出来上がった装備

 特に大きな騒動もなく、フォーリンゲンでの日々は続いた。


 ぼくは午前が錬金術師ギルド、午後は大人しく屋内待機。


 スフィたちは受付の人が多くなる午前を避け、午後から冒険者ギルドで孤児院のお手伝い。


 あれからおかしな気配も感じなくなり、すっかり安定したサイクルを過ごしていた。そろそろこの街に来てから1ヶ月が経つ。


 村を出て随分長く旅した気分だったけど、数えてみればまだ2ヶ月と少し。これは実質ノーチェたちと出会ってからの時間でもある。気づいたら一緒に居るのが当たり前みたくなっていた。


 そういえば錬金術師ギルドの職員寮を借りる期日を正式に決めてなかったことを思い出して、慌ててフィリップ練師に確認したら最大半年はそのまま無料で使って良いと言われた。


 元からそのくらいを想定して手続きをしていたらしい、正直助かった。


 そんなわけで時間的猶予も出来て、今日ようやく、スフィたち3人への贈り物が完成した。



 午前中、今日は錬金術師ギルドはおやすみだと告げてあった。


 この404アパートにもすっかり慣れたみたいで、スフィたちも割と自由に過ごしている。


 ノーチェはベランダで東京の風景を観察中。フィリアは裁縫キットで下着のサイズを直したり、誰の下着かわかるようにステッチを入れたりしてる。


 スフィは洗い物を洗濯機に放り込んでからお風呂場を掃除中。


 3人の様子を確認して、ぼくの書斎兼アトリエと化している洋室から作っておいた装備品を取り出す。別に禁止しているわけではないけど、スフィが気を使ってくれたのか3人とも用事がなければ入ってこない。


「みんなー、ちょっといい?」

「どうしたにゃ?」


 声をかけると、真っ先にきたのは暇していたノーチェ。最初は異世界だと知るや驚きまくっていたのに、今やベランダから見える範囲はぼくより詳しい。


「ようやくみんなのぶん出来た」

「あー、なんか作ってたやつにゃ?」

「うん」

「アリスちゃんお待たせ、どうしたの?」

「なになにー?」


 ノーチェに続いて、作業を切り上げたフィリアとスフィもリビングに集まってくる。


 全員集合したところでぼくは持ち出した3人用の装備品をテーブルの上に並べた。


 作ったのはサバイバルナイフ3本、ショートソードが2本、ショートメイスが1本。


 結局最初に作ろうとした2本はボツになったので完全新作だ。途中でうまくいかなくなって、鍛冶、冶金を専門にしてる他の錬金術師にアドバイスをお願いした。


 鍛冶師として名を馳せる錬金術師でも普通は炉と槌打ちを併用して作るものみたいで、全部『錬成(フォージング)』でやろうとしてると伝えたら呆れられてしまった。


 出来ること自体がおかしいと言われてしまったけど、「もしも自分がそれで作るなら」とアドバイスもちゃんとしてくれた。


 そもそも『錬成』は干渉した物質の形を自由に変形や移動させるための術式。それを使って鍛造の真似事をすること自体が非効率。


 錬金陣の精度と術者の技量、素材の特性なんかに大きく左右されるけど、使いこなせるなら自由度は限りなく高い。


 だからこそ錬金術師が最初に習う基礎にして、優れた錬金術師にとっての奥義足り得る。自分だって地方都市の鍛冶屋レベルだ、死ぬほど努力して第2階梯になったばかりだ、格上の子供にアドバイスを求められる大人の気持ちを考えろ。


 と途中から何故か凄く怒りながら、鍛冶練師の人は作業場で手本を見せてくれた。


 炉の熱気で汗だくになりながら熱した鉄を打ち、ナイフの形に作っていく先輩錬金術師。その途中で『解析(アナリシス)』で成分の偏りや不純物の含有量を確かめながら、『錬成』を併用することで槌打ちだけでは難しい細かい調整をやっていく。


