一難去って

「う、うえ、ふえぇぇぇん」


 戦いが終わって静寂が訪れたと同時に、すぐ後ろで泣きじゃくる声が聞こえる。


「なんにゃ今の……」


 ノーチェは未だ硬直したまましっぽを膨らませている。


「アリス……」


 そんな中で、動く余力があったらしいスフィが震える脚で近づいてくる。


「なんで、逃げなかったの」


 怒っているような、でも泣きそうな声と表情。きっと、逃げてほしかったんだと思う。ぼくだってスフィの立場なら同じことを考える。


 なにか言いたげなスフィの顔をじっと見返しながら、言葉を選ぶ。


 ……って、今更身体に震えが来た。腰が抜けてるみたいで立ち上がれない。スフィが眼前で膝をついて、ぼくの頬を触ってきた。


「なんで」

「やだ、スフィに、しんでほしくない」


 結局出てきた言葉はシンプルなもの。飾りもかっこつけもない、ただの自分の意思。


 そうだ、命がけで守ろうとしてくれる姉を置いて逃げるなんて、出来るわけない。ぼくはもう、何かを置き去りにしたくない。


 前世のぼくの願いでもあり、今のアリスの願いでもある。


「……す、すふぃだって、アリスに……うえっ……」


 言葉は泣き声で途切れて、震える腕がぼくのことを抱き寄せる。行く先も定まらないほど震える腕の筋肉を押さえつけて、ぼくもスフィの背中を抱きしめた。


 姉の言うことを聞けない、馬鹿な妹にはそれくらいしか出来なかったから。


「こわかった……こ゛わ゛かった゛よ゛ぉ」

「うん……」


 ぼくも、凄く怖かった。


 カンテラの炎がゆっくり消えて、泣き声を包み込むかのように闇が広がっていく。


 暗い廊下の中。泣きじゃくる声だけがいくつも重なって響いていた。



「ん、ぐすっ」


 スフィと抱き合って泣くだけ泣いて、ようやく身体の震えが落ち着いてきた頃。


 ぼくは再びカンテラの炎を灯した。


 燃料切れか何かかと思ったら、意外にも普通に炎が出た。さっきより炎が弱まってる気がするけど、何か力を発揮する条件みたいなのがあるのかな。


 ……取り敢えず普通に使う分には問題なさそうだから、よしとしよう。


 「あれ?」


 振り返り、一応気になっていた化物鼬の死骸を確認すると、ちょうど散らばるパーツが黒い粒子になって消えていくのが見えた。


 とんでも銃の光線で焼ききれたにしては血とか内蔵とかが全く出てないのは気になってたけど、もしかしたら生き物じゃなかったのかもしれない。


 崩れて消えていく鼬の頭部。完全に消え去った後に、翠緑の光を放つ透明な石だけが残った。


 かなり大きくて、子供の手だと両手でやっと抱えられるくらい。


「ていうか! なんにゃあれ! 威力やばすぎにゃ!」

「そうとう強いって」

「そんなものじゃにゃいだろ!? 一体なんなのにゃそれ!」


 気になって石を眺めてたら、今度はノーチェが怒り出した。


 どうやら銃の威力が想定外だったらしい。一応フルバーストの威力も知ってたけど、魔物に通じるかは賭けだった。


