14.「隠れ蓑」②


これはボクが望んで踏み出した旅。

記憶の主が人間か否かなど些細なことだ。


『本物か/偽物か。それはさしたる問題では‥‥ありません』


ボクを連れて(実際には記憶の主特有の引力で引っ張って)プラナリアは数あるプラントを通り抜けていく。ただ引かれているボクからすれば、同じような建物に出たり入ったりするので正直気が狂いそうであったが20番目のプラントを抜けた辺りで突然違う景色が現れた。


「宇宙…」


大小様々な星々と静かな漆黒。

それら全てを総じた本物のそらがボクの視線を引きつける。

「きっと無数に点在するブラックホールのせいかもしれない…」などと、少しロマンチストな想像が浮かび始めたところでボクはプラナリアに尋ねた。


「君は一体誰なんだ・・・・

『———————————』


角柱の体は何も答えない。

まるで電源が落ちたように力無く俯いていた。


「———————っっっ!!!」


直後、ボクの身体が凄まじい引力によって引かれ始める。

トップスピードのジェット機に貼りつけられたような、今までの比にならない勢いでボクの身体は壁という壁をすり抜けていく。



・・・・やがて引力が収まったころ閉じていた目を開くと。


「試験管立てみたいだな」


先程までいた人堆肥プラントが遠い宇宙空間に小さく浮かんでいた。

基盤となる骨組みに20以上の円柱のプラントが挿入されており、その全容は試験管立てを想起させる構造であった。



『———君の質問に答えよう』



声の下へ視線を落とすと、別のものがボクの視線を奪った。


静かなる青海と渦巻き点在する雲海。

緑碧と雑多な白の大地。

太陽から放流された光の大束が地を照らし、

影には人工灯の花々が燦然と咲き誇る。


「地球…」


そして、ボクと地球の間にの者はいた。

だが、その姿はプラントで見た角柱の機体ではない。


体は弾丸のように丸みを帯びたフォルムで、

背中にはジェットパックやサンライトパネル、

前面には観測用カメラと各種メンテナンス機材を備えた宇宙探査用のプラナリアであった。


『この身はATAの分体機プラナリア。ASKシリーズ宇宙探査用AI———』


…くるりと宙を回りながら話すプラナリアの姿が回転看板と重なる。


『——そして今、君の目の前にいる私はATA本体のデータを一時的に引き継いだ存在‥‥ATA(仮)といったところかな』


「ATA…」


口にする度に一つの疑問が滲み出す。


単純で、どうでも良い事だからこそ、誰もが思い、そして忘れられる疑問。

—————『ATA』の正称である。



                  ・



『ATA』

この通り名でこの60年余りを生き続けた神の電子脳をもつ人工の神。

天才技術者である明日歩の残した遺産で、人類を守ることを目的に進化し続けるAI‥という情報ぐらいで、生まれた経緯や名称の由来などは全く認知されてはいない。


『君は…色々と顔に出やすいのだな』

「‥‥」


眉間の緊張と頬の高揚をほぐしながらボクは平静を繕うことにした。

そのとき、なぜだか分からないが女に言われた「好奇心がボクを殺す」という言葉がボクのラプラスから浮かび上がっていた。


『————かつて、地球が滅びかけたのを君は知っているかい?』


「え」


突拍子もない話題が出てきたせいか、ボクは反射的に目下の地球に視線を落としていた。


「…隕石の衝突のことか?」


今もなお残っている小さな陥没を探しながらボクは答えた。


2000年後半から2100年頃、正体不明の小隕石群が地球に降り注いだ。

その大半が深海域に沈んだことで地球滅亡の危機は免れたが、

隕石落下による弊害は大きく、津波や地震といった災害が併発したことで人類は滅亡の淵に立たされることになった。

その中でも火山噴火によって噴き上がった灰や塵による小氷河期の影響が大きく、結果として人類の3割の命が奪われることになったという…。



のちに『神の撃墜』と呼ばれる天災だが、これには未だ多くの謎が残されている。


第一に、宇宙衛星や探査機による感知もなく隕石が突然現れたこと。

第二に、どの国家にも天災発生前後に関する詳細な記録が残されてはいないこと。


なお、これは2200年頃に判明した事なのだが、

地球各地に墜落した隕石群は元々一つの巨大隕石であり、何かしらの干渉を受けたことで小隕石群へと拡散したのだという…。



『よく知っているじゃないか』


天災について話し終えたボクにATA(仮)は、こう答えた。

どこかで聞いた感想と全く同じだったので、ボクは黙って二度うなずくことにした。


「それが何かATAと関係があるのか?」


天災てんさいとATA。

この二つに何か関係性があるのかもしれない、とボクの胸が少し弾む。


「いや、何も関係はないよ。ただの‥‥世間話さ」

「セケンバナシ…」


無重力に乗って延々と回り続ける機械に少しだけ鬱陶しさを覚え始めたところで、ボクは息を吐きながら・・・・・・・無重力にもたれるようにして宙を見上げた。


〈  高いところからの景色を見ると、

    今まで自分が抱えていた問題がちっぽけなものに感じる  〉


という映画やドラマ等で何度も見聞きした場面があるが、やっぱり宇宙に来たところでボクの意志は変わらない。


…そもそも無重力空間なのだから上下左右の整合性すら取れないのだが。


