フォーリンゲンの長い一日 5
一時的にシスターの孤児院に身を寄せることになったぼくたち。
どうやらここは教皇派の運営する孤児院らしくて、枢機卿派は迂闊に手が出せないという。あのまま錬金術師ギルドに滞在すれば、また奴らの攻撃材料にされてしまうだろう。
なんだかんだでお世話になっている錬金術師ギルドに必要以上の迷惑はかけたくない。
だから暫くこっちで厄介になること自体はいい、シスターは悪意を感じないしスフィたちも懐いてるから。
問題があるとすれば錬金術師ギルドで仕事が出来ないこと。
旅に出ようといけなくもないけど、貯蓄が十分とは言い難い。
「そういえば、フィリップ練師から今回の報酬を渡すように頼まれてますよ」
お金の問題を考えていることを察したのか、ハリード練師が懐から革袋を取り出した。とりあえずで手伝ったけど、ちゃんと報酬は貰えるんだ……当たり前か。
「あぁ、どうしてギルド内を歩いていたのかと思えば……ギルドの手伝いをしていたのか?」
「そうにゃ、怪我してる人たちのために手伝ってたにゃ!」
「それなのにみんなひどかったんだよ!」
「みなさん大変でしたね、でも立派な行動ですよ」
ランゴバルトさんの言葉に抑えていた怒りを爆発させるノーチェとスフィを、シスターがなだめている。その横でハリード練師はマイペースに袋をぼくの前に差し出した。
「緊急動員ということで多めになってます、全部で12枚ありますので確認を」
「うん」
銀貨を数えていく……全部で12枚、規定よりだいぶ多い。
これだけ追加があれば問題なく旅が出来るかも。
東の岳竜山脈越えは最短だけど護衛を雇う金の確保が難しい。スフィたちだけなら問題ないけど、ぼくの体調の問題で休み休みになるし404アパートが迂闊に使えなくなる。
どうしても日程が伸び伸びになるし、危険な魔獣の多い岳竜山脈で問題なく護衛出来る冒険者を長期間雇うには手持ちじゃ全然足りない。
空港はバイエル王国にあって、今日の騒動を考えれば国境が一時封鎖される可能性だってある。なので空路は使えない。
やっぱり南のパナディアからの海路経由が現実的だなぁ。
ここからパナディアまでは未踏破領域が多数存在する遺跡群を避けて進めば4ヶ月、直線で突っ切れば2ヶ月といったところ。普通に考えれば宿場町を経由する回避ルートになる。
伸びることを考えて半年以上……宿場町で補給していくとして、銀貨の枚数を考えれば目的地の港までギリギリ。それでも他のルートよりは堅実だ。
そんな事を考えながら服の中に袋をしまうふりをしてお腹のポケットの中へ。
「たしかに」
「こんな騒動を起こしたのです。ネズミを排除するのもそう長くはかからないと思います。ここの騎士は無能では有りませんから」
「ハリード練師は東方の人?」
「はい……あぁ、生まれは東のエーディヒという小さな国ですよ、錬金術師として西に遺跡の調査に来た時にこの街を拠点にしていたのです。ランゴバルトとはそこで知り合ったんですよ、まぁ友人という奴ですね」
言葉少ないぼくの疑問も適切に拾い上げてちゃんとした答えをくれる。雰囲気は独特だけど、すごく話しやすい人だ。
「因みに専攻は考古学です、旧時代の遺跡は西側が圧倒的に多いですからね。そちらはもう専攻は決めましたか?」
「……まだ」
専攻かぁ。生きていくのに必死でそれどころじゃなかった。
でもせっかく第2の人生なのだから、好きなことを突き詰めてみたいって気持ちはある。もちろんスフィたちをアルヴェリアへ連れて行くことが大前提だけど。
無事にたどり着けたら色々試してみるのもいいかもしれない。
「そうですか、夢中になれるものが見つかるといいですね」
「うん」
「では、私はこのあたりで。錬金術師ギルド周りの掃除もしなければなりませんので」
「わかった」
椅子から立ち上がったハリード練師が、スフィたちを宥めているシスターたちに向き直った。
「私は錬金術師ギルドに戻ります、彼女たちのお守りはお願いしますよ」
「光神教徒として子供たちの未来は守ります。そのための力ですから」
「わかってるよ……それにしても君まで動かすなんて、フィリップ殿も随分と過保護だな」
そういえば、ハリード練師は普人っぽいけど若そうに見える。なのに錬金術師として第3階梯でそのうえBランク冒険者なんて間違いなく凄腕だ。教習にきていたジルドア練師の上位互換といっても間違いじゃない。
それがなんでわざわざぼくたちのために動いてるんだろう。てっきり騒動の対処のために呼ばれたものだと思ってたけど。
「まぁフィリップ練師以上に断りにくい方からも頼まれてしまいましたからね。……貴女はアルヴェリアについてからの方が大変かもしれませんよ?」
「……?」
肩をすくめたハリード練師が、ぼくにだけ聞こえるような声量で言った。
「将来有望な若き錬金術師に自らの研究を……"その先"を託したい、幕引きを考え始めた御歴々の中にはそう考える御方も少なくないということです。中でも到達点に居るような御方の希望に適う才能など、滅多なことでは現れませんからね」
「…………?」
