13.「隠れ蓑」①



〝やあ‥‥こんにちは〟


「ッ———‥げほっ、げほ!」


木と生暖かい発酵臭の混ざりあった空気が口から入り込む。

サウナの湿った灼熱。夏のごみ処理場。暖房の効きすぎた人間入りの電車内‥。

似た空気感を記憶から再生させるがピタリと当てはまるものはない。


「スン…スン」


不思議と、この謎の発酵臭には覚えがあったが何処で嗅いだものなのかは思い出せない・・・・・・


———ここは…?


傍を通り過ぎていくプラナリアを横目に少しずつ鼻と肺を空気に慣らしながらボクは空を見上げた。


円柱状の空間が高々と伸び、

ボクが立っている透明な床の下にも同じような空間が深々と続く。

…まるで試験管に入った液体の水面に立たされている気分だ。


「あれは‥何だ」


周囲の壁には全長2mほどのカプセルが無数に敷き詰められており、管理番号や日数といった数値が表示されている。ただカプセルの中には木片チップや藁・牧草などが詰め込まれているだけで何のためのカプセルなのかは全く分からない。


「ここはATA直轄プラント。人の抜け殻を処理する人堆肥プラントです」


声がした方へと振り返ると、一人の青年がいた。


白衣にも似た防護服に白帯。

黒ぶち眼鏡をかけた長身の青年が御辞儀をしていた。


「ATA直轄」という日叛の超重要施設に立ち入れる時点で、目の前の青年が只者では無いことがこの時点で分かるわけだが——…



じん‥‥堆肥たいひ?」



口から内臓が逆流しそうになるのを堪えながらボクは発酵臭の正体に気づく。


‥———ある幼き日。生の骨付き肉を地面に埋めたことがあった。

「土に埋められた血肉がどのように朽ちるのか」という突発的な好奇心によるものだ。埋めてから数か月経った後、熱い夏の日になって再び掘り返したあの肉の匂い。

腐り肉とはまた違った朽ちかけの肉の匂いは発酵も相まって妙に生暖かく不快ふかいなものであった…———。


「…うぅっ」


恐々と周りのカプセルを見回してボクは崩れ落ちる。


最期を迎えた「ボク」が、あのようになってしまう姿を。

我が身の成れの果てを想像したためである。



               ・



ラプラスシステムとデコイを併せた転身により人類は永遠の命を獲得。

労働をAIに担わせることで、人類は生を謳歌する世界を手にした。


これが血戦嶽けっせんだけ雪花菜きらずの目指した【延生】。

誰もが知っている日叛にほんの「表」の話。



 ■■■■ だから、ここからは少し裏の話をしよう。 ■■■■



自らを犠牲とすることで生き永らえている人類。

総じてボクが「かれら」と呼ぶ者達。


そのなかでも黒帯ブラック紫帯パープルと呼ばれていた者———今回は、あの黒帯の女学生を例に挙げるとすれば、彼女はある一定の年数期間を置いて安楽死をしている。



新世界日叛新生、2555年。現在、2621年。

この60年余りの間で5回以上の転身を行った証である黒帯から推測すると、彼女は転身から10~15年ほどのスパンで身体を入れ替えている。

いつ転身し、安楽死しているのかは分からないが、

ここで重要なのは安楽死を行える施設・・・・・・・・・が存在するということ。


そして、この安楽死こそが新世界日叛が抱える一つ目の問題となる。



 旧世界[日本]2100年代未明。

「精神的・肉体的苦痛により自らの意志で死を受け入れる」という自己決定による患者の意志選択を汲むことで安楽死療法・・は確立された。

これはあくまで「苦」という状態から患者を救うべく苦痛なき「死」を与えるものであったが、転身(または転生)に人類が慣れ始めた頃から私的な理由による安楽死志願者が増加し始める。


これに対して日叛政府及びATAは「若返り」などを目的とした私的な理由による安楽死志願者には千万単位という高額な医療費(もはや死からの救済という訳ではないので好ましくはないのだが)を請求することで抑制に成功。

