フォーリンゲンの長い一日 3
「半獣を追い出せ!」
「そいつらが元凶に違いない!」
興奮した群衆の言葉が、あっという間に「半獣を追い出せ」「この街から出ていけ」に揃っていく。
「お前たち落ち着け! 何を言ってるんだ!」
「うるせぇ、俺のガキがそいつらのせいで怪我したんだぞ!」
完全に頭に血がのぼってしまっている状態で、物事を冷静に判断出来る人間は多くない。どうしようもない不満と怒りに標的を与えられれば、大体の人間はそこに向かって突き進む。
集まっていた人たちはいっそ見事なまでに誘導されてしまっていた。
「う゛ぅ゛ぅ゛ぅぅぅ」
「スフィ、落ち着いて」
怒りを持てあまして唸るスフィをなだめながら考えるけど、打開策が思い浮かばない。
たいちょーが言っていた、正義を確信した人間は止まれないって。一度ああなってしまったら、元凶と見做されてるぼくたちが何を言っても火に油。
ここでどれだけ冷静に論しても、証拠を出してもやたらに怒りを煽るだけ。明確な統率者(リーダー)がいるならもう少し話ができたかもしれないけど、今の状態じゃダメだ。
そういう人間に囲まれた時の対処法は聞かされてるけど、それは従順になって耐えるか、マイペースに飄々と振る舞うかのどちらか。
これも物理的な救助が入ること前提の時間稼ぎであって解決法じゃない。
「街に魔物を呼び込んだ半獣を追い出せ!」
「半獣を追い出せ!」
自分や身内が怪我をした人たちが集まっている状況、いつまで騒動が続くのかもわからない不安、思うように治療が受けられない憤り。燻っていた火種についた火はそう簡単には消えない。
状況を煽っている人間はわかっていても、それを指摘したところで感情を煽られてどうしようもない。
「鎮まれ! 領騎士団だ!」
騒動に上からかぶせるような大声が響いた。
入り口には、暗い緑色の髪の毛をした青年が立っている。鎧姿にモスグリーンのマントを羽織った、見るからに騎士と言った姿。その背後には同じ鎧姿の男の人達が並ぶ。
明確な権力者の登場に、勢いづいていた人たちが一瞬怯んだようだった。
「何があった! 答えよ!」
「お、俺たちはこの騒動の元凶を追い出そうとしていただけだ!」
「……どういうことだ?」
「そこにいる半獣が魔物を街に呼び込んだんだ!」
「そうだ!」
「…………なるほど」
興奮している男たちのひとりがぼくたちを指差した。それを受けた騎士が群衆をかき分けて近づいてくる。
「詳しい話を聞かせてもらいたい」
「ふざけんにゃ! あたしらはなんにもしてにゃい!」
「黙れ魔物モドキが! お前が仲間を呼び込んだに決まってる!」
「にゃんだと!?」
「暴れるなら力づくで拘束することになるぞ……君たちのことはシスターから聞いてる。俺を信じてくれ」
近づいた騎士は真剣な表情で、ぼくたちくらいしか聞き取れないような声量でそう言った。
それから肩越しに視線を向けるのはいきり立つ群衆。
騎士からは嫌な音はしない。ものすごく嘘が上手な可能性はあるけど……群衆に向かって静かな怒りの音をさせているから、演技の可能性は低い。
「はぁ!?」
「みんな、従ったほうが良い」
「アリス……?」
「にゃにいってんだ! こんな言いがかりつけられて黙ってられるわけにゃいだろ!」
「暴れても取り押さえられるだけ、でしょ?」
「あぁ、子供相手に出来るだけ手荒なことはしたくない。大人しく従いなさい」
何とかノーチェたちを宥めながら、騎士のお兄さんと視線を合わせる。静かに頷かれた……やっぱり変な音はしない。ぼくの判別法を対策されてる感じもない。
正直わけもわからないまま翻弄されるのは勘弁してほしいけど、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。
何よりこのお兄さんは騎士がきてから急に気配を殺した扇動者たちに気づいてる。
「何甘いこと言ってんだ! ここでやっちまえよ!」
「そいつらのせいで息子が怪我して苦しんでるんだ! 領民を守れよ!」
「彼女たちは我々が拘束する。外の魔獣は我々と善意の警備協力者で全て討伐した! もう心配はいらない!」
騎士の宣言に群衆の怒りが少し薄れる。『騒動がいつ終わるかわからない』という最大の不安を蹴飛ばされて、勢いを維持できなくなったのだ。
ざわつく人たちに向かって耳を澄ませていれば、中に紛れ込んだ誰かが小さく舌打ちするのが聞こえた。
……繋がっては居ない、ハシゴを外されたのかな。ひとまずはこの騎士を信じて大丈夫そうだ。
「にゃんで……!」
「うぅぅ……」
「すまない、少しだけ辛抱してくれ」
