下町の子供たち
世の中には想像を絶するほど摩訶不思議な発想でもって行動を為す人間がいる。
それによって偉業を為した者を天才と呼び、そうでないものを愚者と呼ぶ。
「あいつ女の子にモテたいみたいでさ、女の子がいるとあれが酷くなるんだよ」
「……?」
「……え、あいつモテたくてやってるにゃ?」
そりゃ妙に悪意を感じなかったり、あまりに空気読めてなさすぎたのは不思議に思ってたけど。まじで?
「そっちの小さい子のことずっとチラチラ見てたしね」
「可愛いもんね、その子の気を引こうと思ったんじゃない?」
簡易教習を終えたところで、「よかったらお話しよ」と誘ってくれた女の子たちがぼくを見て理解不能な言葉を口にする。大陸共通語っぽいけど聞いたこと無い言葉だった。
「アリス、モテた感想はどうにゃ?」
「みて、このとりはだ」
寒気がしすぎて熱引いたわ。
「やっぱりないよね?」
「ないにゃ」
「私も無いと思う……」
女性陣による『ないわー』の唱和に、ぼくもめまいを起こす勢いで首を縦に振る。真実が意外すぎる。
「アリスにちかづいてきたらかみちぎってやる……」
「おねえちゃん……」
大丈夫、スフィひとりに任せたりしない。……タンパク質には強アルカリ性の水溶液だっけ、水酸化ナトリウムってどうやって作るんだろう。
「あいつ女の子の前であんなことばっかやってるからさ、死ぬほど嫌われてるんだよ。どうせ諦めてすぐ来なくなるから気にすんなよ」
世の中には想像を絶するほど摩訶不思議な発想でもって行動を為す人間がいる。
■
肉屋の子を黙らせた教官が武術について軽くレクチャーしたあと、それぞれ個別の相談に乗る形で暫く授業が続いた。
魔力を身体の内側で循環させて身体能力を高める身体強化術、『練気』って呼ばれている技術があって、武技はそこから発展したものらしい。
練気を用いて力を高め、明確なイメージの元に特定の動きを修練し続けると、神さまがそれを"技"として認めてくれることがあるのだという。
そこに至ったところで技に名前をつけ、頭に技を発動する姿を描き、技名を叫びながら動きをなぞることで武技は発動する。やっぱり基本的な原理は魔術と一緒だった。
魔術は頭に描くと漫然としがちな特殊現象のイメージを、詠唱という型枠を使って明確な形にする。
錬金術は記号の組み合わせで指向性を与えることで、魔力を持って物質を操作するというイメージを補強する。
武技は一定の動作が詠唱の代わりになっているってことだ。
『神さまが認める』っていうのだけはちょっとわからないけど、大昔に超常の存在が作り上げた制御システムか物理法則だろうって解釈した。
広まっている既存の技ほど習得しやすく、『スラッシュ』は最も基本的で習得しやすい斬撃武技。別に武器の縛りがあるわけじゃなくて、中には蹴りや手刀でも発動させる猛者がいるらしい。
肉屋の子に邪魔されながら言いかけてたけど、この『練気』に近い術を大体の獣人は生まれつき使えるらしい。それも無意識レベルで常時。
種族に備わる特殊な性質、固有能力(ユニークスキル)のようなものだと言われた。世の中にはまだまだ知らない情報が結構ある。
普人は弱点も無いが強みもない、獣人は魔術の素養に大きく劣る代わりに肉体的な素養に長ける。純粋な近接戦闘、格闘戦に限れば普人(ヒューマン)は獣人(ライカン)に勝つのは不可能だとか。
スフィもノーチェも練気の原理を知った途端に身体の扱い方が劇的に巧くなって、バーナビー教官が顔をひきつらせてた。
因みにぼくはやろうとしても出来なかった。魔力も獣人の平均以下、身体能力も普人の平均以下。言い訳のしようがない無能キャラだった。
悲しい。
そんなこんなで有益だった教習もおしまい。特別追加訓練を受けることになった肉屋の子を残して解散となった。
ギルド館内の受付で終わったことを報告して小さな紙片の修了証をもらい、今後の教習について少し説明を受けた。
新人支援の一環として数日に一度、Cランク以上の手が空いてる冒険者が教官役をやってくれてるらしい。内容は今回のような武技をはじめとして依頼に必要な戦闘技術、斥候技術など。それから魔術、精霊術、使役術や召喚術……錬金術まで。
現場や戦闘の場面でどう使われてるのか興味があるし、相談して今後も通おうと決めた。
そこで教習で友好的に接してくれていた子たちに声をかけられて、情報交換も兼ねて一緒に話をすることになったのだった。
■
「孤児院の子たちなんだ」
「そ、下町の第二区」
名前はそれぞれ男の子がニック、ミド。女の子がセナとミサ。
下町にあるという孤児院出身の子で、少しでも経営を助けるために仕事を探して冒険者を目指したらしい。ほんとはもっと早くライセンスを取りたかったけど、シスターにグループ全員が10歳になるまではダメだと禁止されていたようだ。
