フォーリンゲンの長い一日 2

 昼前にはじまった騒動は、時間が経つにつれて怪我人が増えていっているようだった。


「ポーション追加お願いします!!」

「今作ってる!」


 15歳くらいの見習いの男の子が半泣きになって追加を頼み、絶賛調薬中の錬金術師に怒鳴られている。


 フロアの方からせっつかれてるんだろうけど、今は動ける錬金術師みんな集まって調薬部はフル稼働中。それでも生産が間に合わなくなってきた。


「まだ騒動は治まらないのか!?」

「騎士団は何やってるんだよ」

「ぼやいてないで手を動かせ」


 騒動が落ち着いてくれない限り、薬の消耗は増えるばっかりだ。さっき聞こえてしまった会話からして、光神教会と医術ギルドは怪我人の受け入れを拒否してるみたいだし。


「どんどん怪我人が増えてるにゃ」


 会館内部に作った臨時の治療所もどんどん人が運ばれてきてるみたいだ。ノーチェたちが素材取りに行くついでに玄関フロアの様子を伺ってるみたいで、こまめに様子を教えてくれている。

 

「冒険者の人たちも動いてたから、きっとすぐ終わるよ……」


 当然だけど、冒険者ギルドも領騎士団も動き回ってる。だけど街のあちこちに散らばって暴れるゴブリンたちは統率がなくて、逆に掃討に時間がかかってしまっているみたいだった。


「そろそろノーチェは控えたほうがいいかも」

「そうだにゃ……」


 怪我をしてる人は気が立ってるし、ぼくたちはただでさえ差別対象。黒髪の獣人が歩き回っていると余計なトラブルを招きかねない。


 何より、そんなことで友達が傷つけられるのは嫌だ。


「嫌な感じだよね」


 作った軟膏をボトルに詰めながらスフィがため息をつく。作業しているうちに少しは落ち着いたみたいだ。


「ぼくたちが出来ること、今のところないからね」

「シスターたち大丈夫かにゃ……」

「心配だよね」


 少しだけ驚いた。ろくに外を出歩けないぼくと違って、スフィも含めた3人は随分と交友範囲が広がってる。


 人との関係を作るのが苦手なぼくだけ、置いてけぼりにされてしまってる気分になる。被害妄想だってのはわかってるんだけど、少しさみしい。


 ……ううん、違う。


 ぼくは人と仲良くなる方法がわからない。


 前世で人間の友達はできたことがなかった。接する相手は冷たい目をする研究者か、恩赦を受けるためにやってくる受刑者ばかり。職員は怯えて距離を取るし、唯一フレンドリーに接してくれたのが護衛役の傭兵たち。


 同年代の子なんて見たこともないし、護衛役はフレンドリーと言っても常に一線を引いたものだった。親しく接した相手が目の前で死んで、ぼくの心が乱れたら困るから。


 余計な関係を作って感情を揺らさないようにして、それで困ることはなかった。


 ただ、今にして思えば仲良くしようとしてくれてるアンノウンに対しても、同じように接していた気がする。


 自分の名前なんてとっくに忘れていたから、正しい名前なんて気にしたこともなかった。唯一心を許していたクロがいなくなってから、また大事なものが消えてしまうのが嫌で心を開くこともなくなってた。


 ノーチェたちと友達になれて少しは変われた気分でいたけど、性根に染み付いたものはそう簡単に変わらないみたいだ。


「動けないのはどうしようもないんだけどね……」


 やれと言われてできるなら苦労はない。何より普通にスフィたちについていこうとすると足手まといにしかならない。


 結局、毎日をしっかりこなしていくしかない。


 余計な思考を追い出して、無心でポーション作りに専念する。


「……青葉薬草(アセリカ)の粉なくなった」

「あ、もらってくるね!」

「他の兄ちゃんたち大分余ってるからそっちから貰うのはダメにゃ?」


 慣れてきたのか即座に動いてくれるフィリアを見送りながら、ノーチェの視線が使い切れていない他の錬金術師の薬草粉末に向かう。


 けどまぁ、流石のぼくでもこのくらいはわかる。


「この状況で他の人を煽るのは、ちょっと」


 それはつまり、『お前たちの仕事は遅いからこっちに材料よこせ』と言うようなもの。ただでさえ忙しくて苛立ってる錬金術師のお兄さんたちにそれを言うような、氷の塊みたいなメンタルはしてない。


