補給品と過去の断片
「というわけで倉庫になってた」
「ひとりで危ないことしちゃだめ!」
少し休んで目が覚めた3人に閉じっぱなしだった部屋を開けて中を確かめたことを伝えると、スフィにものすごく怒られた。
何があるのかわからないから触らないで居たのに、勝手に調べて危ないことがあったらどうするんだとこれ以上無いくらいの正論で怒られた。
「ごめんなさい……」
「んっ!!」
「こっちの部屋おっさんの匂いがするにゃ」
「ほんとだね、男の人が使ってたのかな」
ソファーの上でスフィに叱られて耳を項垂れさせている横で、開かれた洋室を覗き込んでノーチェとフィリアがひそひそと話をしているのが聞こえる。
ふたりともぼくよりは鼻が利くのでハッキリ感じるみたいだ。日本人の男の人だったら凄くショック受けそうな発言が飛び出してる。
「ベッドはひとつにゃ……こっちは寝所に使えそうにゃ?」
「この毛布、触るときもちいいもんね」
続いて和室を覗くふたりの耳としっぽが好奇心でぴくぴく動くのを眺めていると、目の前にもちみたいに膨れたスフィの顔が割り込んでくる。
「話きいてる!?」
「きいてます、すいません」
「いいから倉庫? 行こうにゃ」
お説教ループに入りかけたところをノーチェの一言が寸断してくれた。おかげで説教地獄から免れ、スフィにおんぶされて倉庫まで向かうことになった。
どうやらノーチェは調べるまでに説教でぼくの体力が持たないと判断したらしい。大正解だ。
「この……木の箱にゃ?」
「紙だよ」
ダンボールって紙でいいんだっけ、まぁいいや。
肉食系の獣人の爪は普通の人間より先が尖っている。普通の獣ほどではないけど、思い切り立てればガムテープくらいはスパッと切れる。
スフィに近くで降ろしてもらい、手近にあった箱をひき、ひきずり……ひき、ずり。
「はい」
「はい……」
頼れるお姉ちゃんにひとつ引きずり出してもらい、爪で蓋を開封する。
出てきたのは案の定補給品、パウチに入ったレトルト食品や、お菓子なんかが箱いっぱいに詰め込まれている。今日の日付は……そういえば確認し忘れた。
見た感じさほど時間が経っているようには見えない、部屋の状態からみたって長くてせいぜい数ヶ月ってところだろうか。だとしたら大丈夫だとは思うんだけど……。
ノア社製の携帯栄養補給食、延べ棒状になってる焼き菓子の包を開いてみると焼けた穀物の香ばしい匂いが広がった。
くんくんと匂いを嗅いでみてもおかしな点は無い。プレーン味でカカオとネギ類は入ってないし大丈夫かな。
「あ」
一口かじってみると、小麦の風味と共に砂糖の優しい甘さが口に広がる。前にちょこっと貰って食べたことがあるどこか懐かしい味だった。
強いて言うなら米粉とか上新粉を使ったお団子系が思い出深くて好みなんだけど、こういう洋菓子も好きだ。
ぽかんと口を開けているスフィたちに振り返り、口の中のものを飲み込んでから一度頷く。
「んぐ……10分待ってなにもなければ、だいじょうぶ」
「そういうことじゃないでしょ!! なんで一番からだよわいアリスがどくみするの!!」
「おまえにゃ……」
異常が出るとしたら一番弱いぼくだし、どっちにせよ動けないから適任だと思うって伝えたらめちゃくちゃ怒られた……どうして。
それから「もっとじぶんをだいじにするの!」というお姉ちゃん命令を受けること10分、安全が確認された携行食は3人にも大好評だった。
「うま、にゃんだこれ、うまっ!」
「すごくあまいよこれ、お砂糖!?」
まぁ上白糖なんてまず手に入らないし、小麦だって安定して上質だ。色んな野菜を粉状にして練りこんで最低限のビタミンとカロリーを補充できるようにしてあるうえに味も良い。この状況には最適だ。
一旦それでお腹を満たしつつ、ぼくたちは中身の仕分けを続けていた。
レトルト系は日付をちゃんと確認してから、他の箱は……いわゆるメディカルキットとかの類いだ。消毒液や包帯なんかもある。食べれるものか確認できてないけど、お菓子もかなりの種類があった。
全部開けるのには時間がかかりそうだけど、探せば着替えもありそうだ。
盗むようで少し気がひけるけど、緊急事態ってことで活用させてもらおう。
「……ごめんスフィ、もうしないから」
「ん!」
一通りチェックを終えたところで、すぐ隣でざくざく音をさせながら半眼でこちらを睨んでいるスフィにもう一度謝る。当然だと頷くお姉さまに、ぼくは静かに息を吐いた。
ぼくとしては毒味は危険行為だと思ってないんだけど、納得してもらえる塩梅がむずかしい……。
■
諸々片付けてから奥の洋室に戻ったぼくは、早速とばかりにチェアの高さを調節してパソコンに向かっていた。
目標はパスワードの突破。
0123……当然ダメ。
qwerty……通るわけ無いか。
あとはオーソドックスに生年月日とかだけど、ノア社のロゴ入ってるし支給品だよねこのパソコン。
「んー……」
どうしたものかと椅子に深く腰をかけて、何かヒントはないかと机の周りを探す。
…………あの、天板の下に付箋が貼ってあるんですけど。なんか英数字の羅列入ってるんですけど。