「……ふむ、客観性は保てているのに著しく自覚に乏しい。面白い精神状態ですね、ハウマス老師が幼子から自信を奪うような、虐待まがいの教育をするとは到底思えないのですが……」
「おじいちゃんはそんな人じゃない」
どういうことかわからず首をひねっていると、唐突におじいちゃんに虐待疑惑を投げかけられた。おじいちゃんはむしろ優しすぎるくらいだったと思うし、慌てて否定する。
「勿論わかっていますよ、時には他の錬金術師と己を比較してみるのも良いということです。落ち着いたらゆっくりと話しましょう、今日はこの辺りで」
「うん……」
立ち去っていくハリード練師の背中を見送る。
自覚に乏しいって言われてもね。
たしかに正規ライセンス取得は最年少らしいから、それなりに出来る方ではあるんだろう。
でも記憶にある試験内容と一緒に勉強していた内容を比較すれば、スフィもその気になりさえすれば正規ライセンスまで今すぐ一足飛びにいけるはず。
錬金術にだって重要な体力も魔力もスフィの方が圧倒的に高いし、自分がそこまで言われるような存在だとはどうしても思えないんだよね……。
「アリス、シスターがお部屋あんないしてくれるって」
「うん」
話が一段落したところで、シスターが部屋まで案内してくれるらしい。
スフィに手を引かれるついでに背負われてシスターの背中を追う。ぼくはまだ行ったことがない教会の一番奥だ。
「…………気になってたんだが、なんで背負われてるんだ? 怪我でもしたのか?」
「ううん、アリスはからだがよわいから、たくさん歩くとたおれちゃうの」
「いや、教会の中の移動だと思うが」
「これくらい広いと、たおれちゃうの」
「そこまでなのか?」
「うん!」
「……ん」
ランゴバルトさんの素朴な疑問に、スフィがぼくの代わりに力強く答えてくれてくれた。
この唖然とした表情、最近よく見るなぁ。
■
教会の奥にあるらしき子供たちの部屋。たまり場になっている広間に入ると、そこに集まっていた子供たちが一斉にシスターと連れられたぼくたちを見た。
「アリスちゃんだ!」
「ふあふあ!」
ひときわ幼い子たちがぼくを指差して叫ぶ。前回少し遊んだだけ、しかもぼくほとんど反応らしい反応なかったのに、なぜこんなに注目されてるのか。
子供達の中から、様子を伺うようにしてニックが前に出てきた。
「シスター? 大丈夫だった?」
「えぇ、心配をかけてごめんなさい。みなさんは大丈夫でしたか?」
「こっちは大丈夫」
「ニック兄ちゃんがいてくれたもん」
「兄弟を守ってくれたんですね。偉かったですよ、ありがとうニック」
「へへ」
シスターに褒められて照れた様子のニックの視線が、佇んでいるぼくたちに向かう。
「スフィとノーチェ、それにフィリアとアリスも無事だったんだな」
「少し事情がありまして、彼女たちも暫くここで預かることになりました。みなさん仲良くしてくださいね」
子供たちが落ち着いている様子を確認しつつ、シスターがぼくたちを示して告げる。一瞬の間をおいてワッと歓声があがった。
「え、スフィちゃんたちここに住むの!?」
「うん!」
「やった! お話しよう!」
「ノーチェしょうぶだ、まけないぞ!」
「はっ、100年はやいにゃ」
スフィたちが意気揚々と馴染む反面、何となく居心地の悪さを感じながらスフィごと女の子たちに囲まれる。
こうしてみるとノーチェは男の子たちと、フィリアは年下の子と仲良くなってるみたいだ。
「空いてる部屋はあるんですが、ただ2人部屋がひとつなんですよね。片付ければもう1部屋くらいは空けられるんですが、ひとまずそれで我慢して貰えますか?」
「問題ないにゃ」
ベッドはふたりでひとつずつ使えばいい、最悪床でも構わないし。細心の注意を払うことになるけど404アパートという最終手段もある。
「ちょっとの間、だしね?」
「たぶん、ふたり部屋で十分」
「そうですか……」
そもそも長く厄介になる気は無いのだ。
「えーなんでだよ、ずっと居ろよ!」
「仕方ないんだって、事情はわかんねーけど」
「みんなここにいればいいのに」
「ま、こっちも目的ってやつがあるからにゃー」
子供たちの不満を聞き流して、シスターに案内されて部屋に入る。
錬金術師ギルドの職員寮よりずっとこじんまりとした部屋だった。元は修道女が使っていたのか、部屋の中には小さな机がふたつと、反対側には2段ベッド。
古いけど作りはしっかりしてて布団もシーツも埃臭くない、暫く過ごすのに不足はなさそうだ。
「どうでしょうか?」
「悪くないにゃ」
「お世話になります」
ノーチェとフィリアがシスターとやり取りしている横を通り抜けて、スフィがベッドの前でぼくを降ろした。
「アリス、かおいろ悪いからもうやすんで」
「まだいけ」
「やすんで」
「はい」
有無を言わさぬ感じに気圧されながら、やや硬いベッドの上に寝転がる。
後のことはいつもどおり。
相応に疲労が溜まっていたのは自明の理。一瞬で眠りに落ちてしまったのは言うまでもない。
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