街での日々
「つまんない」
落ち着いてしばらく、フィリップ練師が回してくれる仕事をこなす日々が続いていた。
練師というのは錬金術師同士がお互いを呼びあう時の敬称らしい。第8階梯以上の術者には老師(ろうし)、導師(どうし)をつけるのが正式となる。ここにきてはじめて知った。
おじいちゃんは「私めは爺やで構いませぬ」とか言ってたし、こういうのはちゃんと教えてほしかったと思う……。
フィリップ練師が回してくれる仕事の内容としては、持ち込まれる魔道具の修理や調整からポーションの作成が主だった。体力的にこなせる量は少ないけど、ゴブリン退治が迫っていることもあってやることは尽きない。
報酬は流石におじいちゃんの魔道具の修理には遠く及ばないけど、それなりには貰えている。
街にたどり着き、錬金術師ギルドで寮を借りて既に5日。稼いだ銀貨は80枚を超える。
1日1~2時間の労働で体力の限界がきちゃうので、思ったよりは少ないって感じ。
そんなわけでこつこつと働きながら旅費を貯めていたんだけど。
「つまんない……」
「暇にゃ……」
スフィたちの方が早くも限界に近づいてきてしまっていた。
ぼくはひとりじゃまず行動できないので、どうしてもスフィと一緒に動く必要がある。送迎だけじゃなく手伝いもお願いしてるけど、難しい作業は殆どないし基本的には暇。
ノーチェたちも街を迂闊に出歩くとトラブルの種になるので、寮の部屋か404アパートでだらだら過ごすだけ。想像するだけでも暇だ。
「冒険者ギルドいってみたいにゃ」
「スフィも」
「……もうちょっとまって」
ゴブリン討伐作戦の出征を数日後に控えて、冒険者ギルドもかなりバタついてる。連日のように問い合わせはきてるし、必要な物資の打ち合わせにきたのか、あっちの職員が錬金術師ギルド内を歩いていることもある。
集まっている冒険者も気が立っているだろうし、冒険者って職業は基本的には現地の荒くれ者に仕事を与えることが目的だ。
出世して色んな街を行き来するような人は礼節を弁えてることが多いけど、生まれ故郷の街を根城に活動してる人は性格に問題があるケースが多いらしい。
行くならゴブリン退治が落ち着いた後、せめて出発後でないと余計なトラブルに巻き込まれかねない。
フィリップ練師や、話すようになった他の錬金術師から受けたアドバイスだった。
内容的には錬金術師にも言えることで、東方から出向してきたような人は気さくに話してくれるけど、現地採用の錬金術師には未だに口を利いてもらえてない。
ひどい場合は、ポーションを調合中に椅子を蹴られることもある。もちろんその程度で失敗なんてしないけど、ブチ切れそうなスフィをなだめるのが大変だった。
放置してるのはめんどくさいからっていうのもあるけど、ぼくって専門はたぶん魔道具になるんだけど、上級ランクのポーションまでなら一応全部調合できるんだよね。
ポーションにも等級があって、下級は正規ライセンス持ちなら誰でも作れる、中級は結構難しくて、上級はかなり繊細な調整が必要になる。その上に最上級と特級に分類されるものもあるけど、大半が難病の治療薬とか高度な外科治療用とかになる。
傷を一発で完璧に治せるポーションはない。でも腕の良い術者が作った上級ポーションなら『死まで数秒の致命傷』を『早めに治療しなければ死ぬ重傷』まで持っていくくらいは出来る。
そんなわけで、万が一の保険に上級ポーションをいくつか依頼されてたみたいなんだけど、この支部で上級ポーションを実用レベルで調合出来るのは支部長であるシグルーン練師とフィリップ練師だけだった。
去年の認定試験の課題にあったから、フィリップ練師はぼくが上級ポーションを調合できるのを知っていた。爛々とした目を向けてきた理由だ。
支部長であるシグルーン練師や、室長であるフィリップ練師に代わって上級ポーションを作る錬金術師に、その支部の構成員が邪魔する行為をすれば当然のように人事評価は自由落下する。
例の受付のお姉さんはよほど怒られたのか接触を避けて真面目に働いてるっていうのに、世の中人生をかけて子供に嫌がらせをしたがるチャレンジャーが多すぎる。
そんなわけで、ノーチェたちに辛抱を、スフィに忍耐を強いる日々はもう少し続いてしまいそうだった。
■
「……終わった」
「おぉ、おつかれ……この短時間で不純物も濁りも一切なしか、綺麗なもんだ」
調合用の鍋で薬草を溶かし、濾過器を通して抽出した原液を透明なガラス瓶に詰め、注ぎ口を錬成で薄く癒着させる。数日でこの作業を繰り返して、上級ポーションがようやく頼まれていた個数に届いた。
製薬部門の担当錬金術師であるマーテル練師に確認してもらうと、彼は東方人の特徴である色素の薄い髪をかきあげて頬を引きつらせた。
「アリスちゃん、もしかして人生何度かやり直したりしてない?」
「……しょうしんしょうめーの7歳児」
一瞬ドキッとしたけど、これに関しては言いがかり。
