初仕事

 おじいちゃんの旧作が置かれている部屋に案内されたあと、フィリップさんは仕事があるといってすぐに下に戻っていってしまった。


 道中も喧騒が聞こえてたし、下の方はほんとに忙しいらしい。


「じゃあ、スフィはそこで待ってるね」

「うん」


 ぼくが結界魔道具の前に座り込むと、スフィは少し離れたところで待機すると言った。布のかけられた何かに鼻を近づけたあと、顔をしかめて口元を覆っている。……埃っぽかったのね。


 眺めてないで、仕事をしますか。


 とはいえ図面すら残ってない魔道具だ、頼りは感覚と記憶と知識。そりゃそこらへんの錬金術師じゃ手におえるはずもない。


 おじいちゃんの専門分野は魔道具……正確にはその小型化。


 その昔、結界の魔道具は本来は街に塔をいくつも立てて発動するような大掛かりなものだったらしい。


 一般的な魔道具の作り方。魔術から派生した陣術用の魔方陣を物体に刻み込み、魔力を流すことで誰でも所定の効果を発揮させることが出来るようになる。


 この技法は魔道具開発専用に改良されていき、現在では付与魔術なんて呼ばれて独立してる。


 基本的にこの技術で作られたものが魔具、魔道具(マジックアイテム)と呼ばれる。


 どうやっても原理がわからず、なのに不思議な効果を発揮するものがその効力によって宝具(ほうぐ)、神器(じんぎ)に分類され、まとめて『神々の工芸品(アーティファクト)』と呼ばれる。


 わかりやすい後者がお腹に張り付けてる不思議ポケットや、適当な紐でしっぽに括り付けてる謎のカンテラだ。


 解析しても普通の布ポケットや紙細工のようなものとしかわからないのに、実際は内部が異次元空間に繋がっていたり、燃料不明の炎で照らし出した影を意のままに操れる。


 前世で言うところの機械と物品型アンノウンの違いみたいなもの。


 例えば科学技術で作られたドローンが魔道具で、河原で拾った普通の石が突然蟹の形に変形して空を飛びだすのがアーティファクト。……そのままふわーっと青空に消えていったけど、なんだったんだろうあの蟹。


 とにかく、魔道具は製法上、制御するための核は大掛かりで複雑なものほど際限なく巨大化していく。魔術的なプログラムを書き込むための物理的スペースが必要になるからだ。


 おじいちゃんはそれを縮小する研究をしていた。


 解析で見た感じ、持ち運びできるこのサイズで大体半径50メートルほどが効果範囲。今でもかなり強力な部類の魔道具だと思う。


 ポーションを噴霧するため蒸気にしなければならず、それを繰り返すことで内部が劣化していったんだろうけど……ここまで使い込んだのになんでろくな修復もしなかったんだろう。


 首を傾げながら、錬成(フォージング)を使ってパイプと鍋の中の傷や凹みを均していく。


 錬金術で意図しない干渉をされた時の対策として、構造を固めたり干渉される表面を暗号化したり、内部に魔力を含ませる技術がある。錬金術は物質の密度が高かったり、表面の構造によっては干渉するのにも変化させるのにも時間がかかる。


 また内部魔力が満ちていると、外からの魔力干渉に抵抗が生じてそもそも錬金術が作用しない。


 エーテルを取り込んで魔力に変換、貯蔵することが出来る"生物"に錬金術が通らないのはこのためだ。


 これにもばっちりその対策が仕込まれていた。


 よくやったなぁ、謎解き遊び。


 おじいちゃんが弄りづらくした金属の塊を、その対策をすり抜けて変形させていく遊び。パズルゲームみたいで一筋縄ではいかなくて、夢中になって遊んで熱を出してスフィに怒られてたっけ。


 どんどん解いていくからおじいちゃんも本気になったのか、途中からは本気で難しいのばかりになった。去年の試験前にやった謎解き遊びだと、重力石(グラビタイト)と金剛鉄(アダマント)の合金とかいう、普通に弄るだけでも物凄い時間のかかるものを出された。


 指定の30分ギリギリでクリアしたけど、がんばったのに苦笑いされた時は流石にちょっとムカッときたな……。


 この魔道具はぼくが見てきたおじいちゃんの魔道具とは全然作りが違う。


 めちゃくちゃ強引に固めてあるし、銅管の表面がかなり密度の濃い金属でコーティングされてる。平たくいえば乱暴だ。


 コーティングを崩さないように綺麗に均し終えたところで、記憶の奥に保存した術式を思い出しながら均した表面に彫り込んでいく。


 彫り込まれていたのは基礎的な結界術と、それを動かすための循環や振動、発熱……そんな術式。

作りながらどんどん足していったんだろう、狭い内部に目一杯書き込まれた術式は、一見するとスパゲティみたいになっている。


 ただ昨日ずっと頭の中で考えていて、動作する理論はわかった。修理だしひとまず再現するだけでいいか。


「『刻印(エングレイヴ)』」


 『刻印』は削ると言うか、表面を細かく隆起させる錬金術。錬成の錬金陣より、こっちのほうが細かく綺麗に彫り込める。粘土をヘラで擦るのと針で削るくらいには精度が違う。


 普通はここまで細かく使い分けられないけど、カンテラさまさま。


 パズルゲームみたいに削れた部分を推測して埋め、全体を再現するだけなので彫り直しはすぐ終わった。これで修理しやすいように改良しろって言われたら正直お手上げだったけど、元通りにするだけなら難しくはなかった。


