合流
フィリップさんの執り成しもあって、トラブルは何とか回避された。
「シグルーン卿は領主様との会談があってね、今はギルドに顔を出せないんだ」
ご所望のマスターはそもそもギルドにいなかったらしい。顔見知りがいないのも、その関係であちこち駆けずり回っているからだそうだ。
とにもかくにも面通しが済んだので、目的を伝えれば話はスムーズに進んだ。
「仕事をしたい? 勿論だとも、腕の良い錬金術師は大歓迎だよ!」
それはもう怖いくらいに、フィリップさんの糸目が開いて爛々と輝いていた。スフィを挟んでぼくの手を握るごつごつの手が「絶対に逃さない」という意思を伝えてくるかのようだった。
思わず出してしまった怯えた声に、スフィの機嫌が急降下するのを察して即座に手を引いたのは流石だったけど。
そんなわけで、ぼくはスフィに背負われたままギルドの3階を案内されていた。ここに来るのは初めてだけど、なんでも職員用の休憩室と倉庫があるだけらしい。
「実はね、ここから2日ほどの距離にある森にゴブリンの巣が見付かってしまったんだよ」
「…………」
廊下を歩きながら突然そんなことを伝えてきたフィリップさんを、横目でじっとにらみつける。
ゴブリンというのは悪知恵の働く地妖精の一種で、種族で言えば魔族に該当する。
種族は結構多種多様に存在してるけど、コーカソイドに近い普人(ヒューマン)に近しい姿を持つ人型生物が人間種、人間からかけ離れた姿を持つ人型生物が魔族って考えて間違いない。
因みにかつて魔族が編み出した神の奇跡の模倣する技術が元になってるから、今でも"魔"術って呼ばれてる。
魔術を操る動物が魔獣、その中でも強い力を持つものが幻獣とか聖獣とか呼ばれて特別視される。
魔物は実際に遭遇してよくわかったけど、確かにあれはそれらの生物とは"別物"だ。
「奴らは厄介だからね、冒険者ギルドと騎士団が協力して討伐隊を出すことにしたんだ」
ゴブリンはよく魔物(クリーチャー)と混同される魔族(デーモン)の代表格みたいなもの、何しろ女子供を好んで攫い、惨い行いを平然と行う。
一体一体はそんなに強くないけど、群れて密かに村を襲う。繁殖力も強くて、道具も戦術も使う。
大昔、悪神が神の寵愛を受けていた人間種を滅ぼすために産み出した侵略兵器なんて説もあるくらいには厄介な連中だ。
「アリス、あぶないことはダメだからね」
「あぁ、心配いらないよ」
先程ぼくが怯えたせいでデフコンが大分下がったスフィが釘を刺すと、フィリップさんは苦笑を浮かべて頭を横に振った。
「むしろアリス嬢には安全地帯に居てもらわなきゃ困る、貴重な戦力だからね」
「……体力いる仕事は、無理だよ」
「助手はつけるよ、まず頼みたいのは修理なんだ」
フィリップさんが3階にある部屋のひとつを開く。中には……でっかい鍋と無数のパイプを合体させたものみたいなものが置かれていた。なんだか蒸気機関にも見える。
「これは?」
「ハウマス老師が作った結界の魔道具だよ、かなり昔の作品だけどね」
「……なるほど」
おじいちゃんが家で大掛かりな魔道具を作っているのは見たこと無い。細々したものは教えるついでに作ってくれたけど。それも全部村に置きっぱなしだった。
「直せるかい?」
「スフィ、近づいて」
「うん」
スフィがとてとてと足音をさせながら、機械に近づく。しっぽにひもでくくりつけていたカンテラを灯して影で『解析』の錬金陣を作って調べてみる。
……んー。パイプのいくつかが経年劣化で壊れてるし、パイプ内部に掘られた付与魔術の陣も削れてしまってる。構造的には……鍋に入れたポーションを媒介にして、周囲に噴霧することで回復効果のある結界を作ろうとしたのかな。
あぁ、魔力を含めた特殊なポーションを使うことで結界と治癒を両立させるんだ。
なんというか、おじいちゃんの作品にしては色々無駄が多くて若さを感じる。
おじいちゃんの研究は巨大な魔道具をコンパクトにするっていうのがメインテーマだった。
「構造が複雑すぎてね、うちの支部に居る魔道具専門の錬金術師じゃ手に負えないんだよ」
「作られたのだいぶ前、だよね」
