騒乱のはじまり
スフィが冒険者ギルドの鍛錬場で魔術をぶっ放してから、妙な視線が増えた。
「みんな、ごめんね」
「気にするにゃ、普人のやつらが悪いにゃ」
「ぼくも迂闊だった」
冒険者稼業は危険と隣り合わせ、戦力はあるだけ困らない。
鍛錬場に集まってる見習いの人たちは、うろちょろするスフィたちを所詮は薄汚れた獣人の子供……自分たちよりずっと格下だと思っていたらしい。
だけど強力な魔術を使えるとなると話は別、受付のリンダさんがこっそり教えてくれたけど、灰色っぽい毛並みの獣人の子供について聞きに来るパーティが急に増えたのだという。
見習いの子供を強引に囲い込み、自分たちのパーティに所属させる……なんてのも不可能じゃない。自分のとこにくるのが相応しいなんて言うくらいは可愛いもので、奴隷扱いする気満々なやつらもいる。
周囲の勧めもあり、ぼくたちは仕方なく暫く寮にこもってほとぼりが冷めるのを待つことにした。
……受付のお姉さんたちは協力してくれるっていうし、数ヶ月くらいなら問題なく暮らしていけるけど、あの場面を意外と見られていたのは失敗だった。
一応人が少なくなった時を狙いはしたんだけど、ちょっと派手すぎたのかもしれない。
「シスターのお手伝いもいけないしね」
「だねー」
獣人にも分け隔てなく接してくれるシスターにはスフィたちも懐いていて、少し寂しがっているのが可哀想だった。珍しく頼れそうな大人だったし。
「落ち込んでても仕方ないし、中途半端になってる倉庫の開封作業でもする?」
「そうしよっかー……」
「まだお菓子入ってるかにゃ」
「ノーチェちゃんすぐ食べちゃうんだもん、勿体ないからダメだよ」
気分転換に、まだ中身をすべて確認しきれてない倉庫部屋の開封作業を提案すると、気が紛れると思ったのか3人とも乗っかってきた。
「キャアアアアアアア!?」
404アパートの玄関の方から耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきたのは、ちょうど倉庫部屋に入ろうとしたタイミングだった。
「にゃんだ!?」
「待って」
とっさに玄関――錬金術師ギルドの職員寮の部屋へと耳を向けて、集中して音を拾う。
――魔獣だ
――騎士を呼べ
――なんで街中に
悲鳴と怒声に混じって聞こえてくる破壊音と咆哮、それは1体や2体分じゃない。
「魔獣が出たって、いったん出よう」
「魔獣!? ここ街中だにゃ!」
連れ立って玄関から飛び出すと、外の悲鳴がハッキリ聞こえる。
「スフィ! お願い!」
「うん!」
スフィが壁に立て掛けてあったドアを持ち上げ、ぼくのお腹に貼り付けた不思議ポケットの中へと押し込む。伸縮性の高い入り口の中へドアが消えたのを確認してから、身をかがめて木の板で閉ざされてる窓に近づいた。
「聞こえる?」
「音が遠い……大通り?」
「入り口のほうから聞こえるほうがおっきいよ?」
窓から聞こえる声はちょっと遠い、こっちは大通りと反対側だし音の発生源は大通りかも。寮室玄関に近づいて耳を澄ませていたフィリアが声をあげたから、間違いなさそうだ。
「どうする……?」
「いつでも動けるようにして、錬金術師ギルドの寮、警備はしっかりしてる」
外の気配を探っていると、程なくして足音が近づいてくる。
人間のものにしては軽くて子供のものに似てる、数が多い。
「足音がちかづいてくる」
「誰かきてるの?」
「……たぶん人間じゃない」
近くまでやってきた足音のあたりから聞こえてくるのは、ギャアギャアと喚くような濁った声。
「どうする?」
「ここに籠るにゃ?」
「んー……」
職員寮はみんな仕事に出ていて誰も居ない。気づいて助けにくるまでどのくらいかかる?
