フォーリンゲンの長い一日 4
背負っていた盾を壁にかけ、軽く身繕いをして座ったシスターの話がはじまった。
「訂正をしておくと、最強と言っても末端も末端……最強と呼ばれている騎士たちの中の下っ端でした。私はたまたまこの盾に選ばれただけ、なので大したことはありませんよ」
「光神教会に属する騎士修道会……騎士のグループの中で最強って呼ばれてる部隊にいたんだよ、彼女は」
訂正から始まったシスターの言葉を騎士の青年、ランゴバルトさんが更に補足する。
シスターが元々いたのは『光神の剣』と呼ばれる教会騎士の部隊。
それまでは普通の修道女だったシスターは、偶然にも教会に保管されているアーティファクトのひとつ、『献身の盾』に選ばれたことで騎士として取り立てられたらしい。
初めて見た時から妙な感じはしていたけど、あの盾はやっぱりアーティファクトの類だったみたいだ。表面の十字架は恐らくだけど神話金属のオリハルコンだし。
「話を戻しましょう。あなた達が狙われた理由です」
「そうにゃ、狙われてるってどういうことにゃ?」
「あの人たち、みんな酷いこと言ってた、スフィたちお仕事のお手伝いしてただけなのに!」
シスターの言葉にスフィたちが反応した。口火を切ったように怒りを吐き出す。
……ってそうか、気づいてるのはぼくだけだった。
「あれは意図的に誘導された」
「どういうことにゃ?」
「ぼくたちが悪いってことにしようと、話の流れを誘導してる人がいた、複数」
「そうだったんだ……」
驚いた様子を見せたのは、ノーチェたちだけじゃなかった。ランゴバルトさんも目を見開いている。
「……気づいてたのか?」
「誰かもわかってたけど、どうしようもなかった」
指摘したところでとぼけられたらおしまい。そういうのが通じるのは、もっと対等な立場で冷静に会話が出来ている時だけ。
「参ったな、本当だとしたら誰か見定めて貰えばよかった」
「……あなたも気づいてるように見えた」
「気付いてたのは中に紛れ込んでることだけだよ、あの状況で正確に判別なんてつくわけないだろう。因みに君はどうしてわかったんだ?」
探るような視線に、正直に話していいものか少し悩んだ。
「ただの直感」
「それだと証言として扱うわけにはいかないな」
誤魔化すことに決めて適当にはぐらかすと、ランゴバルトさんは肩を竦めた。
「それで、あいつらは何でぼくたちを狙ったの?」
逸れかけた話を強引に戻すと、シスターが居住まいを正した。
「光神教会では数年前から、枢機卿派が獣人(ライカン)狩りを率先して行いはじめたんです。バイエル王国は国王陛下からして敬虔な光神教徒で、教会の力も強いんです。迎合して……つまり教会の味方になって獣人を集めようとしてるんですよ」
シスターはところどころで子供向けに簡単な言葉に直しながら説明してくれた。
「何でらいかんを集めるの? 悪いことしたの?」
スフィの純粋な疑問に、シスターの顔が悲しそうに歪む。
「いいえ……少なくともここ数十年、獣人(ライカン)と普人(ヒューマン)の諍いは聞いたことがありませんね」
「そもそも西側大陸、特にバティカル付近には普人以外はほとんど居ませんから。揉め事の起きようがありません」
シスターの言葉を、ハリード練師が補足する。
バティカルっていうのは確か……。
「ばてぃかるってなんにゃ?」
「バティカル教国、大陸西方の中央にある光神教会の総本山がある都市国家ですね。旧ゼルギア帝国の首都でもありますよ」
バティカル……十字架、前世でどことなく覚えのある組み合わせ。なんとも言えない影を感じながら、質疑応答に耳を傾ける。
簡単に言ってしまえば光神教会の総本山が数年前から急に獣人狩りを推進して、奴隷として獣人を集め始めた。やつらはこの街を攻撃する騒ぎに乗じて、ついでに見付けた獣人の子供を回収しようとした。
たったそれだけのことなんだけど……。
「……シスターも光神教徒では?」
ひとつだけ気になることがある。ぼくとシスターはそんなに話していないけれど、シスターも元教会騎士ってことは光神教徒のはずだ。なのに何で光神教会に逆らうようなことをするんだろう。
ニックたちの様子を見るに、獣人への差別を避けるように教えているのはシスター。それは明らかに光神教会の方針に反している。
「私は原典主義の教皇派……ええと、獣人狩りを勧めている人たちとは別の派閥なんです」
「げんてん、はばつ……にゃ?」
「んゅ?」
「ええっと……」
難しい単語にスフィたちの頭の上にハテナマークが浮かび上がる。反応を見るにギリギリ理解できてるのはフィリアだけっぽい。
「シスターは教会で一番偉いボスの仲間、獣人狩りをしてるのは別のボス候補の仲間たちってこと」
「あぁー」
「にゃるほど」
横から少しフォローしながら、シスターを見て続きを促す。少し驚きながら、シスターは話を進めてくれた。
