平穏

 フォーリンゲンでの日々は思った以上に穏やかに過ぎていく。


 西方人の錬金術師からの嫌がらせも日を重ねるごとにどんどんなくなっていった。ようやくやればやるほど自分たちの評価が落ちる事に気づいたらしい。今では睨んだり舌打ちをするくらいで害はない。


 逆に東方の人たちは獣人に偏見みたいなものはほとんどない。受付のお姉さんたちとも話す機会が少しずつ増えて、スフィも待ち時間におしゃべりできて機嫌が良い。


 仕事しては忙しい状況が一旦落ち着き、今は中級のポーションを作ったり、ギルドに併設されている薬局でする手伝いが主になっていた。稼ぎそのものは銀貨2枚になってしまったけど、午前中に少し働く程度なので体力の消耗は少ない。


 ぼくの生活サイクルとしては、朝起きたらごはん支度をして、スフィに送ってもらって錬金術師ギルドへ出勤。午前中だけ仕事したら引っ込んで、あとは404アパートで療養したり調べ物。


 スフィたち3人は午前中は休んだり訓練をして、午後は買ったばかりの装備を身につけて見習い冒険者として活動している。


 ドブさらいは値段は良いほうだけど、仕事がないおじさんたちの大事な稼ぎのようで、すぐに募集がいっぱいになる。


 なので主な仕事は孤児院のお手伝いとかになっている。どうやらニックたちの居る孤児院みたいで、そこのシスターは敬虔な光神教徒ではあるけど種族差別に強く反対しているらしい。


 ニックたちがぼくたちに対して最初から変な敵意がなかったのも、シスターから「恐ろしい化物、知能の低い獣だなんてとんでもない。彼等は身体を動かすのが得意なだけで、私達と変わらない、良き友人になれる種族です」と言われていた影響が大きいそうだ。


 それを聞いて実際に依頼を受けたスフィたちが会ってみたら、面倒を見ていた子が獣人と知り合いになっていることに感動したあまり、よろけて椅子に膝をぶつけ泣いてたらしい。


 スフィ曰く『ちょっとドジだけど、すっごくやさしい人だったよ、おやつ一緒に食べたの。あとね、でっかい盾があったよ、すごかった!』とのこと。スフィの直感と鑑定眼は結構あてになるので少なくとも"嫌な人"ではないんだろう。


 報酬は安いけど身と心の安全には変えられない。生活費はぼくがいればなんとでもなるので、話を聞いてから実績作りとして丁度いいと思って、その依頼を中心にすることを提案した。


 妹さんも連れて遊びに来てと言われているそうで、時間と体力に余裕がある時は行こうと思う。


 まぁ何で時間がないのかというと、冒険者デビューしたことだしスフィたちの武器を本格的に作ろうと思ったからだ。


 試しに受付さんに選んで買ってもらったナイフがまぁ酷い出来だった。金属は均一じゃないし、刀身は歪んでる。刃先の硬さも位置によってムラがある。持ち手もいまいち。


 錬金術師ギルドの受付さんだけに目利きは確かで、これは値段相応なこの街の武器屋の平均値。つまりぼくたちの財力で問題なく買える範囲の武器がこんな感じだってこと。


 これで銀貨3枚とかよく取れるなってレベルで、買ってすぐに素材行きが確定した。


 鞘とか拵えとか、デザインなんかは本職の鍛冶師や鍛冶専門の錬金術師には及ばない。でも刃本体の出来なら自信がある。


 硬い金属を精密に動かすのは魔力がいるから、ぼくの魔力量じゃ一気に作り上げるのは無理だけど、時間をかければなんとかなる。


 ドアのときみたいに取り敢えず形になってればいいとか、そもそもパーツ自体が小さいって訳でもないからね。


 というわけで、ネットを使って武器の種類やらを調べて、みんなに見せて希望を聞き出しパソコンを駆使して設計図を作っている最中なのだ。


 ゲームの誘惑に駆られたりもするけど、流石にそんな余裕はないので自重する。向こう側の商品を手に入れるあてがあれば、テレビと据え置き型のゲーム機買ってみんなで遊ぶんだけどなぁ。



 寮を借りてはいるものの、実際の生活スペースは404アパートがメインになっている。何しろ設備が全然違う。


 使い方を知った当初は「この台所すごい!」と興奮しきりだったフィリアも、ちょっとずつキッチンの扱いにも慣れてきていた。今では一緒に料理を作るのが日課になりつつある。


「それでにゃー、スフィがキレかけてにゃー」

「だってあいつ、アリスのこと探そうとするんだもん」


 フライパンで肉を炒めながら、ノーチェたちの愚痴に耳を傾ける。肉屋の息子くんとは生活圏が違うのかかち合うことは珍しいらしいけど、時々バッティングする度に例のおバカムーブをぶちかましてくるらしい。


