腕試し

「次!」

「は、はい!」


 大人げないキレっぷりとは裏腹に、バーナビー教官の実力は本物だった。


 まず一番手である肉屋の子。「なんだそのへっぴり腰は」「口先だけは威勢がいいなぁ!」と怒鳴って煽ってがむしゃらに剣を振らせた。威圧の中で全力で動かされ、見るからに運動が足りてない彼はあっという間にダウンした。


 それからはひとりにつき1分前後の時間軽く立ち会いを行っていき、残すは年少組で話しかけてくれた少年たちとぼくたちになっていた。


「踏み込みすぎだ、逸るな!」

「は、はいぃ!」


 少年たちは最初に声をかけてくれた子がリーダーのようで、男の子ふたりと女の子ひとりは既に終わらせて地面に座っている。今は三編みの子が訓練用の木槍を手にして挑んでいた。


 横から見る限り、最低限の動きは出来ているって感じ。だけど、うーん……。


「お前は長物の才能がないな、訓練用の武器なら種類があるからいろいろ試してみろ」

「あ、ありがとう、ございました」

「さて……」


 打ち合いが済んで三編みの子が離れると、バーナビー教官の視線がぼくたちに向かった。ノーチェとスフィはやる気充分みたいなので、大人しく背中から離れて地面に座る。


「やる気は良し、どっちから来る?」

「あたしにゃ!」

「スフィ!」

「じゃんけんー」


 放っておくと長引きそうなので口をはさむと、ふたりにじろっと睨まれた。


 じゃんけんの結果、順番はノーチェ、スフィ、最後にフィリアで決まった。


 ぼくは棄権だ、まだ死ぬ訳には行かない。


「おっちゃん倒せばCランク相当ってことにゃ」

「そうなるな、それと俺は23だ」

「わかったにゃ、おっちゃん」

「……」


 ……まぁ8歳からすれば、ね。正直ぼくからみてもおじさんって感じるし。口にはしないけど。


 怒ってるわけではないみたいだ、むしろ落ち込んでる。バーナビー教官はゆっくり木剣を構えた。なお最初に抜いた剣は鞘にしまわれている、ただ肉屋の子を威圧するためだけに抜いたようだ。大人げない。


 なんて考えているうちに、ノーチェが飛び出した。相変わらず動き出してからトップスピードに乗るまでがめちゃくちゃ早い。


「シャアッ!」

「うお!?」


 地面スレスレを駆け抜けて、木剣が下から上へと勢いよく振り上げられた。


 教官が受けた木剣からカーンと音が響く。思わずといった様子で驚きの声をあげた教官の足元を、ノーチェは更にすり抜けて……背後から膝裏に回し蹴りを入れようとしていた。


「あぶねっ」

「チィッ!」


 一方で教官は素早く前に踏み出し避けた。回避のあとで振り向きざまに剣を振るう。


 ノーチェはバク転しながら迫る切っ先を回避した。


 しかし教官は剣を戻すのが速くて、流れるように追撃の体勢に入っている。


「回避の動作が大き……うおわっ!?」

「あめぇにゃ!」


 追撃しようとした教官の鼻先をノーチェの蹴りが掠める。バク転を途中で止めて、片手で身体を支えていた。逆立ちしながらしなるような足技を繰り出す。


 まるでブレイクダンスみたいな蹴りの連続に、教官も思わず距離を取る。今日は4人とも運動する可能性があってワンピースじゃなくて短パンで良かった。


「いいねぇ、久しぶりの大型新人かよ!」

「フシャアッ!」


 圧倒的な敏捷性と身体能力のポテンシャル。それを武器に挑んだノーチェだったけど、通用したのは最初のうちだけだった。


 大体察してきたのか、慎重になった教官は常にノーチェの間合いの一歩外に居た。


 攻撃を入れた隙を狙って一撃を打ち込むカウンタースタイルに切り替えたのだ。そうやって間合いを計られ、反応速度を見られ……攻撃の精度が徐々に上がっていく。


 ノーチェもうまく避けられなくなっていき、それが表情から読み取れるようになった頃、教官は攻撃を止めた。


「こんなとこだな……正直末恐ろしいぞ猫娘。まともな武器があればEの討伐くらいなら問題なさそうだ」

「ぜぇ、ぜぇ、ぶっ倒してやるつもりだったにゃ……!」


 ノーチェも体力はある方だけど、流石に実際の戦闘となると疲れ具合が違うみたいだ。時間にしては数分にも満たないくらいなのに、肩で息をしながら座り込んでいる。


 すごく悔しそう。

 

「ははは、そう簡単にはいかねぇよ。じゃあ次だ、来い!」

「いきまーすっ!」

「ってこっちもかよ!?」


 声をかけられ、次はスフィが飛び出した、大分ストレスが溜まっていたのか勢いが凄い。


 スフィはノーチェと違いトップスピードに乗るまで少しかかる。


「えいっ!」

「勢いと威力はいいが、動きが単純すぎるな!」


 曲りなりにもノーチェが木剣を武器として器用に扱っていたのに対して、スフィはまっすぐ行ってすれ違いざまに叩きつけるだけ。身体能力頼りと言われても仕方ない乱暴な戦いだ。


