冒険者ギルド
領騎士団、志願した冒険者と錬金術師。
今しがた、この3者で構成されたゴブリン討伐部隊が街をでた。総勢100人を超える大部隊だ、冒険者はEランク以上、錬金術師も戦闘の心得がある人だけを厳選したらしい。
ゴブリンの巣の規模は知らないけど、反応を見る限り巣の規模に対して少し過剰なくらいの戦力みたいだ。錬金術師ギルドの人達は大げさだと思ってるみたいだけど、ぼくとしては『指揮官は相当なやり手だな』と思った。
標的に対してやや過剰な戦力で持ってあたることが出来れば、確実に潰すことが出来る上に味方側の犠牲も抑えられる。その分コストはかかるし、準備も大変。
前世では戦場経験者の多い傭兵部隊が護衛をしてくれてたから、戦術戦略も多少はわかる。その準備をするために、どれだけの人間に頭を下げたり話を通したりしなきゃいけないのかも知ってる。
1体1体は弱いと侮られがちなゴブリン、その脅威は集団になった時に発揮される。そんな相手を侮らず、物資と人員をそこまで用意したのだからやり手と表現するしかない。
他の錬金術師に話を聞くと今回の作戦は領騎士団の部隊長さんが主導していたようだ。錬金術師ギルドや商業ギルドに頻繁に足を運んでいた。ラウド王国の騎士爵の三男でまだ若い男の人だとか。
物資も人員も十分なら、すぐに片付けて戻ってくるだろう。
ごっそりと主力が旅立った冒険者ギルドは、今や閑古鳥が鳴いている。一時的な凪の状態だ。
つまり、突撃するチャンスである。
■
「冒険者ギルド、いこ」
「ついにこのときがきてしまったにゃ」
ふふんとしっぽをうねらせるノーチェを押しのけて、スフィが前に出る。
「準備はバッチリだよ!」
ふたりとも受付嬢のみなさんに買ってきてもらった旅装を身に着けてる。鎧までは手が出なかった……というか寸法の問題で無理だったので、装備は革製の胸当てや手甲でまとめてある。スピードタイプだし、あまり重い装備は使わないほうがいいだろう。
ぼくも武器ならともかく、鎧の作り方まではわからないので暫くはこのままだ。パナディアの方なら光神教の影響も薄いし、港があって人の出入りが激しいからもうちょいマシだと思いたい。
交易都市もここ数年で光神教による異人弾圧が悪化してて、ますます多種族の出入りが減って入店拒否すらされる有様だし、ほんと生活しづらい。
「じゃあ出発しよ」
「あたしがリーダーにゃ」
「リーダー、号令して」
「出発にゃー!」
「おー!」
リーダーの号令に合わせ、スフィは思い切り、ぼくとフィリアは控えめに腕をあげて錬金術師ギルド寮を出る。
目指すは冒険者ギルド。
すれ違いざまに聞こえてくる舌打ちや嫌な視線を意図的に無視して大通りを進む。位置的には門から入って少し進んだところを左に曲がるとすぐそこにある、青い屋根の建物。錬金術師ギルドよりも一回りくらいこじんまりとしている。
靴と剣をマークにした看板が吊り下げられたここが、国際冒険者ギルド・フォーリンゲン支部だ。
扉を開けて中に入れば、ふわりと漂う泥と汗の臭い。建物内の右手からはアルコールと料理の匂いが漂ってくる。視線を向ければ、併設された酒場に通路が繋がっているようだった。
壁には掲示板があって、依頼書が張られている。
いかにもって感じで、ちょっとワクワクしてきた。
受付はひとりで、東方人っぽい見た目の綺麗な女性。カウンターからこちらを不思議そうに見ている。ギルド内はがらんとしていて人気はない。タイミングはバッチリだ。
「なんて書いてるにゃ?」
「ええっと……」
「先に受付いこ」
掲示板に張られている依頼書に興味を示したノーチェたちを促して受付に向かう。
「……冒険者ギルド・フォーリンゲン支部に何か御用でしょうか?」
ぼくたちが近づくと、女性は穏やかな笑みを浮かべて訪ねてくる。悪意や敵意みたいな嫌な音はしない。
「冒険者とうろくにきたにゃ!」
「ええっと……登録希望ですか? 少々お待ち下さい」
ノーチェが声高に告げると、納得したような様子でカウンター下から少し茶色がかった植物紙を出してくる。
錬金術師ギルドでも主に使われている紙。当時は羊皮紙しかなくて貴重品だった紙を、安価な植物から大量に作り出すことに成功した錬金術師がいた。安定した製法はしっかり受け継がれていて、植物紙の製造は錬金術師の主産業のひとつでもある。
完成するまでにものすごい試行錯誤と紆余曲折はあったようだけど、説明すればこれだけなのが研究作業の悲しいところ。なお当人は功績をもって第8階梯『メイガス』に認定され、正式に自分の一門を発足して富と名声を得たそうだ。
「4人……で合っていますか?」
「そうにゃ!」
「はい!」
