トラブルは走ってやってくる

「スフィが持ってるね」

「ありがとう」


 手に持っていた荷物をスフィに預けてハリード練師の傷を見る。


 右腕は完全に骨折、右足には亀裂、左足含む全身数カ所に打ち身。見た目以上にボロボロだ。


「『錬成(フォージング)』」


 瓦礫の中から木材を取り出し、添え木にしやすいように加工する。ポケットの中から布を出して腕と脚を固定。とりあえずの応急処置はこれで大丈夫だ。


「ありがとうございます、良い手際ですね」

「おじいちゃんから習ったから」


 旅の役に立つだろうって教えてもらった医療技術がはじめて役に立った気がする。重傷ではあったけど、ハリード練師は強者だけあって頑丈なのか余裕がありそうだ。


「シスター、だいじょぶかな」

「どうだろ」


 外では激しい戦闘音がしていて、時折建物が揺れる。


 簡単に決着がつく相手ではなさそうだ。


「厄介な相手みたいですね」


 手当を受けながら外の様子を探っていたハリード練師の表情が硬い。


「…………」

「加勢なんて考えないように、この街を守るのは騎士の仕事です」


 無言で耳を動かし、戦いが起きている方向を見つめるノーチェにハリード練師が釘をさした。


「その騎士サマがあれだけいてこの騒ぎにゃ?」

「情けない体たらくとは思いますが、彼等も頑張ってはいますから」


 騎士側に死人も出てるらしいのにどちらも辛辣だ。一番頑張ってるのがシスターとハリード練師なのは間違いないけど。


「だけど、ほんとに勝てるにゃ?」

「難しいところですね、応援が間に合えばいいのですが」


 戦況は決して良いとは言えないらしい。床に落とした銃を持ち上げ、次の銃弾を装填する……これで残り5発。


 いざとなればフルバーストで……。


 ……あれ? と思ってすぐ近くに居るスフィを振り返る。


 スフィは左手に自分の剣、右手に天叢雲を持ったまま首を傾げた。


「スフィ、それ振れる?」

「え? これ? うん……軽すぎるけど」


 右手に持った天叢雲を器用に振るう、左利きなのに右手でも普通に剣を使えるのは流石の器用さ。


 ……ぼくが問題なく振り回せるくらい軽いのもあって、切っ先が霞む速度で振られているのに風切り音がしない。


「気になってたけど、それ何にゃ?」


 部屋の隅で、転がった家具の後ろに隠れていたフィリアに肩を貸しながら、ノーチェが天叢雲に興味を示す。


「わかんない」

「お前が出した武器じゃにゃいのか」

「そうなんだけど……」


 わかってるのは三種の神器の名前を冠している神器固有の武器を作る能力……魔術? で生み出された武器だってことだけ。


 効力も何も不明なまま。ただ神兵には何かしらの効果があるらしいけど……。


 カンテラを手元に呼び寄せる。すっかり火は元通りになっている。


 影の形を操る力は剣を出したままでも普通に使えるみたいだ。そもそもこの黒いのが影なのかどうかも怪しくなってきたけど。


「あたしも持ってみていいにゃ?」

「うん」


 スフィが手渡すように柄頭の方を差し出すと、剣を受け取ろうとのばされたノーチェの手がすり抜けた。


「……あれ?」

「にゃ?」


 すかすかとまるでそこに何も無いみたく通り抜ける。


「スフィ、それで何か切れる?」

「んゅ?」


 破損した家具の一部に天叢雲が振り下ろされる。黒い剣身はするりと家具をすり抜けていった。当然切れ込みは入ってない。


 そういえば神兵の腕もすり抜けてたけど、物質は切れない?


 どういうことなの、誰か説明書をくれ。


 スフィが持てるならそっちに使って貰うって選択肢もあるのに。


「その光を放つ筒もカンテラもアーティファクトでしょうか、普通のアーティファクトは手に持つと使い方が頭の中に浮かぶそうですが」

「……あ」


 そういえば大体のアンノウンには精神干渉能力があった。道具系は……弱いものだと声を聞かせたり自らの使い方を教えたり、中程度で思考を誘導するようになり、重度のものだと人格や思考を汚染する。


 妖刀とか魔剣みたいに伝わってたものを例にあげるなら、『自分はこういう力があってこんな風に使うんだよ!』って教えてくれるのがクラス1の便利道具。


 『救え』もしくは『殺せ』みたいに持ち主の行動に働きかけるのがクラス2のいわゆるちょっと危ない品物。


 重度のものはクラス2から3に多くて、まぁ見た人間の認識を操ったり謎の思考を植え付けたり。手にした人間を乗っ取る道具自体が意思を持つタイプ。


 こういうのは精神力、精神の大きさによって跳ね除けることができるらしくて、実験の過程で少し試した範囲でぼくには全く効かなかった。


 もしかしてそのせいで、本来得られるはずの情報を得られてない?


