ただいま準備中

 更に翌日、改めてパスワードを解除したパソコンを調べていた。


 内蔵されている時計の日付は……2020年6月のもの、ぼくの記憶どおりなら、あの一件があった日から1ヶ月も経っていない。


 明らかに流れた時間が違うのに、扉を通じて繋がるこちらと日本との時間は同期してる。アンノウンの不思議と言われればそれまでだけど……籠ってる間に変な時差が生まれないのは助かるかな。


 なお、元々繋がっていたノア社の回線は接続エラーを起こしていた。


 いろいろ試したけどぼくの知識量ではダメで、仕方なくアパートに付属しているネット回線につなぎ直したところ普通に繋がった。


 不安に駆られながらウェブで現在の日本の情報を調べて、ある程度のことはわかった。


 社会とか知っている固有名詞はほぼ同一のもの。だけど世界中に根を張る巨大企業だったはずのノア社の名前はちっとも出てこない。それだけじゃなく知っている限りのパンドラ機関の関連企業も見つからない。


 その分野では大手だったはずの会社すら、痕跡すら見つからない。


 遊んでいたゲームアプリなんかは普通にあるのに。機関が関わっている部分だけがごっそり抜け落ちている。


 把握している限りのアンノウン関連の事件も全く違う展開になっているか、そもそも起こっていない。


 まるでアンノウンという異常だけを取り除いたかのように、インターネットを通じて見る日本は平穏の中にあった。


 機関が痕跡をうまく隠しているにしては不自然だ。


「アリス、なにやってるの?」

「ん、ちょっと調べもの」


 部屋に籠ってキーボードを叩いているぼくを心配したのかスフィが様子を見に来る。


 この部屋の外にある異世界に繋がっている箱とだけ伝えてある。興味津々だったけど、今の所ぼくが使うことをゴリ押した。


 危険がないとわかると渋々だけど譲ってくれたので、出来ることが大きく広がった。気になることは多いけど、何か大きな事件が起こっているわけじゃないから過去何があったかを調べるのは後回しにせざるを得ない。


「ノーチェたちじゅんびできたって」

「あ、いまいく」


 ひとまず切り上げてチェアから降りる。スフィと手をつないで玄関まで向かった。



 今日は何をするかといえば、平たく言うとドア作り。


 この部屋はレストルームとしては使えるけど、安全地帯としては少し微妙だ。特に知性や知能を持つ動物を相手にするとひどく脆い。


 部屋の出入りに関する条件が『鍵を使ってドアを開けること』に集約されているから、出入りしたドアが破壊されると内部に居る人間も外に放り出されてしまうからだ。


 引きこもられたらドアをぶっ壊せば中の生き物を強制退出させることが出来る。ドアそのものは特に変化しないので、例えば木製のドアを使えば耐久度は木そのまま。


 とうてい安全地帯とは言えない。


「うわ」


 鍵を刺したまま開けっ放しにしていたドアはだいぶガタがきていた。いくらガチガチに固めてるとはいえ材料が土だから仕方ないけど、なかなか危うい状況で日々を過ごしていたんだなぁと冷や汗をかく。


「取り敢えず鍵を……」


 ドアを引っ張って鍵を抜こうとした瞬間、バギっと音がしてドアノブが砕けた。焦りつつもゆっくり手を引いて鍵を見ると、幸いなことに無事だった。


 ほっと息をつく。


「入り口消えたにゃ!?」

「ドアが壊れたからね」


 空間を超える入り口が消えて、向こう側の岩肌が丸見えだ。突然現れた多数の虫がかさかさと岩陰に潜り込んだり、森の中に飛び去ったりしていく。


 ……そりゃ開けっ放しだし、入り込みはするか。


 興味深そうに手を伸ばして空間をひっかくノーチェを横に、ぼくはポケットの中から保管室に使われていた金属を取り出した。


 あの時切り出して保管しておいたものだ。熱で朦朧としてたから数はそんなに取れなかったけど、無理してでもやっておいてよかった。


 インゴット状にしていた金属を両手で引っ張り出して地面に積み上げると、カンテラを灯してひとつずつ加工していく。


 ここまで硬い合金だと錬成で動かすのも時間がかかる。錬金陣を使って魔力を通し、少しずつ金属を動かしていく。


 さっきの調査ついでにディスクシリンダーの構造は調べた。セキュリティは一旦横に置いて、最低限機能するものを作れればいい。


 まずはドアノブの部分に組み込んで、ロックする機構の部分から……。


「…………」

「…………」


 じっと見られてると気まずい。こっちの方は回転する力を伝えて留め金を飛び出す仕組みなので作るのにはそんなにかからない。


 先に枠だけ作っちゃうかな。


「もぐ……時間かかりそうだにゃ」


 プラスチックフォークで缶詰の焼き鳥を食べながらノーチェがつぶやく。補給品に設定されてる消費期限や、部屋内部の時間経過からして大丈夫だとわかってから、みんなで補給品を分け合うことにした。


 中身は保存の利くお菓子、レトルト食品、缶詰。それから石鹸とかシャンプーとか、タオルなんかのアメニティ。医療キットに裁縫セットと少々の娯楽用品……ありがたいことに着替えもあった。


 白黒グレーの3色のTシャツと白い無地とグレーの下着、あとは入院着みたいなもの。男女用半々ずつで、ノーチェとフィリアは白い綿のシャツ、ぼくとスフィは黒いシャツを着ている。