いや、いくら機関が管理してる鍵がないと入れないからって……まさか。付箋を剥がして、そこに書かれているパスワードを打ち込んで見る。
ああうん、通ったね。
「管理体制ぇぇ……」
通っちゃったパスワードによって画面が切り替わると、書き込み途中らしいテキストが表示された。
『万が一のため、記録を残しておく。
アトランティスの魔術屋どもが"古き神"を呼び出しやがった。
目的はおそらく愛し子の奪取。
第0セクター近辺の部隊は壊滅状態だ、俺も命からがら見付けた鍵でここに逃げ込んだ。
仲間はもう残っていない。佐々原も加持も死んだ、神兵とやらの血を浴びて化け物になった。
あいつら、愛し子を取引材料に太古神共と交渉するつもりのようだ。
無謀にも程があると思うが、アレは神にとって特別な存在らしい。
例の大脱走の時も、何事にも大した感情を示さなかった神を名乗る襤褸の爺さんが半狂乱になっていたくらいだ。
その件で奴らも確信を得たのだろう。
下手すれば地上が壊滅しかねない強引な突撃をかましてきやがったのはそのせいだ。
アトランティス大陸の復活なんて妄執のために、どれだけの犠牲を積み重ねるつもりだ。
意思を持つアンノウンが協力してくれてるおかげで今は何とか保っているが、突破は時間の問題だろう。
手札は数時間前に愛し子が護衛のエスカトス小隊と一緒に第0セクターの地下に向かったって報告があったきり。
何か打開策でもあるのか、地下について俺たち下っ端エージェントは何も知らされていない。
ベルンハルトの奴は何か知ってるんだろうか、あの胡散臭いドイツ人に任せるのは不安が募る。
無駄話が過ぎたな、この記録をアップロード次第生き残りを探しに行くつもりだ。
一人でも多く生き残れることをいのらういpwp;いgjな』
……文章はここで不自然に途切れている。書いてる途中でこんなミスタイプをして修正もできなくなる事態が起こったってこと?
その割には部屋の中に争ったり、何かが起こった様子もない。かけられているコートだって、よくみればあちこち裂けているけどそれだけだ。
人だけが突然消え去ったみたいでなんとも不気味だ。
それにしても地下、地下……ね。
確かに、あの日どこかの魔術屋の襲撃を受けて。たいちょーさんたちと一緒に施設の地下に行った記憶がある、薄っすらだけど。
"襤褸の爺さん"はわかる。施設に居た頃出会った3人の不思議な人型の1人だ。
気さくな爽やか好青年って感じの人型と、よくお菓子を持ってきてくれた女性っぽい声の人型、そして襤褸を纏ったおじいさんのような人型。
他の2人は他の人達には白人のイケメンとアジア系の美人の女性に見えてたらしい。それぞれどう見ても赤い錆びまみれの針金の集合体と赤茶色の肉塊だったけど、見た目に触れようとすると笑顔で「しーっ」ってジェスチャーをされて止められた。
唯一見た目の認識が他と変わらないのが襤褸のおじいさん。だけど、会った瞬間凄い勢いで涙を流して「ありがとう」を連呼してきた経験からどうにも苦手意識がある。
その時はまだ近くに居たクロが嫌そうな反応を隠そうともしなかったし、それもあって接触することはほぼなくなったんだけど……。
ともあれ、記憶にある当時、上の方でも結構な騒ぎになっていたらしい。
「っ……」
ズキリとこめかみが痛んだ、人間を歪に作り変えたような怪物に銃を向けてる護衛部隊の人たちの姿が頭に一瞬だけ浮かぶ。
……思い出せそうで思い出せない、もどかしい。
「アリスー、そろそろ寝なきゃダメだよー」
「あ、うん」
時間切れだ、スフィに呼ばれた。軽く頭を振って……勢いで倒れそうになるのを堪えて椅子から降りると、隣の和室に向かう。布団を並べて寝る準備万端の部屋の中で、3人で手遊びをしている。
剣と盾と弓ってゲーム、平たく言うとじゃんけん。
「何してるの?」
「今日の見張り決め!」
あぁ、そういえば扉はまだ開きっぱなしだ。そろそろちゃんとした扉を作らないと、固化してるとはいえ土製じゃ強度が心配すぎる。
「ぼくもやったほうが」
そこではたと気づく。そういえばぼく見張りとか全然やってない。流石に同行者としてどうかと思って小さく手を上げながら名乗りをあげる。
「……?」
「あのね、アリスちゃん、えっとね……」
スフィには何言ってるのこの仔はって顔で首を傾げられ、フィリアはものすごい言いにくそうに何かを伝えようとしてくる。
「寝言は寝ていえにゃ」
トドメにノーチェに鼻で笑われて、ようやく悟った。そうだね、ぼくが同行したら見張りじゃなくて看病になるもんね。
「おやすみ」
「おう! こどもは寝るにゃ!」
「おやすみ!!」
「あ、あの、アリスちゃんすっごく役に立ってるからね、元気だしてね?」
動体視力が良すぎるせいでお互いに次の手がわかってしまうのか、なかなか決着がつかないノーチェとスフィの横をすり抜けて布団に寝転がる。
取ってつけたようなフィリアのフォローに片手を上げながら、ぼくはふて寝するのだった。
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