武器つくりは結構大変

 ゴブリン討伐隊が帰還した。


 結果としては大きな被害はなく大勝利。街の近くに出来たゴブリンの集落は完全に殲滅されたので住民は安心して生活するようにと、領主からの通達もあった。知らない間に起こっていた騒動が知らない間に終わる。


 世の中の事件なんて、だいたいこんなものだ。


「討伐、無事におわってよかった」

「そうだねぇ……」


 一応それなりに活躍したっていう結界魔道具のメンテナンスのために呼び出されたぼくが2階にある執務室に入ると、フィリップさんは難しい顔をしていた。視線は討伐隊に同行した錬金術師からの報告書に向かっている。


「何かあったの?」

「ん? あぁすまないね、何でもないよ。それより急に呼び出して悪いね」

「ううん」


 我ながら、フィリアと比べて言葉遣いがちょっとひどいなと思う。だけど目上相手への言葉遣いがわからない。ぼくの一人称騒動以降、おじいちゃんには言葉遣いそのもので何か言われたことないから。


 フィリップさんも怒らないし、直す機会が中々ない。


「問題なく稼働していたってことだよ、おかげで被害が大分抑えられたそうだ」

「よかった」


 ぼくが作ったわけではないけど、おじいちゃんの魔道具が人の役に立っていると聞かされてちょっとうれしい。


「ところで、今日はひとりなのかな?」

「今日は体調いいから」


 ぼくだって四六時中誰かに運んで貰わないと動けないってわけじゃない。みんなの協力のおかげで、街にきてからは栄養を取りつつゆっくり身体を休めることができた。


 今では熱も下がって、寮の目と鼻の先にある錬金術師ギルドの往復くらいならひとりで通える。


 因みにスフィはめちゃくちゃ心配しながら冒険者の見習い仕事へでかけていった。今日も孤児院のお手伝いだ、草むしりがあるらしい。


「そうかね、とはいえあまり引き止めて体調が悪くなってはいけないね、早速見てくれるかな?」

「うん」


 今日はメンテが終わったら論文を返して帰宅することを伝えて了承を得ている。


 軽く会釈をして部屋を出る。扉が閉まる直前、フィリップ練師の深い溜め息が聞こえた。気にしないようにしながら、3階の倉庫を目指す。


 ……何事もないといいなぁ。



 結果魔道具はきれいに使われていて特に問題は出ていなかった。


 確認報告書を作り、受付に提出してその足でギルドを出ることにした。今日の仕事は終わりだ。そのうち他の錬金術師の修理用に回路図みたいなの書くことになるかもしれない。


 論文を見る限り、今でも持ち運べるサイズで結界魔道具を作るのは困難らしい。


 主流になっている製品の最小サイズが大きめ馬車一台分。人間ふたりで持ち運べるサイズに詰め込んだのは素直にすごいけど、やっぱりメンテナンス性が課題だなぁ。


 そんなことをつらつら考えながら、ドアを開けて外に出る。


 青空に向かってんーっと腕を伸ばしてあくびをひとつ。街の馬くさい空気にもちょっとずつ慣れてきた、麻痺したとも言う。


 珍しい獣人の子供に向けられる奇異の視線、今日はその中に粘りつくような嫌な視線が混じっていた。……ここのところずっと出入りしているのを見られたせいかな。


 汚したくないっていうのもあるけど、普段はコートを着ないようにしてるんだけど、錬金術師の関係者か、誰かの弟子とでも思われたのかな。


 逃れるように寮を目指して歩く。


「アリスちゃん、寮まで送ろっか?」

「……ありがとう」


 足早になりかけたところで、背後からケイシーさんの声が聞こえた。それだけで粘りつく視線がなくなった。


 ……スフィたち、足めちゃくちゃ速いからね。いつも背負われてる鈍臭そうなのがひとりでいるから狙ってきただけなのか。


「心配してきて良かった」

「助かった」


 ぼくに話しかけるふりをして、ケイシーさんも背後に注目していた。


 仲良くなってから色々話して驚いたけど、ケイシーさん、実は斥候(スカウト)をやっていた東方の冒険者だったのだ。その時のパーティメンバーに獣人が居たから、偏見みたいなのはまったくないのだと。