「そういうもんかにゃ……」

「ん」


 そういうもんなの。



 フィリアが薬草粉をもってきて、ぼくが下級ポーションを作る。合間に軟膏作りの下準備をしてスフィに任せる。そんなサイクルが続くうち、時間はお昼を過ぎていた。


「……はらへったにゃ」

「スフィもおなかぺこぺこ」

「…………忘れてた」


 ひたすら無心での作業のせいで感覚がなくなってたけど、たしかに食事時だ。


「休憩してくる」

「わかった」


 集中しているジョルジュ練師に声をかけて、スフィたちと調薬室を出る。


 フロアは一角に怪我人が寝かされ、それを治療する白衣姿の錬金術師が走り回っている。怪我人のいるエリアの反対側には不安そうな音をさせている人たちの集団がいた。


 それを横目に階段を登って2階の奥にある仮眠室へ。もちろん体力温存のため、フィリアに背負われて。


 仮眠室は椅子とベッドが複数置かれている。少し埃っぽい部屋の片隅に陣取って、扉を設置する。


「ドア出して大丈夫にゃ?」

「とりあえず今日食べる分の食べ物だけ出して、すぐにしまう」

「わかったにゃ」


 耳を澄ませて人が来ないか確認している間に、スフィとノーチェが404アパートからストックしてある黒パンと干し肉を持ち出してきた。見られても目立たないやつをちゃんとわかってる。


「お菓子ちょっとくらいダメにゃ?」

「だめー!」


 スフィがしっかりしてくれていて助かる。使えば減る補給物資は無駄遣い出来ないのだ。


「下、かなり人増えてたにゃ」

「外はまだ片付かないのかな」


 騒動が始まって数時間、普通ならそろそろ落ち着いて来ても良い頃なんだけど。


 情報が入ってこないのが余計に不安を誘う。


「ごはんたべたらまたお薬作り?」

「うん、今日は1日それになりそう」


 怪我人が増えていく状況、ここを臨時の避難所にしてるなら治療薬はいくらあっても足りなくなる。


「アリスは、だいじょうぶ……?」

「みんなに手伝ってもらってるから、へいき」


 正直だいぶ疲労が来ているけど、今後のためにも今は頑張るべきだと思う。


 嫌がってる錬金術の手伝いをお願いしたスフィが心配だったけど、なんだか大丈夫みたいだし。騒ぎが落ち着くまではここでお世話になる訳で、ぼくが頑張ればここに匿って貰う十分な理由になる。


 何より、このギルドにはぼくたちに良くしてくれる人が多い。獣人差別が根付く国で、そういった扱いを受けずに済む貴重な場所だ。


 街を歩けばたびたびぶつかる販売拒否に、入店拒否。スフィたちが孤児院での手伝いをしている最中、近づいた店の老婆が箒を振り回してきて、追い払われたって話も聞いたことがある。


