竜騎兵、トニ・クラマー

 あたしが嘘をつくのは、本当のあたしなんて誰も望んでないから。この話もほとんど本当のことなんてない。


 みんなだってそうだ。

 本当の現実なんて受け入れたら生きていけない。あたしが半生を過ごしたスラムではみんな嘘をついた。


 干魚売りの露店は尖塔みたいに魚を積み上げてた。嵩を増して、本当は蛇の死骸と半々なのを隠すため。

 借金を踏み倒すために金貸しを殺した奴は、妹を娼館に送られたからだと嘘をついた。本当は金欲しさに自分で売ったくせに。

 たまに王都で捨てるはずの屑肉を売りに来る奴らがいた。犬猫の餌に、とみんな買った。本当は自分で食べるし、犬なんてほとんどいないのに。

 貴族の男を刺し殺した女は、将来を約束したのに裏切ったと泣いた。本当はどっちが嘘をついたかはどうでもいい。



 みんな嘘をついて生きていた。

 だから、雪の降る路地裏で会ったあの娘の言うことも最初は嘘だと思った。


 本当は自分は王家の血筋だなんて、娼婦の決まり文句だった。

 汚れた髪と落ち窪んだ目、傷だらけの裸足。どこから見てもスラムのガキだった。

 でも、泥を落とした肌は真珠みたいに綺麗だった。パンの一欠片も半分あたしに分けてくれた。ひと口ずつ千切って口に運ぶ食べ方はどう見てもスラムのガキじゃなかった。

 おまけに擦り切れたコートの下で見せてくれたブローチは、朝日をそのまま固めたような本物の宝石だった。



 あたしがあの娘と友だちになったのは善意じゃない。

 あの娘が死んだとき、ブローチを独り占めするため。他の奴らに取られたくなかったから。

 盗みのやり方を見せてあげた。高級な香水の瓶に河の水を詰めて高級娼婦人に売る詐欺も教えてあげた。パンを盗んで捕まったときも代わりに殴られてあげた。

 あの娘は本当の好意だと勘違いしたみたいだけど。



 何もあたしが与えてばっかりだった訳じゃない。

 あの娘は綺麗な嘘を教えてくれた。


 あの娘の国では竜と人間がスラムのひとたちなんかより、ずっと高貴に親密に共生してたらしい。

 国民は皆ひとり一騎竜と契約してるんだって。

 岩壁の砦は竜の巣穴で、人間も一緒に暮らしていて、扉の代わりに色とりどりの織物がかけられてるんだって。

 夕暮れ時には巣に帰る竜が空を染め上げて、夕陽を鱗が反射して、赤い花が降り注ぐみたいに見えるんだって。

 王家の人間にしか従わない、明星という名の竜がいるんだって。

 その竜と契約したら、胸に稲妻みたいな痣が浮かぶんだって。

 あの娘はそれを見せてくれた。



 全部本当だったかもしれないけど、あたしにはわからない。

 金持ちの子どもが寝る前に読み聞かせてもらえる御伽噺が、あたしの夜に遅れてやってきたようなものだった。何の足しにもならないけれど、ひとを騙すためじゃない、綺麗な嘘。


 嘘をつかなきゃ生きていけないけど、嘘だけで現実は生きられない。



 あの冬、スラム街に大雪が降った。

 みんな病気で死んで、路面の氷は倒れた人間の形に固まった。

 香水を買う娼婦も死んだ。怖かったパン屋は嫁が死んでから店を開けなくなった。

 怒号と猥歌と泣き声が響いていた路地裏は、雪の降りしきる音だけになった。


 そして、ひとりの少女がゴミのように死んだ。

 もう片方の少女は生き残った。

 生きていくために、御伽噺で聞いた竜に乗る戦士になった。

 それだけは本当。



 ドラゴンライダー、トニ・クラマー。

 騎乗する竜の名は“啄ばみ嵐”フルフル。

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