 男物の2Lサイズでぶかぶかだけど、ワンピースみたいでむしろちょうどいい。下着は白い女性物のSサイズを裁縫できるフィリアとスフィが手直しした。


 ……前世で男の子だったっていうことに拘りはないつもりだけど、女性物は女装してるみたいな気分になって変な抵抗がある。護衛の傭兵たちが男の女装を鉄板の宴会ネタにして笑っていたのも大きいかもしれない。


 そんなわけであれこれ言い訳して、自分で適当なボクサーパンツを手直ししようと思ってたんだけどね。


 全力で理論武装した結果、涙目になったスフィの「おねえちゃんとおそろい、そんなにヤなの?」に敗北することになった。下着も慣れてしまえば大したことはなかったけど、あれは卑怯だと思う。


 さすがにエージェントの補給品というべきか、女児が喜びそうな衣類が全くなかったことだけが救いだった。


 それにしてもお風呂に入って髪を整えて、清潔な服を着たらスフィもノーチェもフィリアもびっくりするような美少女具合だった。このまま町中を歩くと人攫いホイホイになるだろうなって冷や汗をかくくらいに。


 街にたどり着く前に汚れとか調整しないとなんて考えている間に、なんとかボルトと呼ばれている部分が出来上がった。


 さすがは謎合金だけあって頑丈で重い。次はドアの部分だ、細かい細工は必要無いし、錬成を使って少しずつ形を変えて子供ひとり通れるよりちょっと大きいサイズのドア枠とドア部分を作る。


 もちろん中は空洞にして軽量化を図る。フレームが出来たらそれに合わせてインゴットを伸ばして薄く鉄板を作る。


「ノーチェ、スフィ、木の枝がほしいんだけど」

「ちょっとまっててね」

「わかったにゃ」


 地面に置いてあったそれぞれの石剣を持って近くの木に向かったふたりが、それぞれ幹を蹴って飛び上がって枝を切り落とす。


「スラッシュにゃ!」

「すらっしゅー!」


 技名を叫んではいるけど、変な作用はないっぽいので普通に切ってるだけだね。


「フィリアー、枝もってくにゃー!」

「すらっしゅ!」


 一通り終わったと見るや、ふたりはフィリアに運搬を任せて技の練習をはじめてしまった。……暇だったんだね、付き合わせてごめんね。


「はい、アリスちゃん」

「ありがとう」


 『分解(デコンポジション)』で皮を剥がし、『風化(ウェザリング)』で水分を抜く。


 錬金陣を通して形状を操作する錬金術の基本技術である『錬成(フォージング)』、錬金陣を濾過装置代わりに不純物を濾し取る『濾過(フィルトレーション)』、物質の構造や構成を解析する『解析(アナリシス)』。


 これらを基本に発展した錬金術の術式は多岐にわたる。


 『分解(デコンポジション)』は物質の分子構成を崩して崩壊させる術式。いちおう本気でやれば素粒子……大気に満ちるエーテルの状態にまで砕ける、時間は凄くかかるけど。


 『風化(ウェザリング)』は対象から水分を抜き去るもの。薬草なんかを一瞬で乾燥状態にできたりするけど、塩梅が難しい。


 基本的には錬成や濾過程度ならまだしも、どっちも難しい術式なので徒手では間違っても出来ない。自由に錬金陣を組み立てられる謎のカンテラさまさまだ。


 薄く伸ばした鉄板の上に棒状に錬成した木材を並べて補強してドア本体を作る。


 インゴットから蝶番のパーツを作って組み立てて、フィリアに手伝ってもらって錬成でフレームに埋め込む。


 えーっと……忘れてた。合わせたらボルトの噛み合う位置にくぼみを作って、基本的なパーツが出来上がった。


 あとは土で鍵の型を取ったら……それを元にピンとパーツをインゴットから取り出してシリンダーを組み立てていく。


 細かい作業をするための工具がなくても、錬成で補正や調整がきくのがありがたい。


「…………ふぅー」


 だいぶ疲労しながらも、集中してやると意外とすぐに終わった。歪みがないか確かめてから、シリンダーにキーを差し込んでみると、飛び出ていたピンがしまわれて綺麗に揃う。


 先端が奥に少しだけ飛び出して、なんとかボルトを動かすための仕組みにひっかかって回す……らしい。


 鍵を引き抜いてケースに入れて、ドアノブ付近に嵌め込んで外観を整える。


 かくして謎金属で作られた、子供サイズの扉が出来上がった。


「フィリア、てつだって」

「…………っ!? あ、うん」


 岩にもたれかかってぼうっとしていたフィリアに声をかけ……あれ、昼あたりから作業はじめたのにもう日が落ちかけてる。


「ひっさつスーパースラッシュにゃ!」

「あまい!」


 スフィたちは未だにちゃんばらごっこ中だ。あっちもあっちで何時間やってるの。


「ふあ……これでいいの?」

「あ、うん」


 フィリアが寝かせていたドアを持ち上げてくれたけど、どうにも安定感がない。


 インゴットをひとつ追加してフレーム下側に補強用の板をくっつける。


 えーっと、そこに杭を打って抜けないようにすればいいか、地面に設置すると同時に足で踏みつけて固定……出来た。


 ドキドキしながら鍵を差し込む、ジョリッという金属の擦れる感触と共に奥まで突き刺さる。慎重に手をひねると、微かな手応えと同時に金属音をさせて鍵穴が回った。


 中は……うん、ちゃんと繋がってる。


 無事に持ち運びできるドアができあがった。これであとは体力が回復すれば旅ができる。


 そう思いながら、後からやってきた急激な疲労に思わずへたりこんでしまうのだった。

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