みみが西向きゃしっぽは東

旅立ち……出来るの?

「うわぁ、やられたにゃ!」


 地下での騒動を乗り切って地上に戻れた後、住処にしていた遺跡に戻った。


 まっさきに入ったノーチェの苛立った声にやっぱりかと頭を抱える。


 スフィが少し慌てて中に入ると、中は泥の足跡だらけ。子供サイズの足跡がたくさんあって、食料庫に通じてる。追いかけられてる隙をついて、他の子供が盗みに入ったんだと思う。


「盗られたものは?」

「……食い物ごっそりと、あの何とかって花とナイフをやられたにゃ」


 自分の部屋から戻ったノーチェが憮然とした表情で言う。やっぱり食料はやられてた、そのあたりの余裕なしでスタートはちょっと痛いけど……仕方ない。


 花は貴重なものだけど、別になくなっても困らない。むしろあれの価値が知れ渡ってしまえば、盗んだ奴らにとっては災の種にしかならないだろう。ざまぁみろだ。


「スフィ、ぼくたちの……」

「あ、うん」


 背負われたままスフィを促して、ぼくたちが使っていた寝室に向かう。こっちにも足跡はついていて、隅に置いていたスフィのナイフはなくなっていた。


「ナイフ、なくなってる……」

「ざんねんだけど、仕方ない。ちょっと降ろして」

「うん……」


 反対側の隅に向かい、降ろしてもらう。カンテラを使って錬金陣を作ると『錬成』で蓋を外す。


 実はここの部屋を使うようになったとき、ちょっとずつ時間をかけて陣を彫って錬成で穴を作り、中に荷物を入れて他の床とわからないように蓋をくっつけていたのだ。


 出てきた袋を確認すると中身は無事。


 ……念の為だったけど、やっておいてよかった。


「そんなところに隠してたのかにゃ」

「うん」


 精密さが必要でなく、時間があるなら道具なしでもこのくらいは出来る。きちんと中身を確認してから、おなかにくっつけたポケットの中に袋ごとしまう。


「ぼくたちのは、これでいい」

「スフィのナイフ……」

「あとで、もっといいのつくる、元気だして」


 微妙に気にいっていたらしいナイフを失って元気のないスフィ。頭を撫でながら背負ってもらった。


「そんで、どうするにゃ? あたしら持ち出すものもなくなったにゃ」

「また見つかると、面倒、もう街、出たい」

「……そうだにゃ」


 ノーチェとフィリアは残念そうにはしているけど、そこまで気にしている風ではない。たぶん本当に失くしたくないものは肌身離さず持っていたんだろう。


 だとしたら、早めに街を出てしまいたい。


 少なく見積もっても5人以上の人間が行方不明。いくらスラムの住人とはいえ、一気にこの人数がいなくなって探しにこないはずもない。


 のんびりしていて奴らの仲間に捕捉されたらまた厄介なことになる。


 あそこまでしつこく追ってくるってことは、ぼくとスフィの売値は相当に高いっぽいし。


 ……村といいここといい、なんか売りものにするために追ってくるやつらばっかりで嫌な気分になってくる。


 気を取り直して住処にしていた遺跡から出ると、突然スフィが振り返った。……うん短い間とは言え寝所にしていた場所、ちょっと物悲しい。


「…………」


 ノーチェとフィリアも同じように遺跡を見ていた。思い入れについてはきっとぼくたち以上だ。


「ぼくたち、さき、行ってようか」

「……いや、いいにゃ」

「私も、大丈夫」


 先に行ってようかと聞いてみると、首を横に振られた。どうやら余計なお世話だったみたいで、ノーチェが先導するようにすたすたと歩きはじめた。


「アリス、もうちょっと頑張ってね」

「……ん」


 つい先程歩いた地下道を取って返して少し歩けば、壁抜けのときに使った穴にたどり着く。


「えっと……どうしよう?」

「あたしが先導するにゃ、フィリアは引っ張り上げてやるにゃ」

「う、うん」


 ノーチェが身軽な動作で壁を駆け上ると、するすると穴の向こうへ消えていく。


 それに続くフィリアが一度穴の縁に手をかけてぶらさがった。


「アリスちゃん、脚につかまって」

「うん」


 だいぶ朦朧としている身体に鞭打って両手を伸ばして、スフィに支えてもらいながらフィリアの脚に抱きつく。


「いい?」

「ん」

「押すよー、せーの!」

「せーのっ!」


 スフィにお尻を持ち上げられ、フィリアに引っ張り上げられてなんとか穴の中へ上半身が滑り込んだ。


 気合を入れて腕の力で身体を引っ張り込んで、四つん這いで穴を進む。穴の中は狭いから、自力で動かないといけない。


「ぐ、うぅ」

「アリス、がんばって、あとちょっとだよ」


 すぐ後ろから聞こえるスフィの声に励まされながら、もうほとんど力の入らない手足を動かす。もう体力なんてとっくの昔に底をついてる、残っているのは気合と根性だけ。


「ぬおぉ……」

「アリスちゃん、引っ張り出してあげるから、もうちょっとだけ頑張って」


 眼前を歩いていたフィリアが消えると同時に光が見えた。力なく倒れ込みそうになった手を伸びてきた手がつかんで、ビリっという音とともに身体を引きずり出した。


 ようやく外だ、本当に本当に長い穴だった。


「なが、かった……」

「……あー、よくがんばったにゃ」


 ちょっと呆れたようなノーチェの言葉を受けながら、無事に難所を切り抜けた安堵で意識がなくなっていくのをかんじる。


 と、とりあえず、後は頼りになるお姉ちゃんたちに、任せよう……。



「…………?」


 パチパチと何かが爆ぜる音で目が覚めた。