 おじいちゃんは引退状態だったし、魔道具の修理やポーションの調合は自分の仕事で手一杯。他の錬金術師の仕事をじっくり見るなんて出来なかった。


 教えてくれた錬金術師の仕事はプロって感じ。出来上がったナイフも、職員のお姉さんたちが買ってきてくれた武器屋のものとも、試しに作ってみたナイフとも比較にもならないほど出来が良い。


 領騎士団や街の中心にある高級店なんかに卸してるようで、見たことがないのも当然だった。


 世間一般で名匠と称される鍛冶師の大多数が錬金術師も兼ねているというのも納得できる。因みに普人(ヒューマン)以外では山人(ドヴェルク)の錬金術師が一番多いのも、鍛冶や細工に便利だからだとか。


 出来上がったものはお手本だと渡してもらったので、しっかり造られたナイフの成分の偏りや歪みの調整を試してみた。


 確かに錬金ですべてやるよりずっとやりやすくて、感心すると同時に手順を踏むことの大事さを思い知った気分だった。


 でも、おかげで何となく感覚はつかめた。


 お礼を言ってナイフを返すと、鍛冶練師は何故かキレて出ていってしまった。同席してくれた冶金練師のお兄さんはといえば、なんだか同情したような顔で鍛冶練師の出ていった扉を見てから、「気にするな」とぼくの頭を撫でてきてずっと困惑するはめになった。


 そんなよくわからない出来事もあったけど、それから練習を繰り返してようやくみんな渡せる武器が完成したのだ。


 刀身は鉄、刃先は保管室に使われていた謎金属……錆びず、軽くて硬いたぶん何かの合金。解析してみてもよくわからないので、もしかしたらアンノウンそのものか、あるいはアンノウンによって生み出された合金かもしれない。


 ずっと謎金属呼びもどうかと思ったので、前組織の名前を借りてパンドラ鋼と名付けた。


 普通に刀に加工するのは難しいけど、そこは錬成の力で無理矢理突破した。おかげで切れ味の落ちにくい頑丈な刃が出来たと思う。


 グリップと鞘は分けてもらった『ワイルドブル』っていう牛みたいな魔獣の革で作った。滑りにくく丈夫な素材で、主に武器の拵えや防具に使われる。


 ショートソードも素材は同じ。


 スフィ用は刀身を肉厚にして幅広くした。重さを上げて、頑丈さと一撃の威力を上げる形。運動量を武器に一撃離脱戦法を取ってるスフィには多分こっちのほうが向いてる。


 ノーチェ用は逆に刀身を細くして、軽さと速さを目指した。ノーチェも戦い方としてはヒットアンドアウェイだけど、一撃の威力よりフェイントや逃げ足に重きをおいてるように見えた。


 フィリア用は少し悩んだけど、最近は棍棒を練習してるらしいのでナックルガードのついた片手用のメイスにした。盾を持って戦うスタイルになるだろうけど、まだしっくり来る盾が見つかってないそうなので、種類が決まったら改めて作ろうと思う。


「おぉー」

「これがスフィの?」

「うん、抜いてみて……振るのは外でね」


 テーブルの上に並んだ武器を手に持つみんなを、ちょっと緊張しながら見守る。


 室内灯を鈍く反射する鉄色の刀身の中で、刃先だけがギラリと光った。フィリアのメイスはすべて鉄製で、先端に打撃用の丸い球体をつけているのでちょっと独特だ。


「アリスちゃん、これ持ちやすい」

「うん、気になるところがあったら直すから言って」


 振らずに重さを確かめているフィリアは気に入ったようで腕を上げたりさげたりしてる。


「アリス! これかっこいい! ありがと!」

「んー……気にいったけど、ちょっと振ってみたいにゃ」


 スフィも同じように重さを確かめてから満面の笑みで鞘に戻して抱きしめてきた。


 一方でノーチェは少し難しい顔をして刀身を眺めている。


「裏庭いこうか」

「そうだにゃ」

「あ、スフィも振ってみたい!」


 命を預けるものだから、こういうフィードバックをないがしろにするつもりはない。実際に振ってみないとわからないこともあるだろうし、遠慮されるとぼくも困る。


 そんなわけで、裏庭でちょっと試し斬りをしてみることになった。



 錬金術師ギルド職員寮は結構大きくて、玄関から回り込むと井戸の見える裏庭がある。朝早くだったり夕方くらいになると水汲みだったり朝夕の軽い鍛錬だったりしてる人がいるけど、今はみんな仕事中なので誰もいない。


