神の怪物

 敵は2人、不気味な鎧騎士と狂信者の修道女。


「彼女は私が! お二人は子供たちを!」

「大丈夫なのか!?」

「むしろあちらのほうが危険です!」


 シスターが檄を飛ばし、渋るランゴバルトを置いてハリード練師が即座にぼくたちと神兵の間に滑り込む。


 神兵は自然体で剣をだらりと下げている。隙だらけなのに素人でもわかる圧がある。


「確かに、これは厳しいですね」

「明らかにあっちよりやばい」


 相対するだけで騎士たちは動けず、涼しい顔で修道女と渡り合っていたハリード練師ですら冷や汗をかいている。


「……スフィ、ノーチェ」


 神兵の視線を感じる。さっき聞こえた不気味な声からしても、やつの狙いはぼくだろう。今のうちなら、スフィたちだけでも逃げられるかもしれない。


「いやにきまってるでしょ!」

「アリス、もし逃げろとかふざけたこと抜かすにゃら、もうお前のことダチだとは思わにゃい」


 内容を口にする前に制された。困ってフィリアに視線を送ると、怯えて泣きそうになっているのに首を横に振られた。


「逃げるならアリスでしょ!」

「それに、おまえ立場逆なら逃げるにゃ?」

「…………状況次第」


 それが確実に勝つための手段なら、一時撤退する。だけど、危ないから友達を見捨てて避難しろなんて言われたら絶対に断る。


 そっか、そりゃそうだ。


「……通じるかどうかわからないけど、切り札使う。一瞬でいいから避けられないようにして、生きていてさえくれれば、怪我をしてもぼくが治す。治してみせる」

「死ぬ気なんざはなからないにゃ」

「スフィも! アリスのこと置いていったりしないもん!」

「わ、私だって、みんなの仲間だから……」


 3人揃って覚悟決まりすぎ。普段は臆病なフィリアまで、こういう時はこうなる。


 少し前のことを考えれば、ぼくが文句言える義理はないか。うちのパーティは望む限り一蓮托生だ。


「いいパーティになりそうですね。切り札があるということですが」

「通用するかはわからないし、正直使いたくない」

「普通に倒せればそれが一番ですね――猛り狂う雷よ、愚かなるものに天の制裁を『穿つ雷光サンダースピア』」


 殆ど不意打ち気味に放たれた雷の矢は神兵の鎧にぶつかり、何の効果も齎さず砕けるように消えた。


「防御や回避は想定してましたが、無反応ですか」


 神兵は不気味な程に沈黙を保っている。視線だけがぼくを見つめたまま、微動だにしない。


 すぐ近くではシスターが激論を交わしながら修道女と戦っている。


「この地を光神のための地に! 異教徒たちに死を! それこそが光神の意思!」

「都合よく後から付け足された考えを! 光神教の成り立ちすら知らないのですか!」


 巨大な盾を振り回すように戦うシスターは、無銘修道会(ネームレス)とかいう教会暗部の修道女相手にも優勢に戦っている。とはいえ、こちらに助力する余裕まではなさそうだ。


裁きを、哀れなる邪イトシゴヨ、教の輩に裁きをワガモトヘ


 今まで動きを見せなかった神兵が、また不可思議な言葉を呟きながら剣を横に構える。


「全員防御しろぉ! 『パリイング』!」

「『錬成(フォージング)』」


 ハリード練師が床の石材を盛り上げて壁を作る。出来上がる寸前、ランゴバルトが飛び込みながら自らの剣を相手が振り抜こうとしている幅広の剣に叩きつけるのが見えた。


「ぐぅっ!?」

「うわぁぁぁ!?」


 剣のひとふり、たったの一撃。それだけでその場にいる全員が吹き飛ばされる。騎士たちは壁に叩きつけられ、椅子にぶつかる。


「厄介な」

「ぐ……ぁ……」


 衝撃波で転げているところをスフィに支えられ、何とか体勢を立て直し顔をあげる。


 床に倒れ、苦しそうに呻くランゴバルト含む騎士たち。通常の関節とは違う位置で折れ曲がった右腕を揺らすハリード練師。


 壁には大きな切れ込みが入っていて、その威力の凄まじさを思い知る。


「……アリス、これはちょっと厳しいにゃ」

「うん」


 所詮は軽く振っただけ、本気の攻撃じゃないことなんてすぐわかる。何せこの規模の攻撃でひとりも死者が出ていない。


 出し惜しみなんてしてられない。


 ポケットからカンテラと仮称ビームライフルを取り出して構える。


困難を前にイマイチド光神は仰られたコノダイチニ、試練こそ人をカミガミノ成長させるラクエンヲ


 相変わらずよくわからない言葉を放つ神兵の視線がカンテラに向かうのがわかった。


おお神よカオナシメ我に試練を与え給うヤハリウゴイテイタカ

「何言ってるかわかんないけど、従うつもりはない」


 目の前で浮かび上がるカンテラに火が灯るように念じる。


「――!?」

「えっ」

「ふにゃッ!?」


 爆発するような勢いで青白い炎が吹き上がり、質量を持った黒い影が渦巻きだした。


 この間使った時はロウソク程度だったのに、唐突に火力が上がりすぎだ。ぼくの魔力に依存してるのかと思ったら根本的に違う?