 ……穴を出るなり気絶しちゃったんだっけ。近くには焚き火がある……どこかの岩場の隙間みたいだ。


「あ、起きた?」

「…………」


 隣で膝を抱えて三角座りしていたスフィがぼくの顔を覗き込んできた。色々聞きたいけど身体が超だるい、声がでない。


 ……だめだ、腕すら上がらない。視線だけで今の状況の説明を求める。


「えっと、ここはね、さっきの街から結構歩いたところ。暗くなっちゃったから、岩がいっぱりあるところで休もうってなったの。なにか食べれる?」

「……」


 小さく首を横にふる。無茶と無理の反動が一気に押し寄せてきている感じだった、異常なだるさで口すらまともに動かない。


 ……ぼく、次の街まで持つのかなこれ。命の灯火がめっちゃ揺れてるのを感じる。


「ちょっとまってね、お水だけでも飲んで?」


 スフィが焚き火に近づいて何かをもってくる。葉っぱらしきものが口元に当てられると、ぬるい水が唇を湿らせた。葉っぱ器にして温めたらしい。


 自分で思う以上に喉が乾いていたみたいで、何とか舌を動かして流し込む。


「ほら、大丈夫、ゆっくりのんで、いいこだね」

「…………」


 苦しくてだるい中、支えながら背中をさすってくれるスフィの手の感触に安心感を覚える。量としてはほんの少しなのに、飲むのに大分かかった。


「交代でみはりしてるの、大丈夫だから安心して?」

「…………」


 そっとスフィの膝に頭を乗せられる。髪の毛をなでつける感触に気を抜いた瞬間、またすぐに眠ってしまった。


 次に起きたのはまた夜だった。場所は変わっていて次の野営地。


 熱は下がってない、身体のだるさも変わらない。ちゃんと休めてないんだから当たり前だ。


 さんざん足を引っ張ったあげく死ぬとか洒落になってない。自分の体調はなんとなくわかってる、体温低下による風邪に、過度の疲労とカロリー不足に栄養失調。


 状況的には間違いなくジリ貧だ。村を逃げ出した時より症状が酷い。


 このままじゃダメだ、回復なんて見込めずに近いうちに詰む。


 というわけで。


「ふにゃ!?」

「アリス!?」

「ふぇ?」


 夜中に唐突に点灯したカンテラに、スフィたちが驚きの声を出す。意識があるうちに、無理でも無茶でもやらなきゃいけない。


 今手元にある打開策はひとつ。『アパートメント404』のマスターキー……アンノウンの中には正式な名前が知られるだけで効力が発生してしまうものがあって、その対策として管理番号以外でこういう仮称や通称が与えられている。


 ディスクシリンダー……逆になったくの字みたいな穴が空いた鍵穴。


 内部構造なんて流石にわからない、だけどあの部屋に入る条件は該当する鍵穴をこの鍵で開けること。


 実験の結果、差し込むことさえ出来れば鍵自体が合わなくても大丈夫なことはわかっている。


 つまり、形だけそれっぽくすれば何とかなるんじゃない?


「ふっ……ぐっ……」


 気合を入れて動かない手を動かして、ポケットの中に突っ込む。中に入っているものの形状を意識すれば、不思議と狙いのものに手が届くようになっている。


 指先に触れた水晶つきの鍵を引っ張り出して、影で作った錬金陣で土を盛り上がらせ、それに突っ込む。


「な、何してるにゃ?」

「アリス、無理しちゃダメだよ!」


 心配の声をよそに錬成で軽く押し固めてから鍵を引き抜いて、『固化(ハーデン)』の錬金陣で土を弄って石のように押し固める。


 木材……"生きている"素材は錬金術の通りが悪い。精密な錬金陣を使って自分の魔力を通すことで物体を操作するのが錬金術。


 生物に対しては内包するマナが流動的なうえ、抵抗力みたいなのがあってものすごく浸透しにくい。


 伐採して乾燥させたものならまだしも、ぼくの魔力じゃ生の植物に無理矢理干渉することは出来ない。


 なら取り敢えず、2~3回使えればいい。地面に錬成を使って土を盛り上げて扉の形にして、固化で固める。下の部分は地面に埋めて固定して、蝶番も錬成を駆使して分割しながら作る。


 なくなりそうな意識を必死でつなぎとめて集中。形さえ整えば強度は二の次、


 最低限回転するように作った鍵穴を扉の取って部分に影を使っておしあげ、中に組み込む。


 鍵穴の中身は適当だ。サイズの合う棒を入れて回せば、引っかかっている部分が外れる程度の出来。飛び飛びになる意識を何とか繋ぎ止めて作り上げたのは、子供が通れるサイズの土の扉。


「…………」

「え、えぇ? うん……」


 抱き起こしてとスフィに視線で強く訴えると、扉が出来上がる過程を呆然と眺めていたスフィが戸惑いながら近づいてくる。


 両脇を抱えられると、目の前に作った扉に鍵をさし……さしこ、さしこむ……差し込めた!


 5度目の挑戦で何とかささった鍵を横に回す。ギチリとかミシリとか嫌な音をさせながら回転したと同時に、ロックが外れた扉が開く。


 うまくいってくれ、そう願いながら扉の向こうを凝視する。


 果たして扉は、狙ったとおりの場所へ繋がっていた。


 見覚えがある玄関、フローリングの廊下、芳香剤の匂い。耳を立てても中に人の気配はない。全部記憶にあるとおりだ、不審な点はない。


 震える手を持ち上げて扉の中を指差したところで、もう限界だった。


 本当は安全確認だってしたいけど、余裕がなさすぎる。昨日からギャンブルのしっぱなしで嫌になりそうだ。


 願わくば、スフィたちがぼくを信じてくれますように……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る