過去から今へ
「えっとね、しかくい部屋でね、アリスが箱の前に座ってなにかしてるの」
スフィが話してくれた夢の内容は、ぼくが見た前世の記憶と一致していた。
「それでね、背の高いおじさんが呼びに来て……」
そしてぼくが目を覚ますのと同じタイミングで目が覚めたらしい。
あの日、ぼくの記憶が蘇った日のことだ。……取り敢えず、ぼくの中に眠っていた前世の記憶がなんかのきっかけで目覚めたという前提で話を進める。
聞いている限り、どうやらスフィが前世と何らかの関係があるとか、記憶を思い出したとかじゃないようだった。
例えるならぼくの見る夢を横から覗き見したような感覚だったそうで、気づくと空中に浮かんでぼくを見下ろしていて、視界の中心に居る男の子を見て「なんだかアリスっぽい」と感じたらしい。
理屈はわからないけど、双子の直感みたいなものなんだろうか。
「あれって、アリスの見た夢なの?」
「――うん、合ってる」
スフィが見たのは、あくまでぼくが夢として思い出した部分だけ。覚醒してから蘇ってきた個人の記憶なんかはわかってないみたいだった。
どうして夢だけ覗き見出来たのかは謎だけど、双子の神秘ってことでいいのかな。
一卵性双生児だからか傍に居るとお互いの感情や考えが伝わることがよくある、傍で寝ていたら夢くらいは共有出来るのかもしれない。
思い出してみれば……当時は気に留めていなかったけど、ぼくが見た夢の内容をスフィが把握していることがあった気がする。
スフィの話が終わってから、ぼくも補足的に自分の見た夢について話し始める。
熱にうなされている時にその夢を見て、その少年の人生を追体験するように"思い出した"こと。少年が保護されていた場所に、この部屋の鍵やあの銃みたいな様々な道具が集められていたこと。
そこで行われていた実験に携わったことで、その道具の効用なんかを知ったこと。
「それで、その――」
「たぶん、前世の記憶ってやつ?」
途中で息継ぎと休憩をはさみながら全部話し終えたあと、言葉を探すノーチェに先んじて自分の考えを答える。
ここまできたら誤魔化したくなかった。勢い任せにしたって、それなりに勇気のいる暴露だ。拒絶される恐怖で少しばかり冷や汗をかきながら、努めて淡々と受け答えする。
一応こっちにも輪廻転生と同時に生まれ変わりって概念がある。
生物は死ぬとエーテルになって星に還り、やがて新しい命として生まれてくるって考え方だ。伝わるかどうか心配だったけど、無事伝わってくれたらしい。
「あー……」
「聞いたことあるかも」
なんとも言えない表情のノーチェに対して、フィリアは比較的すんなりと受け入れているみたいだ。
「えっと、人は死んじゃうと星のなかにかえって、もういちど生まれてくるっていうおはなしだよね?」
「それ」
フィリアの方は宗教的な知識なんかもあるみたいだった。おかげでスムーズにぼくの主張が伝わったみたいだ。
不意に訪れた沈黙の中、腕を組んで考え込んでいたスフィがじっとぼくを見る。
「んーと、それじゃあ、あの子がアリスの前世? なの?」
「うん……」
前世のぼくはスフィから見ればかなりのお兄さんだったと思うんだけど、あれは妹だって意識が強いせいか年下扱いらしい。微妙な気持ちになる。
「そっか~」
何を言われるかちょっと不安で、だけど素直に話してちょっとスッキリした気分で反応を待つ。
「…………」
「…………」
「?」
拒絶されるんじゃないか、気持ち悪いといわれるんじゃないか。そんな不安を抱きながらスフィと見つめ合っていると、きょとんとした表情のままスフィが小首をかしげた。
「どうしたの?」
「それだけ?」
「うん」
こっちとしてはそれなりに一大決心のつもりで話したんだけど。
最悪嫌われても、妹を奪ったって憎まれても、旅の手助けだけはさせてもらうつもりだった。
勢いに任せるように話したのは、恐怖で立ち止まるのを誤魔化すため。なんとなく新しい人生がはじまった気分でいたけど、アリスという女の子にぼくっていう異物が混ざってしまったんじゃないか、アリスの人生を奪ったんじゃないかって不安は拭えてない。
なのに、「そっか~」って……。
