幕間 過日の幻
たいちょーと出会ったのは、ぼくが施設に収容されてすぐのことだった。
パンドラ機関日本支部第0セクター。世界中に現れる化け物や異常な力を持つ存在、アンノウンを回収して封印する秘密組織。
アニメや漫画の設定かってツッコミたくなるような組織の保有する収容施設は、地方都市のベッドタウンを丸ごと使って、普通の街に偽装した機密エリアだった。
そこのエージェントに捕まるなり、ぼくはすぐに第0セクターに連れて行かれた。
自分じゃ開られない部屋に閉じ込められて。ぼんやり過ごしていたぼくの前に突然やってきた護衛役の傭兵部隊。
洒落者の外国人に、多国籍の訳あり集団。いつ"処分"されてもおかしくないその人たちは、それを受け入れてなお毎日を楽しく過ごす方法を知っていた。
中でもたいちょーさんは右も左もわからないぼくを巻き込んで脱走騒ぎを起こしかけたり、実験外では禁止されてる他のアンノウンと引き合わせたり。やりたい放題の無茶苦茶をする人だった。
最初は流されるままに付き合うだけのぼくだったけど。いつの間にか、ずっと憧れていた"普通のこども"みたいに振る舞う事ができるんじゃないかって気づいてからは……それが少し楽しく感じるようになった。
色々やらかしてもたいちょーさんが外されなかった理由は、致命的な被害がなかったことがひとつ。ぼくがずっと嘆願していたことがひとつ。
後はたいちょーさん達が歴戦の実力者で、偉い人たちに顔が利いて……いつ死んでも構わない人間だったのが大きい。
アンノウンは危険なものが多い。そんなものをたくさん収容している施設に送られる護衛役なんて、当然のように殉職が前提になる。
だからか、たいちょーさんはいつも結構な無茶をやっていた。
ああいうのを、生き急いでいるって言うんだと思う。
■
その日もまた雨だった。
午前中はすごく天気が良かったのに、午後に入る頃には急に空が曇ってしとしとと小雨が降り出したのだ。
「あーらら、残念だな」
「……うん」
それなりに権限を持っているらしいたいちょーさんは、よく外出許可をもぎ取ってくる。
普段アレだけ悪戯で職員を振り回してるのに、よく平気なものだと呆れていると『危険なので実験許可は出せないが、破天荒な護衛役の軽挙なら多少は仕方ないって考えてる奴がいるんだよ』と苦笑された。
つまるところ、たいちょーさんの悪戯は実験の一環であるらしかった。ぼくはどうにも『アンノウンを制御できるアンノウン』というカテゴリみたいで、重要かつ貴重な実験サンプルだからこそうかつな実験許可は出せないようだった。
その対処法がいたずらを名目に強引に連れ出すなあたり、大人というのは汚いものだと呆れてしまう。
「しゃあねぇ、戻るか」
「やはりイベントを走れと……」
ガシガシと頭を撫でられながら玄関から部屋に戻ろうと振り返る。その直前に、見慣れない車が施設の前に止まっているのが見えた。
「……新しい職員? お客さん?」
「どっちも予定はねぇな……こちらウルフ1、玄関口に不審な車両あり、チビ助を連れて安全地帯へ引く。オーバー」
『ウルフ4ラジャー。オーバー』
どうやら招かれざるお客さんってやつのようだった。仕事の顔になったたいちょーさんの先導に従って、ぼくは施設の中を歩き出す。
「やっぱお客さんじゃん」
「言葉遊びなんざ100年はえーんだよ」
「レニーが英国紳士(ジョンブル)なら皮肉のひとつ言えて当然って」
「島国は島国でもお前はジャパニーズだろうが、ほら乗れ」
エレベーターの扉を押さえるたいちょーさんの横をすり抜けて、小さな箱の中に乗り込む。振り返ったぼくの目に映ったのは、パワードスーツみたいなのを着た集団が玄関扉をぶち破る瞬間だった。
壊れた音と衝撃がここまで伝わってくる。
「無茶しやがるな!? どこの魔術屋(オカルティスト)だ!」
パンドラ機関は異常物品や存在の回収と封印が目的。中には危ないだけじゃなく便利なアンノウンもあるけど、基本的に封印できるものはすべて封じてしまうのがスタンスだ。
でも、世の中にはすごい魔法の道具なら是非とも活用したいって考える人たちが居る。組織は多数あるけれど、総じて魔術屋(オカルティスト)って呼ばれてる連中だ。
相反するふたつの組織のスタンスは当然のようにぶつかりあい、小競り合い自体は割と頻繁に起きていた。今日みたいな襲撃だって数え切れないほどある。あった。
たいちょーさん達みたいな護衛役がなぜ必要になるのかといえば、そういった魔術屋からぼくを護るためだ。
「くそが! あいつらここが"何処"だか解ってやってんのか!?」
慌てて乗り込んできたたいちょーさんが地下10階を押してから閉ボタンを連打する。迫ってくるパワードスーツ軍団が、閉まる扉の向こうに消えた。
一瞬の間を置いて身体を浮遊感が襲う。エレベーターが動き出したらしい。
日本支部第0セクターはちょっと特殊な場所だ。主に日本近辺で発見されたとびっきりやばいアンノウンが送られてくる。
その理由はぼく。
中には自覚してないぼくの能力とやらがあまり通じないやつもあるけれど、大半のアンノウンはぼくのお願いを聞いてくれる。
動物系や意思があるものなら"ともだち"になってくれることだってある。道具系ならぼくを巻き込むような悪影響を発揮しなくなる。
ぼくがここに収容された原因もそのあたりにあった。
