赤光一閃
発見されるアンノウンにも種類があって、主に影響の大きさごとにカテゴリーが分けられている。
内訳はクラス1から5まで、数字が高いほど危険で管理が難しいとされていた。
クラス1はちょっと不思議な力を持つ人、物、生物、地域や現象。
クラス2は明らかに超常的な現象を引き起こすもの。
クラス3は都市規模に影響をもたらすもので、4は国家規模。
クラス5は世界規模の影響をもたらし、中には世界滅亡を引き起こしかねないものだってあった。
基本的に発見した国の、もしくは最寄りのパンドラ機関支部で管理されるのだけど、日本支部の第0セクターにはぼくがいるという理由で、検証のためにアンノウンが送られて来ることもあった。
3番保管室は集まったアンノウンの中で、影響範囲のさほど大きくない道具なんかが集められたエリア。使えるものがある可能性は高かった。
でも……。
カンテラで全体を照らす。その有様はここに建てられた……というより、地面に埋まっているといったほうが正しい。まるでこのブロックだけ切り抜かれて、高所から地面に叩きつけられたようだった。
外壁とかはちょっとしたシェルター程度の耐久度があるって聞いてたけど。よく見ると全体がかなり斜めになっていて、相当な圧がかかったのか下になっている部分がひしゃげている。そのせいで一部の壁が裂けたみたいだ。
「アリス……」
ぼくたちの体格なら亀裂から入ることは出来そうだけど、中に入って潰れたりしないかな。
「これ、なに? なんで知ってるの?」
どうやって侵入しようか観察しているうちに、不意に横から投げかけられたスフィからの疑問に固まった。
……よく考えなくても、こんないつ出来たかも知らない遺跡の地下に眠っている謎の扉。その正体をぼくが知っているのは明らかにおかしい。
どうする? 下手な言い訳しても疑われるだけで、本当の事を言ったら……混乱させるだけかぁ。
「……本で、読んだ。凄く古い遺跡の、宝物庫、みたいな」
「…………」
出てきた言い訳をしどろもどろに口にする。
めちゃくちゃじっと見てくるスフィに耐えきれなくて、顔をそらす。
「……そっかぁ、アリスはものしりだね!」
見逃してくれることにしたみたいで、間をおいてよしよしと頭を撫でてくる。スフィにはあとでちゃんと説明しないといけない。
そのためにも、ここを乗り切らないと。
「おまえ妹に甘すぎにゃ……」
「スフィちゃん、さすがに」
「アリスはいっぱいごほん読んでたもん、ね!」
「はい」
今はいっぱいいっぱいなので、そういうことにしといてください。
「それで、これがどうしたにゃ?」
「中に武器がけほっ、あるかも。強力なやつ、うまくつかえば……」
「あいつを倒せるかも……にゃ?」
「そういう、こと」
入れ替えが結構激しい上に、何が保管されているかも把握してない。出来ることなら知っているものがあってほしい。
ついでに少しでも身体を休めることが出来れば最高。
「じゃあ探検だね!」
「……ほんとに大丈夫にゃのか?」
「ん」
流石にこのくらいなら、今まで運んで貰っていたから動ける。
カンテラの炎で中を照らしながら、ぼくは先陣切って壁の亀裂に潜り込んでいった。
■
内部は爆発でもあったみたいにぐちゃぐちゃになっていた。
明かりはカンテラがあるから問題ないけど……破損したものが散らばっている上に床が斜めだ。
「ぐちゃぐちゃ、足元気をつけて」
「おー」
亀裂のある位置はちょうど迷宮人形の保管庫になっていたらしい。格納されていたはずの石棺が粉砕されて中身とともに散らばっている。
石棺は目算で……10。壊れた人形のはひとつしかないパーツの数から推測して4体。
偶然無事だった人形が衝撃で起動して、亀裂から外に出て地下道を作りあげたって感じかな。
「これなに?」
「……石の人形にゃ?」
「私、ちょっと怖いかも」
転がっている人形の残骸をしげしげと見つめるスフィたちを尻目に、カンテラで部屋の中を照らす。けど腕が疲れた。
