フォーリンゲンの長い一日 1

「おい! ポーションはまだか!?」

「事情がわかるものはいないのか!」

「1階の窓は全部塞ぎ終わりました!」


 錬金術師ギルドの中は混乱の真っ只中だった。ゴブリンらしき死体がいくつか隅に転がされていて、怪我をしている人たちが別の場所に集めて寝かされている。


「アリス練師、無事だったか!」


 フロアの中に入ると、指示を出していた東方人の錬金術師に声をかけられた。第2階梯で調薬部門のまとめ役をやってる人だ。


「ジョルジュ練師、何があったの?」

「君たちはひとまず2階の会議室へ、受付の子たちやフィリップ練師も心配していた。突然の事態に気が立っている普人も多い」

「わかった、みんないこ」

「お、おうにゃ」

「うん」


 緊急的に建物の中に避難させたのか、フロア内には西方人も多かった。ピリピリした空気から逃れるように、ジョルジュ練師や受付のお姉さんたちに会釈をして階段をのぼる。


 途中で魔道具を抱えて走る見習いの人たちとすれ違いながら、扉が開きっぱなしに成っている会議室のまえにたどり着いた。


「領騎士団は?」

「紛れ込んだブラッドサッカーの対処に追われて散開するゴブリンに手が回ってないようです、門番に内通者が居たみたいですね」

「バイエルの連中はよほど戦争がしたいと見えるね……結界魔道具は?」

「玄関フロアに設置済みです、いつでも起動できます」

「起動は怪我人を出来るだけ収容してからだね、教会の動きはわかるかい?」

「…………門を閉ざしてだんまり中ですね、助けを求める民衆が押し寄せてますが完全無視です。怪我人は全て錬金術師ギルドの医薬部で対応する必要がありそうです」

「まったく救えない連中だ」


 漏れ聞こえる不穏な会話に一瞬足を止めてしまった。顔を見合わせたあと、4人でそっと中を覗き込む。


 中ではテーブルを囲んでフィリップ練師が座り、隣には目隠しのようなものを付けた背の高い細身の男。


「フィリップ練師、お客様のようです」

「ん? おぉ、アリス練師、無事だったか!」


 こちらを振り向くことなくそう言った男の声に反応してフィリップ練師が顔をあげる。目が合うなり立ち上がったフィリップ練師は安心したような音をさせた。


「迎えを送るところだったが、来てくれてよかった」

「人を守れるレベルで戦える錬金術師は限られていますからね……そちらが例の天才少女ですか」

「そうだ。アリス練師、こちらはBランク冒険者で戦闘錬金術師(バトルアルケミスト)のハリード練師だ」

「私はハリード。第3階梯『プラクティカ』の位階を戴いてます。お噂はかねがね、お会いできて光栄です」

「はじめまして、ぼくはアリス」


 背の高い男の人は淡々とした口調で胸に手を当てながら自己紹介をはじめた。軽く会釈して挨拶を終えると、フィリップさんに視線を送った。


「街で何があったんですか?」

「ふむ……」


 顎に手を当て、フィリップさんは悩む様子を見せながらも言葉を選ぶように教えてくれた。


「街中に入り込んだ馬車からゴブリンが飛び出してきたらしい、1台や2台ではなくあちこちの馬車からね。馬車から放たれた魔獣の中にはブラッドサッカーも含まれているらしい」

「ブラッドサッカー?」

「バイエル王国内にある、"腐肉の沼地"と呼ばれる禁域に生息する巨大蛭ですよ」


 禁域というのはあちこちに存在する天然のダンジョン、未踏破領域の中でも特別危険な場所を指して呼ぶ言葉。内部の法則が狂っていて、生息する生物も歪で異常な変化を遂げている。


 そんなところの魔獣なんて、安全とはとても思えない。


「口にある牙には肉を融解させる成分が含まれてます、噛まれればあっという間に骨以外全部融かされて啜られてしまうでしょうね」

「うえぇ……」

「ふぇぇ」

「相手は子供だよ、ハリード練師」


 想像してしまったのか、誰とも言えない悲鳴が漏れた。フィリップ練師の言葉で首をすくめたハリード練師が小さく首を振った。


「錬金術師ならば正確な情報を与えるべきでしょう」

「うん、そのとおり」


 想像して少し気分は悪くなったけど、助かったのは事実。どんな風に危険なのかわからなければ、いくら注意されても気をつけようがない。


「まぁ領騎士団の方で対処しているから、そちらは何とかなるだろう。それより君たちが自分から避難してきてくれて助かったよ。簡易だが避難所として施設の一部を開放するつもりだ、君たちも事態が沈静化するまで避難しなさい。寝床は2階の奥にある仮眠室を使うと良い」

「ありがとう」


 それにしてもスフィといい、ノーチェやフィリアも静かというか緊張しているみたいだった。


 偉い大人の男の人と、純粋に強そうな男の人。萎縮してしまっている気配を感じる。


「……にゃあ、にゃんか手伝えることってあるにゃ?」


 そんな中、ノーチェが口を開いた。


「ふむ……」

「立場と実力的に難しいですね、防衛戦力として数えるには力不足、気が立っている普人の前にだすには種族がネックになる」


 一応気を使っているのか考える振りはしてくれるフィリップ練師と違って、ハリード練師はバッサリと切って捨てた。


「……これでも結構戦えるにゃ、でもそうじゃなくて、じっとしてるのは落ち着かないにゃ」

「この事態だ、気を紛らわせることも必要だろうね。アリス練師、体調はどうかな?」

「良いほう」

「では治療用の薬の調合を依頼しよう。君たちにはアリス練師の手伝いと護衛を頼めるかな?」


 手持ち無沙汰で居ると不安になる、気持ちはわかる。ただ状況的にどう動いてもトラブルになりかねない。


 それをわかっていたのか、フィリップ練師が丁度いい仕事をくれた。


「わかった。スフィ、薬づくりの手伝いもお願いしていい?」

「え? ……うん、いいよ」

「私もお手伝いする!」


 とはいえ聞く限りの状況から想定されるこのテロの規模は大きい。怪我人も相当な数になるだろう、先程の会話から推測しても独自の治療技術を持つ光神教会と、そこと繋がりの深い医術ギルドは使い物にならない。


