてしまった。


 騎士のお兄さんたちやハリード練師とフィリップ練師が誤魔化してくれているけど、目ざとい連中はアーティファクトか強力な魔道具じゃないかって目をつけ始めたみたいだ。


 ノーチェはあの時使った武器を売ってくれみたいな話を持ちかけられたりもしたらしい。


 もちろん、ぼくたちにとっての切り札を簡単に手放す事はできない。面倒なことになりそうだ。


「そういえば、シスターはだいじょうぶだった?」


 一通り愚痴を聞いた後、気になっていたことを尋ねる。


 あのあと割とすぐ意識を失ってしまって、シスターが結構負傷していたことしかわからない。大丈夫だったんだろうか。


「うん、我慢してたけど、だいじょうぶそうだった」

「さっき庭歩いてたにゃ」


 シスターは近くの治療院に入院したそうだ。聞いた限りでは肋骨粉砕に全身打撲、切り傷多数とまぁまぁ重傷。


 命に関わる傷がなかったのはさすがというか……。


 教会には傷を治す奇跡があるし、錬金術師ギルドのポーションもある。もう動けているなら心配はなさそうだ。


「シスターもアリスのことしんぱいしてたよ?」

「……重傷者に心配されてたの」


 今回ぼくの負った負傷は神兵に腕を掴まれた部分が薄っすらと痣になった程度。それもさっきフィリップ練師がくれた下級ポーションを布に染み込ませて当ててたらあっさり消えた。


 ただ孤児院周りをうろうろした程度で4日も寝込む虚弱さは想定外みたいで、一部関係者の反応がバグってるみたいだった。


「でもアリスも起きたし、一安心だね」

「だんだん慣れてきた自分が怖いにゃ」

「……」


 ほっとしつつ呆れるという器用な感情の推移を見せながら、ふたりは肩の力を抜いた。うっかり攫われたりしないようにずっと誰かしら傍についててくれたようで、少し疲れが見える。


 ……あとでしっかり労うことでお返ししよう。


「フィリアもアリスのこと見ててくれて、ありがと」

「あ、うん……そのくらいしか出来ないから」


 寝ているぼくの見張り役は主にフィリアだったみたいだ。スフィに笑顔でお礼を言われて、フィリアは普段はぴんと立っている兎耳をへにょっと垂らしながら曖昧にうなずく。


 ……元気ないかんじ?


「フィリア、ありがと」

「ううん……」


 なんだか様子のおかしいフィリアがちょっと気になる、でもこういう時に突っ込んでもろくなことにならないんだよね。


 どうしたものかと思いながら耳を動かしていると、外から歌声のようなものが聞こえてきているのに気付いた。


「……アリス、どうしたの?」

「なんか聞こえる?」


 話の切り替えにちょうどいいと、聞こえてくる声に言及する。


「なんか吟遊詩人がきてるらしいにゃ」

「アリス、動けるならいってみる?」

「うん」


 旅先で弾き語りをしてお金を稼ぐ人、前に住んでた村にも来たことがある。


 交易都市なんだしそりゃ居るか。普段はもっと中央に近い公園とかで芸を披露してるんだろう。テレビやネットのないこの世界では貴重な外界の情報源のひとつ。


 ちょっと興味が湧いたので、スフィに背負ってもらって見に行くことにした。


「怒りは追い風のごとく英雄の背を押した」


 4人で連れ立って外に出ると、寮にほど近い路地の一角に孤児院の子供たちが集まっている。軽快な弦楽器のリズムに、男の澄んだ歌声が乗せられている。


「おお神よ、何故あなたは英雄に試練を与え給うたのか」


 なにかの叙事詩みたいな歌。地面に座って大人しく聞いている子供たちの中心にいたのはひとりの吟遊詩人。


 大きな羽飾りのついた帽子をかぶり、色とりどりの装飾がなされた旅装に身を包んだ……。


「…………」

「アリス?」

「どうしたにゃ、変なもの見たような顔して」


 赤錆びた針金のヒトガタが、小さめの弦楽器を器用にかき鳴らしていた。


 めっちゃ見覚えがある存在に呆然としているうちに曲が終わったみたいだ。


 子供たちから拍手を受けながら立ち上がったヒトガタが、帽子のつばを指先を模した部分で弾く。


 帽子の向きからして、こっちを見たんだと思う。その時点で、それがぼくの知っている存在と同一なことに気付いた。


 前世、収容されていた施設でぼくに近づいた不思議な3人のアンノウン。そのひとりにして、心のなかで密かにハリガネマンと呼んでいた存在。


 それが何故か、このタイミングで現れた。


「アリス、知ってる人?」

「……さぁ」


 スフィの質問に首を傾げていると、ミーハーな女の子たちから熱い視線を受けたヒトガタがまっすぐこちらに向かってくる。


「やあ」


 親しげに手をあげながら近づいてくる姿は、やっぱり記憶と一致する。


「君かわいいね、よかったら私とデートしないかい?」

「…………」


 気さくで爽やかな口調と声、なのに嘲弄するような軽薄な言葉選び……うん、間違いない。


「…………ぅ゛ぅ゛ぅ゛」


 ぼくを背負いながらも、ヒトガタに向かって小さく唸るスフィの肩をぽんぽんと叩く。


 こんな真正面から回りくどく来るあたり、危険はないと思う。胡散臭くはあるけど、記憶の中で敵対行動をとられたことは一度もない。


「奢りでいいの?」

「勿論だとも」

「にゃんだ? ロリコンか」


 他人には伝わりにくいやり取りを経て、ノーチェが怪訝そうに顔をしかめた。


 一応こっちにも稚児趣味、幼児性愛者みたいな事を意味する俗語があるのでロリコンと訳する。


 禁ずる法がないから犯罪ではないけど、悪趣味扱いされることに違いはない。


 ついていくのは色々な誤解を招くかもしれないけど、聞きたいことは山ほどある。


 わざわざ出てくるってことは何かを知ってる可能性が高い、何より欲している情報を前にして、尻込みをするつもりなんてなかった。

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