「妹のことにゃのに、それでいいにゃ?」
「だってアリスはアリスでしょ、ちがうの?」
真っ直ぐな瞳に射抜かれるように改めて考える。前世の記憶は途中から入りこんできた形だけど、アリスの記憶はちゃんと地続きだ。
「ちっちゃいときのこと、おぼえてる?」
「うん」
スフィと過ごした日々はちゃんと覚えてる。記憶が蘇った時は衝撃で混乱してたけど、落ち着いた今はハッキリと思い出せる。
「川におちたのたすけてあげたのは?」
「……スフィの魔術の巻き添えで落ちたやつだよね?」
昔のことだし、わざとじゃないのはわかってるから別に怒ってるとかはないけど。それじゃぼくがドジみたいじゃんってジト目で見ると、スフィはくすっと笑った。
どうやら引っ掛けだったらしい。
「うん、スフィが間違えてアリスのこと落としちゃったの」
「スフィが泣いてすごかった」
自分のせいでぼくが死ぬかもしれなかったって思ったのか、ほんとにわんわん泣いて凄かった。
「アリスが死んじゃったらっておもったら、こわくて仕方なかったんだもん」
ぺたっと、頬に手が触れる。小さくて、でも傷だらけでガサガサの手。
「そういうの、ちゃんとおぼえててくれてるでしょ、じゃあアリスはアリスだよ……ね?」
視線に懇願するようなものを感じて、頬に当てられた手をとる。両手でぎゅっと握りしめて、頷いた。
「……うん、ぼくはアリスだよ」
もしかしたら、自分の立ち位置に悩んでいたから……それが伝わって不安にさせたのかもしれない。
過去は過去、今は今。アリスとして生きることは別に難しくない、思い返す限り性格も考え方も大きな違いはないみたいだし。
目的だって変わらない、新しい人生を踏み出すいい機会かもしれない。
ぼくはアリスとして生きていく。
「うん!」
満面の笑みを浮かべるスフィに、ぼくもほほえみ返す。
受け入れてもらえたこと、言葉にしてきちんと伝えたこと。それで凄く安心している自分に、思ったよりもずっと気にしていたんだなと呆れた気持ちもあった。
だけどそれ以上に、スフィとの関係が壊れずに済んでよかったって言う気持ちのほうが強かった。
「これからもずっといっしょだからね」
「うん」
「元気になって、アルヴェリアについたら、たくさん楽しいことしようね」
「うん」
「カワイイおようふくとか探して、いっしょにおしゃれしようね」
「やだ」
む~っという音とともにスフィの頬がみるみる膨れていく。
ぼくがスカートとか苦手なの知ってるでしょ……。
■
「まぁ言いたいことはわかったにゃ。会った時からそうだったにゃら、あたしらが言うこともにゃい」
「うん」
「ぐるるる」
スフィに背後からしがみつかれ、耳をかじられているぼくをノーチェが呆れた顔で見ていた。
「正直ちょっと安心したにゃ、変なのが入り込んだとか、何かが化けたのかと思ったからにゃ」
この世界には魔術やあの魔物みたいな化物がいる。不思議な道具だってある、ノーチェは得体のしれないものが突然入り込んだのかと思っていたってぼやくように言った。
要するに、心配してくれていただけらしい。
「ノーチェ、やさしい」
「にゃ!?」
「うん、ノーチェやさしいんだよ」
素直な感想にフィリアが笑顔で頷くと、ノーチェが頬を赤く染めてぷいっと横を向いてしまった。
「照れてる~」
「うっせぇにゃ」
いつの間にか耳を囓るのをやめて乱れた毛並みを整えてくれていたスフィがここぞとばかりにノーチェを追撃し、キレたノーチェとスフィの追いかけっこがはじまった。
……ここ4階のはずだけど、下から苦情きたりしないよね。こちらから外には干渉できないみたいだし音も大丈夫かな。
一安心したら、急に尿意が襲ってきた。よろめきながらソファから降りて、スイッチのある壁際まで向かう。
休憩を取れたおかげで何とか動ける。
「アリスッ、どこ、いくの?」
「おしっこ」
寝ている間はスフィの手から水を飲まされていただけで、トイレは抱えて外に連れて行かれ、介助されながらしていたらしい。覚えてないけど。
この部屋は最低限のインフラは通っている、どういう原理なのか料金もかからない。動けるようになったならそっちの説明も必要だ。
