18.「零の血雪」②

                  ・


2555年。旧世界日本に終わりを告げ、新世界「日叛」が生まれた。

記憶をつかさどるラプラス粒子の発見と記憶の管理を担う人造機器の開発。

遺伝子分野全ての知識を結集させた完全複製体デコイ。

その二つを組み合わせたラプラスシステムによる転身によって彼女の「永遠」は達成された。神のAI、ATAによる統制とAI社会の完全確立によって人類は死を超越した新人類へと昇華したのである。


 しかし、誰もが疑問に思ったのではないのだろうか?


少女が、前首相の娘であるだけの彼女が、一体どのようにして人々を先導したのか。

ただの少女が国一つを動かす権力を、どのようにして手に入れたのか?


『————————まず、皆様に一つお詫び申し上げる』


それは30代半ばの彼女。

15歳ほどの容姿をした乙女が、公の場に現れた直後に放った台詞だった。

当時、国からの重大な報告ということしか聞かされていなかった人々は「何事だ?」と全員が疑問の表情か、もしくは首を斜めに傾げていたに違いない。けれども、見れば見るほどに彼女の纏う空気は、電子の波を越えて見るもの全てに伝播していき、彼女が大衆の心を掌握するのに時間はそう掛からなかった。


 映像はどこかの部屋から中継されており、謝罪会見等で見る安っぽい会議室でないことだけは明らかだった。まず目につくのは上等な赤い絨毯。一足踏み込めば雲の上を歩いていると錯覚しそうな毛並みと、その色艶から溢れる高級感が部屋全体の格式を高いものだと印象付ける。周囲に窓はない。大量の本を蓄えた棚の数々が壁を覆い、二列に並ぶ黒漆のテーブルは一定の距離間を保ったまま平行に配置されている。机上に置かれた燭台には火がくべられており、左右に灯されたそれはまさしく最奥に座す彼女の席へと導くしるべのようであった。


『私の名前は血戦嶽雪花菜きらず。前首相、血戦嶽ひとしの娘でございます』


 ちなみに実年齢は3●歳です、と。

その後にこぼした彼女の言葉に民衆は動揺を表しつつ彼女の次なる言葉に注目していた。


『そして…今日より血戦嶽家当主となったことで皆様に一つご報告させていただく機会を設けさせていただきました』


それから「こちらに‥」と画面の向こうにいる誰かを呼ぶ。

数人の足音が聞こえ、画面内に———彼女の背後に現れた者たちに人々は目を丸めることになる。


 最初にあらわれたのは現天皇と皇后。

 その御子息・御息女と上皇夫妻を加えた皇室の面々。


かつて400年以上前に起きた小隕石群の落下。人類を滅亡の危機に陥れた大厄災『神の撃墜』以降、矢面に立ちながらも各国と協力し、今日に至る人類の復興を果たした英雄の家系であった。


〈 我々、天皇家は、国民の皆々様に嘘をつき続けておりましたことを此処にお詫び申し上げます。〉


上皇陛下の御言葉と共に、その英雄の子孫たちが「血戦嶽雪花菜」と名乗る少女と頭を下げているのだから当時の民衆は訳が分からなかったのだろう。

人類を救ったはずの英雄が、我々凡人たちに何を謝罪するというのか。

たとえ400年も昔のことだとしても彼らへの尊敬は変わらず在り続けたというのに…。


国民たちの疑念や困惑は、次に続いた彼女の言葉によって一斉合切打ち払われることとなる。


〈 かつての「神の撃墜」以前、私達は人類に起きた大変革・・・・・・・・・に際して一つの決断を致しました。それは国の象徴たる天皇家の存続のため、人類を平定し正すため。…理由は多々ございますが全ては皆々様の生活を守るためでございました… 〉


   ———簡潔に述べさせて頂きますと———。


それから続く上皇陛下の御言葉に、400年も隠され続けてきた秘密に、人民は傾注した。


【 我々、現天皇家はすべて偽りのもの。本当の天皇家を御守りするために祀り上げた影武者でございます。そして————こちらにおわす「血戦嶽家」こそ、正真正銘、本物の天皇家であり、皆々様を大厄災から救い上げた御方々の末裔。現御当主であらせられる血戦嶽けっせんだけ雪花菜でございます。 】



あるべく席に戻ったこと。400年以上秘め続けた真実を告白したこと。それこそが、少女が、血戦嶽家の当主となった彼女が用意した最初にして最大の切り札。

元来のカリスマに、精練された知識。そこに天皇家という「権力」と英雄的背景が重なったことで彼女は…血戦嶽 雪花菜は「零の血雪」の異名を形にした。


自らを犠牲にする一つの倫理を人類に踏み超えさせ、国名〈日本〉を「日叛」と改める。


 〝 日にそむく 〟


お天道様や太陽や日の丸といった既存のもの、生の営みという「正しさ」に叛旗を翻す行い。彼女の決意を、願いを表した名前・・

エゴを貫くことを、もう二度と後戻りしないことを誓った命名であった。

…それが矛盾を孕むものともつゆ知らずに。


                  1


求め、努め、阻まれ、留まり、迷い、縮み、凹み、沈み、滞って、二度たび求めて跳躍す。浮き沈み、縮み伸びて、辿り着いた果て。届き掴んだもの。「想い」の積み木を組み立てて形作られたものこそが「願い」だと‥ボクは思い知らされた。