「そうだね、燃料のポーションは何とでもなるんだけどね」
「時間をもらえればなんとか、その前にお願いが」
「服と報酬の前金、それから宿の手配かな? 錬金術師の職員寮があるから一時的に貸してあげよう。それから……そのカンテラはあまり見せびらかさないほうがいい、特に錬金術師にはね」
心得ているとばかりにこちらの欲しいものを当てたと思いきや、フィリップさんは真剣な表情を作った。
「どこで手に入れたのかはしらないけれど、それは神代の……恐らく神器だろう。我々のような凡百の術者に使いこなせるとは思えないが、君の使い方を見ているとね、"上"を目指す錬金術師には魔を呼び起こす猛毒になりかねない。自由自在に錬金陣を組み立てられるなんて、錬金術師には夢の道具だ」
「……フィリップさんはいいの?」
「私はもうすぐ40だ、身の程は弁えてるよ。それでも疼くものがある……気をつけなさい、君に何かあっては大恩あるハウマス老師の墓前に顔を出すこともできなくなってしまう」
「わかった」
忠告に頷くと、フィリップさんは緊張を解いて口元に笑みを浮かべる。
「何かあれば私の名前を出しなさい、出来る範囲で力になろう。……さぁ、すぐに服と金を用意しようか、ここで待っていてほしい」
「うん」
廊下に出ていったフィリップさんが職員を呼ぶ声が聞こえてくる。ふぅっと息を吐いて背中の道具にもたれかかる。
おじいちゃんの作ったものは、一切合切全部村に捨ててきた。
この道具はおじいちゃんの作ったもの独特の癖が残っている。複雑な機構をぎゅうぎゅうに詰め込んだせいで、色んな術式が絡んで暗号化してしまう悪癖。
『晩年になって、ようやく改善できたのですよ』なんて苦笑いしてたそれが思い切り残っている。目の前で見せてもらった術式とは比較にもならない雑な代物。習っている最中はぼくも同じ失敗を何度もした。
おじいちゃんの魔道具なんて、もう見ることはないだろうと心に区切りはつけていたけど……見てしまえばやっぱり懐かしい。
「……ん」
「ん」
涙目で抱きついてくるスフィをぎゅっと抱き返す。
何故か無性にノーチェたちに会いたくなった。まだ別れて数時間も経ってないっていうのに。
■
「やぁお待たせ、近くの古着屋になかなか良い子供服がなくてね」
落ち着いてしばらく待ちぼうけした後、フィリップさんが戻ってきた。見覚えのある女性職員が山積みになった服を持ってすぐ後ろについている。
「予備も含めて4着だね」
ぼくたちには大きめサイズの麻のワンピースが4着、古着の割には綺麗な方だ。ノーチェたちには少し小さいけどたぶん着れるだろう。ようやくまともなこっちの服が手に入った。
「さぁ着替えましょうね……フィリップさん、少し外して頂けますか」
「はいはい、こちらは仕事の前金だよ。完了したら同じ額を払おう」
ズシリと重い小袋を受け取った途端、フィリップさんは追い出されてしまった。まぁいいかと襤褸を脱ぎ捨てて貰ったばかりのワンピースに着替える。
「あっ」
ビリッという音とスフィの声が重なる。どうやら脱ぐ時に破けてしまったらしい、まぁギリギリだったのを洗って使っていたから……。
「……出来るだけいい部屋使えるようにしてあげるからね」
しょんぼりと耳としっぽを垂らしてワンピースに着替えるスフィを見て、女性職員さんの顔に決意が宿った。瞳も髪の色も色素が薄いし、差別意識みたいなのは全く感じない、東方の人だろうか。
「あ、そっか。私はケイシー、東大陸出身だから獣人のお友達も多いの、安心してね」
疑問に思ってちらりと見ると、何かに気づいたかのように笑顔を作る。
それだけで察するほどここの差別が酷いのか、それともぼくたちの見た目がひどかったのか。
……なんか後者っぽい。でも偏見はないみたいだし色々聞けるかもしれない。
着替え終わったし小袋の中身も確認し終わった。ちょっと質問してみよう。
「ケイシーさん、どうやって西まできたの?」
「うん? 飛行船でお山を超えてかな」
「ぼくたちでも乗れる?」
「んー……難しい、かな。空港はバイエル王国のエムルにあるからね……あ、わかる?」