 教官を通り越して暫く走ってから方向転換をして、再び強撃を繰り返す。対人でやるにはちょっと力技が過ぎる。


「そんな動きじゃ、すぐに体力がなくなるぞ」

「えいっ! えいっ! ええいっ!」


 やってることは加速を維持したまま方向転換からのダッシュ斬り。要するに常に猛ダッシュしてるようなもの。普通ならあっという間にガス欠を起こす。


「おい、そんな動きしてたら体力が……」

「えいっ! えいっ! うりゃーっ!」

「……体力が」

「ていっ、やあ! とー!」


 普通なら。


 開始から約2分。全力で止まることなく動き続けるスフィの動きは一向に鈍らない。というかむしろ身体が温まって動きが良くなってきている。


「やあー! りゃー! とやー!」

「ほら、雑な動きになってきてる、体力の無駄遣いに……」


 単調な動きにうまく行かない攻撃。飽きてきたのか掛け声も適当になってきてる。


 だけど動きは全く鈍らない。


「うりゃー!」

「……あれぇ? ちょっとまて、休憩だ」

「すふぃー! おねえちゃーんげほっ、休憩ー!」

「えー!?」


 流石にきりが無いのでこの辺でとめる、攻撃が当たるビジョンが見えなかったしこれ以上は無駄だと思う。


「まだやれるもん!」

「しってる」

「……全然息きれてねぇな、どんな体力してんだ」


 攻めに出ている方が体力をより消耗するのが道理。だから押されていると見せて、わざと攻撃を誘って疲労させたり、相手の息継ぎの隙をついてカウンターを入れるっていう技術もある。


 スフィは息継ぎこそ必要なものの、基礎体力が尋常じゃないのだ。実際3分以上全力で動き続けてるのに息切れすらしてない。肺活量も持久力も並外れている。


 走る速度こそ4人の中でフィリアが一番速い、ただ障害物が多い場所ならノーチェが一番速く、夜目すら利かない真っ暗闇ならぼくが一番。持久走ならスフィが圧倒的だ。


「猫娘といい狼娘といいとんでもないな、ちゃんと鍛えりゃ相当なものになるぞ」

「当たり前にゃ!」

「ふふん」


 褒められて自慢気に胸を張るふたりをほっこり眺めていると、涙目でこっちを見るフィリアと目があった。


 大丈夫だって親指を立てる。


「次はそっちの兎娘だな」

「ひぅ!」


 木剣を手にしたフィリアがびくびくした様子で前に出る。怯えているのに逃げるつもりはないらしい、この子も臆病な割にはだいぶ肝が座ってる。


「……大丈夫だ、反撃しないから遠慮なく打ってこい」

「ひゃ、ひゃいぃ! や、やぁー!」


 覚悟を決めたのか追い詰められたのか、フィリアが思い切り木剣を振りかぶって教官に殴りかかる。ぼくの寸評は……フィリアの名誉のためにノーコメントとしておきたい。


「ビビってる割に腕力と度胸はある、鈍器の方が向いてるかもな」

「は、はひ……」


 緊張で疲労が倍増したのか、肩で息をするフィリアを見下ろして教官が少しほっとした様子を見せていた。流石にスフィとノーチェみたいな規格外はそうそう居ない。


「最後は……そっちなんだがよ」

「アリス、お熱だいじょーぶ?」

「びねつ……棄権って、できますか」


 地面の土が少し冷たくて熱が上がってきた。ぐったりするぼくを助け起こすスフィに肩を借りながら教官に聞いてみると、困惑しきった顔をされてしまった。


「いや一応腕試しなんだが……」

「無理です、しにます」

「冒険者志望だよな?」


 じゃなかったらここに居ないので。


「ま、まぁ取り敢えず測定不能ってことにしておくか」


 これがチート主人公あるある、能力が測定不能ってやつなのか。


 元からゲームや漫画っぽい要素もある世界だなって思ってたけど、ぼくもとうとうファンタジー世界に主人公デビューしちゃったんだなぁ。



「さて、いまので大体のレベルはわかった。街から出る依頼も増えてくるEランクに上がるために簡単な戦闘力テストもあるが、それはそんなに難しくない」


 土を踏み固めて作られた訓練場、ぼくたちは青空の下、座って大人しく話を聞いていた。


「くそっ、ここは人間の街なんだぞ半獣め……」


 ぐったりしてる間は静かだったのに、肉屋の子は息が整うなりぶちぶちと嫌味を言っている。タフなのはいいけど絶対話聞いてないなこいつ。


 スフィたちは集中していて雑音が届いてないみたいで良かった。


「問題はDランクだ、ここに上がるのが冒険者の最初の壁って言われてる。依頼完了実績はそんなに難しくはねぇが、問題は戦闘技術だ。旅をし、時には恐ろしい魔獣や魔物と戦わなきゃいけねぇ冒険者には最低限の戦闘力ってやつがどうしても求められる」


