教習
「そういえば、依頼どんなの、あったの?」
貰ったライセンスを首に下げてから聞いてみると、ノーチェたちが少し顔をしかめた。
「……びみょーにゃ」
「えっとね、おそうじとか、おつかいとか……」
「あー」
Gランクは冒険者としては最低ランク。というかあくまで見習い。
何が出来るのか、どんなことが得意なのか、どんな依頼をこなせるのか……そういったものをギルド側で確かめる時間。
リンダさんに確認してみると、やっぱり基本的に誰でも登録できる代わりに特権や権限みたいなのはないらしい。
知らなかった情報としてはF以上に上がるには通常15歳っていう年齢制限があるけど、功績次第では15歳以下でもDランクまでは上がれるらしい。
Cランク以上はギルドが認める緊急事態が起こった際、強制依頼という形で解決に協力することを求められる。これは冒険者が自由であるために果たすべき最低限の義理なのだそうで、拒絶することは冒険者ギルドをやめることを意味する。
めったに起こることじゃないそうだけど、このランク制限は緊急事態に子供を巻き込ませないための処置だそうだ。ぼくたちには逆にありがたい。
というわけで、スフィに背負ってもらい掲示板に出てるGランク向けの依頼を見てみる。受付で聞けば教えてくれるらしいけど、全員ある程度は文字が読める。
「ドブそうじ、1日大銅貨1枚……家の片付けの手伝い、大銅貨1枚……運搬の手伝い、銅貨8枚……」
4人パーティで効率よくこなせば一日大銅貨3~4枚ってところかな。これに関してぼくは完全な戦力外だけど。
「えーっと、ばらばらにこなせば……1日大銅貨3枚くらいかな?」
フィリアが指折り数えている。街の物価を考えると……一番安い宿の馬小屋が銅貨3枚、パンと水で銅貨2枚。見習いとして真面目に働けば生きていけるし貯金も出来る額……極限まで出費を抑えればだけど。
大体の冒険者がそこにお酒やらを足して大銅貨1枚全部使い切るのはご愛嬌。娯楽を断つ難しさはわかる。
「結構な額だよにゃ、そういやアリスっていま一日どのくらい稼いでるにゃ?」
「えーっと……最初の修理は例外……平均すると……」
基本的には歩合制で、やってることは小物の修理や上級から中級ポーションの調合。設備がしっかりしてるのと、カンテラのおかげで大分魔力を節約できるので数が作れてる。
ただ労働時間は1日1時間から2時間、それ以上は身体が持たない。
「ブレがあるけど、1日銀貨2枚から4枚」
「大銅貨で言うと何枚にゃ?」
「20枚から40枚」
「朝ちょこっといくだけでにゃ?」
「うん」
「ひっぱたいていいにゃ?」
「やだ」
「ダメ!!」
何故かキレ気味なノーチェから、ぼくを抱えたスフィが距離を取る。
「寝込んで起きてのよわよわに隣ですごい稼がれてるのに、コツコツなんてやってられるかにゃ!」
「理不尽……」
そんなこと言ったって実績積んでランク上げなきゃ正式ライセンス取れないし、あったほうが便利だし……。錬金術はぼくが頑張った結果だしー。
「ぼくが稼ぐから、ノーチェたちはランクを上げて」
「……にゃんだかにゃぁ」
「あの、ちょっといいですか?」
軽く揉めていると、受付からリンダさんが出てきていた。まだ誰も居ないけど騒いで迷惑だっただろうか。
「実はこのあと駆け出しと見習い向けの簡易教習があるんですけど……受けていかれますか?」
「あれ、そうなの?」
「はい、実は先程教官役に相談してみたら大丈夫だと言う事でしたので……」
スフィの言葉にそう返すと、リンダさんは軽い苦笑を浮かべる。なるほど、確認取らずに行かせたらトラブルの種になるよね。
「どうしますか?」
「じゃあ受けますっ!」
「リーダーはあたしにゃ! 受けるにゃ!」
スフィが元気よく返事をしたことで、簡易教習とやらへの参加が決まった。
現役の冒険者が新人相手に戦闘技術やらなんやらをレクチャーしてくれるようで、そっち方面に不安があるぼくたちには非常にありがたい施策だった。
■
「よう、俺が教官役のバー」
「おい! 何でこんなところに半獣が入り込んでやがんだよ!」
会場はギルド裏にある広場、既に始まっていた教習の中に入っていくと教官の声を遮って妙に良い服を着たふくよかな男の子が声を張り上げた。
頬ひくついてるけど大丈夫?