「わかる」
ラウドから東にある光神教を国教と定めている国で、遺跡群を迂回するなら通らざるをえない国の片方。極度の人間至上主義で、亜人は見つけ次第捕縛して終身奴隷にするっていう法律がある。人間の従属物として作られたのにも関わらず、従わずにいる罪を浄化するためだとか。
山を挟んだ先にある獣人含めた亜人達の部族連合である獣牙連邦とは常に争っている間柄だ。
その中でもエムルは教会都市と呼ばれ、光神教の威光がめちゃくちゃ強い。西大陸の玄関である空港も、やってくる異教徒の監視という名目でそこに建てさせたのだとか。
というか、西側にある空港の立地は大体教会側が抑えている。例外は独自宗教がある北西部あたりの騎馬国家だけど、教会と常にドンパチしてる紛争地帯なんだよね。
危険度で言えば遺跡群と大差がない。
「何とかしてあげたいけど……」
「とりあえず、なにか考えてみます。ありがとうございました」
事務職員にどうこうできる領域じゃないし、無理を言うつもりもない。
「着替えは終わったかな?」
「はい、たすかりました」
「いやいや、何てことはない。部屋はどうする? 仕事は明日からとしてすぐに案内しようか」
「あ、それなんですけど」
フィリップさんにお願いしたいことはまだある。
「お金が足りなくて、ともだちが門の外でまってるんです、ふたり。出来れば部屋は4人で使えるもので、ぜぇ、身分証をつくるまで、身元保証人もお願いげほっ、したくて」
「そうなのかい? 子供4人なら2人部屋で何とかなるかな、身元保証人は引き受けるよ」
「ありがとう、げほっ、ございます。迎えにいって、くるので、部屋は戻って、きたら」
「わかったよ、行っておいで」
ダメ元で聞いてみたら、思ったよりも簡単に頷いてくれた。
「ありがげほっ、スフィおねがい」
「うん」
お礼を言うと、スフィに背負われて錬金術師ギルドを後にする。順調で少し怖いくらいだ。
■
「アリス、居たよー」
「ほんとに即見付けたよこのひと」
最初に通してくれた門番のおじさんに話を通して門を出た後、スフィはまっすぐに近くの森へ向かった。日が暮れるまでに見つけられるかなって思っていたら、くんくん匂いを嗅ぎながら歩いていたスフィが隠れているノーチェたちをストレートで見つけ出した。
「まさかちょくで見つかるとは思わなかったにゃ」
門からここまで進路はほぼ一直線である。ぼくは全然わからなかった。隠れているところをいきなり当てられたノーチェもちょっとびっくりしてる。
普通は目安をつけて声をかけるからね。
「金は工面できたにゃ?」
「うん、服も」
手に持っていたワンピースをふたりに渡すと、なんとも言えない表情で受け取った。
「あのシャツの方が着心地よさそうにゃ」
「うぅ、たしかにあれを着ちゃうと」
「着替えて街にいこ」
そりゃ全然質が違うもの。
贅沢を言うノーチェたちに着替えを促す。日が暮れる前に街に戻りたいのだ。
「で、金はどのくらい用意できたにゃ」
「数えてない」
「にゃぁん?」
そんなメンチ切りそうな声出さないで。中身が銀貨なのは確認したからまず足りる。
金額は数えてなかったけど。
スフィの背中の上で小袋を開けて中を数える。えーっと……。
「銀貨30枚と大銅貨9枚、銅貨10枚だね」
「にゃんだ、そんなも……にゃん?」
使いやすいように銅貨も少し混ぜてくれたらしい、どおりで重かったわけだ。
「とりあえず約束の銀貨」
約束通り、ノーチェとフィリアに借りてた分を銀貨にして1枚ずつ返す。男の約束は守らねばならない。
「……お前と一緒にいると金銭感覚おかしくなりそうにゃ」
「……私、あれだけがんばって、銅貨18枚だったのに」
フィリアのは条件が悪かっただけだから……。
「ほんきをだせる状況はととのった、もう金でふじゆうはさせない」
むふーと鼻息荒く胸を張ると、すぐ下からツッコミがきた。
「あとはひとりで歩けたらかっこいいんだけどね」
それを言ったらおしまいだよお姉ちゃん……。
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