第0セクター 3番保管室

「ん……?」


 突然の崩落の後、どうやら気絶していたらしい。


「す……こほっ、のー……けほっ」


 まずい、叫んだせいで喉がやられてる。呼びかけたいけど声がでない。仕方なく身体を起こして周辺の気配を探る。


 身体を起こそうと地面に手をつくと、濡れた石の感触が返ってくる。目が慣れてくると、溜まった地下水の中に瓦礫の山が出来ているのが見えた。


「す……ごほっ」


 これが全部落ちてきた瓦礫なら、3人は……。


 血の気が引く感覚を覚えながら何歩か歩いて、ふと気づく。


 天井を見る。暗闇が続いて見えないけど、落ちてきた場所が見えないくらい高い。そんなところから落ちたんだ。


 だとしたら一番危ないのはぼくのはず、体力的にも肉体強度的にも運動神経的にも助かるわけがない。


 身体は普通に動く、濡れて寒いけど別に痛みもない。


 理由はわからないけど、ぼくが無事なら3人が無事な可能性も高い。そうであってほしい


 そう信じて歩き出そうとする。


「!?」


 その矢先、突然水の中に蒼い光が灯った。驚いて足を止めて、目を慣らしながらそこを見つめる。


 水の底にカンテラが沈んでいた。蒼い炎が揺らめくとともに、映し出された影がうごく。


 はじめてみる不思議な現象、不思議な道具。その炎を見つめていると、何故か胸が熱くなるような懐かしさを覚えた。


「……?」


 惹かれるように手を伸ばすと、水の中からカンテラが浮かび上がる。


 蒼い炎は確かに強い光を放っているのに、手をかざしても熱を感じない。


 意思があるかのごとく近づいてくるカンテラに手が触れる。


 実体がある、確かな感触が指に伝わる。炎を包むフレームは金属のように頑丈で、指で触れてもびくともしない。でも紙のように軽くて、冷たさを感じない。


 ぼくが持つのが当然みたいに手に馴染む。


 一体なんだろう、これは。


「……アリス?」

「す……ふぃ」


 カンテラに気を取られてるところに、いま一番聞きたかった声が聞こえた。


 咄嗟に振り返ると、瓦礫の上に座り込んだスフィが眼をまんまるに開いてぼくを見ていた。


 明かりのおかげでハッキリわかる、汚れまみれでびしょびしょだけど、怪我はない。


「よか、った」


 胸の中を安堵が満たす。無事でいてくれてよかった、失わずに済んでよかった。ほんとうに、よかった。


「だいじょうぶ!? アリス!」

「すふぃ、こそ」


 瓦礫の上を飛び越えて、スフィがぼくを抱きしめる。水で冷えきった身体は冷たくて、でもくっついていれば温かくて。


「スフィはへいき、ノーチェたちは?」

「まだげほっ、みてな、さがさ、ないと」


 あとはノーチェとフィリア、一緒に落ちたから絶対いるはずだ。幸いというべきか照明はある。


「ん、んん……にゃ?」


 手を高くあげて周囲を照らすと、黒い瓦礫の上に寝そべっているノーチェとフィリアの姿が見えた。


 ノーチェはスフィの居た位置に近くて、フィリアはぼくが目を覚ましたすぐ近く。瓦礫を挟んでいたから気づかなかった。


 見る限り怪我はない、呼吸もちゃんとしてる。


「ふたりとも!」


 よかった、ほんとうに。


「おおかみ姉と妹……? まぶしいにゃ、ここは?」

「わかんない、いきなり地面がずごーってなって、きづいたら明るくて……」

「あたしらよく無事だったにゃ」


 瓦礫の山を見渡してノーチェが呆れたように笑う。本当に、奇跡みたいな話だった。


「とりあ……にゃああああ!?」

「ノーチェ!?」


 ノーチェが立ち上がろうとしたところで、寝そべっていた黒いものが蠢いて煙のように消え去った。直後にどぽんと音を立てて、ノーチェが水の中へと落ちる。


 慌ててスフィが手を差し伸べてたけど、どうやら深くはないみたいだ。


「ふぎゅっ!?」


 ハッとしてフィリアの方を見るとそちらもやはり黒い塊が消えて、段差から落ちたみたいになっていた。


「なんにゃんだ一体!?」

「ほら、手つかんで」


 ノーチェの方はスフィに任せて、後頭部を押さえるフィリアの様子を見る。


「フィリア、へいき?」

「う、うん……いたた、ここどこ?」


 ひとまず全員無事なのがわかって何より。



 察するにここは地下遺跡の更に奥で、あの時噴き出した黒い何かの正体はわからない。そんな話を交えながら、ぼくたちは瓦礫の上で身体を休めていた。


 調べた限り近くにあの鼬の気配はない、おそらくあの黒い物に巻き込まれないように逃げたんだろう。あんだけ悪意満載なら知能は相応に高いはず、しばらくは警戒して近づいてこないはずだ。