『私の世界をどう思うか?』

その質問が意味することを知りながらもボクは違う答えを切り出していた。


「ボクみたいな奴は生きづらいかもね」

創造した首の赤帯を指さしながらの皮肉。かつてのボクの憂さ晴らしのつもりであったが、思いのほか彼女には答えたようで、


「うむ。より良い生を送って頂けるよう最大限の支援はさせて頂いているが…良い生を決めるのは私ではなく赤帯の方々だからな。よかったら君の意見を参考にさせてはくれまいか?」

‥などと、真剣に答えられてしまったためにボクも真面目に返答を考えることにした。


「そもそも…どうしてデコイ不作成者なんて生まれてしまうんだ?」

  ボクは特別として。

「それはトリ…桃李杏仁あんにんによると、本人のDNAと成長復元液との相性によるものらしい。君も知っているだろう。デコイというものは成長を促進するカプセルで管理されていて、デコイの肉体年齢をある程度設定することができる。そのカプセルを満たすものが成長復元液と呼ばれるもので、この薬液との相性が…というよりも反発反応が出てしまうと細胞の復元ができなくなるのだ。」


 複製ではなく復元。一つの真実が見え隠れする。


「ところで、なんで赤帯なんだ?」


転身の数に応じて首の帯の色を変える。これによって人が人を見る判断基準に帯の色が追加された。容姿・体型・服装・帯の色…と順番はどうであれ、この首に巻かれた帯の色で判断されるというのは気味の良いものではない。

空手でいう白帯や紫帯や黒帯といった一種の階級を示すものとは違い、この首の帯は「死んだか/死んでないか」「死ねるか/死ねないか」という死の「有無」と「不可」を明かすものだ。ましてやデコイの肉体年齢を調整できるのであれば、白帯の老人(実年齢20歳)に敬意を払うということも起こりえるわけで。精神と肉体のズレが起こる以上、礼儀も敬いも糞もない。

現状の黒帯や紫帯が「なにやらヤバい奴」というだけで、これがあと数世紀続けばよく見るものとなるだろう。


 白・黄・緑・青・黒・紫。そして赤。

 この赤色にどのような意味があるのかと、ボクは何となく問いかけた。


「そうだな。表向きは頑張り者マークのような意味合いだが・・」


障がい者を頑張り者と言い表すのは初めて聞いたが、不思議とボクは解釈することができた。何が起こるのか分からない世界・社会・現実にリアクションしながらも適応しおうと試行する彼らは確かに「頑張り者」と呼べるのかもしれない。


「・・その本来の意味は「日の丸」だよ」

「日の丸?」

「ああ、私を初めとする人類——君が言うところの「かれら」にあたる人々は日に叛いている。けれど、君や赤帯の方々は限られた時の中で生きる本当の人類‥生物としての正しさを抱いた生物的に真っ当な人間だからな。そうした敬意の念を込めて私は赤を選んだ」

「真っ当な人間…」


限られた時の中で生きること。それが人類の為してきた当たり前の営みで、本来あるべき正しき姿。けれど、これから数十年・数百年と時間が経てば本当の人類はいなくなり、永遠の時を生ける新人類が自然と「本物」にすげ変わる。


————…そうなった世界の人々は本物の「死」を何と捉えるのだろう?


ちょっと変わった睡眠と思うかもしれないし、電子機器のアップデートのようなものだと捉えられるかもしれない。人間は機械のようになって、いつか自分で電源を落とすという終わり方もあるのかもしれない。…時おり「やっぱ止めた!」なんて子どもみたいにふざけてみたりして。


「それに赤は格好良いだろう?」


 …最期のは要らなかったな。

首を曲げながらもボクは小さく胸に手を当てていた。


「…お前の世界は悪くないと思うよ」


 少しいびつではあるけれど、人が自由に生きられる世界だと思う。

身を粉にする献身。瞬く間に過ぎる煌めきの追求。自らの存在証明。生殺与奪を問わない異常な愛。踏みとどまる惰性‥‥その全てが彼女の「永遠」の中で生み出されたものであり、かつて真っ当な人間であった者たちが起こしたアクション/リアクションであった。


…けれど、やはり人間の本質は変わらない。


無限の生という人間の在り方が変わろうとも結局のところ人間という動物の醜さと美しさと間違いは変わらなかったのだ。


「‥だけど、一つだけ疑問がある」


今度は真正面から、ボクは彼女に尋ねることにした。


「———お前は今の世界に満足しているのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る