「的いる?」

「出せるにゃ?」


 『錬成(フォージング)』で地面の土を人形の形に盛り上げて、『固化(ハーディング)』で固める。即席土人形の出来上がり、このくらいなら魔力もほとんど使わない。


「どんどん便利になってくにゃ……」

「アリスはすごいんだもん」

「そうだにゃ、それじゃ試し切りにゃ」


 何故か自慢げに胸を反り返らせるスフィを横目に、ノーチェは腰を落として剣を地面に向かって斜めに構える。


「シッ!」


 ヒュッと風切り音をさせて、ノーチェの右手が振り抜かれた。掠められたのか、人形の一部に切れ込みが入っている。


「シッ! フッ! ニャッ!」


 返す刃で横切り、次は右下から左斜め上に、最後に右斜め下に向かって剣を振りつつ、人形の脇をすり抜ける。すべて掠めるような攻撃だけど、切れ込みはしっかり入っている。


 意図的に浅く切ってるらしい。


 剣を眺めながらぼくに近づいてきたノーチェが、少し眉を顰めた。


「持つ部分が重いのに、先っちょが軽いにゃ」

「……先端、もう少し重くする?」

「できるにゃ?」

「貸して」


 軽さをだすために重心を持ち手近くにしたんだけど、ちょっとやりすぎたらしい。『錬成』で刀身の厚みの比重を少し変えて、先端を重くしていく。


「これでどう?」

「ん……いい感じにゃ!」


 先程よりも風切り音に重みが出た、違和感がなくなったのかノーチェが笑顔になる。


「これいいにゃ」


 ヒュバヒュバ音をさせて斬りつけている人形が少しずつ削れていく。


「フィリアはいいの?」

「あ、私はこっちでちょっと振ってるから……」


 鈍器に試し切りも何もないのはたしかで、フィリアは離れた位置でおっかなびっくりメイスを振っては頷いている。違和感はなさそうだ。


「ノーチェ交代、次はスフィがやる!」

「はいはい」

「拭くときはこれつかってね」


 渡した布で汚れを拭き取るノーチェのしっぽがご機嫌にうねっているのが見えた。安心したと同時に、喜んで貰えて嬉しい気持ちが沸き起こる。


「やぁー!」


 スフィは助走をつけて人形に向かって突っ込んでいった。振りかぶった剣を叩きつけながら横をすり抜けていく。ザクッと小気味いい音を立てて人形が真ん中あたりで真っ二つになった。


 そのまま走り抜けたスフィが速度を維持したまま戻ってきて、もう一撃で人形は更に半分になった。


 更にぼくをコーナーポスト代わりにぐるっと迂回すると、最後に運動エネルギーを全部のせて下から上へと振り抜いた。地面が削れて、土人形が爆散する。


「アリスすごい、この剣すっごく使いやすいよ!」


 しっぽをぐるんぐるん振ってご機嫌だ。双子だからね、スフィが得意だったりやりやすいと考えてる動きは大体予想がつく。それでもスフィが喜んでくれたのは何より嬉しい。


 嬉しいんだけど。


 ぶちまけた土人形って裏庭の土削って作ってるから、直すのぼくなんだよね。


「おまえちょっとは加減するにゃ」

「あっ……」


 ノーチェに言われ、庭に散らばる土塊に気づいた。ご機嫌な扇風機と化していたスフィのしっぽが、ピタリと止まってふにゃりと垂れる。


 体力と元気が有り余ってるスフィをぼくのペースに付き合わせるのが申し訳ないなって、改めて思う出来事だった。


 ともあれ、気に入って貰えたみたいでよかった。

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