「だから、あたしらが囮になって逃げ回るから、その隙に」

「や、やだよ、私やだよ、もうあんなの……」

「またあいつに追いかけられたら逃げられないよ、スフィたちは大丈夫だから、フィリアはアリスのことを」

「でも……でも……あ、アリスちゃんも何か言ってよぉ」


 隣で逃げ方を相談しているスフィたちのなかで、もう一度仲間を置いて逃げる決断なんて出来ないとフィリアが泣きそうな声でヘルプを求めてくる。


 もちろん、ぼくだってふたりを犠牲になんかする気はない。もう二度とあんな思いはしたくない。


 一度感情を爆発させたせいで、なんだか頭の中がスッキリしていた。


 前世の影響を引きずってしまっていたのか、感情や行動を抑えて指示に従うのが癖になっていたんだ。そうしないと、表向き平和な世界でアンノウンがどんな被害をもたらしてしまうかわかったものじゃないから。


 だけど、こっちには魔術を使う動物が居て、人間だって超常の力を操る。前世で隠さなきゃいけないものが、こっちでは当たり前のように社会に存在している。


 ぼくはみんなの護衛対象じゃないし、収容されてなきゃいけないものでもない。


 我慢する必要も、隠す必要もなかった。もう迷わない。


「スフィがげほっ、のこるなら、ぼくもけほっ……のこる」

「だめだよアリス、お姉ちゃんの言うこと聞いて」

「やだ」

「お姉ちゃん命令!」

「けほっ……拒否」

「むぅぅぅぅ」


 ぐるるると牙を剥いて威嚇されるけど、いくらスフィの言うことでもこればかりは聞けない。死ぬ時はスフィの隣だってもう決めた。二度とあんな思いしてたまるか。


 でもぼくだってわかってる、ひとりで走り回ることすら出来ないぼくのわがままは黙殺される。


「ていうかさっきから何してるにゃ?」

「実験」


 感情が爆発するのと同時に噴き出した黒いものと、その真下にあった妙に馴染む不思議なカンテラ。


 そこに関係性が無いと考える方が不自然だ。


 実際に手で持って『もっと燃えろ』と念じてみると、炎が強まりゆらゆらとうごめく影が濃くなる。


 今度は頭の中に黒い兎や子犬の姿を思い浮かべると、揺らめいていた影は考えた通りの形になった。質量的には紙のように軽いけど、触った質感は金属に近い。フレームに使われている金属と同じような性質を持ってるんだろうか。


 とにかくこのカンテラは熱のない蒼い炎を灯して、それが照らし出した影を持ち主が思い描く通りに操れるアンノウン……こっちでいうところのマジックアイテムらしい。


 マジックアイテムは出自や来歴と能力によって神器、宝具、魔具と分けられるそうなんだけど、これがどこに該当するのかは不明。


 人間が作れるものが魔具と宝具で、神話の時代に神が鋳造したものが神器と呼ばれている。


「なにそれ」


 スフィが影の動物たちに手をのばす。頭の中で本物の動物の動きをトレースして真似させると、きゃあっと甲高い声があがった。


「何にゃこれ」

「このカンテラの効果、たぶんマジックアイテム」

「マジにゃ!? ちょっと貸すにゃ!」


 興味津々のノーチェにカンテラを手渡そうとして、ノーチェの手が空を切った。


「……にゃ?」


 手放した傍から空中に浮かんでいるカンテラにノーチェが手をのばすものの、何度やっても通り抜ける。


「……なるほど」


 今度はぼくが手を伸ばすと、普通につかめた。


「スフィ、ちょっと触ってみて?」

「これに? ……あれ、さわれないよ?」


 スフィに試してもらっても手が通り抜ける。念の為フィリアにもやってもらったけど同様だった。


 許可を出すと念じてみても無意味、どうにもぼくにしか触れないらしい。映し出す影の方はきちんと実体があるのに。


 まるで……まるで、何だっけ。なんだろう、ここまで出かかって。


「それで何ができるにゃ?」

「それを考え中」


 炎を灯すのに魔力が必要だけど、操るのには殆どいらないみたいだ。思いつくままに形を変えて動かせる。


 ただどうにもぼくの魔力で作れる炎だと、作れるサイズは今やってる子犬と子うさぎ1体ずつが限界みたいだった。


 組成はおそらく噴き出した大量の黒いものと同じもので、落下したぼくたちを守ってくれたんだと思う。じゃないと、あの高さから瓦礫と一緒に落ちて無事な理由が説明できない。