試しに近くに浮かべ~と念じながら手を離してみると、カンテラは思った通りに空中に浮いて照らしてくれた。近くに落ちてたことからこれもアンノウンだろうけど、すごく便利だ。
扉は……うん、壊れて開いてる。これなら他の部屋も見れそうだ。
「……つぎ、いこう?」
「あ、うん」
「なんか不気味だにゃ、ここ」
この部屋には壊れたものしかなさそうだし、声をかけて次の部屋へ向かう。
表側の扉の部分から続く見覚えのある長い廊下には、枝分かれするように左右に小部屋がある。
全部じゃないけど、いくつかは衝撃で扉が壊れているみたいだった。
「足元きをつけ……!?」
「アリスこそ気をつけて」
「……ありがと」
傾いている廊下で転びそうになったところをスフィに支えられつつ、部屋をひとつずつ開いていく。
3番保管室は保管室としては小型で全部で8部屋しかない。1部屋はさっきの人形が専有していた、壊れ物が残っていることは期待しないほうがいいかもしれない。
入り口に近い順から回る。閉まっている扉もカンテラを用いた錬金術の分解(デコンポジション)で鍵を壊して、スフィたちに力を合わせて引いてもらえれば強引に開けることが出来た。
「なんにゃ、あれ」
「……はずれっぽい」
一部屋目ははずれ。大量のホコリと砂が散らばっているだけだ。
「ホコリまみれにゃ」
「次いこう」
気をとりなおしてどんどん探索を進める。知ってる物が出た時の説明を考えながら。
人形を2部屋目と数えて飛ばして3部屋目。ホコリすら無い空っぽだ。
「からっぽ?」
「……なんもないにゃ」
ハズレの連続でスフィたちのテンションがどんどん下がっていく。ぼくのほうもちょっと焦りが出てくる。
どうやってここにこれが来たのかはわからないけど、置いてあるものの風化具合から見て経過時間は1000年そこらじゃない。残っているのか、残っていても無事に使えるものなのか不安が残る。
「ここ調べて意味あるにゃ?」
ノーチェの疑問に答えられないまま、こじ開けて4部屋目。
……当たりだ。
「あ、なんかあるよ」
「にゃんだこれ?」
床に落ちているのはつるりとした、塗装したプラスチックに似た物質で出来た銃。サイズはショットガンを大型にした、ゲームに出てくるような両手で抱えて撃つタイプの銃砲だった。
1本は半ばで砕けて、もう1本はひしゃげて部屋の片隅に。
だけど1本だけは、壊れずに残っていた。
アメリカ支部が墜落したUFOから回収したっていうアンノウン、解析不能な物質で出来た超兵器。専用の弾丸を装填することでビームが撃てる、要するにビームライフルだ。
威力の小さい弾を連射できるマシンガンモード、通常モード、一発で弾丸の全エネルギーを打ち出すフルバーストの3つのモードがある。
回収できた数がかなりあった上に、アンノウンの中では比較的取り扱いが簡単。緊急用の防衛装備として色んな支部が交渉して手に入れていた。
「それ武器、かなり強力な」
「……本に載ってたにゃ?」
「うん」
ノーチェのジトッとした目がぼくを見据える。今度は覚悟が決まっていたから、まっすぐ見返すことが出来た。申し訳ないけど、しばらくはこれでゴリ押しさせてもらう。
「ま、いいにゃ。どのくらい強いにゃ?」
「そうとう」
戦車を貫通すると言ってもたぶん伝わらないよね……。
頑丈そうな化物だったけど、いくらなんでも戦車の装甲板重ねたものより硬いってことはないと思いたい。
弾丸は……良かった、部屋の中に何個か残ってる。
「スフィ、貸して」
「だいじょうぶ?」
無事だった一本を持ち上げてしげしげと眺めていたスフィから両手で受け取って抱えると、ずしりとした重さでよろけた。
いや重……まともに扱えるのかこれ。でもぶっつけ本番でぼく以外に使わせるわけにもいかない。
試し打ちはだめ、万が一見られたらチャンスはなくなる。あいつが余裕ぶって嬲っていたのは、きっと対抗する手段が無いことがわかっていたから。
殺せる武器があると察したら、きっと狙いをつけさせてはくれない。
打ち出される弾はあいつより速くても、狙いをつけるぼくたちはあいつより遅いのだ。