 危険度が低いものが収容されるこの保管室に置かれている事からもわかる。


 あれは数あるアンノウンの中ではかなり扱いやすい武器なのだ。場合によっては殺しきれないことも想定して一応フルバーストにしたんだよね。


 無事全員で生き残ることができたわけだけど、なんで銃の威力を知ってるのかとか、色々と説明が大変だ。


 どうしようか悩んでいると、スフィがノーチェの肩をつかんだ。


「ぐすっ、ノーチェおちついて、たすかったんだからいいじゃん」

「よくないにゃ! 下手したら巻き込まれてたにゃ!」

「ちゃんと威力は把握してた」

「ほら、アリスもこう言ってて……」

「それはそれでツッコミどころにゃ!」

「うえっ、ふえぇん」


 スフィがなだめてくれてるけど、ノーチェはいきり立つしフィリアは泣き止まないし、人のこと言えないけどアンモニアの匂いがちょっときついし。大混乱。


「落ち着いたら、ちゃんと説明するから」

「ぐぬぬぬ、絶対にゃ!?」

「ぜったい」


 最大の脅威は退けたとはいえ、危険がなくなったわけじゃない。


 ネズミだって生息してるし、他に脅威がないとも限らない。信じて貰えるかどうかって話をゆっくりできるほど安全じゃない。


 何よりも、全部話したとして受け入れてくれるかわからないのが怖かった。


 ノーチェはもちろん、スフィだって。


「はぁ~……わかったにゃ。たしかに今はそんにゃ場合じゃにゃい、あとにしてやるにゃ」


 厳しい世界をひとりで生き延びてきたノーチェは決して馬鹿じゃない、むしろ頭がきれる。少し冷静になれば詰問してる場合じゃないって気づいてくれた。


「にゃんかすっげーつかれたし、身体も洗いたいにゃ」


 気を取り直すかのように、水嫌いのノーチェにしてはめずらしいことを言いだし。


 無理もない。ぼくだって出来ればすぐに身体を洗いたい。


 スフィもノーチェも怪我そのものはたいしたことないみたいで、恐怖と緊張による精神的な疲労がおおきいようだった。身体をきれいにしたいというのもその表れだろう。


「スフィ、だいじょうぶ?」

「うん、ちょっといたいけどへっちゃらだよ」


 強がっているけど震えている。落ち着ける場所で休ませてあげたい。入り口に穴を開けてしまったし、保管室の中が安全とは限らなくなっていた。


 そのうえ廊下は汚れてしまってるし、鼻の利く獣人にとっては漂うアンモニア臭がちょっと気になる。


……身体は恐怖にしっかり反応してしまう。


 かっこわるいのは恐怖に負けて逃げ出すこと、どんなに無様でも最後まで立ち向かった奴はかっこいいんだぜってのがたいちょーさんの持論だった。


「アリスちゃん、ご、ぐす、ごめんね、汚し、ふぐ、ちゃった」

「どうせボロ布、気にしない。よくがんばった」


 泣いて落ち着いたのか謝ってくるフィリアに片手でブイをつくって応える。


――例えビビって小便まみれになっててもな!