 あとは最初のとおりに表面を暗号化して、固めてっと。


「『錬成(フォージング)』、『固化(ハーディング)』」


 最初の状態より丁寧にぎゅっと固める。これで簡単には弄れないし削れなくなった。


 最後に『解析』でチェックして……術式の繋がりも問題なさそう。


「スフィー、フィリップさん呼んできて」

「んゅ? できた?」

「うん」

「わかった! 呼んでくるからいいこにしててね」


 暇を持て余して部屋の中を探検していたスフィに声をかけると、たたっと部屋の外に飛び出していった。


 それから数分して、怪訝そうな顔のフィリップさんが膨れたスフィに連れられて戻ってきた。


「何かあったのかい?」

「アリスが終わったっていってたのに、信じないの!」

「あぁ……修理、終わりました、チェックして、ください」


 ぷんすかというオノマトペを背負いそうな様子のスフィをなだめて、チェックをお願いする。燃料のポーションを用意してもらわなきゃいけない。


「……まだ半刻も経ってないよ?」


 懐中時計を見ながら、フィリップさんが眉を顰める。そういえばグレゴリウスの弟子が時計職人だとかで普通に時計が存在してるんだっけ。おじいちゃんも持ってたけど記憶だと……こっちでも24時間か。


 流石に時計は自力じゃつくれないなぁ。


「元通りにするだけだったので、おもったよりかからなかった」

「……余所から来てもらった魔道具専門のアデプト・マイナが手も足も出なかったんだけどねぇ……すぐに燃料を持ってくるよ」


 というか、そんな案件を第3階梯のぼくに任せないで欲しい。問題なさそうだから受けたけど。


 少し不満を抱きながら待っていると、大きな瓶入りの赤い液体を持ってフィリップさんが戻ってきた。


「お待たせ、早速試してみよう」

「ん」


 フィリップさんが赤い液体を注ぎ込んで、魔道具に起動用の魔力を流す。鍋が震えだして、作られていく蒸気が管の中を満たしていく。蒸気にするから熱で劣化しないタイプのポーションを使ってるのかな。


「……ちゃんと動いているね」


 暫くすると、シュウという空気が抜ける音がして管から白い霧が溢れだした。足元を薄っすら覆って部屋を覆うように広がっていく。


 部屋の中がうっすらとした霧で満たされていった。


「ふむ、起動しているようだ」

「スフィ、うしろに」

「わかった」


 入り口付近で不思議そうに霧の匂いを嗅いでいたスフィに下がってもらうと、コートの内ポケットから出すふりをしてポケットから木の実を取り出し、部屋の外に投げる。


 雑に作った影の錬金陣を飛ばしてっと。


「『錬成(フォージング)』」


 木の実の半分を一気に押しつぶすように変形させると、変化に耐えきれずに木の実がパンッと弾けた。これが典型的な失敗の現象、陣が雑だったりして加減を間違えると金属とかでもこんな感じに爆発する。


 飛んできた木の実の破片は入り口を超えられず、透明な壁に弾かれたように落ちた。結界としてはシンプルな効果で、外から向かってくる一定以上の衝撃を防ぐもの。


 接近されたら入り込まれちゃうけど、この世界での結界っていうのは大体が遠距離攻撃を防ぐためのものだ。完全に遮断してしまう結界は逆に扱いにくい。


「流石だね、仕事は完了のようだ」


 どうやら『解析』をかけていたらしいフィリップさんがお手上げだと両手をあげた。


「正直もっと時間がかかるものだと思っていたよ」

「おもったよりは、早く終わった」

「想定時間からして早すぎたわけだね。流石は老師の直弟子だ」


 術式をわかりやすく整理して書き直すとか、そもそも改良するとなればこんな簡単にはいかなかったと思う。


 紐解いてみれば色んな術式をあのスペースに収めるためにスパゲティ化してただけで、効果自体はシンプルなものの組み合わせだった。


「報酬を準備しておくから、受付で貰っておくれ」

「ん」

「他にも任せたい仕事があるんだけど、いいかな?」

「おねがい、聞いてくれるなら」


 ひとつ終わって、まだまだ仕事はたくさんあるらしい。


 収入はあって困らないし、頼みたいこともあったので丁度いい。


「頼み事かい? 出来る範囲でよければになるが」

「うん、鉱石の材料と、旅装、旅用の道具、とか」

「……ふむ、報酬はそれがいいってことかな?」


 金額の換算やら仕入れる手間やらを考えたのか、フィリップさんは困ったように眉を顰めるけどそうじゃない。


「街のお店が、獣人に売ってくれない、代理で買ってほしい」

「…………あぁ、手が空いていて信用できそうな見習いを紹介しよう」

「ん」


 その問題があったかと頭を抱えるフィリップさん。


 面倒なのはわかる。でもよほど人徳や魅力に溢れた人でもない限り、根付いた差別を自力でどうにかするのは基本無理。


 買ってくれる人が間に入るなら心強い。


 そんなわけで、ぼくの初仕事は無事に終わった。労働って案外楽しい。

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