背伸びして指先でライトのスイッチをオンにする。パチッという音とともに電気がついた。なんか久々すぎて眩しい。
「ふぎゃ!?」
「まぶしい!?」
「あ、ごめん」
咄嗟に手で照明を遮っているふたりに謝って、リビングの扉を開けて廊下に。リビングを出てすぐ右手にトイレがある。
背伸びしながらノブをつかんで開いて中へ。照明のスイッチを入れて……あれ。
「…………」
ちょっと待て、女の子って洋式トイレどう使うの。便座にカバーも付いていない、結構新し目のシャワートイレを前にぼくは固まった。
こっちのトイレなんて原始的なもので、蓋をした穴にまたがるようにしゃがんでするのが基本。スフィたちがこのタイプのトイレの使い方なんてわかるはずもない。
いや、落ち着け。違いなんてさほどないはず。立ったまま……はムリ。だとしたら……。
便座カバーを降ろして、よじ登ってドア側を向いて座る。
それからえーっと。あちこちほつれて千切れそうな、短パンみたいな下着に手にかけて膝まで降ろす。
無駄に緊張した時間が過ぎて、溜まっていたものが勢いよく流れ出していく。
はぁ、なんか落ち着く。
「アリス、だいじょうぶ?」
ほっと息を吐いていると、スフィがいきなりドアを開けて顔をのぞかせてきた。思わずしっぽがびくっと跳ね上がる。
びっくりした、ためらいがなさすぎる。
「ここっておトイレだったの?」
「う、うん。使い方教えるね。あといきなり開けないで」
いくら姉妹だからってプライベート空間は必要だと思う。
「アリス、たまにおトイレで動けなくなってるじゃん」
「……ごめんなさい」
そう思って抗議したら自業自得な反撃を受けた。確かにトイレで力尽きて家に戻れなくなるとかは前にもあった。
でもね、ノックくらいはお願いしてもいいですか。
■
無事に手洗いを済ませて落ち着いたところで、スフィにノックして返事がない時に開けてとお願いしてからみんなに部屋の案内をした。本格始動だ。
日本のアパートなんてはじめてだらけだろうし、ちゃんと案内してあげないと使えない。
とかいうぼくも、アンノウンの効能チェックでいくつか住宅系に入った程度しか知らないんだけど。
「この壁のがスイッチ、天井の照明がつく。あっちにあるのがトイレで……」
玄関から順繰りに廊下の照明スイッチと、トイレの使い方を教えながら歩く。……明るくなってわかる、フローリングが超泥だらけ。みんな土足だし当たり前か。
部屋を見る前に綺麗にしないとダメかもしれない。
「とりあえず、靴はあそこで脱いで」
「うんー」
「わかったにゃ」
「う、うん」
まず玄関でボロ靴を脱いで見せて、スフィたちが真似して脱ぐ間に洗濯室へ。何か残ってないかと探してみると、ラッキーなことに洗面台の下にボトルと詰替え用のシャンプー類、入浴剤やタオルなんかが収納されていた。
このあたりは備品扱いらしい。
「これで足拭いて、まずは……床をきれいにしよう」
「……泥だらけだもんね」
「いきなり仕切るにゃ、リーダーはあたしにゃ」
泥まみれの足を見ながら言うスフィにタオルを押し付けて、水で濡らしたタオルなんかをいくつかまとめてノーチェに手渡す。
「リビングの方はおねがい、リーダー」
「しょうがにゃい、フィリアいくにゃ」
「え!? わ、わかった」
ノーチェが足を拭いていたフィリアを引き連れて出ていったところで、スフィに廊下の拭き掃除をお願いする。
「アリスはどうするの?」
「よいもの、準備する」
向かう視線は浴室。くもりガラスの扉を開けば、豪華で広い大理石の浴室がある。このアパートが出来た時の目玉でかなり金をかけた部分らしい。それが行方不明続出の事故物件と化したのはかわいそうとしか言いようがないけど。
肌に石鹸やシャンプーをそれぞれ擦り付け、パッチテストをしながら浴槽にお湯を注ぎ始める。
記憶が蘇ってからずっと我慢していたお風呂だ、しっぽが揺れるのも仕方ない。
「……わぁ」
ふと目に入った鏡に映った、ボサボサボロボロの汚い野犬みたいな自分の姿に愕然としつつ、お湯が貯まるのを待つのだった。
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