街へ出発

 ドアを作ってからしっかり休んだことでようやく熱も下がってきて、ぼくたちは休止していた旅を再開することになった。


 移動方法は単純だ。朝から昼過ぎくらいまでは徒歩で移動。


 野営地を見つけたら動物や他の人間にバレないようにカモフラージュして、ぼくのポケットからドアを取り出して設置。


 一応ドアはストッパーを付けて半開きにしておいて、見張りは交代制。


 ぼくの見張り参加は全会一致で棄却された。何もしなくても倒れそうな奴を見張りにしてたら休んでられないという正論つきだった。


「じゃああらためて、せつめいします」


 基本的な動きを確認した後、ぼくはリビングのテーブルに見つけてきたコピー用紙を乗せる。


 ボールペンで描いた地図の左下に、トランプやテーブルゲームと一緒に入っていたポーカーチップを1枚乗せた。ぼくたちの現在地だ。


「いまいるのはラウド王国東部、大陸図でいうと南西部。目的地のアルヴェリアはここ」


 続いて大陸図の右上あたりにチップをもう1枚。正確な地図じゃないので、だいたいの目測だ。


「反対がわにゃ」

「そう」


 アルヴェリアは大陸中央を横断する巨大な岳龍山脈を挟んでちょうど反対側の位置にある。もちろん簡単な旅じゃない。


 プランはある、おじいちゃんが生前に考えていたものを現状に合わせて改変すればいい。


「いまむかっているフォーリンゲンの街は交易が盛ん、そこに少しの間滞在してから国境を目指す。隣国のパナディアに入ったら南をめざす」

「にゃんで南?」

「海路を使う」


 チップを指で押しながら下へ。岳龍山脈を超えるには凶悪な魔獣が住む未踏領域をいくつも通る必要がある、大人の冒険者でも命がけになる過酷な旅路だ。


 比較的安全なルートは近隣の国が厳重に管理してるから、こっそり通るのはムリ。


 なので普通の人間は海路を使って大陸上下から回り込む。


 北側は地形の関係か波が荒いし寒いし、単純にここから距離がある。


 通るとすれば南側一択だ。


「船にゃー……」


 何か嫌な思い出でもあるのか、ノーチェが微妙な顔をする。


「空路はね、金とコネがぜったいじょうけん……」

「せちがらいにゃ」

「ねー……」


 大昔、空に憧れた錬金術師が創り出した空飛ぶ船がある。単機だとゆっくり風に乗って飛ぶだけのそれを、飛竜(スカイドラゴン)と呼ばれる空を縄張りにする亜竜に曳航させることで高速移動を実現し、移動事情を激変させた人間が居た。


 ……この世界のドラゴンは大雑把に分けると3種類。


 動物に近い『亜竜(レッサードラゴン)』、高い知能と優れた文明を持つ本物のドラゴンである『真竜(ドラゴン)』、絶大な力から神に数えられる『神竜(アークドラゴン)』。


 亜竜と真竜の関係は要するにチンパンジーと人間で、真竜と神竜は一般人と神さま。混同するとすっごい失礼なのだと、ドラゴン好きらしいおじいちゃんに熱弁されたことがある。


 何となく少年の心を忘れたくない身として、ドラゴン好きな気持ちはわからないでもない。


 そんなこんなで一部では神聖視される事が多いドラゴンだけど、アルヴェリアだけは守護している神星竜との契約で亜竜のテイム技術を持っている。飛行船の造船技術を保有するのも錬金術師ギルドで、その総本山があるのはアルヴェリア。


 すなわち空路は彼の国の独占状態。


 西大陸に根を張る光神教は錬金術師とアルヴェリアを蛇蝎のごとく嫌っているから、西大陸側でその技術の恩恵に与れるのは一部の王侯貴族とそれにおもねる金持ちだけ。


 西側では金だけあってもどうにもならない。


 東側まで行ければ普通に普及しているから、ある程度お金を稼いで空路を使う予定ではある。


 やっぱり問題は西大陸超えだ。おじいちゃんが断念したのも、子供連れでパナディアの港まで旅するのが非現実的だったからだ。


 大陸西南に位置するパナディアの国土は自然が色濃く残っている、悪く言えば未踏領域――人類の手が及ばず、魔獣や幻獣と呼ばれる異形の生き物が跋扈している場所――が非常に多い。


 例えば凶暴な魔獣はびこる原生林、入り込んだものの半分が帰って来ない死の砂漠、溶けない氷で出来た地下洞窟……前世でアンノウンとして数えられていた土地のような不思議な場所が目白押しだ。


 パナディアからすれば北側にあるラウドから港を目指すと、どうしたってそのあたりを突っ切ることになってしまう。


 危険度が低いにしたって、病人が子供連れで移動出来るような場所じゃない。ぼくたちからしても港へつくまでの最難関になるだろう。


 そこを避けるルートは、厄介な人間至上主義の国に繋がっている。どちらにせよ獣人の子供を連れて旅できる場所ではない。


「凄い錬金術師だったんにゃら、冒険者雇えばいいんじゃにゃいの?」


 そのあたりを説明すると、ノーチェがもっともな疑問を浮かべた。


「おじいちゃんね、わたしたちのことあんまり教えたくなかったんだって」


 どういう訳か、おじいちゃんはぼくたちの情報を不特定多数に知られるのを非常に嫌がっていた。腕の立つ冒険者とか国の騎士や兵士とか、どうも"国の上側"に繋がりかねない相手には特に。