前に使い方は調べたことがある。本体のロックを外して弾倉を開き内部を確認……機構におかしな部分や破損はない。普通の銃なら推定数千年メンテナンスなしでぶっぱなすなんて冗談じゃないけど、これならいけそうだ。
弾丸も……透明な水晶の中心にあるボタンを押すと、内部で赤い光が渦巻きはじめる。正常な動作だったはず、問題なさそうだ。
装填して弾倉を閉じて安全装置を解除する。フオンという音を立ててメタリックな銃身に赤いラインが走った。
「よし」
「おぉー」
横で眺めていたスフィが感嘆するような声を出していた。
「使えるにゃ?」
「うん、たぶん、これなら通じる」
「……じゃ、渡すにゃ、あたしらが使って」
「ダメ、ぼくがつかう、ぼくのほうが使える」
「あぁ?」
ノーチェに取られる前に早口で言い切る。ぼくはこれを前世で何回か撃ったことがあるし、使っているのを見たこともある。
いきなり渡して使えるようなものじゃない。第一これを渡したら、スフィとノーチェが無茶をする。もう誰かを置いて逃げるなんてまっぴらだ。
スフィもノーチェもぼくの護衛じゃない。仲間なんだから意地でも一緒に戦う。
「アリス、わがまま言わないで……」
「それがどんな武器はかわかんにゃいけど、お前はあたしらに任せてフィリアと逃げるにゃ。強い武器にゃんだろ? 大丈夫にゃ」
信じてるわけじゃないんだろう、少しでも可能性があればって考えと、信じたふりしてぼくを逃がすための方便だ。
ふたりとも10歳にもなってないのに、そんな頭の良さは発揮しないでほしい。
「他にも、なにかあるかもしれないから、まって」
「いいから渡すにゃ、じゃないと力づくにゃ」
「やだ」
取り上げられそうになった銃を必死で抱え込む。そんなことのために見つけたわけじゃない、だから――。
「の、ノーチェちゃん……」
「フィリア、これ取り上げたらおおかみ妹連れて逃げるにゃ、あたしら大きな音立てるから、地上までは……にゃんとかするにゃ」
「う、うん――?」
子供みたいにいやいやとかぶりを振って銃を抱えて座り込む。力が強くてこうでもしないと簡単に奪われてしまう。スフィは気まずそうに目をそらしていて助けてくれない。
「おおかみ妹! いい加減言うこと聞くにゃ!」
「やだ」
「アリス……」
「まって」
フィリアの声でノーチェの力が緩む。咄嗟に銃を抱えたまま床を転げて距離を取る。
ぐ、急に動いたからめまいが……。
「どうしたにゃ?」
「いま、音がしたような」
フィリアの言葉で慌てて耳をそばだてる。ここを見つけた動揺とノーチェとのやり取りで音に意識を払うのを忘れていた。
集中して周辺の音を聞き取る。
「……いる!」
最悪だ、あいつの音がする。亀裂のあるエリアから入ってきたみたいだ、丁度出口を塞がれた形になる。
警戒しているのか慎重だけど、こちらを伺うような動きからして確実にぼくたちを捕捉してる。
「くそっ、いつの間にきてたにゃ!」
「フィリア! アリスをつれて逃げて!」
「アリスちゃん、きて!」
「――!」
咄嗟に声が出せない。くそ、こんなのばっかりかぼくは。
フィリアに銃ごと抱きかかえられ、ノーチェたちと一緒に部屋を飛び出す。
「ヒッ」
顔だけだして様子を伺っていた化物鼬と目があった。しわくちゃの顔がニタアと笑顔のカタチに歪んでいく。
「あたしのダチに手は出させにゃーぞ!」
「アリスには触らせない!」
ノーチェがぼくがさっき瓦礫から作った剣を手に吠える。いつの間にか拾っていたらしい。
スフィがひしゃげた銃を武器代わりに両手で抱えて、化物を睨んでいる。
ふたりとも脚が震えてるし、しっぽだって股の間だ。
怪物は嗜虐的な笑みを浮かべて、ふたりの様子を眺めている。
もう打つ手は……違う、そうじゃない。ぼくが抱えているのはなんだ、頭を動かせ相手をちゃんと見ろ。
奴の意識はふたりに向いてる。直線の通路で、武器を構えて待ち構えるふたりだけに。
「フィリアッ」
「アリスちゃ……」
「支えて!」
「!?」
あいつの獲物は、今は活きの良いふたり。