 今生でもそうだとしたら、精神汚染受けないのは利点だと思ってたけどまさかこんな盲点があるとは。


 ん、あれ? じゃあ何でぼくはこのカンテラを見て懐かしいとか大丈夫って感じるんだろう。


「おい! 待て! 待てって!」


 再び思考の渦に巻き込まれそうになったとき、慌てた様子のニックの声が聞こえた。奥に続く道から足音がふたつ、そのうちのひとつが部屋に入ってくる。


 いつぞやぼくに絡んできた少年……名前はたしか。


「ジグ! 待て!」


 ジグはぐちゃぐちゃになった談話室を呆然と眺めている。後から追いかけてきたニックも、入ってくるなり足を止めて絶句した。


「なんだ、こりゃ……」

「奥に戻りなさい、危険です」


 多少なりとも自力で対抗できるスフィたちと違って、彼等は本当に身一つ、巻き込まれたら命は……いや、シスターの盾があるのか。


 それでも無駄な負担をかけてしまうことは間違いない。しかも今は油断できない相手との戦闘だ、状況が違う。


「な、何があったんだよ、凄い音がして」

「少々厄介なことになってましてね、お嬢さんたちも避難してもらえると助かります」


 ハリード練師がぼくたちを見る。確かにわがままを言ってられる状況じゃない、たたでさえ強そうな修道女相手が神兵化してるとしたら、ぼくたちは完全な足手まといだ。


「あ、あぁ、じゃあスフィたちもこっちに、ジグも戻るぞ」


 伊達に孤児院パーティのリーダ―を務めてない、ニックは困惑と混乱がありながら上位者の指示に素直に従って行動に移そうとしてる。


「チッ、撤退にゃ」


 ノーチェもわかっているのか、不満そうに舌打ちしながらも避難を受け入れた。


「ふざけんなよ!」


 呆然と談話室を見ていたジグが、突然叫んだかと思えばぼくに掴みかかってきた。


「あっ」

「お前何考えてるにゃ」


 咄嗟に止めようとしたスフィが両手に剣を握ったままな事に気づいて慌てている間に、胸元に迫る腕をノーチェが掴む。


 びっくりするくらい冷たい目に、ノーチェたちは仲良くやってるものだと思っていたので少し驚いた。


「放せよノーチェ! おれたちの家がぐちゃぐちゃにされたんだぞ! こいつが来たせいだろ!?」

「違うにゃ」

「違いますよ」


 状況的にぼくが来たからこうなったっていうのも一理あるのかな、なんてことをぼんやり考え始めたところでノーチェとハリード練師がピシャリと否定した。


 ニックは状況を掴めきれていないようで、困惑しながらもジグの肩を掴んで引き剥がした。


「ニック兄ちゃん! こいつらのせいなんだろ!?」

「わりぃノーチェ、助かった。お前なんでその子に突っかかるんだよ、最近おかしいぞ?」

「だって! こいつらが来た日にシスターが泣いてたんだ! 食堂で泣いてるのみたんだ! ヴェード兄ちゃんだって、"はんじゅうはふこうをよびよせる"って言ってた! こいつが来たとたんに地下にかくれろって、たてものがゆれて、みんなの部屋がぐちゃぐちゃでシスターもいないし! きっとこいつがなにかしたんだ!」

「はぁ!? シスターが泣いて……それよりノーチェたちは危ないからここに避難してきたんだよ、シスターが街を襲った敵をやっつけなきゃいけないから、そのあいだ安全な場所に隠れてるって、俺たちもシスターに言われただろ!?」


 正直、言いがかりだなとしか感じなかった。ニックも事前にシスターからある程度は聞いているようでジグを叱りつけるけど、完全に頭に血が昇ってしまってる。


「建物についての被害は少々想定外になってきていますが、話し合いは済んでます。ことが終わり次第、錬金術師ギルドと騎士団で補修することを条件に戦場にさせて頂いたんですよ。あの方はあれで結構強かですから」


 随分と派手にぶっ壊してるのに誰も気にしてないなと思ったら、どうやら子供たちの安全確保のための戦力と、既に大分古くなっていた建物の補修を対価として交渉していたらしい。


 確かに、作りそのものはしっかりしてるとはいえ大分古びてきてたからね。


 錬金術師ギルドはあらゆる産業に通じている、支部長のシグルーン練師は建築系の専門家だったはず。画期的な耐震構造と断熱性の高い素材を開発して、地震が多い寒冷地域に住宅革命を巻き起こしたとかなんとか。