 そういうのを見てきたから、流石にぼくとスフィが普通の出自とは思ってない。若い頃アルヴェリアの錬金術師ギルドに留学していたって話だし、もしかしたらあっちで貴族のお家騒動でもあっておじいちゃんが預かったのかなって推測してるけど……。


「ぼくたちが自分で自分の身を守れるくらいの大人になったら……って考えだったみたい」


 フォーリンゲンの街で普通の狼人の少女として無難に過ごして、金と力を蓄えるのが最初のプランだ。


「気が長すぎにゃいか? アリスの病気はどうするつもりだったにゃ」


 ……? あ、あぁそっか。


「ノーチェ、ぼく至って健康げほっ」

「??????」


 勘違いを訂正すると全力で首を傾げられた。


「ぼく別に病気じゃない、健康」


 首の角度は直ったけど、背景に銀河を幻視しそうな表情になった。


「医学的に健康体、病気やおかしな部分はないの。身体がすごく弱いだけ」


 絶望的に体力がなくて少し疲れるとすぐ熱出すだけで、身体のどこかに大きな疾患や病気がある訳じゃない。強いて言うなら極度の虚弱体質ってくらい。


 身体をゆっくり休めることで体調の改善が見込めるって考えるのも、それが理由だ。実際に動ける程度に回復してるし。


「にゃんか、逆に難儀だにゃ」

「ぼくもそうおもう」


 呆れた様子のノーチェの横で、スフィがぼくの言葉にしみじみと頷いていた。



「というわけで、フォーリンゲンで国境超えと南下の準備をするのが当面の目的です」

「うん!」

「わかったにゃ」

「う、うん」


 会議も区切りがついた頃。外はすっかり日が落ちている。


「今日が最後の風呂かにゃ……」

「入浴剤も限りがあるからね」


 最初は水を嫌がっていたノーチェも、温かいお湯は平気だったみたいでお風呂が気に入っている。きれい好きなスフィは勿論、フィリアも残念そうにしていた。


 とはいえあまり身ぎれいにしたまま街へ行くのは非常によろしくない。ついでにいうと今着ているシャツもまずい。ついでにシャツのお腹部分に貼り付けてる不思議ポケットも見られるとまずい。


 街に持ち込むのはまずいものだらけだ。


「そういえば金どうするにゃ? あたし銅貨ちょっとくらいしかないにゃ」

「持ってるんだ」


 むしろ銅貨を持ってることに驚いた。あの状況でよく無事に持ち出せたなと感心する。


「おう、ここにゃ」


 ノーチェはおもむろにシャツの裾から……たぶん下着の中に手を突っ込んでごそごそすると、自慢気に指で挟んで銅貨を見せてきた。


「……なんでそんなところに」


 少しばかり唖然としながら聞いてみる。


「母ちゃんが、ここまでめくって調べられるならどっちにせよ終わりだって言ってたからにゃ」


 確かにそのとおりだけど……!


「おぉ~……なるほど!」


 手垢まみれの硬貨をパンツの中に入れるとか衛生的にだいぶ問題あるから、スフィは真似しないでね。


「それやってるとおまた痒くなるよ……街についたら小銭入れ買おう」

「そうにゃ? って入場料の問題にゃ」


 それについてはちゃんと考えがある。


「門前で待ってる商人相手に売る」

「……身体にゃ?」

「ぼくが選別したもの」


 さらっと最終手段に近い発想をしないでほしい。汚れたおっさんの相手なんて気持ち悪くて嫌だし、そもそも差別対象かつ浮浪児の幼女なんて売れたとしても二束三文だ。


 そのまま商品として誘拐されるリスク考えたら割に合わなすぎる。


 前に行った時の入場税はたしか大銅貨1枚くらい、身分に関しては錬金術師ギルドに照会をとってもらえばいい。


「錬金術師ギルドには顔がきくから、中に入ることさえ出来ればなんとかする自信はある。そこで紹介してもらって冒険者ギルドの見習い登録すれば、3人とも身分証ゲット」

「ついにあたしも冒険者デビューかにゃ……」


 10歳までは見習い扱いで正規ライセンスは取れないから、討伐とか護衛依頼は受けられない。けど身分証としては十分に機能してくれる、今後絶対必要なものだ。


「アリス、なに売るの?」

「んー……道具……?」


 ポーションや薬草系はちょっとよくないな、取得した時に正規ライセンスはひけらかさないほうがいいって言われたのだ。


 普通は成人前から見習いとして学んで20歳前後でようやく取得出来るものらしい、国によってまちまちだけど大体15歳で成人扱いのところが多い。


 頭の中で日本風に変換してみると、7歳の幼女が「わたしね、おいしゃさんとやくざいしさんのめんきょもってるんだよ! ほら!」って言ってる感じに受け取られるみたいだ。


 そりゃ迂闊にひけらかさない方がいい、トラブルにしかならない。


 というわけで、手先が器用で色々道具つくったので買ってください戦法で金を稼ぎたいと思う。


「石でつくったナイフとか」

「あー」

「これ結構いいもんにゃ」


 適当な石で作った剣だけど、ふたりとも割と気に入ってくれている。町中で良い鉄とかが手に入ったら、ちゃんとした装備を作ってあげたい。


 謎金属で作ってもいいんだけど、出どころを探られると困るから持ち歩けない。


「とりあえず、道中で色々考えてみる」

「うん! どうせスフィかフィリアが運ぶし、ゆっくり考えてね!」


 ……スフィさん、今日なんかちょっと棘がありません?

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