 もしも普通に街で暮らそうとすれば、またスラムか裏路地でストリートチルドレンをするはめになってた可能性が高い。


 現地の裏の人間に目をつけられれば、今度こそ逃げ切れなかったかもしれない。


 何より、嫌なことが重なりすぎて普人を信じられなくなってたかも。


 曲がりなりにも落ち着いて旅費稼ぎが出来るのも、暮らし辛いだろうとすぐに寮を手配してくれたり、他にも色々手を回してくれたフィリップさんのおかげ。


 ぼくが出来ることで彼等の力になれるならやってみたい。昔と違って今のぼくは、ただ守られてなきゃいけない人形じゃないんだから。


「よし、もうひと頑張りするかにゃ」

「ノーチェちゃんは待機してるだけじゃない……?」

「あの薬くさい中で我慢してるにゃ」

「わかる!」

「ん」


 食事を終えて立ち上がる面々に、慌てて残りの干し肉を口の中に放り込んでバリバリと噛み砕く。ごくりと飲み込んで、フィリアに背負ってもらう。


「フィリア、落とすにゃよー」

「落とさないよ!」

「……アリスを落としちゃダメだからね?」

「わかってるってば、もう」


 フィリアの背中で揺られながら階段を降りてざわめく1階に降りる。


「あいつらだ!」


 そのまま事務室の裏手にある調薬室に向かって歩き出した瞬間、叫ぶ声が聞こえた。


 血で汚れた革鎧をつけた、冒険者に見える西方人の男がぼくたちを指差している。


「俺は見たんだ! あの半獣のガキどもが奥から出てくるの! ポーションを盗んでるんだ!」

「なんだと!?」

「それで薬が足りないのか!」

「クソガキどもが!」

「……にゃ?」


 突然の言いがかりに首を傾げるぼくたちを見て、フロアに詰めかけていた西方人の男たち。主に武器を手に持っている冒険者らしき連中が立ち上がる。


 その人達が発する強い怒りの音が伝搬していく。


「は、はぁ?」

「違う、怪我人が多くて作るのが追いついてないだけだって言ってるだろう! 治療院にはもっと重傷の人間もいるんだ、そっちが優先なんだ」


 その人達を宥めようと立ち上がったのは、ぼくに嫌がらせをしていた西方人の錬金術師と見習いたち。


 正直すごく驚いた、邪魔したり嫌がらせしてきた人たちもその中に居たから。


「なんで半獣なんかを庇うんだよ! そいつら何なんだよ!」

「こいつらは上役の錬金術師の客だ! ……盗みを働くような理由がない」


 複雑な音がする。ぼくを軽く睨みながら、彼等は忌々しそうに吐き捨てる。


「本当にそいつらが盗みを働いて無いって言えるのか!? 怪我で苦しんでる仲間がいるんだ! 嘘だったら承知しないぞ!」

「詳しく説明する必要はないだろ、この半獣たちが薬を盗む理由はない」

「どうして獣なんかを信じられるんだよ! お前は俺達と同じ人間だろ!?」

「あのやろ、なんにゃんだよ!」

「スフィたちそんなことしないもん!」

「うるせぇ、半獣の言うことなんか信じられるわけないだろ! お前らは薄汚い嘘つきの獣だ!」

「そうだ、不気味な毛の色しやがって!」

「追い出せ!」


 スフィとノーチェが言い返して、喧騒が一気に広がっていく。怒りの音と気配は伝搬し、怪我をして気が立っている人間がそれに触発されて冷静さを失っていく。


 一触即発の中で、ぼくは首を傾げていた。


 なんだ……こいつら?


 ぼくたちを最初に指差したやつ、反論に対して別の話や結論を持ち出して煽るやつ。


 そいつらは不気味なほど怒りの音が薄い。


 興奮すれば血の流れが早くなる、無意識に身体に力が入って筋肉の軋む音がする。それ以外にも無意識に興奮を落ち着けようと、歯軋り、腕をかく、いろんな動きが音を立てる。


 逆に冷静になるほど音は静かに落ち着いていく。


 言動は仲間がやられて冷静さを欠いてる風に装っているのに、集中して聞けばそいつらの音は多少の興奮はあるけど十分に平静の範囲だ。


 冷静に状況を見ている。あいつらが口を挟むのは話の流れが錬金術師側に流れた時だけだ。


 掠める視線に、どこか覚えがあった。


 もしかして、時々ぼくたちの様子を伺ってたのってこいつらじゃないの?


 今回の騒動はどうやら複雑な裏があるらしい。


 ……それはそれとして、この状況どうしよう。

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