 基本的には相手にしないようだけど、今日はぼくが居ないことに言及してお姉さまの逆鱗に触れかけたらしい。


 ていうか、もしかしてぼくってあいつに目つけられるの? やだなぁ。


 さっきお風呂入ったばかりで、髪の毛もお湯で洗ったからちょっとキラッとしてるけど、普段は出かける前に灰と乾いた土で汚してくすんだ白かギリギリ灰色っぽく見えるようにしてる。


「アリスちゃんたちって、私からすると綺麗にしてたら凄くお姫さまだけど、人間からみると普通にしてても可愛いんだって」

「むぅ……」


 ちらっとむくれているスフィを見る。


 獣人との接触がないうえに前世の記憶があるぼくは感性的にはほぼ人間だ。その感覚でいえばスフィは紛れもない美幼女だと思う。


 特に最近は栄養も取れるようになって、生活環境も落ち着いてきたからか表情も明るくなった。顔や身体もふっくらしてきたし、ますますかわいくなってる。


 そしてぼくとスフィの顔の造型は一緒だ。客観的に見てぼくも美幼女枠に入ってしまうのだと思う。


「……アリスちゃん、可愛いって言われてもあんまり嬉しくない?」

「……かっこいいの方が良い、はーどぼいるどがいい」

「はー……ど?」

「頑丈(タフ)で野性的(ワイルド)なめすおおかみ」

「……そ、そっかぁ、なれるといいね?」


 長台に並んで立ち、隣で芋の皮を剥いているフィリアが何故か優しい目でぼくを見る。


「アリスからいっっっちばんとおい言葉にゃ」

「アリスはかわいいの!」


 食事待ちのふたりは好き勝手に言ってくる。苦い野菜多めにしてやろうかという思考が脳裏をよぎるけれど、我慢する。


 いつか絶対ぼくのことを『タフ』だって言わせてやる。


「フィリア」

「どうしたの?」

「フライパン交代して、もう腕あがらない」

「はいはい」



 塩だけで味付けた簡素な食事が終わり、布団を敷き詰めた和室ではTシャツ姿のノーチェとフィリアが枕投げをしている。スフィも最初は参戦していたけど、ほどほどのところで切り上げてこっちにきた。


「アリスは何読んでるの」


 水道から汲み、冷蔵庫で冷やしていた水を飲んでふーっと一息ついたスフィがぼくの読んでいた書類を横から覗き込む。ついでに突然頬ずりをされて、首が少しピキッと鳴った。


 視線と顔を前方向に固定してたから……。


「魔石設計理論」


 最近出たっていう論文の写しだ、おじいちゃんは隠居生活が長かったから最新の錬金術にはちょっと疎かった。少し余裕が出来たのでフィリップさんに論文って読めるか聞いたら、思ってた10倍以上は知らない論文が出ていた。


 魔道具基盤の縮小という縦方向の研究については、贔屓目抜きにしてもおじいちゃんが最先鋭だった。隠居してからも研究自体は続けていたそうだし、ぼくもある程度は引き継いでるからわかる。


 ただ横方向の発展がすごい。


 元から起動や発動維持に足りない魔力を横から持ってくる考え方はあったんだけど、それをおじいちゃんの基盤縮小研究を応用して、魔力の伝導性が高い元素で構成された石や宝石に魔力を充填する。魔力を留保する魔術を刻み込み、基盤そのものを魔力(マナ)プールとして利用する技術。


 まだ研究段階らしいけど、再現には成功したらしい。


「おもしろい?」

「うん」

「そっか。でもそろそろ寝よ?」


 リビングに設置した時計を見ると、もう10時だ。不思議なことに室内と外の時間帯が一緒なので、補給品倉庫で見付けた壁掛け時計を時間確認のために置いている。


 ご飯食べたのが夜の7時で……どうりで眠いと思った。


「うん」


 借りている論文を汚したりしないように、洋室のデスクの上に置いて和室に向かう。


「ねるよー、リーダー」

「ねる」

「決着つけそこねたにゃ」

「ノーチェちゃん本気出しすぎだよぉ」


 後少しでフィリアがやられるところだったらしく、両手に枕を持っていたノーチェが不満そうに布団の上に転がす。


「けす」

「デンキね、フィリアおねがいしていい?」

「あ、うん、消してくるね」

「……にゃんか、アリスの言葉遣い変になってにゃい?」


 そんな事ないと思うけど、とりあえず自分でも思った以上に眠いみたいだ。寝ると意識したらもう立っているのもつらい。


「アリス、すごく眠いとこうなっちゃうの」

「ねむ」

「うん、ねんねしようね」


 自分では凄く眠いって言ってるつもりなんだけど、ちゃんと言葉になってるんだろうか。


 そうこうしているうちにパチリと言う音が聞こえてリビングの電気が消えた。戻ってきたフィリアが入り口付近の壁に手をやれば、今度は和室の電気が消えて暗闇になる。


 お姉ちゃんに介護されるように布団に横になったら、一瞬で意識が眠りの中に落ちていった。


 明日はどうしようかな。そういえば、そろそろ討伐隊が帰還する頃だと思うんだけど、無事におわったのかなぁ。

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