思えば最初に遭遇した時、あいつは即逃げたぼくたちよりも、武器を持って挑んできたあのおじさんを優先した。女子供を獲物と見て執着している割には、優先順位が少しおかしかった。
底知れない悪意、なぶるような行動。
なるほど、抵抗せず逃げ回るやつより挑んでくるやつをいたぶる方が好みかよ。
反吐が出る習性に感じる怒りを抑え込んで、静かに肺に空気を取り込む。
「おねがいフィリア、身体を支えるだけでいい」
「え、あ、ぅ」
強く言えば、流されるようにフィリアが脚を止める。
フィリアの身体を背中の支えにして視線を前に集中する。
石剣で切りかかったノーチェの一撃が腕で弾かれる。体勢を崩したノーチェの脇腹を化物の手が払った。
「がひゅっ」
鈍い音を立てて飛ばされたノーチェが床を転がる。
まだだ。
ノーチェを守るようにひしゃげた銃を使って化物の手を殴ったスフィが、返す手で払い飛ばされ壁に激突する。
力なく落ちたひしゃげた銃が、床に落ちて乾いた音を立てた。
まだだ。ランタンで作った影をスフィとノーチェのもとへ飛ばす。
化物がニタニタと笑みを貼り付けて、立ち上がろうとするふたりを睥睨する。まるでどっちから食べようか選んでいるかのようだった。
まだだ。
口の中に血の味が広がった。
「あ、ぁ……」
たいちょーさんが言っていた。『冷静さは武器だ』って。
内心に浮かぶ怒りに反して、思考は異様に冷えていた。大事な人が目の前で傷つけられて、怒って飛び出すことも出来ない。それどころか冷静に機を待てている。
自分が嫌で仕方ないこの冷静さも、守るための武器になるならいくらでも使ってやる。
どちらを嬲るか決めたようで、化物がスフィに顔を向ける。
覗き込むように顔を近づけて、わざとゆっくり手が伸びる。スフィの怯えた顔に涙が浮かぶ。ノーチェが喉が張り裂けそうな声を出して手を伸ばしてる。背後でフィリアの悲鳴が聞こえる。
「――『
薄く細く飛ばした影で作った錬金陣。スフィの背後に貼り付けたそれから、魔力が伝わって壁がせり出す。
勢いをつけて飛び出た壁の一部がゴツッと化物の顔を打った。
「おい、鼬やろう」
腹の立つ笑顔の消えたそいつが、ぼくを見た。むかつくよな、一番いいところで邪魔されたんだもんな。
「こいよ雑魚、遊んでやる」
恐怖を無理矢理押し込めて、不敵に笑みを浮かべてみせる。頭に思い浮かべるのはたいちょーさん。ぼくの知る中で、一番強くて頼れる男。
挑発して思考を奪え、自分の都合が良いように相手を誘導しろ。
こいつの知能が高いことはわかってる。最高の瞬間を邪魔した生意気なクソガキを放ってなんておけないよな。
フィリアに体重を預けながらフルバーストにレバーを入れ、トリガーを押し込みつつ両腕で持ちあげ銃口を向ける。
壮絶な笑みを浮かべてこちらに向かってまっすぐ駆ける。廊下の距離なんて数メートル程度、あっという間にゆがんだしわくちゃの顔が眼前に迫る。
もう逃げられない。
カチリと、手元で音が鳴った。
目の前を赤い閃光が走る。きょとんとした表情の鼬の頭部が頭の上を通り過ぎていく。一瞬遅れて、ちぎれた6本の腕と下半身の一部がぼくたちの横を飛んでいき、背後で壁にぶつかる音を立てた。
視界には、焼ききれて大人が余裕で通れそうな穴の空いた正面扉。壁際で倒れながら目をまんまるにしてしっぽの毛をぶわっと膨らませているノーチェと、同じようにへたりこんでこっちを凝視するスフィ。
背後の音を探っても、もう動く気配もない。
「ふ、ぇ」
「――しんど」
フィリアが尻もちをついた勢いでぼくもへたりこむ。持っていられず手放した銃がカランと音を立てた。
射線からふたりが離れるタイミングを待ってヘイトを取って、意識をこっちに集中させたところで反撃で一撃必殺。
綱渡りもいいところだ、勝算があるといってもひとつでもミスってたら取り返しのつかない事態が起こっていた。
もう二度とやりたくない。
だけど……やってみせた。
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