「話すと長くなるのですが……光神教は元々ゼルギア帝国と共に生まれたんです。ゼルギア帝国の初代皇帝は神々を討ち滅ぼした魔王に人々が支配されていた暗黒の時代、灯火の戦士たちを引き連れて立ち上がった英雄。その時の彼等の合言葉となった『我等この魂を燃やし、普く命の未来を照らす灯火とならん』が光神の教えの基本となっています」
シスターが教えてくれたのは、錬金術師だったおじいちゃんからは触り程度しか習っていない宗教史を簡略化したものだった。
「教会の保存されている原典には、初代皇帝の仲間は普人の他に銀狼(ヴォルフェン)、金獅子(ライオネル)、森人(エルフィン)、山人(ドヴェルク)などの大陸中の各種族、そして魔王の支配に反旗を翻した一部の魔族(デモニア)まで含まれていたそうです。信じられないかもしれませんが、光神教はかつて灯火教と呼ばれ、種族を問わず大陸中の人に信仰されていたんですよ?」
「……信じられないにゃ」
「うん……」
「えぇ、今は面影もありませんが……。大陸から魔王の脅威が消えてゼルギア帝国として統一されたばかりの頃、灯火教と呼ばれていた頃の教えは『強き者よ弱き者を守れ、賢き者よ弱き者を導け、弱き者よ汝らを守り導く者達に誠実たれ』というもので、種族の壁なんてなく助け合って生きていたそうです……原典派はその頃の教えを実現せんと努める人達です……残念ながらそう思う人達はとても少ないのですが」
「そっちならスフィもいいなって思うのに、なんですくないの?」
「……本当に、どうしてでしょうね」
時折スフィにぶっ刺されてシスターが物悲しそうな顔をする。
どれほど立派な成り立ちでも、後世で新約やら何やらで都合よく編集されるのは当然。欲深い者達にいいように利用されるのなんてやられない方が驚かれる。
時代にそぐわないものが良い方向に書き換えられていくのならまだいい、でも都合よく他人を操る方向に向かえば最悪だって、ぼくの居た施設に補充で来た宗教関係者が言ってた。
「今の光神教は枢機卿派が主流です。ですが私は騎士としての立場こそ捨てましたが教皇猊下より救済の盾を預けられている身、彼等とて迂闊には手を出せません。私は力を持つものとして、教えに従い守るべき子供たちを守りたいのです。それはニックだけでなく、あなたたちの事もです」
シスターは心配そうにぼくたちを見る。
「シスターはずっと気にしてたんだけど、君たちは錬金術師ギルドの庇護下にあったからさ」
「うちの孤児院はあまり豊かとはいえません。それよりは錬金術師様の元に居たほうが良いと思っていたのですが……今回の騒動がありましたから」
確かに錬金術師ギルドはああいう手口で来られると少し弱い。他の医療施設が患者の締め出しを行うなら、街に根を張るギルドとしてはキャパシティを超えてでも急患を受け入れざるを得ない。
「一応言っておきますが、錬金術師ギルドは彼等にとって最優先の攻撃対象です。あなた達が街に来るずっと前から準備されてたこと……あなたたちの捕獲はもののついででしょう。気に病まないように」
「……おうにゃ」
考えてる最中に差し込まれたハリード練師のフォローで、ノーチェとスフィが少し落ち込んでるのに気付いた。……あぁそっか、そういう見方もできちゃうか。
子供を捕まえるためだけにしては大掛かりすぎるし、被害を考えれば数ヶ月そこらで準備できる規模じゃない。ぼくたち狙いでそこまでやったにしては引き際が良すぎる。
だから錬金術師ギルドに不審を植え付けるための攻撃材料にされた、くらいにしか考えてなかった。それで追い出すことに成功したらついでに攫っていこう程度だろう。
「窮屈かもしれませんが、暫くは私の孤児院に居てくださいませんか」
「暫くは俺の部隊が警護につくから、安全は保証するよ」
「……仕方ないにゃ、アリスもいいにゃ?」
「フィリップ練師たちには?」
ノーチェから水を向けられて、恐らく一番事情に精通しているハリード練師に尋ねる。
「既に伝えてあります、動きはある程度先読み出来たので騎士の連れ出しの邪魔はしないようにお願いしていましたから。フィリップ練師からは『こちらは気にしないように』と。まぁ、あとで女性職員からは随分と怒られてしまいそうですが……」
「フォローしておく」
「お願いします」
方法はわからないけど、既に連絡はついているみたいだった。音からしても嘘じゃなさそうだ。
女性職員が口出ししないように止めてもいたみたいで、苦笑する姿に後でフォローすることを約束した。
「話が通ってるなら、お世話になる」
「わかったにゃ、スフィとフィリアもいいにゃ?」
「うん、スフィはいいよ」
「私も」
「錬金術師ギルドほどキレイな部屋ではないですが、自分の家だと思ってくださいね」
職員寮より、騎士に守られてる孤児院の方が安全度が高いならそうするべきだ。何よりこの先錬金術師ギルドをうろちょろしてるのを見られるのは流石に具合が悪いだろう。
ぼくたちは、一時的に孤児院に身を寄せることになった。
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