教習:術の時間

 たびたび行われている冒険者ギルド主催の見習い教習。


 基本は武技というか近接戦闘系なんだけど、今回の教官は魔術、使役術、召喚術、錬金術について教えてくれるということでぼくも参加することにした。


 普段はお留守番してたので、久々の冒険者ギルド行きだ。バーナビー教官はいい人だけど、規格外のぼくが居ると邪魔するだけになってしまうから控えていた。


 常識では測れない能力の持ち主ってのはつらいものだね。



「魔術ってはじめて見るにゃ」

「私は前に一度だけ」


 会話で盛り上がっているノーチェとフィリアを追いかけて、スフィの背に揺られる。


 ついた先はギルド横にある鍛錬場。っていうか前来た時に比べて明らかに人が多い、前回ぼくが来た時のメンバーに加えて、知らない人たちが結構いる。年齢的には全員10歳前後……年長でも13歳は超えてなさそうに見える。


「端っこにいくにゃ」

「そうだね」


 青空教室みたいなものなので、席は自由。耳の良さには不自由してないので、端の方でも大丈夫だろう。


「珍しい、アリスがきてる」

「えっ、ほんとだ!? やっほー」


 ちょうどそっち方向にニックたちが居たので、合流して座った。


「やっぱアリスちゃんも魔術とか興味あるの?」

「うん」


 魔力がないのでまともに扱えないのはわかっていても、何とかならないかなぁって考えてる。我ながらステータス配分が極端過ぎるから……。


「うわ」


 近づいてくる足音からそんな予感はしてたけど、ノーチェの嫌そうな声で色々と察した。


「なんだよ、ひ弱なのまできてるのか? 半獣は魔術を使えないって知らないのかよ」

「……あ、教官来たにゃ」

「チッ」


 めんどくさい肉屋の息子に絡まれそうになったところで、教官役の冒険者さんがやってきた。それを確認するなり肉屋の子は舌打ちして離れていった、流石に懲りたらしい。


「おまたせしました、自分たちが今回の教習で教官役を務めます」


 茶色いローブを着た男の人、多分15歳くらい。20歳くらいで肩まで髪を伸ばした男性で錬金術師のコートを羽織ってる。コートの色はグレーでバッジは銅……多分第1階梯、ギルドで見たことはない。


 最後に肩に青い小鳥を乗せて、弓を背負った16歳くらいの女性。全員髪色の色素が薄いので東方人っぽい。それからあちこちに包帯を巻いている。


「僕はレイス、飛竜の爪ってパーティで魔術師をやってる」

「同じく飛竜の爪所属の使役者(テイマー)、名前はヒルダです。よろしく」

「私はジルドア、風の軌跡というパーティに所属している。戦闘錬金術師(バトルアルケミスト)だ」


 最後のひとりが自己紹介した途端、周囲がざわついた。ほんとに錬金術師が来たと騒いでいるみたいだ、隣で女の子たちが急に居住まいを正しだしてニックたちが引いてる。


「……専門は考古学と民俗学でね、先日やっと第1階梯……正式な錬金術師と認められた若輩者だ。今回は錬金術の使い方というより、冒険者として錬金術師に何ができるかについて教えることになっている。君たちもいずれ錬金術師とパーティを組む機会があるかもしれないからね」


 旅をする錬金術師は意外と多いっていう。一つ所にとどまっていたら出来ない研究だってあるからだ。だから錬金術師ギルドはいろんな国に支部を作るし、冒険者ギルドとの連携も密にしている。


「あとになると話を聞いて貰えなくなっちゃいそうだから、僕たちからでいいかな?」

「あぁ、頼む」


 ざわつく聴講者を宥めると、ジルドア練師は魔術師と使役者のふたりに場所を譲った。


 錬金術の戦闘応用も気になるけど、魔術と使役術についても気になる。


「じゃあまずは僕から。魔術っていうのは自分の中の魔力に意思を乗せて、大気中にあるエーテルに働きかけ思い描く現象を出現させる技術のことだ。と言っても僕も正式に修めているわけではないんで偉そうなことは言えないけど」