「アーティファクト……それが切り札ですか?」

「……んー」


 ハリード練師に尋ねられるけど、こっちは想定外の現象だ。


 影が形を変えて、目の前に知らない詠唱が日本語で書き出される。


 ……唱えろってこと?


 なんかと契約することになるのは怖いんだけど。


神の名の下にキズハツケヌ我は剣を振るうオトナシクセヨ

「断る」


 とりあえず影を退けてビームライフルを構えて引き金を引く、モードは単発式の通常モード。


 フルバーストは街中で横に向けてなんて使えない。


 ピキュンという甲高い音を立てて光の弾丸が飛んでいき、神兵の鎧を貫通して穴を空けた。


 通じる。


 2発、3発と続けて放つ、避けられないのか避けるつもりがないのかわからないけど、結果的に無数の穴を身体に空けることになった神兵が剣を取り落し崩れ落ちる。


「……なんか、あっさりやったにゃ?」

「んなわきゃない」

「凄まじい威力ですが、まだでしょうね」


 気が抜けたような声を出すノーチェを叱責する。相手の様子からぼくを傷つける意思はなかったと思うけど、それにしたって避けたり防御したりくらいは出来たはずだ。


 逆再生のように奇っ怪な動きで神兵が立ち上がる。まるで壊れた人形みたいだった。


神の威光はシカタアルマイ悪を地に伏せるチカラデトラエヨウ


 銃口を向けた途端、人形みたいな動きで射線から逃れていく。やっぱり一度威力を悟られると当てるのは無理だ。


 フルバーストは巻き添えがまずかったし、かといって頭を狙うような器用な真似は出来なかった。


 たいちょーさんに銃の撃ち方は多少習ったけど、ピンポイントショットなんてまず成功しないから中心を狙えと言われていた。自然と成功させるには途方も無い練習と才能が必要で、ぼくには両方がない。


「シャア!」

「やー!」

「斬るのは無理、殴って!」


 近づいてくる神兵の頭を、飛び出したノーチェとスフィが剣で叩く。頭部を殴られてなお、神兵はその手をふたりに伸ばす。


「させない」


 何をやっても逸らして見せる、大きな怪我なんてさせてたまるか。


 大量にある影を動かして神兵の両手を縛り上げて、腕に銃口を向ける。影は強度としては弱いものなのに、神兵の頭部だけがこちらをぐりんと向いて腕の動きが止まった。


 ……スフィたちへの攻撃を中断した?


隣人を愛しコノヨワキモノガ手を取り合えタイセツカ?

「離れて!」

「ひゃああ!?」


 ぞわりとした感覚に襲われながら、連射モードで神兵に向けて光弾をばらまく。


 悲鳴を上げて逃げることになったスフィたちには悪いけど、人質なんて冗談じゃない。


 一撃一撃の威力は通常と変わらない、撃ち尽くす頃には甲冑が完全に砕けて中身が露わになった。


 兜も砕けて見えたのは、濃い蜂蜜色の髪をした整った顔の青年。胴体部分に焦げた穴が無数に出来ている。


 どう考えても致命傷。なのに男は涼しい顔をして眼球だけを動かしぼくを見ていた。


 心音も呼吸音もないのは最初からわかっていたけど、中身を見ればますます不気味だ。


 それより何より、記憶にはないけど見覚えがある。


 彼にじゃない、こういった怪物に。


「まともな人間でないことはわかっていましたが、屍霊術の類でしょうか」

「邪教の発想ですね、彼は信仰の末に光神の祝福を得て強大な力を手に入れた教会騎士です。屍霊などという醜悪なものと一緒にしないで頂きたい」

「――なんという、ことを」


 自慢気に語る修道女の声、シスターの怒りに震える声。


「父祖たちの誇り高き誓いを! どこまで愚弄すれば気が済むのですか!?」

「愚弄しているのは貴女でしょう! 神聖なる盾を授かっておきながら神の威光に逆らうなど!」


 頭痛がする。


 遠くにそのやり取りを聞きながら、記憶の中から光景が蘇ってきていた。


 銃撃を物ともせず襲ってくる人間だったもの、迎撃する傭兵たちの背中。


「ッ……」


 首を折られ倒れた傭兵たちに自らの血を落とす怪物、何事もなかったように立ち上がり怪物たちと同じように仲間を攻撃し始める傭兵のみんな。


「アリス!」


 後少しであの日何があったかを思い出しそうになった矢先、スフィの声で頭痛が止まった。


 気付けば、神兵になった男の手が眼前に迫っていた。

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