はじめて組織の人間と遭遇したのは5歳位の頃。数ヶ月留守にしていた母親が久しぶりに帰ってきたことで、アパートに居られなくなったから飼い犬と一緒に街をふらついていた時だ。
当時のぼくの飼い犬がどうやらアンノウンに該当する存在だったみたいで、ふらつくぼくを見つけた機関の人間にまとめて確保されてしまったのだ。
家には居づらかったし、後で聞けば母親はぼくたちが行方不明になってホッとしてたみたいだから、今考えると渡りに船だったのだとは思う。
行き場がないぼくにとっても、母にとっても。
そんな訳ありな子供が、今では立派な引きこもりのオタクゲーマー。自分の能力を対価に便宜をはかってもらいまくっている。たいちょーさんと出会わなかったらどんな風に育ってたんだろう。
「奴さんたち、よっぽどうちのチビ助が欲しいらしい」
「モテ期ってやつ?」
「羨ましいね、まったく」
懐から出した拳銃のセーフティを外しながら、たいちょーさんが軽口をたたく。大人にはこういう時こそ余裕ぶった態度が必要なんだそうだ。
ぼくが精神的に落ち着いている限り、アンノウンは安定して人間に対し比較的友好の兆候を示すようになる。
昔は視界から外れた瞬間に高速移動して人間の身体をへし折っていた石像が『だるまさんが転んだ』をしたがるだけになったり。
人間を食べる化け物が比較的人肉食を抑えるようになったり。利益はあるけど問答無用で死に繋がる結果を齎していた道具が、かろうじて利益だけをもたらすようになったり。
そういう存在を扱う連中にとっては、ぼくは保有しているだけで有益なのだ。
ま、物事はそんな単純じゃないんだけど。
ぼくが安定していることが条件なら、脳に外科的に電極を埋め込んで常に平静を保たせるようにすればいいって主張する研究者の人がいた。
もちろん第0セクターの研究主任さんも含めて、『失えばもう二度と手に入らない生体なんだぞ』って反対する人もいたらしい。
揉めに揉めた結果、護衛交代の隙をつく形でぼくは強引に薬を打たれ、手術室へ連れて行かれるはめになってしまった。
件の研究者は結果さえ出せば周りを納得させるのは容易いって考えていたようだった。
それは別に間違っている訳じゃなかったんだろう、実際に成功していれば不問に処される可能性もゼロじゃなかった。
こっちとしてはデリケートな部分を弄るからって、意識を保ったまま頭を割られるという非人道的な処置に恐怖で震えていた訳だけど。
反応を確かめるために全身麻酔は避けられ、意識を保った状態で手術の準備を見せられていたぼくは、幼さもあって半狂乱になってしまった。当時はまだ7~8歳くらいだったんだから、無理もない。
その結果、第0セクターは一時半壊した。
飼い犬のクロをはじめとした"ともだち"はもちろんのこと、ぼくの恐怖に呼応した一部の非人間型のアンノウンが暴走。それに追従する形で様々なアンノウンが脱走をはじめて、セクター内は大暴れの百鬼夜行だ。
恐怖で気絶したぼくが目を覚ました時には、たいちょーさんに抱えられて暴走するアンノウンから逃げ回っている最中だった。意識を取り戻して、保護者の手元に戻ったおかげで落ち着いたからかろうじて暴走こそ鎮圧されたものの……被害は甚大。
判明している限りで死亡者は数十名、行方不明は千人以上。存在していた記憶ごと塗り替えられた数を含めれば被害者はもっといる。
追加で送られた機動部隊も壊滅状態。暴走したアンノウンの約半分は脱走したまま行方がしれず。
騒動の原因でもある責任者含めたスタッフたちは手術室の瓦礫の下から残骸が発見された。暴走が沈静化するまでその状態で生きていたようだった。
まさしく惨劇。そうとしか形容できない爪痕を残して、以降ぼくに対する機関からのアクションは最小限に留められるようになった。
副産物として、事件以降ぼくの嘆願がもの凄く通りやすくなったのもその影響だ。被害を考えると到底喜べないんだけど。
ぼくは不必要に心を乱せない。うかつな行動もできない。
何かがあれば、呼応するアンノウンたちが暴れてしまうから。
たとえ、仲良くしてくれる護衛役のひとたちに何があったとしても、心を平静に保たなきゃいけない。
「いくぞ、遅れんなよ」
「わかってる」
エレベーターがようやく目的の階についた、扉が開いて白い通路が見える。拳銃を構えたまま先に出て、通路を確認するたいちょーさんの後に続く。
ぼくの部屋に辿り着くと、護衛役のひとたちがみんな集まっていた。
みんな優秀な護衛だ。今日もいつもどおりに撃退して終わるだろう。そう思いながら、自分の部屋に入ろうとして――轟音と共に地面が揺れた。
■
「アリス、だいじょぶ?」
「……ん」
目を開けると、スフィが心配そうにぼくの顔を覗き込んでいた。また夢を見ていたらしい。
「うなされてたよ」
「……やな夢、見たから」
スフィが頭を撫でてくれる、それに一瞬泣きそうになって、ぎゅっと唇を引き結んだ。
本当に嫌な夢だった。前世の、ぼくが死んだ日の夢だ。全部は思い出せないけれど、すごく嫌なことがあったことはわかってる。
あの日も今日みたいな雨だった。
崩れた天井から覗く空は灰色の雲で埋め尽くされていた。まだ雨は止みそうもない。
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