現存する多くの国では身分が高いほど名前が長くなり、そうでないほど短くなる傾向がある。音をカタカナに直して大体4文字までが庶民、5文字以上が高貴な身分に多い。
一角の人物になれるように願って子供に長い名前をつけることもあるらしいので、あくまで傾向であって決まりごとじゃない、ただの目安だ。
なのでシグルーン練師もフィリップ練師も出自は庶民って話で未だ家名もない。ジンクス的にはバッチリではあるけど。
知識をさかのぼってみるとゼルギア帝国時代の名残みたいで、どうも語感の違う響きが入り混じってるのもそのせいみたいだ。
ニックとセナは同い年の10歳。声をかけてきた少年と三編みの女の子。西方人らしく髪と瞳の色はブラウン系。
ミドとミサは兄妹でミドが11歳、ミサが10歳。同じ赤みがかったブラウンの髪でちょっとぼさっとしている、ちょっと控えめな感じの子たち。
全員年上だけど威圧的に振る舞う様子はなくて、むしろ年下の相手に慣れている雰囲気もある。
「お前らも来てみるか?」
「ダメだよ、ああいうのも結構いるじゃん」
「あぁー……」
ああいうのとはすなわち肉屋の子ヴェード君。わかってはいるけど、この街ではどちらかといえば彼等のほうが少数派。他種族を嫌ってる普人が多いらしい。
比較的東側からの旅人も訪れやすい交易都市だから、他の街と比べれば随分とマシみたいだけど。
「しっかしなんでここまで嫌われてるにゃ?」
「それがさ、変なんだよなぁ」
「変?」
彼等の保護者であるシスターによると、元から獣人差別はあったらしい。むかーしあった戦いのせいで、いがみ合っているのがずっと続いていると。
ただ彼等も獣人を見るのは年に数度。貴族や商人に奴隷として連れられている他種族……通称『亜人(レッサー)』を見かける程度で、それも町中に出てくる事はほぼない。
だから差別はあっても、じんわりとした蔑みがせいぜい。
それがここ数年、シスターがここの孤児院に赴任したあたりから光神教会の司祭が「獣人は普人に仕えるために神がもたらした存在でありながら、普人に逆らった悪逆の獣である。彼等に罪を贖わせなければならない」と主張しはじめた。
「下町の大人も光神教の司祭様もみーんな獣人の悪口ばっか言ってんだよ。俺ら結構街を歩いてるけどさ、今は獣人なんて年に1人か2人見ればいいほうなんだぜ? しかもすぐいなくなる旅人」
「言われてみれば……妙だにゃ?」
「変だねー」
「でしょ? ちょー変だよね」
うんうんと頷きあうみんなの様子に、ぼくは少しだけ不思議に思う。錬金術師ギルドではそんなこと……いや、一部の西方人の錬金術師が妙に突っかかってはきてたけど。
「スフィたち、錬金術師ぎるどでお世話になってるけど、そんなのぜんぜん知らなかった」
「え、え? スフィちゃんたちって錬金術師様のお知り合いなの!?」
「えッ! ほんと!?」
「マジかよ……でも東方のえらーい錬金術師様が教会行くわけないって、仲悪いって聞いたぜ」
まぁ、実際に錬金術師が教会に行くことはない。仲が悪いと言うか、教会側が本気で嫌ってるから近づいてもたぶん塩撒かれる。
特に錬金術師は大半が星竜教徒のうえ、薬品の製造販売とか病気や怪我の治療とか、お困り相談以外の既得権益が光神教会とバッチバチにぶつかりあってる。仲良くできるはずもない。
「ねね、錬金術師様って男の人ばっかりだよね?」
「こいびとさがしてる人とかいないの!? あいじんでもいいよ!」
一方で錬金術師って単語にガッツリ食いつく10歳女児たちに男の子たちがドン引きしてる。
……あーそっか、よほど敬虔な光神教徒でもなければ、錬金術師って庶民でもなれるエリート研究職だ。教会の顔色を伺いながらだけど、腕次第で国や領主からも重用される。
冒険者と違って研究者、男所帯なうえに基本が引きこもり。女性からすれば狙い目でも、錬金術師ギルドに入らないとまともな接点なんてない。
確かに女の子たちからすればテンションが上がる話なのかもしれないけど……。
「あ、あの、スフィちょっとわからな……」
「今度お邪魔しても良い!?」
「なかよくしようね!!」
「あう、わうぅぅ」
口を滑らせてしまったスフィがたじたじだ。女の子たちの圧に圧されてしっぽが足の間に挟まりかけてる。
「錬金術師様が下町のガキを相手にするかよ……」
「妹がごめんね……」
男の子たちが頭を抱えてしまったので、フィリアの背中の上から手を伸ばしてぽんぽんと肩を叩いて慰めた。
紹介するのは別にいいけど、アラサー独身エリートのおじさんたちが10歳の女の子を紹介されて喜ぶ姿はちょっと見たくないな……。
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