「……俺が教官やく」
「お前らがいると獣臭いのが移るだろ、帰れ!」
少し間をおいて再び喋りだそうとしてまた遮られた男性の額に青筋が浮かんだ。無造作に伸びた髪の毛も瞳も明るいオレンジ、背は高くてスラリとしている。腰に長めの剣を佩いた……東方人かな?
一方で男の子は短い髪も瞳も濃いブラウンの西方人。見分けるより先に態度でわかるようになってきてないこれ。
「…………」
「ふぅー、ふぅー!」
「……俺がきょう」
「何黙ってるんだ半獣ども! 僕の命令が聞けないのか!?」
「いい加減にしろやクソガキ!」
あ、怒られた。
「……コントかにゃ?」
因みにこっちにも漫才とかコントっていう概念はある。街で大道芸人のグループがやってたり、舞台で披露することもある。主流の芸ではないようだけど。
村から出て既に1ヶ月以上、このくらいじゃもう腹も立たなくなってきた。
「気にすんなよ、あいつどうせすぐこなくなるから」
フォローするように声をかけてきたのは、同じ西方人っぽい髪色の少年たちのグループ。年齢的にはぼくたちよりちょっと年上で男の子がふたり、女の子がふたり。こっちからは悪意や敵意みたいな音は感じない。ニュートラルな対応にちょっとびっくりした。
他にも西方人っぽい同年代や、もうちょっと上に見えるお兄さんのグループもいる。
……あっちの年齢が上のグループは要注意かな。
「あいつ肉屋の息子なんだけどさ……」
「ヴェードくん、性格悪いし、根性ないし、臭いし、人望ないし、頭悪いし、なんか臭いし、卑怯だし、臭いし生理的に無理だし、最低のクズだし」
「言い過ぎだろ!」
女の子の片割れ、整った顔立ちで明るい茶色の髪の毛をみつあみにした穏やかそうな女の子が物凄い辛辣な言葉を吐き捨てた。
良い服を着たふくよかな男の子……肉屋のヴェードくんが半泣きになってる。
「第一くさいくさいって、そいつらのほうがよっぽど獣臭いだろ!?」
「別に、私たち獣人だからってサベツしないし、それに全然獣臭くなんて――」
個人的には彼の言葉は言いがかりってまで断定しにくい。獣の耳やしっぽがある分、暫くお風呂に入ったり洗わなかったりするとやっぱり獣臭くは感じる。
まぁ404アパートのおかげでお風呂には入っ…………やべ。
「スフィ、はなれ」
「……あれ、え、なんかすっごくいい匂いがする」
「はぁ!? なんだよそれ! これだから孤児院の奴らは!」
遅かった、漂う石鹸の香りを嗅ぎつけたのか、みつあみの子が距離を詰めてくる。肉屋の子が吠えてるけどもう眼中に無いみたいだ。
「え、うそ、石鹸の匂い?」
「きのせい、ね、スフィ?」
「うん、きのせいだよね、アリス?」
耳と尻尾だけならと思ってシャンプー使ったのが失敗だった。お湯で身体を擦るだけにしておくべきだった。
「え、え、待って、なにか方法あるの? 教えて!」
「そんなことより」
おしゃれに興味津々の女の子をごまかすように、さっきから怒りの音全開の教官役を指差す。
「あの人の話、ちゃんと聞いたほうがいいのでは」
「……よう、ガキども、改めて挨拶するぜ」
存在を忘れられかけていた教官役のお兄さんは、額に青筋を浮かべながら腰に佩いた剣を握った。シャラリと音を鳴らして出てきた刀身は中々に使い込まれていて、鈍い光を放っている。
「俺は教官役のバーナビー、まずは実力を確かめるためにひとりずつ相手してやるなあに心配すんな俺はCランクだから思い切り来い、ちゃんと手加減はしてやる」
――てめぇ以外はな。
言外にそんな言葉を滲ませて、バーナビー教官は肉屋の子をじっと睨んでいた。威圧でもされているみたいに肉屋の子のたわわな肉が震えだす。
はじめて会うCランクの冒険者は、割と大人気なかった。
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