 実際にあのとき噴き出した闇と、このカンテラで作り出せる影の質感はよく似ていた。


 でも出力がぜんぜん違う。あれを全部操れるのなら話は違ったけど、これだとあまり……。


「つくれるの、ワンちゃんやうさぎさんだけなの?」


 多少気が紛れるのか、影で作った子犬を抱き上げたスフィが隣に座る。


「ううん、ごほっ、イメージ、できるものなら……?」


 ……待てよ、イメージ通りに形を作れるならもしかして。


 記憶の中から、石材用の変形錬金陣を引っ張り出す。瓦礫の材質は密度の濃い黒……安山岩に近いのかな。適応する記号を組み立てると、陣の形に作った影を瓦礫にはりつける。


「『錬成(フォージング)』」


 カンテラで作った影は、魔力を通すパスのような役割も持てるらしい。驚くほどすんなり魔力が流し込まれていく。


 錬金陣を通して魔力を素材に染み渡らせ、それを基点に干渉するのが錬金術の本質。陣が正確であるほど精度があがる。魔力の通りがよくなって、操作もやりやすくなる。


 陣の精度イコール顕微鏡の拡大率やツールの精密さ。イメージを完璧に適用されるせいか、陣の精度が非常に高い。


 下手すると職人に頼んで作ったものより正確かもしれない。


 瓦礫から剣の形にした石を引きずりだす。普通にやると凄く難しい刃先まで再現できた。


 刃渡り40センチほどのシンプルな直剣。手に持つとずしりと重い、子供が扱うにはやや大きいサイズ。


「おぉー!」

「……だめ」


 ノーチェが黒い石剣を前にちょっと興奮しているけど、正直役に立たない。石を研いだ剣の形にしただけ、切れ味だってよくないし本気の戦闘に使ったら数回も叩きつければ壊れる。


 割としっかりした鉄の剣で傷一つ負わなかった、あの化物鼬には到底通じない。


「それで錬金術したの?」

「うん、こほ、錬金術の道具に使える」


 おかげで無力じゃなくなった、でも全然足りてない。小回りが利くようになったけど、この状況を打開できる力はない。


「なら、安心だね」

「…………」


 ホッとした様子のスフィの決意は、変わってない。


「この剣貰っていいにゃ? 使えそうにゃ」

「……ん」


 ノーチェだってそうだ。ふたりは自分が囮になってぼくたちを逃そうとするつもりのままだ。


 このままだとさっきと変わらない。さっきの莫大な力の出し方はわからない。


 死なせたくない、スフィもノーチェもフィリアも、みんな死なせたくない。あんな化物に踏みにじらせたくない。


 今になってようやく、前世で危険なアンノウンの回収や封印に命をかけていた人たちの気持ちが理解できた。


 何か、もっと打開策になるようなものは。


 カンテラが落ちていたんだ、他にもっと何かがあっても……。


「アリス……ちょっと休んだら、スフィたちいくから、そしたらフィリアに」

「スフィちゃん、だめだよ、私もうやだよぉ」

「フィリア、わがまま言うにゃ、お前が一番逃げ脚が速いにゃ。それにおおかみ妹のおかげで武器だって出来たにゃ」

「スフィのぶんもつくってもらうから、ひゃくにんりきだね!」


 耳が良いから、ふたりが強がっていても声が震えているのがわかる。わかってしまう。


 よろけながら立ち上がって、カンテラで辺りを照らす。さっきよりも広い範囲まで。


 ご都合主義でもなんでもいい、何か――。


 蒼い炎に照らされて、それは見えた。ひしゃげて裂けた亀裂のある、つるりとした金属の壁。


 ひしゃげるように裂けた亀裂に、その近くに転がるどこかで見た覚えがある石造りの人形。たしか、ギリシアの何とかって島の遺跡で発見されたアンノウン。


 起動させると穴を掘って石を慣らして、ひたすら迷宮を作り続けるっていう妙な人形。


 なんでこれが、こんなところに。カンテラの位置をずらすと、亀裂の直ぐ側に白い文字が書かれた扉が見えた。


 なんて書いてあるか読める。


 あたりまえだ、見覚えがあるどころか、前の人生で生まれ育った国の文字だ。


「あ、はは……あはは」


 思わず笑いが漏れてしまう。予想を超えるとんでもないご都合主義、とんだファンタジーだ。何かの作為すら感じる。


「アリス、どうしたの?」


 ぼくの乾いた笑いに気づいたのか、スフィが心配そうに寄り添って支えてくれる。


 今は何でもいい、作為的だって構わない。おかげで4人全員で生き残れる希望が見えたのだから。


「――スフィ、ノーチェ、フィリア……けほっ、相談と、お願いがある」

「なあに?」

「なんにゃ?」

「ぐすっ……」


 何事かとみんなが集まってくる。視線は自然と一箇所に集まった。


『第0セクター 3番保管室』


 "日本語"でそう書かれている、前世で何度も訪れた低脅威アンノウン保管庫のひとつ――"オモチャ箱"の扉に。


「みんなでなら、あいつを倒せるかもしれない」

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