 教官はそこで話を切ると、腰の剣を抜きながら訓練用に並び置かれている藁巻き棒の前に立った。


「必要な条件のひとつがこれだ」


 両手で握った剣が勢いよく振り下ろされる。カーンと音をさせて藁巻き棒の半分まで刃が食い込んで止まる。中は結構硬めの木材になっているみたいだ。


「よく見とけよ――『スラッシュ』」

「ぁ」


 教官の剣に緑色の光が灯る。振り抜かれた剣は光の軌跡を残して藁巻き棒を通り抜けて、上の一部分をたやすく切り飛ばした。


 色こそ違うけど、起きた現象は一緒。


「これが武技(アーツ)、鍛錬を繰り返して、武神に強さを認められたものが身につけられるいわば必殺技だ。習得方法は身体を鍛えて原理を知り、技の動きを無意識でなぞれるほどに繰り返すこと。種類は数え切れないくらいあるし、自分だけの技を認めて貰える場合もある」

「はい」


 質問のために手を挙げる。2度目、明るい場所でじっくり見てわかったことと気になることがあった。


「どうした?」

「技名の発声は必須?」

「あぁ、じゃないと発動しないって言われてるな」

「ありがげほっ……とう」


 集中して観察していれば、放つ直前の溜めで魔力が腕と剣に流れ込むのを感じた。


 ぼくの知る限りの魔術と良くにてる。原理を知り、空想を大気中のエーテルに伝えて現象を起こし、魔力を手繰ることで制御する。


 錬金術でも使われてる『起動句(トリガー)』は全ての術が暴発しないようにするための安全装置。魔術の場合は起こしたい現象を指定する『詠唱』と、発動させるための『起動句(トリガー)』はふたつでひとつ。どちらが欠けても術は発動しない。


 大昔、世界を支配していた神々は好き勝手に世界や法則を改変する力を持っていたっていう。その奇跡を魔王が真似し、誰でも使えるような形に世界に組み込み反逆を目論んだ。


 神々は地上から駆逐されてしまったけれど、世界を覆う大結界を作り出し……地上に広まった奇跡を起こす術を好き勝手に使えないように様々な制限を設けた。


 それが魔術の原型となった技術。研究を経て多種多様な術が生まれて、今でも少しずつ新しい術がどこかで生まれている。


 武技もたぶんそのひとつ。鍛錬による魔力操作技術、身体の動作による『詠唱』、発動させるための『起動句』を必要とする魔術の一種だ。


 ちょっとスッキリした。


「はい! 覚えるにはどうしたらいいにゃ!?」

「あぁ、まず体術のひとつの身体強……」

「チノウが劣る半獣が覚えられる訳無いだろ! 生意気なんだよ!」

「……おっちゃんに聞いてるにゃ」

「獣人なら無意識……」

「だから無駄だって言ってるだろ! そんなこともわからないなんてほんっとケモノ並だな!!」


 ブツブツ言いつつ、ちらちらこっちを見てきていた肉屋の子がまたやらかしはじめた。ぼくの時は静かだったのに何で急に。


 というか気に入らない奴を攻撃するために自分の評価を全力でベットするの西方人の流行りか何か?


「さっきからブツブツギャーギャーうるせぇにゃ! おっちゃんの話が聞けにゃいだろうが!」

「半獣は聞く必要がないって言ってんだよ! ケモノモドキが!」

「ヴェード、おまえいい加減にしろよいつもいつも!」

「ヴェードくん、どうして人の邪魔しか出来ないわけ?」

「邪魔してるのはお前らとそこの半獣だろ!? バケモノみたいな色の髪しやがって! 気持ち悪いんだよ」

「はぁぁ!?」


 そしてずっと我慢していたノーチェが爆発した。フィリアとスフィも友達が気にしてる部分をバカにされて怒っている。


 歪んだ特権意識と差別感情は昨日今日で育つものじゃない。なのに彼から感じる悪意が不気味なくらいに薄いのは、きっと日常的に家族か近しいところでそんな言葉をずっと刷り込まれてるせいだろう。


 言葉は悪いけど、自分の発言の意味をちゃんとわかってやってるほど賢くは見えない。


 だって賢かったら気づくはずだ。


 今がどういう状況かってことと、何故かバーナビー教官が穏やかな笑みを浮かべていることに。


 いつの間にかあたりに漂う威圧感に自然と口喧嘩は止まっていた。


「……ヴェードくんだっけ? 君は元気が随分と有り余っているようだねぇ……ちょっと居残りしていこうかぁ?」


 どうやらこういうのを教育するのも教習の目的のひとつらしい。


 ただし、どの程度効果があるのかについては答えてくれなかった。残念。

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