お兄さんの指示に従った騎士たちに囲まれ、ぼくたちギルドを連れ出される。
大通りにはいくつかの血痕や馬の死体……それから、布をかけられている人の死体が転がっていた。散らばる商品や壊れた馬車。
道に点々と続く惨状が、この騒動が決して小さなものではないことを物語っていた。
■
「ここって……」
「孤児院にゃ?」
騎士たちに連れられてやってきたのは、見覚えのある古びた教会……孤児院だった。
「あぁ、やはりこうなりましたね。ありがとうございます、ランゴバルト」
その門前で待っていたのは目隠しをした細身の長身。明るいブラウンの髪を背中まで伸ばしている……少し前に錬金術師ギルドでフィリップ練師と一緒に居た戦闘錬金術師(バトルアルケミスト)、ハリード練師だった。
「いや、いいんだハリード。それより補佐役を止めてくれて助かった」
「フィリップ練師はハウマス老師に随分と世話になっていたそうですからね、説得には苦労しました」
「無事に連れ出せてよかったよ。ただの部隊長が錬金術師ギルドの支部長補佐を敵に回すなんてごめんだ」
スフィの背中から降りて、訳知り顔で話すふたりに近づいていく。
「ぼくたち、事情を知る権利があると思う」
「うん」
「そうにゃ! 説明するにゃ!」
ぼくの一言に乗っかるようにスフィとノーチェが声を荒げる。
振り返ったハリード練師と騎士のお兄さんが苦笑を浮かべて頷いた。
「勿論です、シスターからあなた達を匿う許可は得ていますので、全て説明しましょう」
「ひとまず、俺たちは味方だよ」
■
孤児院の食堂に案内されて話し合いがはじまった。
テーブル越しに座るのは騎士のお兄さん……ランゴバルトさんとハリード練師のふたり。
子供たちは気配はするけど奥の方に居る、シスターの気配はなくて……食堂に飾られている大きな盾もなくなっている。
他の騎士たちは門のあたりにとどまって警護しているみたいだった。
揃って一息ついたところで、ハリード練師が口を開く。
「まずは何から話しましょうか……少し前にゴブリンの巣の討伐隊が出来たことを知っていますか?」
「うん」
「それ、だいぶ前じゃにゃいの?」
「討伐自体は問題なく成功したのですが、まぁ不審な部分が多かったんです。このあたりには腕の立つ冒険者が多いのに、都合よく街の近くに巣ができた点がひとつ。それから……ゴブリンが武装していたんですよ、それなりの武具でね」
「…………」
基本的に、ゴブリンに物を作る技術はないって言われてる。人間から奪ったものを壊れるまで使い続ける、手入れもしない。だから奴らの武器といえばボロボロの武器や棍棒が基本。
そういえば、遭遇したゴブリンも古びていたけどちゃんとした武器を使っていた。考えてみれば確かに妙だ。
「それでまぁ、錬金術師ギルドは冒険者ギルド、領騎士団と協力して調べていたのです。そこでバイエル王国の諜報部隊がこの街に入り込んでいることを突き止めたのですよ。この街は東と西を繋ぐ中継点のひとつで、錬金術師ギルドも第7階梯の錬金術師を支部長に据えている。小国に過ぎないラウド王国が西側でそれなりの力を持つ理由のひとつです」
大体の事情は理解した。難しい話に3人が小首を傾げる気配を感じながら、気になっていることを聞くべく声をあげる。
「この街が狙われた理由はわかった、その方法も……でもぼくたちが狙われた理由がわからない」
「それはですね……」
「私の方から話したほうが良いと思います」
さっきから気配は感じていたけれど、食堂に入ってきた人物に目を向けて少し驚いた。
修道服を血で汚し、大盾を背負ったシスター。腰に提げた重厚なメイスも傷だらけで使い込まれているのがわかる。戦闘の気配を色濃く残したまま、シスターは話し合いの場に入ってきた。
「シスターにゃ……?」
「えぇ、そちらまで守りに行けずごめんなさい」
「確かに、光神教会が関わっています。彼女から伝えたほうが正確でしょう」
疑問を抱くでもなく、ハリード練師が当然と言ったようにシスターに発言の席を譲る。
確かに元教会騎士って話だったから、教会の動きにも詳しいかも知れない。
「少なくとも、俺たちよりはずっと詳しく内部を知ってるよ。何せ彼女は数年前まで盾の聖女と呼ばれていた、教会騎士の中でも最強格のひとりだったんだからね」
「んゅ?」
「にゃ!?」
唐突に告げられた事実に驚いた声を出すノーチェたち。
ぼくも声は出ずとも驚いていた、強そうだとは思ってたけど……とんでもない大物だったらしい。
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