「じゃあ、これも世間話だけど———あんたは、この世界に満足しているのか?」


久しく、今まで忘れていた質問をボクはATAにぶつけた。

人類の守護を名目に作られた機械に、半世紀に及んで人間を見続けてきたAIに。

どうしてもボクは尋ねたくなってしまったのだ。


『————』


けれど、不思議なことにATA(仮)はすぐに答えを出さなかった。

ボクの質問が気に障ったわけでも、再び機体からだを入れ替えようとしてわけでもなく、目の前のAIはただ静かに長考を続けていた。


「・・・・」


無心に宙を回るそれを、一体誰が人工の神だと思うのだろう。

もしも別の惑星の住人がこれを見れば、

間違いなく宇宙に漂う屑鉄の一つに見えるだろう。


だれど、その正体を知っているボクからすれば…それは紛れもなく■■・・・・に思えた。



『達成感は・・・ある』


そっと沈黙を破いて、人工の神は答えを述べた。

「願望」と「不明」で返す者はいたが「有無」で答える者もまた初めてであった。


「…ずるいな」


いまATA(仮)が接続ダイブしているプラナリアは表情のない宇宙探査用の機体。当然のことではあるのだが、音声だけでは機械の表情は読めない。


『そうかもしれない。私は‥‥ずるい奴だな』


ピタリと回転看板は動きを止め、地球を見下ろす形で静止する。


宇宙空間にいる機械に空気感がある‥というのは妙な言い回しだが、

無重力に浮いているはずの機械にボクは憎らしさと小さな妄想を抱く。


—————これが人型AIであったならば…。


振るい落とすように首を振り、つまらない妄想を宇宙に捨てる。

いつかそれがブラックホールに吸われることを祈りながら、

もしくは何処かの惑星に辿り着くことを望みながら、

ボクは無重力の宙を泳ぐことにした。


静寂で、誰も人間がいない世界を、かつて漂った黄金世界に重ねながら。





『アスボ=トリアニティ=アマーナ、だよ』




「—————へ?」


自己世界に浸りすぎたせいか。

突然の「音」に驚いたボクはへんちきりんな声をあげてしまった。


「どういう意味だ?」

『・・・・神の気まぐれ///■□だ■yお』

「何————」



・————騒音バグを感じた刹那。

バリバリ、と無の空間に耳障りな音が反響する。


それは何かの目醒めか。もしくは、既にこちらを見ていたものなのか。

〝世界の断絶〟という厨二的な言葉が連想される最中、宇宙を彩っていた黒が一気に反転し、白の空間が宙を覆い尽くしていく。


「…わっ!」


黒の消失と共に重力が発生し、痛みを以てボクの身体に平衡感覚を復習させる。

展開の速さと大きさにボクは混乱するばかりで、何が起きているのか全く分からない。


「どういうつもりだ!」


声を荒げた直後にボクは気付く。

さっきまでいたプラナリア———ATA(仮)の器であったはずの機体がどこにも無い。ボクの声も白の空間に吸い込まれただけで、ボク以外には誰も存在しないようだ。


「…どういうことだ」


記憶の主との繋がりは完全に絶たれ、ただ果てない白が続く空間にボクは孤立していた。白い空間は宇宙空間とは異なる「無」が充満しており、ただ不快で、退屈でしかない。


だれなんだ…」


けれども、ボクには一つの確信があった。

あの『世界の断絶』が起きた瞬間、記憶の主との繋がりを無理やり切られた気がした。「今のボクほど電源をブチ切られた電子機器の気持ちが分かる奴はいない」と。

そう明言できるほどにあのとき感じた虚無と虚脱は並みのものではなかった。


「行こう」


この白の空間———記憶のバグ空間とも呼ぶべき場所にもう用はない。

けれど、ボクの旅に介入できる第三者の存在が現れた以上、いよいよ本当にボクの旅も大詰めなのかもしれない。



けれども、今回の旅で得られたモノは大きい。

死体を資源とする人堆肥プラント。

誰も知る事の無かったATAの正称——『アスボ=トリアニティ=アマーナ』

そして、ATAの正体・・・・・・である。



【——全ての記憶に触れられる。全ての「人」を見る事ができる——】



これは、あの謎の声——ボクと同じラプラスの特異点となり旅をした者の言葉。

彼/彼女が「人」と称した以上、ボクが渡り歩くことが出来るのは人間の記憶だけなのだろう。


・・・・つまり、ATAの正体とは?


「———人間・・・・なのかもしれない」



次の記憶は既に決まっていた。

この旅が始まる以前には度し難く、忌むべき記憶だ。


でも、ボクの答えが正しいか/否か。

それを確認するためにボクは原点に戻る。


〝—————同じ映画を見る必要が何処にある? 〟


以前の「ボク」ならば、そう貶していただろう。

実際、ただの徒労に終わるのかもしれないし、

いたずらに精神を擦り減らすだけかもしれない。


—————でも、もう一度見たら違う発見があるかもしれない。


そう思えるようになったのは、

今までに渡ってきた記憶の彼・彼女らのおかげだろう。


「待っていろ。ボク・・


過去に向かってボクは駆け出した。

通りすがりの記憶の残滓がボクのラプラスに入り込むのを感じながら、

ボクは同じ映画をもう一度見に行くことにした。


…出演者ではなく、今度は観客として————。


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