 本人曰く冒険者の素養は全く無かったそうだけど、元から勉強は好きだったのもあって一念発起して蓄えを元に猛勉強、錬金術師の職員試験に挑んで合格してのけた中々の才女。


「往来で無茶をするとは思えないけど、ひとりで出歩かないほうがいいよ?」

「うかつだった」


 最近平穏で体調もいいからって油断してた。次からはちゃんとスフィに付き添ってもらおう。


「取り敢えず寮までは送るね?」

「ありがとう」


 軽く雑談をしながら寮まで送ってもらい、割り当てられた部屋に入って扉を締める。


 耳を動かして気配を探るけど、寮周辺に気配はない。ほっと一息ついたところで一気に疲れが吹き出た。


 余計な疲れもいいところだ。


 スフィたちは大丈夫、いざという時の予測は伝えてある。バラバラに、しかも屋根の上に逃げたらまず捕まえられない。


 あとはやっぱり、早めに武器を作っておいたほうがよさそうだ。


 部屋の片隅にぽつんと置かれ、ドアストッパーで開きっぱなしにされている404アパートのドアをくぐる。基本繋げっぱなしにして、鍵は抜いてぼくが管理していた。


 洗面所で手を洗って少し休憩したあと、倉庫に保管しておいた素材を持って洋室へ向かった。


 床にシートを広げて鉄のインゴットや木片を並べたら、錬金術師ギルドで分けてもらった板と粘土をポケットから取り出す。


 デザイン案は既にある程度できてる。粘土を捏ねながらサバイバルナイフの刃先の形を作っていく。


 やや反りがある片刃で、根本に向かって幅広に。さすがに彫刻なんかは自信がないのでシンプルに作る。


 刃渡りは14センチくらいにして、おおよその形が決まったら『風化(ウェザリング)』で乾燥させる。


 それを横において、今度はインゴットを『錬成(フォージング)』で引き伸ばしていく。ある程度いったら折りたたんでまた伸ばす。


 本来は炉で加熱してやるべきなんだけど、技術的にも体力的にも鍛冶場で槌を振ることなんてできるわけがない。


 半ば強引に層を作って形を作り、成分を均一にして……。


 試行錯誤を繰り返し、横においた粘土の型を参考に長さとかを整えてようやく1本目の刀身が形になってきた。


「ふぅぅ……」


 疲れた。魔力も結構使ったし、工程に無駄が多い気がする。でもなんとか作れはする。


 理想を言えば謎金属を刃として混ぜ込みたい。ただ魔力的にも体力的にも難しそうだ。


 そもそも伸ばしてたたむ工程必要だったのだろうか。何となく鍛造を再現するイメージでやってたけど無駄だった気がする。


 とりあえず疲れたので切り上げよう。道具と素材類に別のシーツを被せて備え付けのベッドに横になる。少し湿気っぽい匂いがする、シーツとかも洗って干したほうがいいのかな。


 うぅ、手が足りない……。


 それなのに身体の疲労はやっぱり大きくて、ベッドで目をつむるとすぐに眠りについてしまった。



 少し寝ては起きて作業を繰り返し、日が傾く直前にようやく2本分の刀身が出来上がった。あとは刃をつけてグリップを作るだけ。


 でも今日はもう無理だ、動く元気もない。


 404アパートの窓から外を見れば、日本の町並みが夕暮れに染まっていくのが見えた。ヘリコプターが飛んでるのなんて久々に見た気がする。


 ほんと、ネット通販とかできるといいんだけどね……。ナイフとかネットでも良いのが買えるのに。あぁ、仮に商品を受け取れても日本円がないからダメか。それに外のウイルスや空気が安全とも限らないし……もどかしい。


「ん、しょ」


 起き上がってシャワーを浴び、最近はすっかり寝間着と化しているTシャツに着替える。


 タオルで髪の毛の水気を取りながらリビングに戻って、冷やしておいた水で喉を潤した。


「ただいま!」

「帰ったにゃー」

「ただいまぁー」


 今日はちょっと遅めの帰還となったスフィ達の声がした。


「アリス! 大丈夫だった!?」

「うん」

「よかったぁ!」


 一瞬でリビングに飛び込んできたスフィに見つかり、抱きつかれた。ところでスフィさんあの泥、ぼくシャワー浴びたばっかであの、あっあっあっ。


「……先シャワー使っていいにゃ?」

「……うん」

「そ、その、すぐ済ませちゃうから」


 いま一番使いたいのはたくさん働いたノーチェたちだろう、若干の哀れみを込めた視線を受けながら頷くと、ノーチェとフィリアは荷物を置いて浴室の方へ小走りで走っていった。


「……あっ!? アリスごめんね、よごしちゃった」


 頬ずりをして満足したのか、身体を離したところでぼくの頬やらシャツに泥がついてるのに気づいたみたいだ。


 スフィのやることなら別にいいんだけどね。


「あとでいっしょにシャワーしようね」

「うん」


 手を洗いにいったスフィを見送って、コップの中の水を飲み干す。


 とりあえず、ごはんの準備するかぁ。

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