 そこから先は、ほぼおじいちゃんから聞いた内容と同じだった。


 漠然としたイメージでは発動できない、明確なイメージが大事。詠唱はそれを補強するもので、起動句は魔法を発動させるのに必要不可避な手順。


「熱よ、我が指先に集いて火を灯せ、『灯火(トーチ)』。人間なら誰しも魔力はもっているから、練習すれば簡単な魔術なら誰でも使えるようになる。この火はすぐ消えてしまうけど、火種には出来るから覚えておくと便利だよ」


 最後に軽く実演しておしまい。本当に初心者向けって感じで、言葉は悪いけど基礎すぎて拍子抜けだった。


「……あたしらでも出来るかにゃ?」

「ノーチェもフィリアも魔力かなりあるから、出来ると思うよ」

「まじかにゃ」

「え、ほんと?」

「うん」

「………………」


 スフィがちょっと居心地悪そうにしてるので背中を撫でる。


 この世界の生物には大気中のエーテルを取り込んで自分の属性に染めて蓄積する機能を持つ臓器があるらしいんだけど、魔力の保有量とはすなわちその臓器の変換効率と蓄積許容量で決まる。


 この間の話だと獣人は呼吸レベルで身体強化を使ってるから、そっちにリソースをもっていかれるせいで魔術が苦手なのかもしれない。


 そこにきてスフィはよほどずば抜けた効率と蓄積許容量があるのか、獣人としてありえないレベルで魔力量が多い。さっきの『灯火(トーチ)』もスフィが使うとちょっとした火炎放射器だ。


 たぶん普通の人間と比較してもやばいくらいに多いんだろう。あまり細かい作業が好きじゃないスフィは制御が出来ないし、規模が大きすぎて練習もしにくい。使いたくても使えないというのが現状だった。


 ……ぼくが干渉できればなぁ。少ない魔力でやりくりしてきたから、魔力の制御技術にはちょっと自信があるのに。力になれないのがもどかしい。


「簡単な魔術教本なら申請すれば冒険者ギルドで見せて貰えるから、頑張って」


 魔術師のお兄さんと使役者のお姉さんが交代する。


「次は私ね、使役術と召喚術について」


 肩に止まっていた小さな青い鳥が腕のアクションに応じて飛び立ち、鍛錬場の空をぐるっと一周して再びお姉さんの肩に止まった。頬ずりする姿に女の子たちの黄色い歓声があがる。


 ……前世のことをちょっと思い出してしまった。特別仲が良かった動物のアンノウンの1体が小鳥型だった。北海道にいるエナガ亜種のシマエナガに似ていて、実際に札幌のあたりで捕獲されたらしい。


 身体を雪に変える能力を持っていたのを、現地のエージェントに見られてしまったのが原因だ。


 閉じ込められてよっぽどご立腹だったのか、職員を見ると体当たりをかましたり突っつき回したり、氷の礫を投げつけたりと見た目に反して凄く凶暴な子だった。


 でも突然愛犬のクロがいなくなって泣いてた時にずっと肩に乗って頬ずりをしてくれたり。ライブカメラで外の光景を眺めるぼくに、『外に出してあげる』、『空につれてってあげる』アピールをしてきたりと優しくしてくれた。


「使役術というのは魔術の一種、魔獣や小動物と契約を結んでパスを繋げる術。よく勘違いされるけど、相手を支配して言うことを聞かせる術じゃない。あくまで意思疎通を楽にする術」