元気よく返事するノーチェとスフィの間をすり抜けて、スフィの背中で明らかにぐったりしているぼくに視線が突き刺さる。
わかるよ、見るからに具合悪そうだもんね。昨日までは下がってたんだけど、討伐隊出発前の追い込みで働きすぎたせいか微熱があるんだ。一日で4時間も働くのはぼくには無理があった。
「その……いえ、決して無理をしちゃダメですよ?」
物凄い心配そうな顔で書類とインク壺につけられた羽ペンを差し出してくる。インクも錬金術の発展で量産できるようになっている。日本人の感覚で言えば値段は少し高めではあるけど、それでもこんな風に使える程度だ。
町中で過ごしてみると、あれだけ光神教会に疎まれてるのに錬金術師ギルドが対抗できてる理由がよくわかる。人々の生活に錬金術師の主力商品が最低ひとつは食い込んでる。
「えーっと……」
「読みましょうか? 代筆も可能ですよ」
「冒険者ギルド、会員登録申請書……」
ずらっと書かれてる内容は簡単に要約すれば。
『冒険者ギルドは人々が自由に冒険をする権利を保証し、その後押しをする互助会である』、『冒険者は駐留する土地の法律に従う必要がある』、『出身地の法と駐留地の法の間に矛盾が発生する場合、その差異は考慮される』、『明らかに法に違反する行いが認められた場合、冒険者ギルドは該当者を指名手配し討伐部隊を差し向ける可能性がある』、『問題が発生した場合、その都度冒険者ギルドの対処部門が判断する』。
なんかアバウト。
「――とする。要するに、悪いことしたら怒られる」
「……にゃるほど」
スフィが頷いてる横でノーチェもしたり顔で頷いたけど、ほんとにわかってるか少し不安。まぁ思ったよりも決まり事はシンプルだ。
他にある決め事といえば、冒険者同士の揉め事は基本当事者同士で解決する努力をすること。その際に法律違反があれば基本的には揉め事が起きた土地の法で裁く程度のもの。後は税金と手数料として依頼料の一部が差し引かれていて、提示されてる報酬は既に引かれた後だってことくらいか。
「合っていますよ。私はリンダ、何かあれば相談してくださいね」
簡単に質疑応答したあと、受付のお姉さんはそういって微笑んだ。
多少の補足はあったけど、基本的におじいちゃんから聞いていたとおり。特に取得するデメリットみたいなのはない。
「お名前は書けますか?」
「書けるにゃ」
「書けます」
ぼくとスフィは勿論書ける。ノーチェとフィリアも即座に応えて、普通に羽ペンで自分の名前を書き込んでいた。
「はい、確かに。ではライセンスを発行します。お呼びするのでフロア内でお待ち下さいね」
4人分の書類を確認したあと、リンダさんはそう言って受付の奥へと向かう。
それを見送ってぼくたちは顔を見合わせた。
「どうするにゃ?」
「依頼どんなのあるか見ようよ」
「わ、私も気になる」
「…………」
「アリス、あっちに座る?」
「……ん」
リンダさんとのやり取りで体力を使い果たしたぼくを玄関脇にあるベンチに寝かせ、スフィはノーチェたちとすぐ近くの掲示板を見に行った。
きゃっきゃと声をあげながら張り出された依頼を眺める3人の動くしっぽをぼーっと見る。
久々にぼくの世話から解放されたためか、スフィは楽しそう。しっぽが機嫌よく左右に揺れている。
ゆらゆら、ゆらゆら、ゆらゆら……。
「――ありがとにゃ!」
「いいえ、今後の活躍を期待しています」
「!」
「アリス、だいじょぶ?」
聞こえてくる声にハッと目を開けて身体を起こす。……気づいたらスフィがぼくの頭を膝に乗せていた。
あれ、寝てた?
「おう、貰ってきたにゃ」
リンダさんに見送られてやってきたノーチェが、長い細鎖のついたカード状の銅板をじゃらりと突き出す。
見た目はドッグタグ、表面には自分たちの名前と『G』に似た文字が大きく刻印されてる。こっちも確かランクに応じて銅から銀、金って材質が変わるんだっけ。
「これでスフィたちも冒険者だね」
「あたしの率いる最強パーティ伝説のはじまりだにゃ」
「私ちょっと自信ない……」
喜び方も反応も三者三様、ぼくは感慨深さを感じながら手の中でタグを遊ばせていた。
ゲームや物語の中でしか存在しなかったものが、今手の中にある。
登録すれば誰でも貰える見習いライセンス、最低限の身分証。信用も実績も実力も、これから積み上げていかなきゃいけないもの。
でも、ぼくだって異世界で剣を片手に旅をするカッコいい主人公の姿に一度は憧れた。
諦めたはずの第一歩を踏み出せた気がした。
目が覚めてくるにつれて、テンションが上がる。
折角だし、ハードボイルドで、タフでワイルドな狼でも目指そうかな。
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