静かに窓板を動かして外を伺う、ここは1階だから出来るだけ気配を殺して。
外には濃い緑色の肌をもった、とがった鼻の老人みたいな顔をした子供がいた。それも複数だ。
身長はたぶんぼくたちと同じくらい。薄汚れた腰布を身に着け、手には古びた短剣を持っている。
濁った黄色い眼をギョロギョロと動かしながら、時折顔を動かして周囲を探っている。
魔獣について詳しくはない、姿を見るだけで正体がわかるわけじゃないけど、そいつらを見た途端に頭の中にひとつの単語が浮かんだ。
「ゴブリン……」
窓板を閉ざして身をかがめる。
「ぐえ、マジかにゃ」
「なんで街にいるの?」
「わかんない」
「そ、それよりまずいよ!」
どうするか考えながら話していると、慌てた様子のフィリアが声をあげた。
「ゴブリンは、女の人が好きだって!」
「あぁ……」
知識の限りでは、囚われた女性がひどい目にあわされるというのは知ってる。だからこそここで籠城するか、状況のわからない錬金術師ギルドに駆け込むかで悩んでいるわけで。
「たしかに、捕まるのは避けたい」
「そうじゃなくて!」
フィリアの言いたいことがちょっとわからなくて首をかしげる。
「女の人がすきで、女の子の匂いにすぐ気づくって!」
「……げ」
盲点だった、もしもゴブリンが獣人並に鼻が利くならまずいことになる。そう思った時にはもう遅かった。ゴブリンが駆けるようにこの寮に近づいてくる。
この職員寮は女性が圧倒的に多い。染み付いてる匂いを察知されたみたいだ。
404アパートに逃げ込む……ないな。匂いを辿られて万が一ドアを壊されれば無防備に放り出されることになる。
「気付かれた」
「チィ、ギルドに行くにゃ!」
「わかった」
ノーチェが叫んでテーブルの上の剣を手に取る。スフィとフィリアもそれぞれの装備を手に構えた。ここはリーダーの直感に従う。
窓の外からはギャアギャアとやかましい声がしていて、ガンガンと閉ざされた窓板が叩かれていた。
「玄関から出るにゃ! スフィ合わせろにゃ!」
「うん!」
「アリスちゃん捕まって」
「わかった」
どうやらさっき開けた窓板から漏れた匂いをたどっているらしくて、窓側に集中している。
玄関をノーチェが勢いよく開けると同時にスフィが剣を構えて飛び出した。
敵は……いない、寮の廊下を駆け抜けて3人が駆け出す。フィリアの背中に捕まりながら、音に集中する。
ゴブリンらしき奴らは既に窓から離れて、回り込んで追いかけてきてる。
「どいてぇ!」
「邪魔だにゃ!」
寮の建物から出るなり、数匹のゴブリンがこちらに走ってくるのが見えた。
先陣を切ったスフィとノーチェがそれぞれ剣を持って迎え撃つ。
「やぁー!」
首を狙ったスフィの剣が勢いよくゴブリンの首を撥ねた。血の糸を引きながら宙を舞うゴブリンの頭部を見て、スフィとフィリアが動揺したように足を止めた。
「うえっ」
「ひっ」
トラウマを刺激される光景に微かに震える手を握りしめ、落ち着かせようと声をあげる。
「シィッ! そいつら敵にゃ、びびって止まるにゃ! 走れぇ!」
「あ……」
「う、うん」
ぼくが声をあげるよりも、ゴブリンを斬ったノーチェの叫びが響く方が早かった。
力強い声に震えが止まって、スフィたちも再び走り出す。距離さえ空いてしまえばゴブリンよりもスフィたちのほうが速い。
あっという間に距離が開いて、ギルド会館が近づく。
大通りでは同じようなゴブリン達が武器を持って逃げ惑う人たちを追いかけ回していた。
「キャアアア!」
「いてぇぇぇ」
「急いで建物の中へ!」
往来に居た冒険者たちが武器を抜いてゴブリンとの戦いをはじめてる。でもゴブリンの数は妙に多くて、統率の取れていない応戦は既に乱闘の様相を見せている。
「なんにゃこの騒ぎ!」
「……ノーチェ、ギルドの中へ」
ここまでの争乱だと何が起こるかわからない、早めに知り合いが多い安全地帯に逃げ込んでおきたい。
「ギャア!」
「邪魔にゃ!」
近づいてくるゴブリンをノーチェが斬り伏せて道が出来る、ぼくたちは騒ぎの中をすり抜けてギルド会館に飛び込んだ。
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