 小鳥はお姉さんの指示に正確に従って動いた。頭の上にといえば頭の上に飛びのり、左手の平といえば左手の平に飛ぶ。


「こんな風に指示を聞いてもらうには相互理解の努力が必要。でもきちんと絆を結べれば魔獣は心強い仲間に……頼もしい友人になってくれる」


 小鳥と視線でやりとりするお姉さんたちの姿には、お互いに対する信頼が見て取れた。


 前世のアンノウンたちを何となく"ともだち"と呼んでいたけど、ぼくはどう思っていたんだろう。どこかで一線を引いて、遠巻きに見ていたような気がする。自分は人間であの子たちはアンノウンだって。


 あの子たちはあんなにぼくのことを心配して、寄り添ってくれてたのに。


 ……なんだか、生まれ変わって見つめ直すと反省することばっかりでげんなりする。


 やめよう、気分が暗くなってきた。


「召喚術と使役術の主な違いは契約方法。使役術が常に本体と行動を共にするのに対して、召喚術は力だけを分けてもらうことになる」


 そう言うと、彼女は赤い宝石のようなものを懐から取り出す。


「汝の名は猛る炎、赤き鱗の者、灼熱の子。我等が結びし縁と約定に従い、我が元へきたれ盟友……『サラマンダー』」


 お姉さんの魔力がうずまき、宝石を核にして真紅の鱗を持ち燃える尻尾と舌を持つ大蜥蜴が現れる。ぼうっと炎を噴き出し、鍛錬場でちょっとした悲鳴があがった。


「召喚術は精霊、幻獣、聖獣、神獣……呼び方は様々だけど、強い力を持つ高位存在と契約を結ぶ。その証として宝石に力の一部を封じて貰って、そこに自分の魔力を編み込むことでその存在の"幻体"を呼び出せる。幻体っていうのは、高位存在が使う魔力で編まれた擬似的な身体って言われてる。意識の一部を飛ばして、人形を操るようなもの」


 なるほど……。この世界にも人間なんかよりずっと強い力をもつ高位存在が居る。わかりやすいところではアルヴェリアの神星竜とか。


 そういった存在に契約用の宝石に力を込めて貰って、呼び出す身体は自分の魔力で作り上げる。ついて歩かなきゃいけない使役と比べて凄くローリスクで、なんなら多数に力を与えても大丈夫な契約方法って感じか。


「契約の結び方はそんなに難しくない、重要なのは魔獣や高位存在とどうやって仲良くなるか。冒険者として活動している途中で魔獣と仲良くなれることもあるかもしれない。もし興味があれば使役者(テイマー)ギルドへ、大きな街にはあるから」


 最後にきっちりと所属するギルドの宣伝をして、お姉さんは下がっていった。


 何となくわかってきたけど、この教習は見習いにいろんな可能性を示して選択肢を広げさせるためにあるみたいだ。武技や魔術はもちろん、使役術や召喚術だって「使いたい」ですぐに使えるようになるものじゃない。


 錬金術なんて以ての外だ。


「次は私だね……錬金術師といってイメージするのはどんな姿だろうか? 机にかじりつき魔道具を弄る姿? 薬品を調合する姿? 医者として患者に接する姿だろうか、それとも自在に金属や土くれを操っているところかな? どれも正解だ、錬金術師とは本来研究者、冒険や戦闘が本分ではない」


 ジルドア練師はこういうのにも慣れているのかスムーズに語り始める。なんだか講義を見ている気分だった。……教習だし講義でいいのか。


「しかし研究の内容によってはフィールドワークが必須となる。その土地にしか無い技術や知識、素材を求めて旅をする錬金術師は多い、私のようなね。そういった身の上だからこそ、身を守る手段というのは重要になってくる。旅をする錬金術師というものは、多かれ少なかれ戦える手段を持っている」


