11. カステラテラス

 風が吹いてゆりりんの髪の毛がゆりりんの口に入った。ゆりりんの唇はおちょぼ口で色付きリップのチェリー色が映えていて、理想的な唇だ。羨ましい。ゆりりんは笑いながら口に入った髪の毛を引き抜きながら指で髪についた唾液とカステラのカスをぬぐった。

「ちょっと風!」

 和歌子がカステラの入った容器の下にカステラの入っていた包み紙を敷いて飛ばされないようにする。

「ルゥちゃんこのカステラめっちゃおいしいね」

「おいしいよね!いまママがダイエット中だから食べなくてさ。私ひとりじゃ太っちゃうからみんなで全部食べようぞ~」

 ルゥちゃんママのいただきもののカステラをゆりりんと和歌子とルゥちゃんといただく。

「ねえ今日昼休みにゆりりんが描いたヅラセンの裸婦画見せてもらったの最高だったよ!」

 和歌子が嬉しそうに笑いながら言う。私とルゥちゃんは委員活動などがあって昼休みは教室にいなかったのだ。

「え!めちゃくちゃ見たい!」

「なんでそこでヅラセンなん!?」

 私とルゥちゃんはゆりりんの裸婦画を所望する。ゆりりんは美術部で絵が相当上手い。漫画も描いているのでイケメンを描くのも上手い。美術部に置いてある石膏で裸体のデッサンをよくしているためか裸体も上手い。時折、教師の顔で石膏のような裸体のラフを描いて見せてくれるのがとても面白いのだ。その場合の教師はいつも男性なので裸婦ではないのだが、裸婦画と私たちは呼んでいる。ゆりりんは口数も少なめだし和歌子のように騒々しく騒いだりしない、どちらかといえば物静かなタイプなのだが、面白い絵をよく描いて見せてくれる。清村くんのイメージ画もゆりりんが描いてくれて、私がもうちょっとこう、とか短パンハイソックスも描いてほしい、とか要望を出していって、いまある清村くんイラストはこれ以上ないくらいの完成形だ。ゆりりんは学生鞄からノートを出してヅラセンのイラストを見せてくれた。

「ヅラセン!めちゃカッコいいじゃないか!」

「ウケる!ヅラセンを見直してしまうわ…なにひとつヅラセンの手柄じゃないのに」

 ヅラセンというのは化学の教師で、まったくヅラではなく、ヅラかのようなたわわな黒髪をしているのでヅラセンと呼ばれている、という説があるが、本当のところはよく知らない。昔からヅラセンと呼ばれているらしく、私たちの代も皆そう呼んでいた。四、五十代くらいなのではないかと思われる。生徒から恋愛の対象として見られることはまずないような穏やかなポジションの教師である。

「えー…このヅラセンなら誰かな…。ヅラセン×フェロモン整体師?」

 早速私はカップリングの検討を始める。

「ま!まって!えー!…いや、アリかな…。疲れたヅラセンが整体行って…」

 フェロモン整体師カードの持ち主、和歌子が前向きに検討する。

「チュッパチャップス山田くんもいいかもしれないよ」

 と、ゆりりん。チュッパチャップス山田くんというのはゆりりんがコンビニでチュッパチャップスを買っているところを見てビビっときた若い男の子に勝手につけたあだ名だ。ゆりりんも一度しか見たことがない男の子で、完全にイメージだけが独り歩きしているほぼほぼ架空のキャラクターである。清村くんもほとんどそんなものだったのだけれど。勝手な想像を膨らませてわいわいとおやつを食べて、私たちはとても平和だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る