 配属直後の初任務でいきなり魔術屋の放った怪物とやりあうことになって、ズボンに大きなシミを作りながら生き残った新人くん。


 真っ赤になった彼をからかうたいちょーさんの姿を何故か思い出してしまった。


 ぼくだって、立場はみんなと同じなのにね。



「さっさと調べるにゃ」

「うん」


 落ち着いたところで探索を再開。もしかしたら休める部屋があるかもって期待もあったのかもしれない。


 今の所ホコリまみれの部屋と瓦礫まみれ、金属製の建物全体が斜めだし、空っぽでも落ち着けるとは言い難い。


 まぁネズミが走り回る地下道よりはマシかもしれない。


 もう8部屋中4部屋は見て回ったので、残りは半分。部屋自体も大きくないし、何かトラップがあるわけでもない。協力して回ればあっという間だった。


 かくしてぼくたちは一番綺麗な3部屋目、空っぽの部屋に入って戦利品の確認をしていた。


「うーん……」


 斜めになっている床と壁のくぼみに道具を並べる。……やっぱり斜めは落ち着かない。


 まずはビームの出る銃と弾丸。軽く調べてみたけど材質と正体は不明。


 錬金術には素材に自分の魔力を染み込ませて構造とかを解析するための陣もあるけど、これにはまったく通用しなかった。なので複製も修理も出来ない。


 地球の最新科学を用いてなお詳細不明だったのは伊達じゃなかった。


 発見した3つのうち2つは完全に破損していたので、これが最後のひとつ。


 回収できた弾丸は7個、1個は鼬を倒すのに使い切って今はただの透明な石ころなので、実質6個。


 小難しい名前がついてたけど、流石に覚えてないのであとで名前をつけようと思う。


 自分の武器に名前をつけるのはテンションがあがるし、戦いではテンションが大事。だから愛用する武器に特別な名前をつけるのは良いことだってたいちょーさんも言ってたし。


 自分を奮いたたせるためにも、カッコつけるのは大事なのだ。


 そして……他の部屋でもふたつほどアンノウン……こっち風に言うならマジックアイテムを見つけた。


 幸いにも知っているものかつ、ものすごく役に立つものばかりだった。実験や調査に協力したこともある、使い方も効能もわかっているものばかり。


 ひとつめは『アパートメント404』、見た目は透明な円錐の水晶がついたディスクシリンダーキー。対応する鍵穴のついた扉をこの鍵で開けると、アパートの一室に入ることが出来る転移系の道具。


 繋がる先は3LDKくらいの、東京都内にあるアパートの一室。そこに住んだ人が一月以内に行方不明になったあと別所にて変死体で発見される事件が相次いだことで発見されたアンノウン。


 この鍵をつかって入る分には問題ないけど、それ以外の手段で入って過ごしていると何かに連れ去られる。アパート側から入るのと、鍵を使って入るのとじゃ合流出来なかったので、次元や位相が違うって推測されてた。


 行方不明になった現地特派員から奇跡的に回収できた記録には、壮絶な断末魔の音声だけが残っていたそうな。


 不思議なことに鍵はディスクシリンダーならどの鍵穴にも適合していた上に、鍵を使って入る分には長期間過ごしても安全。遠出するエージェントの休憩施設としても活用されていた。


 中身はある程度の家具が揃っている程度で、不思議なことにガス水道電気が通っている。


 この状況を考えると、この上なくありがたい代物。欠点は出入りに『ディスクシリンダー型の鍵穴がある扉』が必要なこと。外にある扉が壊されると強制的に扉近辺に放り出されるので、安全地帯としては使いにくいこと。


 ……ディスクシリンダーって、どう言う構造だっけ。


 後で作るとして、ひとまず置いとこう。


 ふたつめは『不思議な黒いポケット』、半月状の黒いポケットで布っぽい質感だけど使われてる素材は不明。中は異次元空間に繋がっていて、生物を入れるとはじき出される。


 ゲーム風にいうアイテムボックス的なもの、容量は不明だけどかなり色々入るのが確認されてる。中の時間は普通に経過して、かなり伸縮性があるので見た目より大きなものも余裕で入る。


 欠点は取り出すときも入れるときも、基本的には自分の手で持つ必要があること。良くも悪くも凄まじい容量のバッグって考えるほうがよさそう。


 とある魔術屋が使っていたのを回収したらしい。


 無事に回収できたのはこれだけ。ほかは破損してたり中身が空だったりしてたので放置した。


 確認したけど、ポケットの中身もからっぽになっていた。


 やっぱり何かの作為を感じる。味方なのか弄んでるのかわからないけど、とりあえず生き延びる可能性をくれたことだけには感謝しておきたい。


 錬金術で入り口を塞いだまま、暗がりの中で壁際に並べた道具を見る。背後では3人が斜めの床で器用に寝ていた。


 見つかったのはがらくたとゴミと一見ただの鍵っぽいものとからっぽのポケット。


 ポケットこそ凄いものだと興味を引いたものの、インパクトは銃ほどじゃなかったみたいで疲労が優先されて汚れた身体をそのままに寝てしまったのだ。


 あの戦闘の後だから無理もないと、ぼくもネズミが入ってこれないように入り口を塞いで集めたものの確認だけしていた。


 まだまだ問題は山積みだけど、希望は見えてきた。一番大きいのはこのカンテラ、錬金術の道具としては一級品かもしれない。


 ともあれ、今日はぼくもだいぶ疲れた。カンテラ以外の道具をポケットの中にしまって、ポケットを肌の上から直接おなかのあたりに貼り付ける。


 これは吸着力があるので、簡単に貼ったり剥がしたり出来るのだ。


 最後まで付き合おうとしてくれたけど、あえなく疲労で撃沈してしまったスフィの隣に寄り添って目を瞑る。ぼくも大分疲れていたみたいで、意識はあっさりと闇の中に沈んでいった。


 もちろん、起きた時に思いきり熱を出したのは言うまでもない。

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