 ジルドア練師が、手のひらに模様の書かれた手袋で地面に触れた。かなり歪んでいる陣だった、普通に使えば暴発必至の危険物。


 ……万一のため、いつでも壁を作れるように自分とニックたちとジルドア練師の間に錬金陣を張り巡らせる。


「『錬成(フォージング)』」


 手の触れた先から、地面が一直線に爆ぜて、土が槍のように飛び出していく。


 原理としては単純で、急激な変化に耐えきれず起こる地面の爆発。そこに指向性を与えて範囲を抑え、そのぶん破裂の勢いを強めて威力と発動速度をあげる。


 歪な陣でわざと爆発を起こすのはぼくだってやることがある。物によっては攻撃にも使えるかなって発想はあったけど、マジで活用されているとは。


 驚いている見習いたちをちらっと見た後、ジルドア練師は逆の手で地面に触れた。


「『錬成(フォージング)』」


 今度は歪な土の壁が目の前にせり出す。たぶん対応できる範囲が広い錬金陣を使ってるから歪になっちゃってるんだろうけど、確かに使い捨ての壁にするなら見た目の綺麗さや正確さはいらない。


「これは錬金術師にとって基本にして奥義とも呼ばれている術式だ、本来はもっと精密な作業に使うもので、邪道ではあるのだがこういう使い方も出来る。それと正式なライセンスの持ち主なら最低限の調薬と医術技術も持ち合わせている。もちろん上手い下手はあるがね」


 再び左手のフォージングで荒らした地面を均して回るジルドア練師が、苦笑を浮かべながら顔を上げた。


「とはいえ、戦闘が苦手というのは紛れもない事実だ。もしパーティを組むことがあれば学者風情と侮らず、出来ることを確認し、協力しあって自分たちの力としてほしい」


 話を区切る頃には地面も綺麗になっていて、手袋についた土を払ったジルドア練師が待機してる他のふたりの隣へ並ぶ。


 そこで3人が何か小声でやりとりしたあと、ジルドア練師が再び口を開いた。


「これで一通り技術の紹介は終わったかな、時間が残っているので以降は質疑応答……質問を受け付けようと思う。聞きたいことがある子は手を挙げて」

「はい! ジルドア様は恋人とかいらっしゃるんですか!?」

「はい! 女の子の好みを教えてください!」


 ニックパーティのセナたち女性陣だけじゃない。他にちらほら混じっているソロの見習い少女たちが目をギラギラさせて食いついてる。


 狙うのはいいけどその人たぶん旅の人だぞー。


 女の子たちの勢いに、ジルドア練師の頬がひきつったあと表情に諦めが宿るのが見えた。


 魔術師と使役者のふたりはのんびりしたもので、魔術や使役術に興味のある子たちのいたって普通の質問に答えている。


 ノーチェたちも魔術師組の方に話を聞きにいった。


 どうしたものかと思っていると、こちらを見ていた肉屋の子と目があった。


「ふん、決めたぜ――僕は錬金術師を目指す!」

「うん、がんばれ」

「え? あ、おお! お前らみたいな半獣には絶対ムリだろうけどな! せいぜい媚び方でも考えとけ!」


 たぶん錬金術師になる方法を聞きに行った肉屋の子を応援しつつ、ぼくは再びどうしたものかとため息をついた。


「ね、アリス……」


 それを聞き止めたのか、スフィが首を傾げながらぼくを見る。


「さっきからずーーーっと気になってたんだけど……その子、どうしたの?」

「……わかんない」


 正確には、ぼくの左隣でお行儀よく座ってキラキラした眼を向けてくる、さっき召喚されてたサラマンダーを。


 いや、使役者のお姉さんが下がってから暫くして、妙に温かいなと思ってたら隣で座ってた。


 どこかで摘んできたのか一輪の花をぼくの足元に置いて、ジルドア練師が話している時から今までずっとぼくを見上げてる。


 使役者のお姉さんも質問に答えながらサラマンダー探してるみたいだし、なんかのフラグになったりしてるんじゃなかろうか。


 なので、ずっとどうしたものかと悩んでいたのだった。


 前世(まえ)にもこういう風にいきなり懐かれることがあったなぁ、なんて思いながら。

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