ぼくが前世の記憶を取り戻したのは大体1ヶ月前、更に前世のぼくは錬金術についてはさっぱりだ。アリスの錬金術師としての実力は6歳の女の子が師に習って自力で培ったもの、前世云々はほぼ関係ない。
「そっかー……」
遠い目をしながら納品用の箱に詰め込んで行くのを見るに、チェックはOKらしい。あっちは支部所属でぼくは雇われなので、ちゃんと確認してもらわなきゃいけないのだ。
錬金術師にはどこかの組織もしくはギルド関連の施設や学校に所属して業務をこなしつつ研究をする賢者タイプと、所属はせずにフリーで自分の研究を続ける隠者タイプがいる。
おじいちゃんは一時は弟子もたくさんいて王宮付き錬金術師もやってたそうだけど、色々あって人付き合いや権力争いに疲れて隠者になったタイプ。
ぼくは仲間と旅をする都合上、後者を選ばざるをえない。
「いっそ支部(うち)の子にならない?」
「いやです」
「躊躇ないなぁ」
「ちょっとでもなやんだら、即座に書類がでてきそう、ぜぇ、なので」
「違いねぇ」
フィリップ練師が「あとは名前を書くだけだよ」とか言いながら支部への所属申請書類をもって出てきそうで笑えない。
どうせ所属申請するならアルヴェリアの王都にあるっていう本部でする。ラウド王国内に長期滞在するつもりなんてないのだ。
所属してすぐに異動申請して通ったとしても、家族のスフィはともかくノーチェたちまで飛行船を使わせてもらえるかは怪しい……というか無理だと思う。
この支部でそれを押し通せるだけの権力を手に入れるには、最低でも数年は必要になる。この国で保護者無しで時間かけて権力も手に入れるっていうのはちょっと難しい。
「アリス、おしごとおわった?」
「うん、ごはんにしよ」
話し声の気配をかんじたのか、部屋の入口からスフィが顔を覗かせる。調薬室は薬の匂いがきついから、鼻の良いスフィにはかなり辛いみたいでいつも離れて待って貰っている。
今日はいじわるな現地の錬金術師が居ないから、スフィの機嫌は良い方だ。
「あぁ、報酬は明日には受け取れるようにしとくから」
「うん」
ふらふらと入口に向かい、スフィに背負ってもらい調薬室を出る。ぼくだって別に匂いが平気なわけじゃない、慣れてるから我慢できるだけだ。
「きょうは何にしようかー」
「受付のおねえさんたち、市場でいろいろ買ってきてくれるって」
雑談しながら廊下を歩く。ケイシーさんをはじめとして、東方系の受付のお姉さんたちとは交流を続けてる。獣人慣れしてるからか妙に好意的で、ノーチェとフィリアにも特に忌避感はないみたいだ。
ノーチェの濡羽色の髪には少し驚いてたけど、表情や音から嫌悪は感じなかった。
少しずつ話すようになってからは、何故か親身になって世話を焼いてくれている。買い物が出来ないぼくたちの代わりに旅に必要な雑貨や食べ物類を買ってきてくれたり。
おかげで旅の準備は着実に整っていっている。問題は選んでくる冒険用の装備品が可愛いものが多いこと。
この世界では魔術があるため、女性でも冒険者をやることがある。大成出来るかは別にして、冒険者としての仕事をこなす能力自体は男と遜色ないのだ。
すき好んでそんな泥臭い仕事をやりたがる女性は少ないから、人数としては凄く少ないって話だけど、居ることはいる。
そんな少数の需要を狙って、女性向けの装備品なんかもあるにはあってそれを選んできてくれるんだけど、正直使いにくいし質も微妙。無いよりはマシって感じだった。
何より子供用のサイズがないので、そのうちちゃんとオーダーメイドで作らないといけない。この先お金はいくらあっても足りない。
「今日は調味料お願いしたし、あっちの部屋でなにかつくろっか」
「あっちのお部屋便利だもんね」
「これだけ食材あれば、色々つくれる」
404アパートのキッチンはそこそこ良い設備が揃っている。水道はもちろんコンロから冷蔵庫、炊飯器やオーブンレンジまで。
お姉さんたちに頼んでいろんな食材を買ってきてもらっていたので、レパートリーもだいぶ広がる。。
主に調味料をリクエストしたので値は張ったけど、これからの旅で絶対に役立つはずだ。
「スフィはなにがたべたい?」
「おにく!」
「わかった」
たしか買ってきてもらった豚肉の切り落としがまだ冷蔵庫の中に残ってるし、野菜室にはレンコンみたいな根菜がたくさん入ってる。
たくさん収穫できたみたいで安く大量に買えた。
名前は違うし色は紫だけど、味も食感もレンコンそのもの。
勿論獣人が食べて基本的に問題ないものだ。
豚肉とレンコン細切りにしてチンジャオロースもどきとか。
補給品に醤油とか入ってればよかったんだけど、まだ全部の箱は調べてないんだよね。
美味しいからって補給品ばっかり食べてたらすぐになくなってしまう。
少しずつでも現地食に切り替えていかないと。
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