孤児院へ2

 甘芋は味がさつまいもに少し似ていて。見た目はじゃがいもという芋。


 それを煮ただけというシンプルなおやつのご相伴に預かった。子供たちもスフィたちも喜んではいたけど、やっぱり素朴極まるというか素材そのものというか……ちょっと物足りない。


 前世では美味しいものかゲームが唯一の娯楽っていうこともあったので、それを思い出した自分の舌が大分わがままになってしまっているのを感じる。


 思い出せる限り前世の幼児期は生ゴミを漁ってなんとか食いつないでたっていうのに、成長すると味にうるさくなっていったのだから我ながら図太い。


 見るからに経済的に余裕がなさそうなところでご馳走になっているんだから、文句を言うのはお門違い。お礼は……さすがに銀貨を出したらまずいくらいはわかる。


 どうしようかなぁ。


「……ジグ、どうしたんだよ」


 なんて現実逃避的に芋をちびちびと齧っていたら、食堂の端の方で名前を知らない男の子が隣の子に声をかけていた。さっきからチラチラ見てたし、気になってたんだろう。


 大きなタンコブを作った、さっき突っかかってきた男の子のことが。


 シスター、優しそうなのに怒ると鉄拳制裁も辞さないらしい。


 制裁を受けてなお、ぼくを睨んでくるあたりは大したガッツだとは思うけどめんどくさい。


「アリスちゃん、おやつたべたら広間いこ」

「おもちゃもあるんだよ」

「……ん」


 居心地の悪い思いをしてたら、既におやつを食べ終えた同い年くらいの子が間に入って視線を遮ってくれた。視界の外で子供たちと話していたシスターが緊張を解いた気配を感じる。


「ジグくんすぐいじわるするの、近づいちゃダメ」

「すぐいばるし」


 女の子たちからの評判はすこぶる悪いらしい。そもそも何で突っかかられてるんだろう。


 流石に憮然としながら芋の残りを口に放り込んで、水で流し込む。


 隣でジグを睨み返しているスフィに声をかけた。


「スフィ、ぼくこの娘たちと居るから」

「うん、なにかあったらすぐに呼んでね?」


 ジグがちょっかいかけてきたらってことね。


「シスター、広間にいていい?」

「ええ、仲良く遊ぶんですよ」


 椅子から降りて、女の子たちに手を引かれて広間とやらへ向かう。背後から「お前またやったのかよ」と呆れた男の子の声が聞こえてきたのでいつものことのようだった。


「アリスちゃん、おままごとする?」

「くまさんのぬいぐるみもあるんだよ」


 気にしてくれてるのか女の子たちが話しかけてくれるけど、その中に含まれていた単語に身体が硬直してしまう。


 身体が震えだす。記憶の中から蘇る大きな熊のぬいぐるみの背中。悲しそうにうなだれる姿、消えない恐怖と罪悪感。


 ……今までぬいぐるみに触れる機会がなかったから忘れてた、トラウマあったんだ。


「あ、アリスちゃん? どうしたの?」

「ジグくん怖かった?」

「ううん、大丈夫」


 変な誤解が生まれそうなので何とか気を取り直して首を横に振る。


 大丈夫、"あの子"じゃない。仮にあの子だとしたって、悪い子じゃない。


 自分に言い聞かせながら女の子たちと広間に入る。部屋の片隅に鎮座している大きな熊のぬいぐるみが目に入った。


「っ……」


 一瞬息を飲んだけど、よく見れば似ても似つかない別熊。毛の色も顔の作りもデザインも違う。


 深呼吸を繰り返せば跳ねる心臓が少しずつ落ち着いていった。


「あのくまさん、騎士のお兄ちゃんがくれたんだよ」

「シスターへのプレゼントなんだって」


 落ち着いている間に一緒に来た女の子たちが来歴を説明してくれる。


 剥製系じゃなくて、割とファンシー系のデフォルメデザイン。こんなぬいぐるみがこっちにあったんだと思ったと同時に、布や綿をふんだんに使ったぬいぐるみは相当高いだろうとも思う。


 でもあのシスターはこういう高価なぬいぐるみを喜ぶタイプには見えなかった。態度からも孤児院の子供たちを大事にしているのがわかったし、どっちかと言えば子供が喜ぶもののほうが……。