 あまり錬金術をやるのが好きじゃないスフィを手伝わせる形になって悪いけど、どうあがいても手がたりなさそうだった。


 それに、ちょっと気になることもあるし。


「1階の調薬室使ってもいい?」

「あぁ、また何かあったら呼びなさい」

「うん、行こ」

「わかったにゃ」


 部屋を使う許可を取り、ハリード練師に会釈して会議室を後にする。対処法を考えてるところに長居して邪魔するのも悪い。



 ぼくとスフィの養親は錬金術師。当然スフィも錬金術を習っていた時期がある。


 スフィは地頭も良いからあっという間に覚えていって、おじいちゃんを驚かせていた。


 外で遊ぶのは難しいけど、お姉ちゃんと一緒に錬金術をやれるのは楽しくて……思えば錬金術を好きになったのはその時からかもしれない。


 だけど気づいたらスフィは錬金術をやらなくなっていた。自分の分の教材を全部しまいこんで、一緒にやろうと誘っても家のお手伝いがあると取り合ってくれなくなった。


 去年ライセンスを取りにここにきた時だって、その気になれば第0階梯『ニオファイト』の認証を受けれるだろうっていわれてたのに。「スフィは錬金術やらない」と明確な拒絶の言葉を口にした。


 それから今日まで、スフィは錬金術に全く触れることはなかった。


「作るのは外傷治癒用の下級ポーションと化膿止め痛み止めの混合軟膏。ポーションはぼくがつくる、ぜぇ、スフィは計量と軟膏をお願い、はぁ、ノーチェとフィリアは材料と……げほっ、ぜぇ出来上がったものの運搬を、おね、お願い……けほっ、ぜぇ」

「急に心配になってきたにゃ」


 一息で喋ったせいで咽ただけだし。


「スフィ、だいじょうぶ?」

「うん」


 ちょっと上の空のスフィが天秤を使い、乾燥された青葉薬草(アセリカ)をはじめとした材料と、軟膏用の油(ワセリン)の計量をしてテキパキと調合皿に取り分けていく。


 しっぽが緊張を示すように下を向いて固まっている。寮を出る時にゴブリンを倒してからだ。


 狩りはしているから戦闘もなれているし、血もなれてる。ただ人間に近い形の生き物を殺したことはないはずだ。フィリアもショックは受けてたけど、自分で殺したスフィはそれ以上。


 ノーチェは修羅場の経験があるみたいで特に動揺してないけど、この状態はあんまりよくない。集中して手を動かしている方が余計なこと考えずに済むかと思って、錬金術を嫌がってる事を承知の上でお願いしたけど……。


「……んー……『錬成(フォージング)』」


 ビーカーに取った蒸留水に青葉薬草を溶かしこみ、専用の濾過器を通して不純物を濾し取りながら考える。


 ぼくが割と平気なのは、前世では狙われる立場だったから。自分の手で直接どうこうはなかったけど、目の前で人間が惨いことになるのを見た経験はそれなりにある。


 たいちょーさんはこういう時、どうしてたっけ。


 色々あって配属されたばかりの新人がはじめて命の奪い合いになるような戦闘を行った後、どんなフォローしてたっけ。


 えーっと、えーっと、関連するような会話をしていた記憶は……。


――あー発症したか、金だしてやっから誰か風俗連れてってやれ、女抱かせりゃ落ち着くだろ

――2人分っすか?

――あぁ? ……チッ、仕方ねぇな。出してやるからちゃんとフォローしろよ?

――さっすが隊長! 話がわかる!


 参考にならねぇぇぇ!


 そもそもスフィは女の子だし、ぼくがスフィの抱き枕になるのはいつもだし。


 暫くはスフィの傍から離れないように……っていつもどおりだし。


「んー……」

「アリスー、錬金術師のおっちゃん来てるにゃ」

「なんか悩んでるところ悪いが、ポーションはどのくらい出来てる?」

「ん」


 見かけたことがある調薬部の人だった、名前は知らない。濾過が終わった大きなビーカーを指差すと、その錬金術師は感嘆したような声を出した。


「おぉ……いい出来だ、綺麗かつ均一に溶けている」

「どんどん作るから、材料はこんでもらっていい?」

「あぁ、君たち、どちらか来てくれるかな?」

「フィリア頼むにゃ」

「う、うん、行ってくるね!」


 大きめのビーカーごと持っていったのを見送って、再びポーションを作り始める。


 濾過しているのを待つ間に計量された材料を乳鉢に入れて、ワセリンを加えて『分解(デコンポジション)』で溶けにくい成分をワセリンに馴染ませる。時間をかければ錬金術なしでもいけるけど、今は時間がない。


 それでも機材がしっかりしてるから、使う魔力は最小限で済むのがありがたい、


「スフィ、これお願い」

「うん……」


 上の空のスフィに乳鉢を渡す。それでも手は動くのか、しっかりと力を入れて混ぜ込んでいる。力がいるからこれはぼくじゃ無理だ。


 それにしても、うーん……。


 どうしたものかと悩んでいる間に、外はどんどん騒がしくなっていった。

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