なお、医療機関を通さず自殺した場合はデコイ作成を凍結するなど厳しく取り締まることになった。


‥例外的として、あの死にたがりの男のように異色な自殺像を生み出す者もいるわけだが、あれらは冷葬用の棺桶を購入して秘密裏に保管する者もいれば、棺桶の購入ルートから足が着くのを恐れてコネのある「売人」に死体を委託する場合もある。


売人に委託された死体は最終的には献体として研究者の手に渡るか。

もしくはカニバル————「瘡蓋=食べ物」という異端者、俗に言う人肉食愛好家の胃に納まる事になる…。



「———昔、蝉の抜け殻を集めるのが趣味だったんだ」



中心部にある機器を左手でいじりながら青年は語る。

束ねた長髪と中性的な声から初めは女性にも思われたが、出会った直後から防護服のポケット越しに右手で陰茎をまさぐっていたので、とりあえず青年に間違いはない。


「美しいだろう。あの飴色の光沢は。

自らの生きた証を、自らで生み出すあの健気さは。

あれらが羽化したときに初めて自らの過去の姿を目にしたのだと思うと…尊さすら感じられるよ」


「でもね」と。青年は独り言を続ける。


「死体には何も感じない。光沢も健気さも尊さもない。

洗濯カゴに入れられた服でも見ているようで‥‥しかも、これが臭いんだよ」


「本当に不愉快」と。

にこやかな笑みを浮かべて青年は左手で鼻をつまみ、ポケットから出した右手を宙で振る。


「カニバル共はよくあんなもの食べられるよなぁ。

まぁ、流石にそのまま食べるとは思わないけど‥‥どう食うんだろう。

きっと豚肉みたいに食べやすいサイズに整形して、部位ごとになった肉を調理して食べるのか…」



「————。」


無数のカプセル。青年が口にした「人堆肥プラント」という場所。

人の死体を発酵させて農作物や森林等の堆肥とする大自然への返礼こそが日叛に隠された闇である。



【———年々、月々、日々増加し続ける死体をいかにして処理するのか?】


不思議に思う者はいても日叛新生以降、これは一度も問題視されていない。


そもそも「かれら」の死体(青年の言葉を借りるとすれば人の抜け殻)の扱いはどうなるのかというと、本人の死後に転身した本人が所定の契約書にサインをした直後に死体の権限は政府へと譲渡される。契約書の内容は至って単純なもので「遺体を自己心体管理法の枠から外し、政府へと譲渡する」というもので、これは日叛の技術や個人の身体情報の漏洩といった様々な問題を考慮した政府が行う措置となる。


もちろん個人で処理(火葬・冷葬など)することも可能だが、その場合は葬儀費や維持費などの諸々のコストがかかってしまうため大半の者は迷わず政府への譲渡を選ぶ。


「でもさ————こうして人の抜け殻を肥料にしたもので飯を食っているかもしれないって思うと結局僕らもカニバルと同じなんだよね。知っていて食べるか/知らずに食べるのか…違うのは、ただそれだけ」



「大体、地球自体が死骸の累積なんだから…」と青年の言葉は止むこともなく続くが、最終的には「何でも知っているつもりでも、世の中には知らなくても良いことがた~くさんあるんだよ」と果てない骸のそらに向けたメッセージに落ち着く。


「くるってる」


捨てたモノがどうなるか…なんて大人たちは気にしない。

もう自分には関係ないからだ。


「—————こんにちは・・・・・


青年。


…ではなくボクは傍らにいた人物に挨拶を返す。

何度も旅を繰り返せば相手が記憶の主か、そうでないかなど直ぐに判別がつく。


〝ようこそ〟


けれど、やはり相手の姿を前にすると言葉に詰まってしまう。


ボクに語りかけた相手。

それはつまり「ボク」を認識できる記憶の主。

〝記憶〟という概念がある以上、それは人間以外にも適応され得るのかと思ったが———…



『ようこそ人堆肥プラントへ。

 私はこのプラントを任されております。‥‥〈KK0〉と申します』



体は金属。活力は電気で。記憶はチップに。

球体駆動体の上に伸縮可能な腕を付けた簡素な角柱の体。


記憶の主——ATAの分体機プラナリアは自らの機体番号を述べ、右手を前に左手を後ろに回しながらボクに向かってお辞儀をするのであった。



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