 そこまで考えて気づいた。


 子供の遊び道具の中でどーんと存在感を発揮する、赤みがかった茶色い毛に深い赤色の眼がついた熊。サイズも大きく、普通の子供なら思わず抱きしめたくなるようなデザイン。


 あの手のファンシー感が小さな女の子に人気なのは、こっちでも変わらないらしい。


 つまり騎士のお兄さんは、間違いなくシスターが喜びそうなものをプレゼントしていたのだ。


 なるほどと納得すると同時に、違うことを考えたおかげで落ち着いた。


「すごいね」

「うん、ふわふわなの」

「アリスちゃんもふわふわ……さわっていい?」

「……やだ」


 残念そうにしっぽを見る女の子たちから少し距離を取った。偏見ないのはいいけど、距離が近すぎるのもちょっとやりにくい。


 ぬいぐるみに近づかないようにしながら床の上に座り込み、玩具の説明を受けながら一緒に遊ぶ。


 ……積み木に革張りのボール、ボロ布の服を着た木の人形。


 ノリできちゃったけど、おままごととかスフィとすらやったことないんだけど。何しろ主な家事担当がスフィとおじいちゃんだったから……。



 この世界は意外とインフラがしっかりしてる。街道も馬車がスムーズに走れる程度には整ってるし、何より汲取式ではあってもトイレを使う文化が浸透している。


 汲取式だから本館から離れた位置ではあるけど、この孤児院にもちゃんとトイレがある。教会だったおかげか、古いけど数個の個室に分かれているような結構しっかりしたもの。


「…………」


 女の子たちの話に相槌を打ちながら、積み木で時間を潰している最中。不意に襲ってきた尿意に負けてトイレの場所を聞いた。問題だったのはちょっと距離があったこと。


 ヘトヘトになりながら用を済ませ、出ようとした時に失敗をした。


 よろけてドアに寄りかかってしまったのだ。開けるときも大分嫌な音はしてたけど、金具が子供の体重を耐えきれないほど劣化していた。


「あちゃあ」


 倒れたドアの横に砕けた小さな釘と蝶番、見てみると中まで錆が侵食してる。いつ壊れてもおかしくないものだとしても、自分で壊すとちょっと罪悪感がある。


 ……仕方ないよね。


 壊れたパーツを蹴って端に寄せてから、ため息混じりにポケットの中から鉄の端材とカンテラを取り出す。


 フィリップ練師に忠告されてから、カンテラは普段はポケットにしまっている。錬金術師ギルドの仕事は機材や道具をレンタルして代用していた。ちょっと不便に感じてしまうあたり、慣れっていうのは恐ろしい。


「『錬成(フォージング)』」


 前に自力でドアを作ったおかげでパーツ作りはスムーズ。サイズを合わせて蝶番と釘を作る。


 まずはドアの方に錬成で釘を入れて蝶番をくっつける、金具が壊れた時に出来た破損部分も整えて……っと。あとはドアを持って位置を合わせる。


 結構重くてふらふらする。


「っ……ふぉ、『錬成(フォージング)』……っ!」


 影を伸ばしてドア枠の方にもくっつける。本当はトンカチで打つほうが早いし総合的に低コストなんだけど、身長的にも体力的にも1人じゃ無理だった。


 ぷるぷる震える腕を離し、ドアがちゃんと機能するのを確認する。変な音もしないし開閉もスムーズだ。


 後は『分解(デコンポジション)』で壊した証拠の錆の塊を土に返したら隠滅完了。


「ふぅ」


 よし、何も起こらなかった。額の汗をぬぐってカンテラをしまい、堂々と本館へ戻る。


 必死の思いでたどり着くと、庭で何かを探す仕草をしていたスフィがぼくを見るなりすっ飛んできた。


「アリス! どこいってたの!?」

「お手洗い?」

「ひとりで行っちゃダメ!」


 流石にトイレくらいはひとりでいける、今回はちょっと危なかったけど。


「ふらふらしてる!」

「ちょっと疲れただけ……」

「ほら! 途中で倒れちゃったらどうするの!?」

「……大丈夫だった」


 正直言うと、記憶がハッキリしてるのが一番ひどかった時期だから、それと比べて体調が良い今は動きたいって欲求が出てきちゃってる。


 それにしても、以前のぼくはここまで弱くなかった。


 村からの脱出行と地下遺跡での騒動が確実に尾を引いてるのを感じる。一度ちゃんと療養しないといけないかも。


「アリスまでいなくなっちゃうの、スフィやだよ……」

「……ごめん」


 スフィの涙声に負けて頭を下げる。実際ちょっと危なかったのは事実だった。


「アリスがげんきになったの、うれしいけど。アリスがムリするの、やだ……」

「……うん」


 震える手がぼくを抱きしめる。


 そうだった、ぼくたちはおじいちゃんと慕ってる人を亡くしたばっかりなんだ。


 一度別の記憶が挟まったから、ぼくの感覚的には過去の出来事になっていた。でもスフィにとってはまだまだ、ついこの間の話。


 平気そうにはしてたけど、どこか不安だったのかもしれない。いつ死んでもおかしくないような妹を抱えて、頑張ってようやくここまできて。


 そんな妹が、ちょっと調子がいいからってふらふら出歩きはじめた。


 ……ぼくがバカだった、スフィに心配をかけてまでやることじゃない。少し我慢して無駄なリスクは避けるようにしよう。


「もう無理しない」

「約束する?」

「する」

「ん!」


 額にこつんとスフィの鼻先が当たる。頬ずりを返して、ようやく離してくれた。


「じゃあ、もうおそーじ終わったから、挨拶してかえろう?」

「わかった」


 どうしてぼくを探しに来たのかと思えば、もう仕事は終わったらしい。


 その後は待っていてくれたノーチェたちと合流して、相手をしてくれた子たちにお礼を言って、「いつでも遊びにきてくださいね」と笑顔のシスターに見送られ孤児院を後にした。


 いい人達だった、1名を除いて。



「ねぇアリス、孤児院でへんなことあったの」

「……ん?」


 案の定熱を出した翌日、孤児院での手伝いから帰ってきたスフィが困惑した様子で言った。


「壊れかけてたおトイレのドアがね、ひとつだけきれーに直ってたんだって」

「……………………」

「金具がね、もう腐ってダメになってたのに、新しいピカピカのになってたんだって」

「…………そうなんだ」


 干し肉をかじりながらそっと目をそらす。カーテンの隙間からは、ベランダ越しに広がる東京の夜景が見える。あ、飛行機の光。


「アリスはなにかしってる?」

「……しらない」


 不思議だね。

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