 未踏破領域で発見される素材から新しい建材の開発をするため、ここの支部長を受け入れたって話を聞いた。世間話も馬鹿にならない情報源だ。


「なんでみんなしてそいつらを庇うんだよ! そいつらはんじゅーなんだぞ、そのせいじゃないのかよ!」

「違いますよ、この状況はシスターも了承の上で」

「お前この状況でいい加減にするにゃ! 部屋の状況が見えにゃいのか!?」

「ふざけんな! ニック兄ちゃんもおっさんも嘘つきだ! だれもしんじられねぇ! シスターは俺がまもるんだ!」

「ジグ! いいかげんにしろ! 頭冷やせ!」


 一度ああなると、否定されればされるほど頑なになってしまう。


 前世で世話役になったことがある詐欺師のおじさんがよく"人のおちょくりかた"を教えてくれたおかげで、少しはわかる。


 友人の仇の"闇の自由業"から詐欺で全財産かっぱらって破綻させて、おちょくり倒してからわざと逮捕され、刑が決まった直後にパンドラ機関への恩赦を願い出て完全に逃げおおせた剛の者。


 顔と身分を変えて意気揚々と社会復帰していったけど、元気にしてるかなぁ。


 軽く現実逃避している横で言い争いはヒートアップしていく。


 それにしても、近くにあんな凄惨な死体があるのによく平然と……あれ。


「神兵の死体がない」

「は? バカな!?」


 ついさっきまで床に倒れていた神兵の死体が、気づけば崩れた土塊のようになってしまっていた。人間だった痕跡すらない。


 いつからかわからないけど、これじゃ人間の死体だったなんて認識出来るはずもなかった。


 ハリード練師が慌てて立ち上がり、死体に近づく。

 

「『解析(アナリシス)』……ただの土ですね、してやられました」


 解析の錬金陣が書かれた札のようなものを置いて術式を発動させたハリード練師が悔しそうに言う。そうか、証拠が消えたことになるのか……厄介な。


「どうして土になったにゃ?」

「元から土なのか、死ぬと土になるのか、ぜぇ、神兵と呼ばれる状態で死ぬと土に、げほっ、なるのか」

「厄介な特性ですね、そういえば血に何か特異な性質があるという心当たりがあるようでしたが」

「ほぼ直感、ぜぇ、おじいちゃんの蔵書の中に似た怪物の、記述があったきが、する」

「ハウマス老師は稀覯本の収集が趣味でいらっしゃいましたね」

「しかし困りました、光神教が怪物を動かしたという証拠が……」


 スフィが嘘をつくのはいけないんだよって顔してるけど、正直に話すとややこしくなるから流してほしい。というかスフィは稀覯本のたぐいはほとんど読んでないでしょ、ぼくの微細な反応で嘘を見抜くのはやめてほしい。


「おっと……」

「あっ、こらジグ!」


 戦闘の衝撃でまた建物が揺れた瞬間、ニックが叫ぶ。


 怒りによる興奮で顔を真っ赤にしたジグが外へ飛び出していってしまうところだった。


「まずいですね……ぐっ」


 追いかけようとしたハリード練師がその場で膝をつく、むしろ普通に話せてるだけで大分凄いんだけど。


「どうするにゃ!?」

「ど、どうするって」

「くそ、連れ戻す!」

「あ、ニック!?」


 スフィとノーチェが慌ててる間に、今度はニックまで走っていってしまった。


「ど、どうしよう……」

「くそ、あのバカにゃ!」

「……見捨てるわけにはいかないでしょ」


 悩んでるふたりに、ぼくは肩をすくめた。


 戦いに行くわけじゃない、ニックたちを連れ戻しにいくだけ。


 ニックのおかげで、スフィたちがこの街でも楽しく過ごせていたのは知ってる。なのに見捨てるのはなんか違う。


 厄介なのはひとりだけだし、そこまで気負ってやる作業じゃない。


「フィリアは……」

「ご、ごめんなさい、脚がふるえて……ひっく」

「いい、無理すんにゃ、待ってるにゃ」


 どうやらフィリアは最初の段階で腰を抜かしてしまっていたらしい。無理もないというか、あれと対峙して普通に動けるスフィたちがおかしいのだ。


「ハリード練師、フィリアをお願い」

「仕方ありません……決して無茶はしないように」

「うん」


 怪我で動けないハリード練師ではスフィたちは止められない。


 苦笑を浮かべる彼にフィリアのことを頼む。


「それじゃいこう」

「にゃんでお前も来る気まんまんにゃんだ」

「アリスもここにいて!」

「死ぬなら一緒、死ぬ気なんてさらさらないけど」


 ぼくはもう、死ぬかもしれない戦場に仲間を放り込んで平然としているなんてのはやめたんだ。


「お前の妹、けっこう頑固にゃ」

「ちいさいときからへんなところで頑固なの!」

「うん」


 渋るスフィたちの背中を押して、ニックたちを追いかける。


 銃弾は装填済み、神兵に効果のありそうな剣はスフィの手の中。


 なんならあの女に一撃ぶち込んでやる、そんな事を考えながら、アドレナリンに任せて自ら足を踏み出した。

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